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玲は大きなキャリーバックに一週間分の下着や服、パンツ類、自分が使っているシャンプー等を詰め込んでいた。
明日から一週間ほど、映画の撮影の為に関東で有名な山奥の観光地へ行くことになった。
作品はサスペンスで、玲の役はキーパーソンとなる役の弟役だった。
荷造りを終えると、台本を読み込み必死にセリフを覚えた。
二時間前にもセリフ覚えをしたが、もう一度確認したくて台本を広げたのだ。
何度も自分の役の意味や、物語を何度も自分なりに咀嚼しながら読み込んでいく。
役者同志の本の読み合わせは既に終えているので、その時のイメージを浮かべながら、壁に向かってセリフを言った。
集中しているとあっという間に二時間程の時間が過ぎていて、慌てて玲は寝る準備をし始めた。
浴室に入って体を洗い、寝間着に着替えてベッドに入る。
ベッドに入ると疲れのせいか一瞬眠気に襲われるが、ふっと園井が言った言葉を思い出してしまった。
セリフを覚えている時は集中していて忘れていたが、数日前に園井が言った、傷つけてしまった相手に対して幸せを願えと言われたことだ。
そしていつか会えた時にちゃんと謝れるように準備しておくということ。
ぎゅっと目を閉じ、頭の中で何度も繰り返し言葉を刻んでいく。
そしていろんな不安が沢山頭をもたげた。
いつか会えるのだろうか?会えたとしてもちゃんと謝ることができるだろうか?
そして何より、本来の自分をちゃんと説明できるんだろうか。
説明して謝って、抄介はその話を聞いてくれるのだろうか?
受け止めてくれるのだろうか?
思わず携帯の画像アプリを起こし写真を探し出す。
海に行った日、唯一のツーショットの写真を自分の携帯へ送っていたのだ。
これから何が起きるかも知らない無邪気に笑っている二人が写っている。
幸せの絶頂期だった。
玲は毎日この写真を見てしまい、後悔ばかりが胸の中で燻り続けていた。
またこうやって二人仲良くなれる日が来て欲しい。
そう思う気持ちを捨てることができず、玲の気持ちはずっとこの時から止まったままだ。
(とにかく謝りたい)
そんな思いが何度も頭の中で廻って、すぐに眠ることができなかった。
次の日、マネージャーの桜川が運転する車に乗り、俳優陣、スタッフ等が集合するスタジオへと向かった。
待ち合わせ時間より三十分程前に着くと、沢山のスタッフ、俳優たちに玲と桜川は挨拶に回った。
「あ、三雲君だよね。よろしくね」
気さくに声をかけてくれたのは、玲が演じる役の兄役の織戸が笑顔で玲の肩を叩いた。
「あ、織戸さん!おはようございます!こちらこそよろしくお願いします」
元気に挨拶をする玲に織戸は笑顔で返す。
「よろしくね。お互い頑張ろうね」
「はい!」
優しく笑む織戸に玲は安堵した。
織戸は今、人気が上がり始めている俳優だ。
某特撮ヒーローからデビューし、そこから地道に俳優経験を重ね、ある刑事ドラマで有名になり演技派として人気を得た人だ。
年齢は32歳で長身で、密かに玲は抄介と同じくらいの高さだと感じたが、優しく穏やかな表情をしていて、スタッフ受けも良い人だった。
玲は織戸とほぼ一緒に撮る時間が多いので、優しい先輩で良かったと思った。
大御所の俳優や、年齢の近い俳優とも挨拶し終わると、桜川は玲に向き直り言った。
「私は一旦あなたから離れるけど、三時頃には私もそちらへ向かうから」
「わかりました」
そう言い玲は桜川と別れ、俳優陣が乗る大型車に乗って撮影現場へと向かった。
緊張の面持ちで車窓から眺める景色は、玲は不思議とあまり記憶に残っていない。
景色を見ているようで頭の中は映画のことばかり考えていて、ひたすら視界から流れていくだけだった。
車が進む先は徐々に木々が増えていき、長いつり橋を渡って行くと山道へと続く。
一車線しかない道がしばらく続き、対向車と通り過ぎるのが難しくなるほどの狭い道が延びていて、乗車している人たちは少しだけ緊張していた。
スタジオから出発して一時間後、ようやく撮影現場へと辿り着いた。
深い森林が覆い茂る中、家屋はポツンポツンと建っていて、少し離れた場所に旅館や民宿なども建っていた。
そこから奥は完全なる山々が連なっていて、車から降りると空気の質が違って澄んでいる気がした。
天気は少し曇ってはいるが晴れており、撮影はできる状況だった。
ここは観光地でも有名らしく美術館や郷土資料館、アスレチックを楽しめる場所もあり、日帰りでも泊まりもできる環境だった。
ちょっとした気晴らしに来るのは良い場所に思えた。
(そういえばあの事件があった日、山へ行こうって話してたな)
玲はふっとそんなことを思い出す。
あの時はキャンプに行くことになって、抄介は携帯を出してキャンプ道具を検索していた。
思い出すとあの頃の懐かしさが込み上げ泣きそうになり、グッと胸が締め付けられる。
今は抄介と山に行くことはただの夢物語になってしまい、現実ではなくなってしまった。
(なんでこんなことになっちゃったんだろうな)
俯き、必死に悲しい気持ちを切り替えようとした時だった。
「どうした?酔ったか?」
玲に声かけをしてくれる人物が彼の肩を叩いた。
