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7歳

 42、スミル街

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 「へぇ・・半年以上ですか・・・」

父様がお城から帰ってきて、夜の食事を頂きながら、今日あった事を話してくれた。
そして私が言った事は、頑張って質問してくれたらしい。

魔力は半年から一年後に娶った、二番目以降の夫人には子供が生まれてないそうだ。

先生方は半治療を実践してみると言う。
マスクも普及するよう、自分で作れる作り方を各医院に張り出して教えるが、孤児院でも量産させましょう。と言っていたらしい。うちで作ってたのは大銅貨2枚くらいだったが、神殿製はもう少し高くなるだろう。

五年周期は、確定は出来ないけどスラムで下水整備をしていたらしい、と言った。

「そうですか。・・色んな菌が繁殖してそうですね・・・」
実証はわからないので、外へ出たら私が見に行って確認します。と言ったら、母様とイレッサは呆れた顔をしてたけど父様は

「し、城の人達が調べてくれるだろうから、ミラが行かなくても大丈夫だよ?」
と、悲しそうな顔で言った。

それから、種族により、病の差があるかは、熱病が終息したら、調べて教えてくれるそうだ。


「・・・これが、セレニカですか?」

父様が王宮からもらってきた木札を見て、私が呟くとエリーゼとシェラが、ポン、と現れて木札の花の絵を覗き込んだ。

『まあ、セレニカ!』
『ん・・・この花よ』

二人が頷いている。写実的にキレイに描かれている花は・・・少し首がお辞儀をしている小さめの花で菫と百合を足したような花だった。


前に父様やアランダールさんが言ってた、隣の国との戦争の後、今の魔術師長の精霊から情報をもらって探索された事があったらしい、と父様が説明してくれた。

「・・駄目だったんですか」

「研究しようとする前に枯れてしまったんだそうだ」

魔物と闘って、被害を出しながらも奥まで行き、表向きは駄目だったと公表したが、数本持ち帰り、研究しようとしたが、その前に枯れてしまったと言う。王宮の花壇の土が清浄じゃなかったのでは?と父様が言った。
「・・情報が足りなかったんですね」

「そうだね。私が、色と属性の説明をしたら、条件がとても難しいのでみんな衝撃を受けて、黙り込んでしまったよ」

もし研究を始めても、触る度に色が変わったり、いつ枯れるか分からないのでは、とても研究どころではなかっただろう、という結論になったのだそうだ。

「それで、もし花が必要になった時の為に、分布図を作っておく案は賛成されたよ」

万能薬、と言うと金儲けの為に、無茶な冒険者や悪い者達が出るので、セレニカの回復薬、という名で細かい注意事項と共に、ギルドや騎士団に通達するそうだ。

「七色でなくても、精霊がいる者なら属性は有効だから、五色のどれかは採れるだろうからね」

「・・・そうですね。でも・・スペースを持ってる人じゃないと持ってくる間に枯れてそうですけど?」

まあ、排気ガスとかない分、長持ちするのかな?前の探索でも王都までは持ち帰れたみたいだし。
あれ?でも大森林まで行くのに馬車で一ヶ月、とかいってなかった?騎馬で無理すればもっと短い日数で行けるのか。それか土ごと鉢で持ってくれば少し長生きするのかな?

「う・・・そ、それは・・まあ・・」

枯れないの?と指摘すると、どうだろうね?と父様が困った顔で私を見た。




年が明けた。

母様とイレッサは、秋からカルバンのお世話でかなり疲れている。
まあ、一鐘毎にホニャホニャと泣いてはイレッサと母様を起こすのだから、寝不足は必至だ。
昼間は母様がお乳をあげながら見て、夜はイレッサがミルクをあげつつ見ている。

私も見てあげたいが、この体に抱っこする力はないし落としたら怖いので、午前中の一鐘だけ揺りかごを見張って、童謡を歌うのが日課になりつつある。

「カルバン~、おはよ~」
年が明けて、カルバンはまだ3ヶ月くらいなのにちゃんと私を認識しているらしい。普通は5、6ヶ月くらいからじゃないのかな?
でも揺りかごに顔を出して声をかけると、ジッ、と私を見た後、笑顔でアウアウと話しかけてくれるのだ。子供の声の音域は高いから、赤ちゃんの耳でも聞こえてるのかも。
瞳は父様のアメジスト、髪の毛は母様似のプラチナブロンドで、もうイケメン確定の天使だ。

