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前編
神官長:3
しおりを挟む婚約破棄の醜聞。
ディーナは身に覚えのない罪を突き付けられ、第一王子と男爵令嬢、その取り巻きの令息たちによって危うく断罪、国外追放の憂き目にあうところ。だがそこは才女と名高いディーナ、機転と正義によって場を収め、国王へ是非を問う。国王はパーティに集う諸侯と学徒へ向け沙汰を預かること、決して口外してはならぬことを宣言した。第一王子一派は会場より連れ出され、騒めきは残れど無事卒業を祝うことが出来たらしい。
問題はそのあとだった。
後日ガレッティ侯爵とディーナが王城へ呼ばれ、高位文官によって第一王子との婚約を白紙にすることを告げられるまでは良かった。ディーナも王命と努めていたが追うまでに愛情は育めず、侯爵家としても執心はない。
安堵の息を漏らそうとした時、続けられた勅命に耳を疑った。
ディーナ・ガレッティ侯爵令嬢は国王陛下の妾として奥へ上がること。
当然、ガレッティ侯爵は反発した。保守派の貴族に祭り上げられるように結ばれた婚約により、娘が辛く厳しい王妃教育に何度も泣くのを見た。熟せば熟すほど教育に熱が入り家族の時間も持てず王城に呼ばれる日々。国が決めた婚約者に反発したのか王子は娘を蔑ろにするばかり。それでもと献身を尽くす娘に王子から与えられたのは本来王子が熟すべき政務の数々だった。その日の教育を終え王城から戻り休む間もなく机に噛り付く娘が王子から届く緊急の伝令に絶望の色を浮かべる。ガレッティ侯爵もせめて待遇の改善をと方々に手を尽くしていたが王族の規範の範疇と跳ね返されること幾多。果てがあの醜聞だとするなら、これ以上娘を王家の供物にされるのは到底我慢がならぬと文官に怒鳴りつける。
「だからでございますよ」
文官は言った。
王妃教育はもとより政務にも携わる令嬢は国家の内情を知りすぎている。今更いち貴族に嫁ぐのはまかりならぬ。外つ国の縁など以ての外。王族に娶らせようとも見合う年頃の男児には良きに計らった婚約者が宛がわれている。領地に戻したとて独身を貫かれるのもはたまた神職に進まれるのも王子を表向き不問とした分外聞が悪い。
「国王陛下の温情にございます」
このままでは死を与えるより術なく、今まで身を尽くしていた令嬢に報いるためよと国王が寛大なお心を見せたのだと。
側妃では国内外へ触れを出す必要がある。妾にあってはそれもなく、第一王子から国王へ乗り換える令嬢にも都合がよいだろうとの深慮だと、文官はこともなげに告げた。
「何が温情か、何が寛大か、何が深慮か!!まだ幼かった娘を引き摺り出し、縛り付け、長きに貶め、要らぬのなら見放てばよいものを挙句この仕打ちか!」
「不敬ですぞ、閣下。今は聞かなかったことといたしますが」
唐突によそより声が掛けられ、ガレッティ侯爵は勢い振り向いた。
「宰相殿!貴殿もこれを認めると言うのか!」
奥の間で伺っていたのか音もなく忍び入った宰相は、がなる侯爵に一礼し目配せで人払いをする。
侍女と護衛騎士、戸惑う文官をも手で追い払い、静寂を得た間で宰相は顔色悪く小さく震えるディーナの前に膝をついた。
「ディーナ嬢、此度の騒動の数々、王政に深く関わる者として深くお詫び申し上げる」
「宰相閣下……」
囁くように呼ぶディーナの手を掬い、額に押し当て宰相は言葉を続ける。
「貴女に何ら非はない。理不尽と不条理に満ちる王族によくよく尽くしてくれていたこと、この宰相とくと存じている。にも拘わらず愚王の暴挙を止めきれぬ非力、謝罪のしようもない」
「お顔を、お顔をお上げくださいませ宰相閣下」
困惑したディーナは宰相と父侯爵を交互に見やり、侯爵もまたはっきりと不敬を述べた宰相に言葉がない。宰相は顔だけは戻したものの膝を折ったまま、残酷な現実を二人に告げた。
「侯爵閣下、ディーナ嬢にはこのまま王宮に留まるよう指示が出ております。奥の紅黄草の宮に上がられることとなります」
「なんと……絶望の宮……」
罪を犯した女系王族や妃妾を押し込めるために設えられたとされる紅黄草の宮。大きな塀に覆われ日の光も乏しく、宮内より一度たりとも抜けることは許されない。日々王の渡りだけを待ち、親族の死であっても王宮内の小さな神殿に祈りを捧げに訪うことすら出来ぬという有様に、宮に留め置かれた貴女は絶望にかられ最大の禁忌である自死すら厭わなくなると言われている。
「娘が……ディーナが何をしたと言うのか。どこまで娘の献身を踏みにじろうと言うのか」
「そのとおり」
宰相は頷く。
「あまりの仰せに他に道は与えられぬのかと陛下へ陳情申し上げたところ、国王は昔ある縁を切られた王妃放逐に倣うのならば今は下がることを許すと、そう言い捨てたのです」
かつての王家で国王の怒りを買い放逐を命ぜられた王妃は、王宮内で知り得た全てを伝え漏らす術を欠片も残さぬよう腕を捥ぎ喉を焼かれ、惨憺たる姿で家に戻された。
ガレッティ侯爵は我知らず左の手を腰に彷徨わせ、帯剣を解かれている事実に大きく舌打ちをする。代々忠誠を誓ってきた王族は、国王はここまで堕ちたかと心中は失意にまみれ、一族連座があろうと一矢報いる覚悟を固めようとした時。
「ディーナ・ガレッティ侯爵令嬢、貴女に酷な選択を迫ることとなる」
宰相の言葉にガレッティ侯爵はハッと娘を見た。
ディーナは顔色こそ悪かったが震えは止まり、思慮深い瞳は凛と宰相を見据えていた。
「ひとつ、王命に従い妾となる。この時は何としても紅黄草の宮を避けられるよう尽力することを誓おう」
こくりと小さく頷く仕草に宰相は静かに続けた。
「ひとつ、王命に背き死を賜る。貴女は罪人ではない、今までの貢献に見合った安らかな死を約束する」
そしてひとつ、と宰相は次いだ。
「過去に倣い処置を受け、服することを先延ばしとする」
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