短編怪談

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泣く男

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駅前のアーケード街というよりはシャッター街の端、かろうじて経営をしている酒屋の横の空き地に、泣く男が現れる……という噂を、僕は友人のキミヒロから聞いた。

「泣く男?なにそれ?」
少し興味をひかれた僕は、キミヒロに聞いた。

「俺もよくわかんねぇけど、突然現れてめっちゃ号泣したあと、何事もなかったように帰っていくらしいぜ」
「何だそれ?なんで泣くんだ?」
「俺に言われても知らねぇよ。なぁ、見てみたいと思わねぇか?」
「確かに、見てみたいな」
何となく怖さを感じたものの、怖さを上回った僕の好奇心。
「だろ?今日ヒマなら見に行ってみようぜ!ちょっとした臨時収入があったから、マック奢るぜ」
僕の返事に、キミヒロは眩しいほどの笑顔を浮かべ、夕方5時に目的の場所に行く約束をした。



日が沈み始めた夕方、僕とキミヒロは泣く男が出ると噂されている空き地に来てみた。
空き地には、酒屋が置いているビールのケースが幾つか積まれているほか、目立ったものはない。

「今日は来るかな?」
キミヒロがチーズバーガーを頬張りながらキョロキョロと辺りを見回す。
「どうだろうな?」
僕もキミヒロに奢ってもらったオレンジジュースを飲みながら見回すけど、誰の姿も見えない。
そのまま10分くらい、スマホをいじりながら待ってみたけど、寂れたアーケード街の端には通行人すら姿を見せない。

「ガセなんじゃないか?」
もはや待つのを飽きてきた僕がボヤくと、キミヒロも視線で『ガセかもな』と返事をしたと思った瞬間、またも視線で『誰だ、あれ?』と伝えてきた。
僕がキミヒロの視線の先に顔を向けると、こちらに向かって歩いてくるおっさんの姿が見えた。

おっさんは、テクテクと空き地まで歩いてくると、ビールのケースを一つだけ地面に置き、ポツンと座ったかと思うと、いきなり大声で泣き始めた。
まさに号泣という言葉がピッタリと当てはまるほどの泣きっぷりに、僕とキミヒロは呆気にとられたが、2分ほど泣き続けると突然ピタリと泣き止んだので、さらに僕らを驚かせた。

「なあ、話しかけてみようぜ」
キミヒロがとんでもない提案をしてきたので、僕は首を大きく横に振ったけど、キミヒロはそんな僕の反応を気にもせず、僕の腕を掴んで泣く男の近くに寄っていった。

目の前に立つ僕らを不思議そうに見つめた泣く男に、キミヒロは「どうして泣いていたんですか?」と声をかけた。
「なんだ兄ちゃん、見ていたのか」と、泣く男は少し照れたような表情でキミヒロの声に反応した。

「俺はさ、見える男なのさ」と唐突に泣く男は言った。
「見える?」と僕は聞き返した。
「そう、見えるのさ、俺は幽霊が」と訳のわからないことを言い、話し始めた。

「俺はさ、幽霊が見えるし、そいつらが持つ悲しみや怨念を感じるのさ。そしてよ、幽霊が泣けない分、それを感じる俺が代わりに泣くのさ。泣いて泣いて、供養する感じと言えばいいかな」
「は、はぁ」
「お、兄ちゃんたち、信じてないな」
「普通、幽霊見られると言われても信じないよ、おじさん」
「おじさんって言われる歳じゃねぇよ、キミヒロ君」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、泣く男がキミヒロの名前を言ったとき、僕らは心底驚いた。
だって、僕らは名前を言っていないし、名札も付けていなかったから。

「えっ、なんで俺の名前を……」
狼狽えながら、キミヒロは泣く男に聞いた。
「君の後ろにいるおじいさんに名前を聞いたんだ」
「う、嘘だろ」
「嘘なもんか。おじいさん、仏壇の遺影の裏にあるお母さんのへそくりを取ったことを怒っているぞ」
「ま、マジで!?なんでそれを!?」
「だから、君のおじいさんに聞いたんだって。な、タカオ君」
泣く男は僕の名前まで言い当てた。

「タカオ君、君のおばあさんが隠すならベッドの下じゃなく机の引き出しにしなさいと言っているけど、何のことだ?」
「いや、あの、その……」
多分、ばあちゃんは、キミヒロからもらったエロ本のことを言っているんだと僕は思った。
そして、隠し場所を変えないとお母さんに見つかると、僕を可愛がってくれたばあちゃんは警告してくれたんだと思う。

ここまでくれば、泣く男の言っていることが本当なのだろうと、僕らは思った。

「でも、どうしてあの場所で泣くんですか?」
僕は素朴な疑問を男にぶつけた。
「そりゃあ、家で泣けば近所迷惑だろ?それに、あの場所は俺にとってなんか都合がいいんだ」

「どんなときに幽霊の怨念とか感じるんですか?」
キミヒロも疑問を口にした。
「俺の近くに、死んでも死にきれないような恨みつらみを持つ幽霊がきたときだな」
「どんなときにおじさんのところに幽霊がくるんですか?」
「だからおじさんじゃねぇよ。ま、俺の近くにたまたま死んだ幽霊がいるときだな」


帰り道、僕らは泣く男のことを興奮しながら話した。
幽霊と話せる人と会話できるなんて体験は滅多にないことだから無理もない。

僕はその興奮冷めやらぬまま帰宅し、家族にそのことを話した。
だけど、僕の家族は僕の話を信じないばかりか、帰宅が遅いことを叱ってきた。
最初は熱く反論していた僕だったけど、家族の反応が悪いことにすっかり水を差された気分になり、話すのを止めて自分の部屋に戻った。
そして、男の会話を思い出し、エロ本をベッドの下から机の引き出しにしまい直した。



4日後。
こないだと同じ場所で、また泣く男を見かけた。
4分ほど思い切り泣いて、泣く男はピタリと泣くのをやめ、タバコを吸い始めた。
「今日はどんな幽霊だったんですか?」
ペコリと頭を下げ、僕は泣く男に話しかけた。
「おぉタカオ君。今日は若い男2人だったよ。かなり強い怨念だった」
泣く男は照れたように頭をかきながら答えてくれた。

「そうでしたか。そんなに強い怨念を持って死ぬなんて、なんか可哀想な幽霊ですね」
僕は、自分が死ぬとき、だれかを怨むようなことになることを考え、妙に悲しくなった。
「ま、誰でも死ぬことに理由あるからな」
泣く男は、あまりそう感じないようだ。
考えは人それぞれあるだろうけど、幽霊のために泣いているのにやけに冷めた感じなのが、僕は少し気になった。
でも、どことなく飄々としている泣く男を見ると、そのことは言えなかった。


そしてまた4日後。
僕の通う学校の近くの公園にある、使われていない小屋の中から、2体の若い男の死体が発見された。
2人の男の死体は、顔が原型を保っていないほど殴られた跡があったようで、警察が犯人探しにやっきになっているようだ。
学校はその話題で持ち切りとなり、大騒ぎになった。

学校の喧騒をよそに、僕は、泣く男のことを思い出していた。
きっと、泣く男が怨念を感じた幽霊は、この2人なのだろう。
そんなことを思い、僕は何故か寒気を感じ、大きく身震いをした。

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