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番外編
アンネマリーの運命21
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「お嬢様、本当によろしいのですね?」
この数日部屋に引きこもっていたアンネマリーは正装に着替えて鏡に前に立っていた。
これから王太子とエレオノーラの婚約が発表されるのだ。
急な事だとしてもお祝いに駆けつけないということにはならない。
「行くわ! 雪が降ろうが槍が降ろうがスティーブン様が降ろうが関係ないわ!」
決意を新たにしたアンネマリーの言葉にため息を吐きながら侍女が一礼して部屋から出て行った。
馬車の用意を指示したのだ。
アンネマリーは未だに困惑していた。
スティーブンの突然のプロポーズには驚いたがその場の流れで頷いてしまったのは事実だ。嬉しくも思った。
だが、騎士の誓いと言われて一気に冷静になった。あの場を逃げ出した自分を褒めたいとさえ思う。
そして、家に戻りもう一度スティーブンの申し出について考えた。
どんなにスティーブンが自分を望んでくれてもホースタイン公爵家としては許される事でないだろう。いつの世も世継ぎ問題はある。
だが……アンネマリーは昨日届いたキャロラインからの手紙に目をやった。
その手紙には公爵家のことは心配しないでほしいと書いてあった。更には無能な実の子より有能な養子の方がいいとまで書いてある。
なんなら、その養子に自分とヘンリーの娘を嫁がせるとまで言及してあった。
そして、最後の一言がアンネマリーの心に刺さっているのだ。
兄の心を動かしたのはアンネマリー様が初めてであり、最後だと思う。
その言葉が身を引くことで納得しかけていたアンネマリーを再び迷わせている。
本当にそうなのだろうか?
スティーブン様は本気なのだろうか?
キャロラインは一生分の貸しを作ったと言っている。
アンネマリーは覚悟の決まらない心に一旦は蓋をして部屋を出た。
まずは王宮にてお祝いをしてからもう一度考えよう。
「王太子殿下! エレオノーラ様! ご婚約おめでとうございます!」
急に決まった発表だったが、王宮の広間は駆けつけた客で溢れかえっていた。
アンネマリーは混雑を避けるように遠回りして挨拶を受けている二人に近寄った。
その時、突然腕を引かれた。
「キャッ」
「失礼。だが、少し時間を頂きたい」
アンネマリーはその声がスティーブンの声だとわかると身体を硬くする。
「ス、スティーブン様! 今は……あの!」
アンネマリーの答えは聞かずに不自然にならない程度の力と速さでスティーブンはアンネマリーの手を引いた。
アンネマリーもこの場で騒ぎを起こす事はできないと思い、そのままスティーブンについていくことにする。
まだ、心は決まっていないが近い将来決めねばならない事なのだ。
スティーブンはそのまま王族専用の庭園までアンネマリーの手を引いた。
王太子と話がついているのか衛兵も軽く頷くだけで二人を庭園へ通してくれる。
ズンズンと進むスティーブンの背中を見つめながらアンネマリーは新鮮な空気を吸った。
ずっと閉じこもっていたので久しぶりに花の香りを嗅いだ気がする。
夕日を浴びた庭園のガゼボに着くとスティーブンはアンネマリーの手を離しそのまま跪いた。
「突然の無礼をお許しください。でも、どうしても貴女と話さなければならなかったのです」
スティーブンは頭を下げたまま続ける。
「先日は気持ちばかりが先走り申し訳ございませんでした。もしアンネマリー嬢が僕……いえ、私の話を聞いて下さるのなら僥倖です」
そしてその体制のまま手だけをアンネマリーに差し出した。
アンネマリーは一瞬迷ったがその手を取った。
「わかりました。スティーブン様のお気持ちをお話しください」
スティーブンがアンネマリーの手をキュッと握ると顔を上げた。
いつも見上げていたスティーブンに、下から見上げられるとくすぐったい気持ちになった。
「アンネマリー嬢、私は貴女を好きになりました。心から婚約を申し込みたいと考えています」
「でも……」
「貴女の不安や心配を全て払う事は出来ないでしょう。そして、この選択が貴女の将来に何某かの障害になることになるかもしれない」
スティーブンは、そのアメジストの瞳を真っ直ぐにアンネマリーに向けた。
「それでも、私が貴女と一緒にいたいのです。今まで私は常に自分と自分以外で人間を、分けていました。まぁ例外はいますが。それでも、あくまでも自分の考えが最上位として行動してきました。しかし、貴女は違います。私は貴女の考えは私の考え以上に尊重したいと考えるようになりました。そして、この考え方はもう変えられそうにないのです」
スティーブンは、一度大きく息を吸った。
「貴女が見えないと不安になる。貴女がいないと私が動けなくなるのです。キャロラインは右往左往している私をやっと人間らしくなったと笑いますが、貴女が頷いてくれないと私は王太子殿下の側近になれないかもしれない……」
「そんな……」
最後は少し笑顔を見せてスティーブンは再び頭を下げた。
「決して貴女の望む未来ではないかもしれない。しかし、私は貴女と共にありたい。自分自身が幸せになるために!」
そして、再びスティーブンは顔を上げた。
「王太子殿下にも父にも許可はとりました。貴女に騎士の誓いを捧げたい」
スティーブンの表情は真剣だった。
先日の焦っているような雰囲気もなく、よくよく考えたら結果なのだとよくわかった。
アンネマリーはその表情を見て、目を閉じた。
自分は何もできない。そう思ってきた。
求婚など絶対に受けられないと思ってきた。
人並みの幸せなど諦めてきた。
でも、この人を幸せにすることはできるのかもしれない。いや、自分にしか幸せにできないと言っているのだ。スティーブンは。
アンネマリーはゆっくりと瞳を開けた。
この数日部屋に引きこもっていたアンネマリーは正装に着替えて鏡に前に立っていた。
これから王太子とエレオノーラの婚約が発表されるのだ。
急な事だとしてもお祝いに駆けつけないということにはならない。
「行くわ! 雪が降ろうが槍が降ろうがスティーブン様が降ろうが関係ないわ!」
決意を新たにしたアンネマリーの言葉にため息を吐きながら侍女が一礼して部屋から出て行った。
馬車の用意を指示したのだ。
アンネマリーは未だに困惑していた。
スティーブンの突然のプロポーズには驚いたがその場の流れで頷いてしまったのは事実だ。嬉しくも思った。
だが、騎士の誓いと言われて一気に冷静になった。あの場を逃げ出した自分を褒めたいとさえ思う。
そして、家に戻りもう一度スティーブンの申し出について考えた。
どんなにスティーブンが自分を望んでくれてもホースタイン公爵家としては許される事でないだろう。いつの世も世継ぎ問題はある。
だが……アンネマリーは昨日届いたキャロラインからの手紙に目をやった。
その手紙には公爵家のことは心配しないでほしいと書いてあった。更には無能な実の子より有能な養子の方がいいとまで書いてある。
なんなら、その養子に自分とヘンリーの娘を嫁がせるとまで言及してあった。
そして、最後の一言がアンネマリーの心に刺さっているのだ。
兄の心を動かしたのはアンネマリー様が初めてであり、最後だと思う。
その言葉が身を引くことで納得しかけていたアンネマリーを再び迷わせている。
本当にそうなのだろうか?
