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第三章 

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「ジェイ!!」
ロバートと歩いていると前方からプリシラが走ってきた。
「プリシラ! ごきげんよう」
私はにっこりと微笑んだ。プリシラの可愛らしい顔を見たら自然に溢れてしまった笑顔だ。
子爵とカーリッドは既に別行動をとり、私は会場に向かう廊下を歩いているところだった。
「一人なの?」
プリシラの回りを見回すが誰もいないようだ。
「ええ、いつも一緒にいる侍女が具合を悪くしてしまったの」
「そうなのかい?」
「お父様が直ぐに代わり侍女を連れてきてくれる約束で私待っていたのよ」
侍女が離れる口実はこうだったのかと納得したがそのせいでプリシラが一人というのは納得いかない。
「でも、一人は危ないよ」
「大丈夫よ。だってもう会場内だもの。招待状が無い方は入れないし」
「それでも、心配だよ。僕がエスコートしてもいいかい?」
そういって習った通りに片手をそっと差し出した。プリシラの顔が赤く染まり嬉しそうに私の手を取ってくれる。
「可愛いな」
「え? 何?」
「なんでもないよ。君をエスコートできるなんて僕はラッキーだよ」
「ジェイったら。でも、本当は少し心細かったの。ありがとう」
「そういえば、ハリーは?」
「お兄様は今外出禁止よ。貴方に無礼を働いたからですって」
「ハハハ」
私は乾いた笑いを返すと後ろでロバートがコホンと空咳をする。
「じゃあ、行こうか?」
「うん」
そうして私達はプリシラと共に会場に向かったのだった。
会場は大きな美術館のガーデンだった。所狭しとテーブルが並びその上には子供が好きそうなデザートが置かれている。テーブル自体も子供の高さに合わせてある。
そして、中央には既に十名ほどの子供が集まっていた。
このガーデンには子供だけが入れるようだ。
私はロバートに頷くとその輪に向かった歩き出した。
「プリシラ、誰? その子?」
新参者の私は早速その洗礼を浴びる。
「僕はジェイ・モーリスタンです」
「聞いたことないわ」
私とプリシラの前に立ちふさがったのは私達よりも少し上の女の子だった。
「キャサリン、新しいお友達なの」
プリシラがそういって私の手をギュッと握る。
「そうなの? もしかしてハリー様が来られなかったのはその子のせいなのね!」
「そんなのことないわ。お兄様は自業自得なの」
「私はハリー様に会うための来たのよ! こんなお子様じゃ代わりにならないわ」
お子様って、自分だって少し年上なだけだろ。
その子は明るいくるくるとして金髪を綺麗に纏めていて、顔は少し意地悪そうに見える。
プリシラの様子からもあまり関わらないほうがいいのだろうと私は判断した。
「ご期待の添えず申し訳ありません。さぁ、行こう。プリシラ」
私はさっと頭を下げるとプリシラの手を引いてその場を後にした。
「大丈夫?」
離れた椅子にプリシラを座らせると私も隣に腰を下ろした。
「ええ、私どうしてもキャサリンのことが苦手なの。とっても意地悪なのよ。でもお兄様のことがお好きみたいでいつも私に話しかけてくるの」
「そうか」
「ああ、キャサリンのお父様は侯爵様なの。だから、仲良くしないといけないんだけど……」
なるほど、貴族とは子供の世界でも貴族なんだ。その時私は子爵が何故孤児であることを忘れろといったのがわかった。
そういう世界だと認めるしか無いのだろう。
「そうだね。僕も気をつけるね」
「うん。それより、おやつがいっぱいあるわ。一緒に食べましょう」
「よし。一緒に取りに行こう」
「うん!!」
私達は気を取り直してテーブルに並ぶデザートに向かった。
私達は暫く大人しくデザートを食べていた。子供がいる庭の回りで保護者や付添の侍女、侍従がそれぞれ交流を深めているようだ。
きっとそういうことも含めてのイベントなのだろう。
私はチラリと時計を見た。子爵と別れて既に一時間が過ぎている。
取引自体はもう終わってもいい時間のはずだ。現場を抑えることはできたのだろうか?
「ねぇ! ジェイってば!!」
「え? ああ。ごめんね。何?」
「もう! 私ちょっと侍女を見てくるわ。代わりの侍女も来てないし、もう具合も良くなったと思うの」
そういって立ち上がったプリシラの腕を咄嗟に掴む。
「だ、駄目だよ」
「どうして?」
「どうしてって、あの……」
流石に君の両親のスキャンダルが売られるところとは言えない。
「もう!! 兎に角私行ってくるね」
そういって歩き出した彼女の後ろ姿を見て、私は回りを見渡したがロバートを見つけることは出来なかった。でも、きっと私を見ているはずだ。
そう考えて、私はプリシラを追って走った。
「待って! 僕も一緒に行くよ!」
「本当?」
心なしかホッとした顔をしてプリシラは微笑んだ。きっと不安があったのだろう。
私は彼女に手を差し出すとキュッと握られる。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
そうして私達は手を取り合って侍女が休んでいるという部屋に向かって歩き出した。
きっとそこには侍女はいないだろうが、それで彼女が納得すれば会場に戻れるはずだ。
それなら問題ないよな。
その思い込みを後悔するのは少し後のことだった。
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