「面白い歌がたくさんね、ミラ」

うたた寝をしながら母様が微笑んで呟いたけれど、私は街の外を知らなくて、歌の中に出てくる物や動物がこの世界にいるか判らないので、他では歌えないけどね。と答えると、

「・・そう言えば、少し分からないモノがあったわね・・・」

と言ってから、スミル街には本屋が多いらしいから、外へ行く前に色々と覗いてみたらどうかしら?と母様が言った。

「本屋・・・・」



春になったら7歳なので、登録したらやっと外へ行ける・・・けど、やっぱり父様が悲しそうなのでちょっと無理かな?

でも取りあえず暫くは、スミル街を探索しようとお昼の後、冬装備で外に出ると10メーターくらい先から同じくマスクをした冬装備のエステルが来た。
私がマフラーをあげた後、編み棒を買ってきて、自分の帽子と手袋を作ったけど熱風邪の話を聞いて、今年は家族のマスクとマフラーとかを急いで作ったそうだ。

今日は闇の日でエステルの店もお休みだっけ。飲食店は闇の日にもやってる所が多いんだけど、アロフトさんは仕事した後の疲れた人達に食べたり飲んだりして一息ついて欲しいから平日営業なのだそうな。

「ミラ~・・」
「エル!・・・・・あけおめ」
私がコソッと言うと、ハッ、と目を丸くしてビシッ、と片手を挙手した。
「あけおめ!」

「暮れにサンコバも熱病出たんでしょ?大丈夫だった?」
「まあね。・・・実は上の兄さんが仕入れとかで外に行って貰って来ちゃってね」
と言いつつ食堂には人手も足りず致命的なので、熱がグッと上がった時点で、ヤバイ!と思って兄が寝てる間にコッソリと完治させたという。

年末は風邪の流行で、引きこもる人が多かったそうで、売り上げはちょっと落ちたらしい。

「風邪が終わるまでは衛生も兼ねて、家族にはマスク着けさせてるわ」
そして春までに、新しく従業員を入れる事にしたそうだ。


「わたし、今日はスミルに行きたいんだけどいい?」
「そう、いいわよ」

春からのギルド登録の為に、ノートや本や木札、ペンやインクとか、冒険者七つ道具?みたいなのを揃えたい。と言うと、自分も来年には揃えるから一緒に見る、と言った。

「え?エルも登録するの?来年には市民証の木札貰って、買い付けの手伝いとかで外には行けるでしょ?」
「そりゃあ、買い付けはね。でも折角の異世界だからミラが言ってたように私も他の国をみて、この世界を一周くらいはしたいかな?と思って。何れは暖かい地方とか国とかで色々探す予定なんだから、早めのランク上げは必要だもの」

確かに。ランク上げ、大事!
この大陸内で見つかればいいが、無かったら緯度や経度が違う国もチェックするわ!とエステルが意気込んだ。
歩きながら、エルフとドワーフと獣人の国は一度は行ってみたいね、と話し合った。

中央通りを渡ってスミル街に入ると開いてるお店が少なかった。
「あぁ、今日は闇の日だもんねぇ・・・しょうがない!」

そう言ってエステルが大通りから曲がって中通りに入って行くと、暫くして立ち止まった。私の家と同じ間取りと思われる本屋みたいだが、お休みだ。

「ここ、お祖父さんの家なの」

え?本屋さんなの?
私が目を丸くしてエルを見ると、グルリと回り込んで裏庭から入り、扉をトントントン、と叩いた。

「おじいちゃん!おばあちゃん!」

大きな声で呼ぶと、少ししてからギイッ、と戸が開いた。

「おや、エステルか!どうしたんだ?」

茶色の髪に白髪が混じっているが、まだ若い50そこそこぐらいの、細身で背の高い優しそうなお祖父さんだ。

「お友達と本を探しに来たんだけど、みんなお休みなの」
「・・ミラドールです」
私は頭をちょこっと下げて挨拶した。
「そうかい、お友達か。・・今日は闇の日だからなぁ・・・まあ入りなさい」