スティーブン様は本気なのだろうか?
キャロラインは一生分の貸しを作ったと言っている。
アンネマリーは覚悟の決まらない心に一旦は蓋をして部屋を出た。
まずは王宮にてお祝いをしてからもう一度考えよう。
「王太子殿下! エレオノーラ様! ご婚約おめでとうございます!」
急に決まった発表だったが、王宮の広間は駆けつけた客で溢れかえっていた。
アンネマリーは混雑を避けるように遠回りして挨拶を受けている二人に近寄った。
その時、突然腕を引かれた。
「キャッ」
「失礼。だが、少し時間を頂きたい」
アンネマリーはその声がスティーブンの声だとわかると身体を硬くする。
「ス、スティーブン様! 今は……あの!」
アンネマリーの答えは聞かずに不自然にならない程度の力と速さでスティーブンはアンネマリーの手を引いた。
アンネマリーもこの場で騒ぎを起こす事はできないと思い、そのままスティーブンについていくことにする。
まだ、心は決まっていないが近い将来決めねばならない事なのだ。
スティーブンはそのまま王族専用の庭園までアンネマリーの手を引いた。
王太子と話がついているのか衛兵も軽く頷くだけで二人を庭園へ通してくれる。
ズンズンと進むスティーブンの背中を見つめながらアンネマリーは新鮮な空気を吸った。
ずっと閉じこもっていたので久しぶりに花の香りを嗅いだ気がする。
夕日を浴びた庭園のガゼボに着くとスティーブンはアンネマリーの手を離しそのまま跪いた。
「突然の無礼をお許しください。でも、どうしても貴女と話さなければならなかったのです」
スティーブンは頭を下げたまま続ける。
「先日は気持ちばかりが先走り申し訳ございませんでした。もしアンネマリー嬢が僕……いえ、私の話を聞いて下さるのなら僥倖です」
そしてその体制のまま手だけをアンネマリーに差し出した。
アンネマリーは一瞬迷ったがその手を取った。
「わかりました。スティーブン様のお気持ちをお話しください」
スティーブンがアンネマリーの手をキュッと握ると顔を上げた。
いつも見上げていたスティーブンに、下から見上げられるとくすぐったい気持ちになった。
「アンネマリー嬢、私は貴女を好きになりました。心から婚約を申し込みたいと考えています」
「でも……」
「貴女の不安や心配を全て払う事は出来ないでしょう。そして、この選択が貴女の将来に何某かの障害になることになるかもしれない」
スティーブンは、そのアメジストの瞳を真っ直ぐにアンネマリーに向けた。
「それでも、私が貴女と一緒にいたいのです。今まで私は常に自分と自分以外で人間を、分けていました。まぁ例外はいますが。それでも、あくまでも自分の考えが最上位として行動してきました。しかし、貴女は違います。私は貴女の考えは私の考え以上に尊重したいと考えるようになりました。そして、この考え方はもう変えられそうにないのです」
スティーブンは、一度大きく息を吸った。
「貴女が見えないと不安になる。貴女がいないと私が動けなくなるのです。キャロラインは右往左往している私をやっと人間らしくなったと笑いますが、貴女が頷いてくれないと私は王太子殿下の側近になれないかもしれない……」
「そんな……」
最後は少し笑顔を見せてスティーブンは再び頭を下げた。
「決して貴女の望む未来ではないかもしれない。しかし、私は貴女と共にありたい。自分自身が幸せになるために!」
そして、再びスティーブンは顔を上げた。
「王太子殿下にも父にも許可はとりました。貴女に騎士の誓いを捧げたい」
スティーブンの表情は真剣だった。
先日の焦っているような雰囲気もなく、よくよく考えたら結果なのだとよくわかった。
アンネマリーはその表情を見て、目を閉じた。
自分は何もできない。そう思ってきた。
求婚など絶対に受けられないと思ってきた。
人並みの幸せなど諦めてきた。
でも、この人を幸せにすることはできるのかもしれない。いや、自分にしか幸せにできないと言っているのだ。スティーブンは。
アンネマリーはゆっくりと瞳を開けた。
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