短編怪談

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きょうふの味噌汁

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私は味噌汁が好きだ。
幼少のころ、初めて味噌汁を食したとき、あまりの旨さに衝撃を受けた。
味噌の芳醇な香り、出汁と食材の味の相乗効果。
安らぎをくれる温もり。

大学を卒業して社会人となり、一人暮らしするようになってからは、毎日食するようになった。

結婚してからは、妻が私の為に、毎日の朝食に様々な味噌や出汁、食材で味噌汁を作ってくれる。
そんな私は、朝目覚めると、台所に立つ妻に「おはよう、今日の味噌汁は何だい?」と尋ねるのが日課になっている。


「おはよう、今日の味噌汁は何だい?」
私はいつものように妻に挨拶をした。
「あ、おはよう。今日はお麩の味噌汁ですよ」
妻は、いつものように晴れやかな表情を浮かべて私に挨拶を返してきた。

「今日は麩か。今日は麩……、今日麩……、恐怖の味噌汁、か……」
私は、好物の麩の味噌汁に気を良くして、ついオヤジギャグをつぶやいた。
「えっ、私の味噌汁は怖いですか……?」
私のギャグがギャグに聞こえなかったのか、妻が私に問い質してきたので、私は「いやいや、タダのオヤジギャグであって、君の味噌汁はいつだって美味しいよ」とフォローした。
「そう、そうだったらいいんだけど……」と妻は言って、朝食の用意に戻った。
私は、妻の発言の間が少し気になったが、ゆらゆらと湯気が揺れる味噌汁を出されたことで、私の意識は味噌汁へと向けられた。
食事を終え自室に戻った私は、日課である、手帳に食べた味噌汁の食材を記入し、職場に向かった。



翌日、朝食に出された味噌汁には、お麩が入っていた。
妻は「恐怖の今日も麩の味噌汁よ」と悪戯っ子のような表情で言ってきた。

さらに翌日。出されたのは麩の味噌汁だった。
そして、次の日も、その次の日も、麩の味噌汁が出され、私はそれを食べ、手帳に『麩』と書いた。


そんな日が半月ほど続き、好物とはいえ流石に飽きを覚えた私は、妻に苦情を伝えることにした。
「なあ、朝の味噌汁、麩が続き過ぎじゃないだろうか。明日はなすの味噌汁がいいのだが……」

それに対する妻の答えは、私の予想したものとは全く違っていた。
「えっ、なすは一昨日に出したじゃない?お麩はしばらく出していないわよ」

私は妻の答えに困惑しながら「いやいや、ここ半月ほど麩が続いているじゃないか」と言ったが、妻は「いえ、半月ほどなら私は食材をかぶらないようにお味噌汁を作っているから、お麩を続けることはないわよ」と返し、妻の手帳を見せてきた。
そこには、なす、キャベツ、大根、油揚げ、わかめと豆腐、納豆など、様々な食材が日付ごとに記載され、麩は確かに16日前に出したことになっていた。

いよいよ訳のわからなくなった私は、自室から自分の手帳を持ってきて、麩と書き続けたページを開いた。
しかし、そこには麩の文字が16日前に1つ書かれたきりで、あとはなす、キャベツ、大根、油揚げ、わかめと豆腐、納豆など、妻の手帳と同じ食材が記載されていた。
書き直された形跡もない。

私は、言い知れぬ不気味さに恐怖し、思わず身震いした。

そんな私を妻は不思議そうに見つめ「あ、でも今日麩の味噌汁だったけど、作り直す?」と私に聞いてきた。
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