中に入ると、竈とテーブルがあった。台所と食卓が一緒で効率が良さそうだ。

「おばあちゃんは?」
「ん~最近、あみぼう?ってのを手にいれてね。毛糸をたくさん買ってきたんだが・・・」
と諦めたような顔でお祖母さんの近況を述べた。

「「・・・・・・」」

エルと二人で顔を見合わせた。お祖母さんは編み物にハマっているらしい。

「お・・その毛糸はサンコバで買ったのか?」

おや?・・っとお祖父さんが、私達の冬装備を見る。

「ううん、これはミラが作ってくれたの。こっちは私が作ったの」
と、首を振ってマフラーと、帽子の先にボンボンの付いた帽子を差すと、目を丸くした。
「ほう!上手だな・・・・・出来たらそのうち、ウチのに教えてくれるかね?」
「え?おばあちゃん、下手なの?」
とエステルが突っ込むと、人差し指を口に当てて、シーッ、と困った顔になる。
「・・もう1ヶ月くらい、作って解いて作って解いて・・・とやってるようでね。中々出来てこないんだよ・・・・」
とお祖父さんはため息をついた。
「じゃあ後で、私達が見てあげるよ」
エステルと二人で頷いた。


「さて、どんな本が見たいんだい?」

「動物とか、魔物がたくさん載ってるのはありますか?」

「あるよ。ちょっと待ってくれ」
台所から店内に入る扉の脇の台に蝋燭と藁が入った皿と火打ち石があり、カチカチと、藁の火種から蝋燭へ火を灯した。

・・・お祖父さんは火の精霊いないんだ。燃えたら困るから本の近くでは使わないだけかな?

店内に入ると薄暗い。休みなので正面の窓にはカーテンが掛かっている。

「「《ライト》《豆電》」」

二人で、大小のライトをポン、と出したらお祖父さんが目を丸くした。

「!?・・その明かりは何だ?エステル」

「光魔法の明かりよ」
エステルが、手のひらで浮かせたボール電球を差し出すと、怪訝な顔で、ツンツン、と触れている。
「少しだけ、温かいな。そっちのは小さいんだな」

「長い間できるように魔力を抑えてるんです。これなら三鐘はできますよ」
「さ・・三鐘、だと?」
お祖父さんが目を瞬いた。


「さあ・・これが、図鑑だよ」

レジのテーブルに置いてくれたのは、動物の本が二冊、魔物の本が三冊。
紙の印刷で装丁されていたけど、結構大きかった。

動物の本はB4くらい、魔物の本はA3くらいあった。文字の部分は印刷で、絵の部分の図解は判子か版画?で手刷りみたいだった。
作りもまだ荒削りだけど、ペラペラとめくってチェックしてみると、姿かたちは地球の動物と同じのがたくさんいるけど、名前が違うモノが幾つかあるみたい。なんと犬も猫も、鼠の絵もある。
絵を見つけて首を捻る。

普通、犬と猫って何処にでもいるよね?・・・私まだ王都内で見たことないんですけど!何で?

魔物の本も、ファンタジーや映画で出てくる、二足歩行系、四足歩行系もいる。
魔物はまあ王都の中だから、見たことなくても仕方ない。
たくさん種類が載っているのを一冊ずつ選んだ。
草花の本はA5くらいの大きさのを三つ見せてくれて、捲ってみると絵本にあった薔薇を筆頭に、地球でよく見る花はあった。これもたくさん載ってる一番分厚いのを選んだ。

「これを下さい」

と私が言うと、お祖父さんが目を丸くしてから、困った顔になった。この世界の本はまだ、結構高いので見たいだけだと思ってたらしい。

「か・・買うのかい?子供にはかなり高いよ?」

私はスペースから金貨を一枚出した。バイトのお金もあるからちょっと小金持ちだ。これで備品を揃えるのだ!

「これで足りますか?駄目ですか?」
と言ったらビックリされた。

「ど、どこからこんな大金を・・」

「一年前の、私達が売られたお金ね」

お祖父さんが狼狽えているとエステルが、盗んだんじゃないよ、誘拐されたお金、と言って1枚見せる。
「私も1枚持ってる。あとはお店のために父さんにあげちゃった」
と言って、お祖父さんが更に慌てた。
「い・・いつ拐われたんだ!?アロフトは何してたんだ!?」

険しい顔になっているので、父さんのせいではなく、自分達は魔力が増え過ぎたので、おうちじゃなくギルドで魔法訓練していた所から、悪い商人に拐われて、その屋敷をボロボロにして帰って来た後、自分達を売ろうとした冒険者もボロボロにして、悪かったと泣いて謝ってお金を返してくれた・・・という一連の話を適当にハショリながらエステルが話したら、口を開けて固まった。

「あ・・・まさか、あのお屋敷は、お前達がやったのか!?」
どうやら、結構みんな屋敷を見に行った事があるらしい。恐いもの見たさの観光名所になっているのかな?

