僕たちにはロマンスが足りないらしい

波湖 真

文字の大きさ
1 / 2

ロマンスが足りない

しおりを挟む
「シャルル様、わたくしたちにはロマンスが足りないと思いますの。」

突然婚約者のイレーヌに言われた僕は黙って聞いていた。心の中ではそれはそうだろ?と思いながら。

僕はシャルル・レ・ムナモールという名前で伯爵家の嫡男だ。目の前にいるのはイレーヌ・ド・カラバーン伯爵令嬢だった。
そう僕達生まれた時からの、いや親同士の中では生まれる前から婚約が決まっていた。親同士の仲も良く、家格も同等、現時点でどの家とも平和に暮らしている両家にはなんの問題もない婚約だった。
だから、小さな頃からお互いの家を行き来し、週に一度はどちらかの家でお茶会を開いてきた。そこにはイレーヌのいうロマンスなど入る隙間も無い位の親密さだ。
なんといってもお互い長い付き合いなので何が好きで何が嫌いか、いくつまでおねしょしていたかまで把握しているのだ。
ロマンスなど生まれるはずがない。
ただし、お互いの性格嫌いではないし、容姿も釣り合う。仲の良い親友くらいの関係ではあるのだ。
ロマンスは無いが!
お互いそんな事は百も承知承知だと思っていたのに突然なんなんだ。
僕は僕の顔をジッと見ているイレーヌに向き直った。

「イレーヌ、それは仕方がないよ。僕達は婚約してから既に十七年も経っているし、結婚式までは後一年だ。今更ロマンスと言われても僕にはどうする事も出来ないよ。」

「それでも!ですわ。わたくしはシャルル様にロマンスを要求致します!」

そう言って頬を膨らませるイレーヌは文句なく可愛かったが胸が高鳴るわけではない。
イレーヌは波打つブラウンの巻き毛を持ち、明るいエメラルドの瞳をしていた。スタイルはスラリとしており、現在百八十センチの僕の丁度胸のあたりに顔がある。ダンスをするのにも丁度良い背格好だった。

「ロマンスと言われてもね。君と僕は既に家族のような親近感を持っているから今更どうやれば良いのが全然わからないよ?」

肩をすくめて返事をした僕を一瞥してそれでも!ですわ!という言葉を残してイレーヌは帰ってしまった。
その様子を見ていた執事のジョンには心配されたが、僕にはどうしようもないなとため息をついた。


「さて。じゃあ早速話してもらおうか?」

僕の前には緊張して背中を丸めている二歳下の婚約者の弟ポールが座っていた。
申し訳ないがこういう時のために小さい頃からしっかりと仕込んでおいたので先見の明があったということかな。

「は、、、、はい、シャルル兄様。えっと、姉様の事ですよね?あの、、今姉は何というか恋愛小説にはまっておりまして。僕にもその、、役をやらせる程なんです。」

「役?」

「ああ!決してあのいかがわしいものではなく、、ちょっとポーズをとったりしてるだけなんですが、、僕も恥ずかしくてやめて欲しいんです。」

顔を真っ赤にしているポールは必死に訴えてきた。まるで僕がしっかり相手をしないから代わりにやらされているかのような言い様だな。

「ああ、わかったよ。ありがとうポール。君も僕にロマンスが足りないといっているんだね?」

「ロマンス?シャルル兄様に??無理だよね?兄様には謀略の方が、、、、」

ごにょごにょ下を向いていってる事は全部聞こえたけど、年下をいたぶる趣味もないから聞こえなかった事にした。

「まぁいいよ。じゃあ今イレーヌは恋愛小説通りのロマンスがほしいって訳かい?」

「はい!多分そうだと思います。」

まさか今更恋愛小説のような恋に憧れているとは思わなかった。もう既に家族なのにどうやって恋愛するんだ?
自問自答を繰り返す僕にポールがヒントを差し出してきた。

「あの、、シャルル兄様。これが姉様のお気に入りの小説です。こんなこともあろうかと拝借してきました。」

そう言って渡された本は今まで僕が手にしたどの本よりと分厚くしかも挿絵の量が半端なく多かった。

「こ、、これは、、。読むのは勇気がいる本だね。ポールは読んだのかい?」

「すみません。僕も勇気が出なくて、、読めませんでした。あっ。でも、一部分だけを朗読するように言われたのでなんというか、、その、セリフは言わされましたが、、。」

僕がジッと見つめるとポールは諦めたよ様にセリフを言い始めた。

「えっと、、。君の瞳は月のように澄んで太陽のようにきらめいている。、、とかです。」

「成る程、参考になったよ。確かにそんな芝居のような事は言った事はないな。」

これからも言いたくないなと思ったが目の前に言わされたポールがいるのでそれは飲み込んで言葉を切った。

「今日はありがとう。ポール。とても参考になったよ。この本は借りておいても良いだろうか?」

「あっはい大丈夫です。今はその小説の続編に夢中になっているので。」

「続編まであるのか、、。」

微妙にスッキリした顔をしてポールは帰っていった。

僕は一人部屋に残りこれからの事を考えていた。やはりまずはこの本を読むしかないか、、。僕はポールが置いていった分厚い本を手に取った。


カタン

「ふぅ、、」

僕はやっと読み終わった本をソファのサイドテーブルに置いた。
いや~辛かった。こんなにページが進まない本ははじめてだ。こんなのに憧れているのか?
ご都合主義と勘違いと自業自得と突然の魔法、、何でもありだな。
しかもこの主人公の女は最悪だ。
大事な物は落とし、警戒を怠り、簡単に騙され、襲われる。ヒーローの心休まる時間はない。落し物を探し、守り、追いかけ、助けるの繰り返しだ。それに最後は王子になるって!!どういう事だ?
こんな間抜けな男になるべきなのか?
無理だな。

