472 / 1,493
471.【ハル視点】我儘ぼっちゃん
しおりを挟む
「私の両親は雑貨を主に扱う商人なんです」
クリスは唐突にそう切り出した。
「ああ、クリスの実家の話か」
カーディさんは俺達の方をちらりと見ると、今はクリスの弟さんが継いでるんだと笑って教えてくれた。
「両親は私を大事に育ててくれましたが…どうしても幼い子供連れでは行けない、そんな場所もあるでしょう?」
「ああ、連れていく方が危険だと判断する事は多いだろうな」
俺はすぐに納得できたけど、アキトは少し不思議そうな顔をしていた。
「子連れで移動する事が無ければ知らないかな」
アキトが知らないのも無理は無いと思わせるために、俺はそう前置きをしてから話し出した。
大人にとってはなんてことのない距離でも、こどもにとっては過酷すぎる事。そもそもの体力が無いから、ただの移動でも体調を崩す可能性がある事。そんな不安定な状態に加えて魔物にも警戒が必要になる事。
さらりと説明した俺の言葉に、アキトはありがとうと言いたげに目だけで笑いかけてくれた。
「ある日、どうしても両親が一緒に行く必要がある仕事が舞い込んだんですよ」
置いていくしかないけれど、まだ幼いこどもを一人で家に置いていくのも怖すぎる。そう悩んだご両親が頼ったのが、当時はまだトリィさんに出会う前だったマティウスさんだったそうだ。近所に住んでいたから、頼りやすかったんだと思うとクリスは続けた。
「それでぼっちゃん呼びに繋がるのか?」
不思議そうに首を傾げたカーディさんの言葉に、クリスはうーと小さく呻いた。
「言いたくないんですけど…」
「俺は聞きたいな?」
「う、カーディが上目遣いでおねだりするなら叶えるに決まってるでしょう」
言い淀んでいたクリスは、あっさりとカーディさんに懐柔された。
「大人になってから考えたら、ただの友人のこどもを預かる事がどれだけ大変か分かったんですが…当時まだこどもだった私にはかけらも理解できなかったんですよ」
「それは仕方ないだろう」
「ありがとう、カーディ。むしろ両親から引き離した悪人ぐらいの気持ちでいたんですよね」
「それでどうしたんだ?」
「ううー…当時の私は我儘を言いまくったんですよ」
「我儘?」
「ええ、朝はウカの乳を温めたものが無いと嫌だーとか、夕食にはスープが無いと嫌だーとかですね」
クリスは本当に恥ずかしそうに、うつむいたままそう続けた。
当時のクリスが何歳だったのか、どんな言い方だったのかまでは分からないけれど、それは我儘と言うほどひどいものには思えなかった。
「それで、マティウスさんの反応は?」
「それが…完璧に私の我儘をこなした上で、我儘ぼっちゃんって呼び出したんですよ」
「「「我儘ぼっちゃん」」」
思わず言葉にして繰り返したのは、俺だけでは無かった。
「三人で口を揃えてそう呼ぶのはやめてください!我儘を言わなくなったらぼっちゃんだけが残ってしまったんですよ!」
「おや、自分で話してしまったんですか?」
嘆くクリスの後ろからひょこっと顔を出したマティウスさんの表情は、どことなく残念そうだ。
「ええ、私が自分で話しておかないと!どうせ私の目の前であの頃の話をするつもりだったんでしょう?」
「ああ、バレてましたか」
楽し気に笑ったマティウスさんは、両手に持っていた料理をずらりとテーブルの上に並べ始めた。その後ろではトリィさんも料理を持って待機中だ。
「おまかせと言われましたので、まずは日替わりのウカの乳を使用した冷製スープと葉物野菜と豆のサラダです」
「メインはもう少しおまちくださいね」
「トリィさん、おかわりお願いしまーす!」
「はーい!」
トリィさんはすぐに注文を受けて去ってしまったけれど、マティウスさんはその場に残ってまっすぐにカーディさんを見つめた。
「カーディさん。当時のクリスぼっちゃんの話、聞きたいですか?」