備品や美術品など換金出来る物は全て国が整理して、子供の買い戻しや支払いなどに払われたらしいがその後、屋敷の買い手はまだつかないので、修理も解体もされていない、とアランダールさんが教えてくれたっけ。

「・・・そうです、実はドラゴンじゃないです。私達がやったのは、家族と親しい人しか知らないので、お祖父様も秘密ですよ?」
本が積まれたレジ台に二人で顔を乗せてお祖父さんをジッと見上げた。

「・・わ、わかったよ。・・・エルはそんなに強かったのか。無事で何よりだ・・・」
お祖父さんはエルの頭を撫でてから、眉を寄せてため息をつき、やはりテネリアに似たか・・と呟いた。

私は、大銀貨3枚のお釣を貰って本を三冊購入した。その本に手をおいて《スペース》と唱えて本が消えたら、またビックリされた。

「ほ、本は何処へ行った?」

「私達、白の精霊がいるから自分の荷物空間に入れてあるの」
とエステルがお祖父さんに言うと目を瞬いた。
「・・・白?」

タロス、とエステルが呼ぶと、ポン、と白い短髪の中級の男の子が、得意そうにニコッと笑った。

「!・・・なんと!初めて見たぞ。どうやったんだ?エステル・・」

とても知りたそうだったので、精霊の真実と、洗礼では来ない事、自分で最初に魔法を使えないと契約出来ない、と教えると眉を寄せて考え込んだ。
「ん~・・難しいな。やはり自分で無属性を考えるのか・・・」
お祖父さんが的確に無属性、と言ったので二人で目を丸くした。
「おじいちゃん白の魔法、知ってるの?」
「本はたくさん読んでるから、空間魔法だって事は知ってるさ。しかし空気は掴めんし、切る事も出来んだろう?」
と言ってまた考え込んだ。空気は目に見えないからどうすればいいのか思考が行き詰まったらしい。
昔、本で読んで空間があれば本が一人で大量に運べるし、楽だと考えて色々調べたんたがな、と言った。

そっか!本を読めるインテリ系の人ならそのくらいまでは考えられるのか。あと少し捻りがある人がいれば白を使える人が増えるんじゃない?

そこまで解るなら、と私達はお祖父さんを裏庭に連れて行ってから、薪を1本ずつ持つと目の前に出してから《コンパクト》と唱えて、ギチッ、と半分くらいの細さに圧縮して見せた。

「こ、これは・・・」
いきなり細くなった薪を見て目を丸くした。

「これが出来たら契約出来るよ?小さくするの。えーと・・この木の中から空気を抜くのよ。分かるかな?」
エステルが説明すると、そのままの薪と細くなった薪を掴んで繁々と眺めていたが、薪の切り口の密度の差が明らかに違うのをみて、ハッと気付いたらしい。
「ほう!そうか。空気を抜く?と言ったか?ふむ・・・まずこれが出来ればいいのか。〈小さくする〉んだな?」

そう言って細い薪を睨みながら、なんと半鐘かからずに、ギチッ、と圧縮して見せたのだ。
すごい、おじいちゃん!と、エステルが目を丸くして、パチパチと拍手した。
「すごい!前に父に教えた時は、一鐘も掛かってたんですよ。やっぱり本をたくさん読んでると知識量が違いますね」
と感心するとお祖父さんは嬉しそうに笑った。
「そうかね?読んでいるだけで何の足しにもならん、と思ってたが・・」

2、3日以内には白の子が現れるので、契約したら、この庭くらいの目に見えない大きな箱がある、と想像してスペース、と言えば荷物空間が出来ますよ。と言って精霊に教えて貰った一般的な広さを言ったら目を丸くした。

「ほう、この庭の2つか3つ分か!かなり荷物が入るし、楽出来そうだな」
と嬉しそうだった。


二階に上がって主寝室に入ると、やはりウチと同じく奥半分が寝室で、衝立で区切られていて、手前が応接間になっている。
私達が入ったとき、ソファの辺りで毛糸がフワフワ踊っていたのが見えた。お祖母さんが毛糸をほどいていたようだ。

