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第四章 学校生活

30、恩人(シモン視点)

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「きゃー」
学校に着いて早々シモンが聞いたのは女性の悲鳴だった。
一足早く学校に着いて久しぶりにコーデリアに会うのを楽しみにしていたシモンはその声の方を一応確認するようにハーモンに指示を出した。
コーデリアとは一年前の婚約発表以来会っていない。
もちろんそれはあの誘拐事件で犯人に言われた報復を恐れてのことだった。
自分がターゲットならいいが、自分と一緒にいる事でコーデリアに害が及ぶのを避けての行動だった。
公爵家に行く事はなかったが、信頼できる護衛や側近を公爵家の周りに配置して、万全の態勢で警護してきた一年だった。
そして、とうとう迎えたのがこの入学式だった。
この学校内でコーデリアに会う事は不可抗力として自分に認める事にしていたのだ。
だから、見張っている者からコーデリアの事は逐一報告は受けていたが、今日実際に会えるのを本当に楽しみしていた。
学校内であれば、婚約者同士なのだから近くにいても不思議では無いし、そばに常にいられるから前王原理主義者からコーデリアを守る事もできる。
はっきり言って誘拐された時点ではコーデリアの存在は、幼馴染みの域を出ていなかったが、コーデリアを日々心配し、見張り行動を確認していると段々と気になる存在になっていったのだ。
公爵家に通っていた時はコーデリアの事は見ていないに等しかった。
それが、見張りからの報告を聞いていると全く別の一面が見えたのだ。
シモンの前では気取っていたのか、高飛車なイメージだったが、報告によると案外おっちょこちょいであるらしい。
更に負けず嫌いでアーノルドに馬鹿にされると躍起になって練習したり、勉強したりしてるらしい。
母親である公爵夫人とは良好な関係を築いていて二人で明るい笑い声を立ててお茶をしているらしい。
それはシモンの知らないコーデリアだった。
シモンは自分の中にあるコーデリアとは別のコーデリアに興味を持って更に報告を求めて、更に気になるというスパイラルを過ごしていた。
今ではコーデリアは、シモンの中では守るべき存在で、その、初恋に近いとの自覚が生まれる程だった。
会えないと言う状況もそう言う気持ちになった要因な気がする。
そんな中での入学式の当日なのでシモンはかなり早めにやってきて、コーデリアを馬車寄せで出迎える予定だった。
そんな所での悲鳴だ。
確認しなくてはならない。
ハーモンが消えた方を見つめつつ、次々と到着する馬車を確認しているとハーモンが慌てて戻ってきた。
「ハーモン、どうした?」
シモンが確認すると少し言い難そうにハーモンが報告してきた。
「シモン殿下、あの、あちらで一人具合が悪いと仰っている女性が座り込んでいました」
「そうか、誰かをいかせて医務室に運んで差し上げろ」
「あの、それが、その女性がシモン王子をお呼びです」
「僕をか?」
「はい」
「何故だ? 何かあるのか? 誰の娘だ?」
「いえ、その、貴族でもないのですがシモン王子の関係者だと言い張るのです」
「ん? ぼくの関係者だと?」
「はい、名をミアと言うそうです」
「ミア? 知らないな? 誰だ?」
「あの、その女性曰く、シモン王子に貸しがあるそうです」
「?」
「多分推察しますとあの事件の時に学校入学を要求した少女では無いかと思われます。私も直接お会いした事はございませんが、それくらいしかあの年齢の女性とシモン王子の接点がみつかりません」
「あの時の?」
確かにあの時の帽子を貸してくれた少女は学校入学を希望していたが同じ年だったのか?
「わかった。一応恩人だ。僕が話そう」
そうしてシモンは馬車の列を気にしつつもミアと名乗る女性の元に向かったのだった。
馬車寄せから一段下に下がった遊歩道に座り込む女性を見つけたシモンは城で身につけた明るい笑顔を貼り付けて声をかけた。
「大丈夫ですか?」
その声にハッと顔を上げたのは、確かにあの時帽子を貸してくれた少女の面影があった。
「ああ、君はあの時の……」
あの時も整った顔立ちだと思っただけあって今は美少女と言っても差し支えないくらいの美貌に見える。
コーデリアには負けるが……。
「お、王子様……」
一向に立ち上がる気配のない女性にため息を吐きたくなるのを我慢して手を差し出した。
シモンは自立した女性が好きなのだ。
そして、一番好きなのは負けず嫌いな女性だ。
コーデリアのように言う事を聞けと言って悔しそうに睨みつけてくる女性が一番好きなのだ。
手を差し出すまで立ち上がらないなんて男を馬鹿にしている。
シモンは内心しらけながらも、笑顔で手を引いて立ち上がらせた。
あの時の明るい少女のままなら少しは好感が持てたが、こんな媚びるような目をするようになったのなら早く立ち去りたい。
「お怪我はないようですね? では、お気をつけて」
シモンが失礼にはならないように手を引くと思いの外強く手を掴まれた。
「チッ」
「え? あの、少し貧血のようです。あの、王子様、昔を思い出しながら一緒にいてくれませんか?」
「えっと、何処かでお会いしましたか?」
シモンは忘れた振りをしてやり過ごそうとした。
「あの、お忘れですか? 誘拐事件の時に一緒に逃げたのです」
少女の言葉は、シモンを更にガッカリさせた。
あの事件は皆知ってはいるが表向きはなかった事になっている。
もちろんシモンにとって不名誉な事だからだ。
だから、あの事件にかかわった者にはある程度の褒章と共に他言無用という約束をしているはずだ。
それは、もちろんあの時の子供や親にも言い聞かせている。
だから、匂わせても『何処かでお会いしたことがありますか?』程度が限界のはずなのだ。
それが、この女はペラペラと話し出す。
ただでさえ、お菓子や食べ物で喜んでいた他子供よりも学校に行きたいといういう願いは期間も長く、そのサポートで家庭教師を手配させていたはずだ。
その手厚い優遇から見ても、他の子供達よりも更に約束を順守する必要があるはずなのだ。
この女は呆れてものが言えないシモンに対して更に畳み掛けるように話し出した。
「あの時は本当にびっくりしました。突然現れた王子様に私達は夢かと思いましたわ」
「シッ! 気分が悪いのなら黙っていた方がいい」
シモンはこの少女の口に手を当てて話すのをやめさせた。
ハーモンは知っているが、シモンが魔法を使えるのは秘密にしているのだ。
あの誘拐で逃げられたのも、シモンが魔法を使えると犯人が知らなかったからだからだ。
「あ……はい」
しおらしくもたれかかってきたミアと名乗る少女に呆れながらも、突き放す事もできずハーモンに目を向けた。
すると、ハーモンがミアに話しかけたのだ。
「えっとミア嬢? ですね?」
「はい」
ミアはシモンにもたれかかったまま答えた。
「ご気分がお悪いのでしたら、私が医務室までお運びいたします。さぁ、おつかまりください」
ハーモンが手を差し出すも首を横に振った。
「あの、私も入学式に出席したいので……王子様と一緒に講堂まで連れて行って欲しいです」
この厚かましい申し出にシモンは笑顔を維持する事が、困難になりかけていた。
しかし、貴族ならまだしも、平民の少女、更には一応恩人を邪険にすることは出来ず、失礼のない程度にグイッと引っ張るとなるべく早足で講堂に向かったのだった。
「シモン殿下……お顔が」
後ろからハーモンの情けない声が聞こえたが、笑顔なのだ、多少黒くなることくらいは我慢してもらおう。
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