振り向くとそこには織戸が心配そうに玲を見つめていた。
「あ、すみません。大丈夫です」
慌てて笑顔を作り返事をするが、苦笑しながら織戸は言った。
「無理するなよ。酔ったなら少し休憩した方がいい」
「あ、本当に大丈夫です。初めて映画に出られるのでちょっと考え過ぎてしまいました」
「そうか、あまり考え過ぎるなよ。わからないことがあれば一緒に考えような」
穏やかな笑顔でそう言い、織戸は彼のマネージャーらしき人の所へと歩いて行った。
玲のマネージャーの桜川は、今日は午後の三時に来ると言っていたので自分のことは自分でしなければならない。
映画スタッフの人から玲は泊まる宿泊先へ移動すると声をかけられ、車に乗り込むと三分ほど行った所に趣のある旅館のような宿泊施設へ着いた。
大御所の俳優はホテルを提供されているらしく別々ではあったが、大御所ともなれば別格ということだろうが、玲はあまり気にしていなかった。
各々荷物を置いて準備ができたら撮影のリハーサルが開始される。
玲は自分の部屋の鍵をスタッフから貰うと、荷物を置きに歩いて行った。
「ようこそおいで下さいました!こちらへどうぞ」
薄いピンク色の着物を着た女中さんが怜たちを向かい入れる。
お世話になりますと言いながら玲は女中さんに頭を下げ、促されるままロビーへと向かって行った。
時間は昼一時になろうとしていた。
旅館から戻った玲は衣装に着替え、メイクをしてもらうと自分の出番が来るまで、他の俳優が演じている風景を見ていた。
映画の内容はサスペンスで、小さな村で起きた、村独特の風習をなぞらえた連続殺人事件が起きるという話だった。
玲の役はこの村出身の兄である織戸の役を信じ、支える弟の役だ。
犯人だと疑われる兄をひたすら信じ続けるひたむきな役で、玲としては共感をできる役だと思った。
玲は意外と人を信じやすいところがあり、それで辛い思いもしたが、人を信じない選択はなかった。
この役は兄を慕い信じ切っているのだ。そこが大きなポイントのように思え玲としては、演技をそこに重んじようと思っていた。
今日の撮影場所は、普段は野球、サッカーができそうな広さのグラウンドで、現在その織戸がある村人から疑いをかけられ、それを必死に否定しているシーンのリハーサルをしていた。
自分の大切な人が疑われ、追い詰められようとしている。
このシーンを玲は必死に刻み付け、イメージを作る。
リハーサルを終えると次は玲が呼ばれ、玲と織戸とのシーンのリハーサルが始まった。
『兄さん、俺は信じてるよ。だってその時間は家にいたじゃないか!』
感情を込めセリフを言うと監督からのアドバイスを告げられた。
「その感じでいいけど、もうちょっと感情を抑えて」
「はい」
玲の読みは間違っていなかったらしく、ただ少し強過ぎたようだった。
再びリハーサルが始まり、ひと段落を終えると本番が始まった。
今度は本番なので一瞬に緊張感が貼る。
誰も話す者はおらず、真剣な眼差しで撮影が始まった。
先ほどより感情を抑えた演技を玲はしてみる。
「カット!OK!」
監督からのOKの返答に、玲はホッと息を吐いた。
初めての映画での演技がとりあえず認められたのだ。
「今の表情、とてもよかったよ」
助監督からそう声かけをされ、更に玲は嬉しくなる。
織戸からも声をかけられ、いい演技だったねと言われ更に嬉しくなった。
(良かった!この調子で次の演技も頑張ろう)
そう思い、次のシーンは玲の出番はないが、織戸が出るので見ていることにした。
演者の全体の流れの演技を見ていたくて、その場で見学をすることのしたのだ。
次は織戸と主役の大御所の俳優との対峙するシーンだ。
大御所の俳優の役は、この村に伝わる伝説を調べにここへ来た民俗学の学者で、研究しているうちたまたま殺人事件に出くわし、頭が冴える学者なので、事件に対してどんどん突き詰めていく役だった。
リハーサルだが少し緊張感のある雰囲気が既に出ていた。
大御所の俳優は年齢58歳で演技派と言われており、数々のドラマ、映画に出ており映画賞も取っていた。
大御所の俳優の演技の前に織戸は必死に答えるような演技をしている。
演じ終えると監督は二人に要望を伝え、本番が始まった。
二人の対峙するシーンは、本当に息を詰める程の緊張感だった。
織戸が少し大御所の俳優に詰め寄られるシーンだからだ。
気圧される織戸に、玲はいつの間にか織戸を応援してしまっていた。
(一応役柄として兄だからね)
密かに言い訳をしながらも、少し怜の視線は彼らから外れ周りの人たちを見た。
ほとんどが映画スタッフ関係者ばかりだが、この地域に住んでいる人、観光者たちが撮影をしているということで、少し遠くから見学している姿を見えた。
(やっぱり映画撮影となると気になるもんだよな)
そんなことを思いながら、ぐるっと左右に見渡した時だった。
一瞬にして体が硬直してしまい、一点に向けて凝視することしかできない状態になった。
決して金縛りに合ったわけじゃない。
けれど、信じられない疑問が浮かぶ瞬間を目の当たりにしたのだ。
(え、なんで?)
信じられなかった。どうしてここに?
遠くから見ているギャラリーの中に抄介が立っていた。
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