「テネリア?・・エステルが来たぞ?」
と静かに声をかけると、ソファの緑色の髪の毛が動いて振り返った。
「まあ!エステル!・・・あら!お友達が出来たのね!」
と言って立ち上がるとエステルを、ギューッ、と抱きしめた。
おばあちゃん、と言うにはまだ若い40代くらいの凄く綺麗な人だ。
エルの顔だちはシアさんに似てたけど、くっきりとしたアーモンド形の瞳と髪の色は実はお祖母さんにソックリだった。
・・・ぎゅうっ、とスリスリされて、エステルちょっと苦しそう(笑)。

「お、おばあちゃん、編み物してたの?」
とエルが聞くと、エッ?と目を丸くして困った顔でため息をついた。
「中々上手くいかなくてやり直しよ」

「私達が教えるよ」

とエルが答えると、エステルと私を見て色違いの三点セットに気がついたらしい。

「まあ!すごく可愛いわねぇ。・・まさか作ったの!?」
「そうよ、自分達で作ったの」

そうして、1つ結び目を作って親指と人差し指に糸をかけて、左右に通して締める。という、一番最初の一列を覚えるのに半鐘(一時間)を要した。やっと自分の目安の10ピトくらいのゲージを作らせたのに、目が詰まってて8ピトくらいのゲージになっていた。
・・・力入れすぎ。

「おばあちゃん、なんか詰まりすぎだよ?」
「そ、そうかしら?一応きれいに四角いわよ?」

まあ、全部ギュウギュウだから一応均等だけどね。エステルの眉が寄っている。
「かたい・・・」

「・・・手慣らしにメリヤスとガーターの一目編みでマフラーを教えてみたら?」
と私が提案するとエルが頷いた。
「そうね・・」

エルがまた最初の、締める作業を教え始めると、お祖父さんがお茶を持って入ってきた。 
「お茶が入ったよ。・・なんか時間が掛かってすまないね」
と私達に謝ると、お祖母様はムッと眉を寄せた。
「ちょっと!何いうのよ、ドラール。少しずつ早くなってるわよ!」
「・・そうかい?悪かったね」
お祖父さんの眉が仕方なさそうに下がった。

二人でグイグイ教えてもしょうがないので、私はお祖父さんの前にリバーシを出した。
「おや、何だい?」
「ゲームです」
挟んで自分の色に返すんですよ。と教えると、顎を撫でながら、パチ、パチ、と差していく。
「うむ、単純だが面白いね」
と言いながら覚えるのが早い。3回目で、もう負けてしまった。
「あれ?・・負けちゃった」
私がポツリと言ったらエルがこっちを見た。
「え?負けたの?」
「ん・・・・・、たっち!」
手を上げてエルを見ると、パチッ、と手を合わせた。
「おや、エステルは強いのか?」
「ん!エルはまだ負けなしなの」
「ほー、そうか・・」
と楽しそうなお祖父さんと、気合いの入った顔のエステルが打ちはじめる。

私は、おばあ様の手元を見ると、表と裏は覚えたみたいだけど、毛糸の先がピーンと張ってキツく持ちすぎている。・・だから力入りすぎですってば・・・。
まあでも作りたい、って気持ちが大事だ。たくさん作って手が慣れてくれば、柔らかく出来るようになるかも・・。

「勝った!」
とエステルが声を上げた。おお、さすがエステル。やっぱ負けなし!

「おお!手強いな・・よし、もう一度だ」

おばあ様はゲージを見ながら、表・・裏・・表・・裏、と棒を動かして真剣な目で編んでいる。・・棒の動きもちょっと硬いけど・・・。


「えっ!?・・嘘・・・負けてる」
とエステルが呟いた。目が点になって首を動かして何度も数えている。私もビックリだ。
「え!?マジ?・・・エルの初黒星だ」

と私が言うと、お祖父さんが嬉しそうな顔で笑った。三回目は接戦で、数えたら二個負けたらしい。
「決まりは簡単だからな」
「・・もう一回!」

と、エステルが叫んで、次は勝って、その次は負けた。勝率的には6:4?くらいでいい勝負。こんな所に頭脳戦の伏兵がいた(笑)。

「エル・・・やるたびにお祖父さんが強くなってるよ?」
と私が指摘すると、ムムッと眉を寄せた。
お祖父さんは楽しそうだ。

「中々楽しいなぁ。これは何処で売ってるんだい?」
「サリベートの私の家の近くの木工店ですよ。大銀貨1枚です」
「そうか。じゃあ次に来る時に買ってくれないか?」
と鍵つきの金庫棚から大銀貨一枚を渡されたので、近いうちに持ってくる、と約束した。