僕は早々に匙を投げて本を真似るのはやめた。

振り出しに戻った僕は周りの意見を聞いてみる事にした。

「では、早速だがロマンスとは何だろうか?」

ずらりと並んだ使用人に尋ねてみる。
皆がお互いに顔を見合わせている。

「ジョン。お前から教えてくれるか?」

執事のジョンは一番僕達のことを知っているので外れはないだろうと指名してみた。

「はい。シャルル様。イレーヌ様の仰るロマンスとは私が思うに雰囲気の問題だと思います。」

「雰囲気?」

「はい。シャルル様とイレーヌ様のお茶会のご様子を拝見するに恋人や婚約者としての雰囲気に欠けるといいますか、甘くないと言いますか、、。大変申し訳ないのですがポール様とのお茶と殆ど差異はございません。」

「殆どとは?」

「お茶菓子の種類をイレーヌ様には多くお出ししております。」

「成る程、よくわかった。ありがとう。では、次はマーサ。」

侍女頭のマーサは神妙な顔で進言してきた。

「おぼっちゃま。マーサは触れ合いではないかと思います。おぼっちゃまがイレーヌ様とお手を繋いだり、抱きしめたりしているのを見たことがございません。」

「ん?ダンスでは触れ、」

「「「「ダンスではございません!」」」」

反論しようとしたら他の侍女達からも言われ一旦口を噤む。

「シャルル様は冷静過ぎるのですわ!」

「もう少し夢見る要素がないと、、」

「あまり笑顔もイレーヌ様にお見せしていないです!」

次々と言われ少し引いてしまったが、どうも僕には甘い雰囲気がないらしい事はわかった。

「あ、ありがとう。では、どうすれば甘い雰囲気になるのだ?」

そういうと、使用人達は一斉に答えた。

「「「「「「お任せください!」」」」」」

いや、、、任せなくない。という僕の声は彼らには届かなかった。

「イレーヌ。よく来てくれたね。」

僕は最近練習している微笑みをイレーヌに向けた。どうも甘い雰囲気には笑顔が欠かせないらしい。別に僕は笑わない訳ではないのだが、無理矢理微笑む必要性を感じていなかったのだ。
そして、さらにマーサ指導の下イレーヌを玄関ホールまで迎えにでた。
いつもはジョンに任せてテーブルで待っているのだが、それも雰囲気が足りないらしい。更に手を差し出してエスコートするように言われていた。

「イレーヌ、さぁ手を。」

サッと手を差し出すとパーティ以外ではした事もないエスコートにビックリしているのかイレーヌはおずおずと手を乗せた。
イレーヌの顔が心なしか赤くなったようなのでやはりこれで正解なのか?
僕は笑顔のまま状況を分析していた。

今日のお茶会の場所は庭園の見えるテラスとなっていた。イレーヌをエスコートして行ってみると明るいながらも可愛らしいテーブルセッティングが待っていた。
テーブルセットは全てピンクでまとめられ明るい中にもほのかに香るアロマランプが置かれ、やはりピンクを基調とした花が所狭しと並んでいた。

「これは、、、ないな。」

僕が思わず場所を変更しようと向きを変えようとした時にイレーヌから感嘆の声が上がった。

「素敵ですわ~。シャルル様。わざわざわたくしの為に用意してくださったんですの?嬉しいですわ!」

「あぁ、イレーヌに、喜んでもらえて嬉しいよ。」

僕はこんなピンクだらけの空間から早く逃げ出したいと思ったがイレーヌは殊の外喜んているので首を傾げた。

これが、、、いいのか?
これが、、、ロマンスか?

この雰囲気がロマンスだというのなら確かに僕達にはロマンスはなかったなと言うしかない。
周りを見ると使用人達が親指を立ててウィンクをしていた。

上手く行くってことか?
このピンクだらけの空間で?
これから愛を語るのか?
このピンクだらけの空間で?

駄目だ、、僕には出来ない、、、。
イレーヌも期待のこもった瞳を向けないでほしい。
ここで君を太陽に例えたり、褒めちぎったりしろと?
いや無理だ。僕には出来ない、、、。

「イレーヌ、、。すまない。僕達にはロマンスは生まれないようだ、、、。」

驚愕しているイレーヌを残し、僕は肩を落としてテラスから自室に戻った。

あの本のヒーローは、、、凄い奴だったんだな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

婚約者の番

ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

婚約破棄、別れた二人の結末

四季
恋愛
学園一優秀と言われていたエレナ・アイベルン。 その婚約者であったアソンダソン。 婚約していた二人だが、正式に結ばれることはなく、まったく別の道を歩むこととなる……。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された

夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。 それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。 ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。 設定ゆるゆる全3話のショートです。

処理中です...