「聞きたいです!」
「ちょっ…」
「あの頃のクリスぼっちゃんは、見た目も中身もとっても可愛かったんですよ」
「は?か、可愛い!?あんなにいっぱい我儘ばかり言ってたのに?」
動揺してか珍しく敬語を忘れたクリスに、マティウスさんは柔らかい笑みを返した。
「でも、ぼっちゃんは絶対に叶えられないような我儘は一つも言わなかったですよね。しかも我儘を口にする度に、それはもう申し訳なさそうな顔をしていたんですよ」
「あー想像はつきますね」
「カーディ!」
「何より私の出した料理をあんなに美味しそうに食べられたら…あれで料理人になろうって決めたようなものですから」
ふふと笑ったマティウスさんを、クリスは呆然と見つめていた。あまりに予想外の言葉過ぎて理解できないと言いたげな表情だった。
「…そんなの初めて聞きました」
「初めて言いましたからね、でも本当の話ですよ。ではごゆっくりどうぞ」
マティウスさんは言いたい事だけを一方的に言うと、すぐに厨房の方へと戻っていってしまった。
「可愛い…?」
首を傾げてそう呟いたクリスにとっては、その頃の自分は我儘ばかり言っていた面倒なこどもという認識だったんだろうな。マティウスさんにとってはただの可愛い子どもだったみたいだけど。
「クリス、良かったな。我儘言ったの実は気にしてたんだろ?」
穏やかなカーディさんの言葉に、クリスはまるで子どものようにこくりと小さく頷いた。
クリスは唐突にそう切り出した。
「ああ、クリスの実家の話か」
カーディさんは俺達の方をちらりと見ると、今はクリスの弟さんが継いでるんだと笑って教えてくれた。
「両親は私を大事に育ててくれましたが…どうしても幼い子供連れでは行けない、そんな場所もあるでしょう?」
「ああ、連れていく方が危険だと判断する事は多いだろうな」
俺はすぐに納得できたけど、アキトは少し不思議そうな顔をしていた。
「子連れで移動する事が無ければ知らないかな」
アキトが知らないのも無理は無いと思わせるために、俺はそう前置きをしてから話し出した。
大人にとってはなんてことのない距離でも、こどもにとっては過酷すぎる事。そもそもの体力が無いから、ただの移動でも体調を崩す可能性がある事。そんな不安定な状態に加えて魔物にも警戒が必要になる事。
さらりと説明した俺の言葉に、アキトはありがとうと言いたげに目だけで笑いかけてくれた。
「ある日、どうしても両親が一緒に行く必要がある仕事が舞い込んだんですよ」
置いていくしかないけれど、まだ幼いこどもを一人で家に置いていくのも怖すぎる。そう悩んだご両親が頼ったのが、当時はまだトリィさんに出会う前だったマティウスさんだったそうだ。近所に住んでいたから、頼りやすかったんだと思うとクリスは続けた。
「それでぼっちゃん呼びに繋がるのか?」
不思議そうに首を傾げたカーディさんの言葉に、クリスはうーと小さく呻いた。
「言いたくないんですけど…」
「俺は聞きたいな?」
「う、カーディが上目遣いでおねだりするなら叶えるに決まってるでしょう」
言い淀んでいたクリスは、あっさりとカーディさんに懐柔された。
「大人になってから考えたら、ただの友人のこどもを預かる事がどれだけ大変か分かったんですが…当時まだこどもだった私にはかけらも理解できなかったんですよ」
「それは仕方ないだろう」
「ありがとう、カーディ。むしろ両親から引き離した悪人ぐらいの気持ちでいたんですよね」
「それでどうしたんだ?」
「ううー…当時の私は我儘を言いまくったんですよ」
「我儘?」
「ええ、朝はウカの乳を温めたものが無いと嫌だーとか、夕食にはスープが無いと嫌だーとかですね」
クリスは本当に恥ずかしそうに、うつむいたままそう続けた。
当時のクリスが何歳だったのか、どんな言い方だったのかまでは分からないけれど、それは我儘と言うほどひどいものには思えなかった。