「・・・今度は負けない!」
エステルの勝負魂に火がついてしまったらしい。

「うむ・・じゃあワシも頑張らんとな」

と、また勝負を始めるとエステルは何度も、む~、む~、と眉を寄せて唸っている。帰る頃には勝率が、7:3くらいになっていた。お祖父さん強し。


「ありがとうございました・・」
「いや、こちらこそありがとう。白が楽しみだよ」
お祖父さんがニッコリと微笑んだ。お祖母さんがエルの頭を撫でている。
「あれが出来たら、次のを教えてね」

「わかった。・・・今度は勝つから!」
お祖母さんに返事をしてから、お祖父さんを見ると人差し指を立てて宣言してた。

「そうか、楽しみにしてるよ」


それから、何度かスミル街に行っては、文具を揃えていった。

エステルは一緒に行く度に本屋に顔を出しては
「おじいちゃん、勝負!」
と半鐘くらい、勝負を挑んでいるが、3、4回に1回の勝率に落ち着いている。

文具店の便箋は、ちょっと高かったけど大事なので多めにストック。
そしてその店にはなんと、中身が白紙でA5の装丁本が10冊くらいあった。現代の日記帳と同じだ。表紙の革が赤、黒、茶、と三種あったので用途別に1つずつ買った。赤に日記を書く、とエルに言ったらエルも赤いのを買った。

いずれ、日本語で記録と記憶を残して置く為に。

何でも7、8年くらい前にAランク冒険者のキプレスという人が、もっと使い安く持ちやすい束にしてくれないか?と言われて印刷工房で作られたのだそうな。2、3年くらい毎にフラッと現れては、1、2冊買っていくという。

「・・Aランクって事は、前にギルドで聞いた、マスターを断った人かな?」
とエステルが呟いた。
「そうだね。現れるサイクルが短いから、きっとこの国にはいるんだね」

ペンは万年筆などないので、現代でも使う昔からのつけペンと、木札用の竹ペン?みたいなのがあったので、それを数本とインクを買った。インクは寿命があるはずなので、収納の方にしまった。後で小さい小瓶を探して小分けにして使おう。
木札は薪に使う木とは違うらしく、白めのキレイなA5くらいの板で、厚みは0.5ピトくらいのが大量に売っていた。一回か二回くらいなら削って使えるそうだ。やはりまだ木が主流だ。板も多めにストック。
そして落とし穴を発見する。

「ケースがない・・・」
「・・そうね、何処のお店も区分けする物が無かったわね」
二人で眉を寄せた。
トレーみたいな皿は見たけど、筆箱や文箱に相当する物がなかった。他の冒険者の人はどうやって筆記具を持っているんだろうか?
「作ってもらうか・・・」
「ん、その方がいいんじゃない?」

それからサリベートの雑貨店で、私の手の中に入る小さい小瓶を見つけたので、ドメナンさんに蓋と金具を付けてもらってから、それに合わせて筆箱と文箱をブレオさんに作ってもらった。

ドメナンさんには採集用の片刃のナイフ大小と、小さめの包丁と・・鉄で細めのクナイを10本頼んだ。木札に描いて渡すと、太めの釘のようで柄の端は丸い穴が付いている不思議なクナイを見て眉を寄せた。

「何じゃ、こりゃ?」
「んー・・・投げナイフです」
と、手に持ってシュッシュッと投げる動きで説明すると、図を見たエルが
「あー!何よこれ。いいなぁ、欲しいなぁ・・・」
としきりに推奨する。
「これから外へ出る為の武器か。それは大事じゃの。う~む・・・何か分からん形じゃが・・・わかった。作ってみるわい」
と請け負ってくれた。
エルも、欲しい~、欲しい~、と言って3本頼んでいた。私のクナイの刃先は、正面から見ると四角っぽい楔型だが、エルの刃先はトランプのダイヤ形で頼んでいた。忍者映画のクナイの形そのままのヤツだ。
「少し平たいの!こ~んな菱形で!絶対菱形で!」
と念を押していた。

サンコバでは、まな板や、小さめのテーブルと椅子、皿とコップを数個、小さい小樽や桶など小型の生活雑貨、ロープや鉢など、色々想定して少しずつ揃えてスペースに入れた。あとは・・・


「まあ!冒険者用の服なの?」

お腹が少しフックラと目立ってきた、タルメアさんのお店はそろそろ閉めてしまうので、営業しておらず店内の整理をしていた。
二人のお針子さんは、奥の部屋の作業台のテーブルに差し向かいで、縫い物をしていた。
一定の試験が終わる迄は、タルメアさんが預かって、その後実家に帰ってから、また新しい仕事を探す事になるのだという。
この世界も技術試験があるらしい。

あれからセララさんは、チャラ男はスッパリと諦めたらしい。暫くは仕事に生きてお金を貯める!と決意していて、最後の上級試験のドレスを懸命に縫っていた。
結婚適齢期は、貴族は二十くらいだけど、平民は二十二ぐらいまでだと言う。そして手に職があれば働き者って事で、更に二十五くらいまで後ろ指はさされないらしい。
スイニーさんは初級の試験で、様々な刺繍を施した子供用のドレスを懸命に縫っていた。

「そろそろ閉めちゃうから駄目ですねぇ」

「ごめんなさいね。仕事をする必要はなくなるから一応閉めてしまうんだけど、お針子を増やしてパンデルの方に小さいお店を出すか、屋敷のサロンで親しい方だけ注文を受けるか・・とか、ちょっと考えてはいるのよ?」

「そうですか、残念です。学院に行くときは色々な服を作ってもらおうと思ってたんですけど・・・」

と私が言うと、お針子ちゃん達が、残念~、作りたかった~、と口々に言っている。
前に頼んだ私と母様の服は、不思議な切り換えやシルエットで、難しくて面白かったのだそうな。三人で頭を寄せながら作ってくれたらしい。

そして、しばらく黙り込んだタルメアさんが、お針子ちゃん達を見て

「・・・・・うちの使用人になる?・・あの事があってから使用人が減ったみたいだから侍女や使用人や下働きとか、募集はしているのよ?。・・・でも雑用もする事になるだろうから、悪いと思って貴女達には勧めなかったの・・・」

タルメアさんが眉を寄せて話すと、二人は目を丸くした。

「・・え?いいんですか?」
「・・ルゴール様のお屋敷ですよね?」

「そうよ。それにね、私は色々とあったからパンデルでいい噂なんてないだろうし、これからドレスを注文する側になったとしても、どうしようかと思っていたのよ・・・」

「わ、私達が奥様の服を作ります!」
「私も頑張ります!」


結局二人はこのまま、タルメアさんの専属お針子になる事になったようだ。しばらくはタルメアさんのドレスで手一杯だろうけど、針仕事がない時は指に負担がないくらいのメイドの仕事や、屋敷の繕い物などもやるという。他の使用人や侍女から行儀作法も教われると言うので、意欲に燃えている。

タルメアさんは二人を見ながら、店はまだ分からないけれど手が空いたら、親しい人だけ衣装の注文を受けてみる、と決意したらしい。
入学までに私の服も受けるので、デザインを持っていらっしゃい、とタルメアさんが約束してくれた。


冒険者の服は汚れを想定した服だから、古着屋で探す事にした。

店内整理のついでに、布を整理するので安くするわ、と言ってくれたのでガーゼとモスリンを二巻き。これは色々使えるのでいくらあってもいい。
他に、深緑、焦げ茶、黒、濃紺、などの地味な色の生地を一巻きずつと、コットンを在るだけ買ってストックした。

「地味な色ばかりねぇ・・・」
と呆れ顔でタルメアさんが言った。

「保護色になる色の方がいいので」
「保護色?」

「森の色とか、夜に紛れて隠れられる色です。マントとか布を被って魔物や敵から隠れられるし、防寒にも目隠しにもなるから」
と言うと、タルメアさんが目を丸くした。
「あぁ・・・確かにね。・・つまり藪や茂みに隠れて見つからない様になる、色・・と言う事ね」
と頷いた。

「へぇ、そうなんだ・・・」
「ん~本当だ!隠れるのにいいかもね」
スイニーとセララも頷いている。
それから、茶色や黒の釦も貰った。

私が素材を選んでる間、タルメアさんは作業台に座って木札に幾つものドレスを描いていた。

「ドレス?」
「お屋敷で着る、結婚式のドレスなんだけど、私はもうこんな歳だし、お腹も目立つだろうから普通のドレスは着れないし、お腹を絞ったり出来ないでしょ?だから、デザインが全くないのよ・・・」
と溜め息を吐いている。

え・・デザインなんか千差万別なんだから、全くないなんて有り得ないでしょう。

一般的な結婚式ドレスの絵を見せて貰うと・・・コルセット仕様で、腰をギュッと絞った感じで、アントワネットのようなフリル盛りだくさんのドレスラインで、頭に花飾りがたくさん付いているデザインだった。式場(貴族はみんな、お屋敷や庭でやるらしい)ではたくさん花飾りを着けてる人が花嫁なので招待された側は頭の花飾りは控えめにするのが常識らしい。でも未婚の女性の場合は、そこも夜会と同じく相手を見つけるチャンスなので、ドレスや宝石がゴテゴテしてる人も多いのだそうだ。色は自分の好きな色を注文すると言う。派手で綺麗だけど、ベールもないし、トレーンの引き摺りもない。
「これが基本のデザインですか?」
「ええ、大体はそうよ」

「ん~・・・、十代なら可愛くて綺麗だけど、二十代にはちょっと・・・」
「でしょう?・・やっぱりね・・・」
木札を眺めては、困った顔で眉が下がる。

「・・・衣装や宝石にお金を掛けてもいいの?」
「え?どういう事?」
私がどのくらいドレスに散財していいのか聞くと、タルメアさんの目が点になる。

「だ、大丈夫です!結婚式は一生に一度なんですから少しぐらいのお金。旦那様はお金持ちですから駄目だなんて言わないです!」
セララさんが勢い込んで言った。
「そうですよ!奥様は殆ど飾りのないドレスばっかりだったから、旦那様も綺麗なドレスの奥様を見たい筈です!」
スイニーさんも加勢して訴える。

「・・そ、そうかしら?・・・・」
頬に手を当てて、困り顔で考え込んだ。

「少し出費してもいいなら・・・私が新しいのを考えてあげる!・・・全部ね!」

ニッコリと笑った。
見れなかった人が悔しがる程の、ドレスとアクセサリーを作る!

木札を奪い取って、呆気に取られてるタルメアさんを尻目に、ガリガリと基本のAラインを描いて見せた。
テーマはギリシャの女神風で行こうと思う。
十代の小娘には無理だろう?って感じの、豊満な胸元のカーブに添って大人の色気を見せつつ、バストアンダーのハイウェスト切り換えで、ギャザーたっぷりのAライン。

これならお腹が少し目立っても全然平気。
背面の裾は長めに50ピトくらいのトレーンを引く。
袖は少し透ける素材で肩山からギャザーをとっているが、袖口は絞らずに幅広のままで、袖口と裾周りはレースで縁取り予定だけど、間に合わなかったら無しでもいい。これがドレスの基本。
そしてネックレスとティアラを、ゴショゴショ、っと黒っぽく描いて頭の両横にあまり大きくないコサージュをモワモワと付けてから、身長の長さのベールと、その3ぶんの1の長さのベールを描いた。

「・・・まあ・・」
大まかに描いただけだから、雑だけど完成図はわかるはずだ。
「わ!布寄せがたくさんですねぇ、でも綺麗」
セララさんがギャザーに目を丸くした。
「わあ!色は何色なんですか?」
スイニーさんが目を輝かせる。
「白!絶対に白です。でも肩や胸のアンダーのリボンの辺りとか裾くらいなら銀糸とか、タルメアさんの瞳と同じ薄い緑なら少し入れてもいいです」

「わ、私の目?・・・」
タルメアさんがキョトンと瞬いた。
「ああ・・そうですねぇ、確かに」
うんうん、と二人は頷いている。

もう一枚の札に、頭と首を簡単に描いて、胸元と耳に涙型の宝石と、頭に四角い宝石が連なったカチューシャ型のティアラを描いた。
「まあ!!・・・・・」
と声を上げてタルメアさんが固まった。

「うわぁ!これ、出来たら凄いでしょうね」
「すごい、すごい!」

「これは、私が緑の石を調達して、鍛冶屋に頼みます」

と宣言すると、三人は又、目を丸くした。



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次は結婚式の予定です。

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お話のストックがなくなりましたので、ここ以降、不定期投稿になります。


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