「それで、マティウスさんの反応は?」
「それが…完璧に私の我儘をこなした上で、我儘ぼっちゃんって呼び出したんですよ」
「「「我儘ぼっちゃん」」」
思わず言葉にして繰り返したのは、俺だけでは無かった。
「三人で口を揃えてそう呼ぶのはやめてください!我儘を言わなくなったらぼっちゃんだけが残ってしまったんですよ!」
「おや、自分で話してしまったんですか?」
嘆くクリスの後ろからひょこっと顔を出したマティウスさんの表情は、どことなく残念そうだ。
「ええ、私が自分で話しておかないと!どうせ私の目の前であの頃の話をするつもりだったんでしょう?」
「ああ、バレてましたか」
楽し気に笑ったマティウスさんは、両手に持っていた料理をずらりとテーブルの上に並べ始めた。その後ろではトリィさんも料理を持って待機中だ。
「おまかせと言われましたので、まずは日替わりのウカの乳を使用した冷製スープと葉物野菜と豆のサラダです」
「メインはもう少しおまちくださいね」
「トリィさん、おかわりお願いしまーす!」
「はーい!」
トリィさんはすぐに注文を受けて去ってしまったけれど、マティウスさんはその場に残ってまっすぐにカーディさんを見つめた。
「カーディさん。当時のクリスぼっちゃんの話、聞きたいですか?」
「聞きたいです!」
「ちょっ…」
「あの頃のクリスぼっちゃんは、見た目も中身もとっても可愛かったんですよ」
「は?か、可愛い!?あんなにいっぱい我儘ばかり言ってたのに?」
動揺してか珍しく敬語を忘れたクリスに、マティウスさんは柔らかい笑みを返した。
「でも、ぼっちゃんは絶対に叶えられないような我儘は一つも言わなかったですよね。しかも我儘を口にする度に、それはもう申し訳なさそうな顔をしていたんですよ」
「あー想像はつきますね」
「カーディ!」
「何より私の出した料理をあんなに美味しそうに食べられたら…あれで料理人になろうって決めたようなものですから」
ふふと笑ったマティウスさんを、クリスは呆然と見つめていた。あまりに予想外の言葉過ぎて理解できないと言いたげな表情だった。
「…そんなの初めて聞きました」
「初めて言いましたからね、でも本当の話ですよ。ではごゆっくりどうぞ」
マティウスさんは言いたい事だけを一方的に言うと、すぐに厨房の方へと戻っていってしまった。
「可愛い…?」
首を傾げてそう呟いたクリスにとっては、その頃の自分は我儘ばかり言っていた面倒なこどもという認識だったんだろうな。マティウスさんにとってはただの可愛い子どもだったみたいだけど。
「クリス、良かったな。我儘言ったの実は気にしてたんだろ?」
穏やかなカーディさんの言葉に、クリスはまるで子どものようにこくりと小さく頷いた。
215
あなたにおすすめの小説
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
継母や義妹に家事を押し付けられていた灰被り令嬢は、嫁ぎ先では感謝されました
今川幸乃
恋愛
貧乏貴族ローウェル男爵家の娘キャロルは父親の継母エイダと、彼女が連れてきた連れ子のジェーン、使用人のハンナに嫌がらせされ、仕事を押し付けられる日々を送っていた。
そんなある日、キャロルはローウェル家よりもさらに貧乏と噂のアーノルド家に嫁に出されてしまう。
しかし婚約相手のブラッドは家は貧しいものの、優しい性格で才気に溢れていた。
また、アーノルド家の人々は家事万能で文句ひとつ言わずに家事を手伝うキャロルに感謝するのだった。
一方、キャロルがいなくなった後のローウェル家は家事が終わらずに滅茶苦茶になっていくのであった。
※4/20 完結していたのに完結をつけ忘れてましたので完結にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる