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第四章

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「では、行こう」
子爵の言葉に私は頷いた。そして差し出された手を取るとゆっくりと馬車に向かう。
私達の後ろからマイケルとカーリッドが着いてきた。
今日はいよいよダイナン伯爵のパーティの日だった。まだ、夕方と呼ばれる時間だが、私やプリシラが参加するため通常よりの早い時間から始まるのだ。
マイケルは正装しているもののブスッとした顔には不満と書いてある。クロードによるとあの模擬事件の解決とはいかなかったらしい。それもあって彼の私に対する嫉妬はピークに近い。
馬車が走り出した車内はなんとも言えない空気が漂う。そう感じているのは私だけかも知れないが、居心地が悪く窓の外ばかりを見てしまう。
「叔父上、少しよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ私もこのパーティに出席せねばならないのでしょうか?」
「ダイナン伯爵は君の父の親友ではないか?」
「では、このガキは……」
「ガキではない。君の従兄弟であり、僕の息子だ。いい加減認めるべきだな。そして、諦めて伯爵家に帰るがいい」
子爵の物言いは逃げ場がない。あんなふうに言われたら私でも落ち込んでしまう。チラリとマイケルに視線を送るとやはりショックという顔をしている。そして、私を睨みつける。
はぁ。ため息が止まらないとはこういう時に使うのだな。
そんなことを考えながら、再び窓の外の視線を送る。
ガタン
突然馬車が止められた。カーリッドがさっと立ち上がると扉の前に移動する。
「なんだ?」
子爵が私の後ろから窓の外を確認するが何も見えなかった。
「シャリアン、俺がちょっと確認してくる」
「ああ、わかった」
カーリッドが素早い身のこなしで外に出ると子爵は懐から拳銃を取り出して辺りを警戒している。
私はとりあえず何もできないと諦めて椅子に深く腰をかけた時に扉が開かれた。
「カーリッド……」
私が身を乗り出して彼を迎えようとしたときだった。ガシッと腕を掴まれて外に引きずり出される。
「ジェイ!!」
子爵の切羽詰まった声に私は両手両足をバタつかせるが大人の力には叶わなかった。
子爵の前に二人、カーリッドはコメカミに拳銃を突きつけられている。マイケルは動くことさえ出来ずに固まってしまった。
私を引っ張る男以外誰も動くことは出来ない。
「は、離せ!!!!」
「少し、黙っていろ!!」
首筋にガツンとした衝撃を受けて私は意識を手放した。
一体何が起こったんだ? 誘拐か? 何故……

「う……」
「目覚めたか? 小僧」
私はガンガンする頭を抱えて目を覚ました。しかし、視界は真っ暗だった。どうも目隠しされているようだ。
両手は後ろ手に縛られて足も動かない。
「誰だ!! ここはどこだ!!」
精一杯声を出す。
「うるせぇガキだな。黙ってろ」
「何が目的だ!! ち、父上達はどうした!!」
「父上だと?  卑しい身分のくせに貴族ぶってんじゃねぇよ!」
「え?」
「お前は人質なんだよ。お偉いお父様が良いものをもってくるまでは大人しくしてるんだな」
その声を最後にその男は部屋から出ていったようだ。
私は一度状況を確認する。
私は誘拐された。犯人は私の出自を知っている。子爵は脅されている。
畜生!! ここはどこだ? 何故私が誘拐されるんだ? 何か問題が生じたのか? それか子爵が恨んでいるやつの仕業?
わからないことばかりで混乱から抜け出せない。
一体何が起こっていると言うんだ?
手足を懸命に動かして見るが、縛ってある縄を解くことは出来ない。
こんな時は小さな子どもであることが悔やまれる。
「くそ!!」
私は悪態をついて、そのまま動くことをやめる。今動くと唯でさえ少ない体力を消耗してしまうからだ。
一体どれくらい時間がたったのだろう? 一時間? もう三時間くらいは経っているのか? 流石に夜を越えてはいないだろう。
そんなことを考えていると、再びドアが開かれる。そして、年配の男の声が聞こえてきた。
「こいつが?」
「そうです。なんでも子爵はこいつを目に入れても痛くない程可愛がっているそうですぜ」
「信じられんな。あのモーリスタン子爵がか?」
「実態こいつを捕まえたら、なんの抵抗もなく離れましたぜ」
「まあ、確かに良い面構えだがな」
そういうと足音が近づいて来て私の顎に誰かが触る。
「お前がモーリスタン子爵の養子だな」
私は歯を食いしばって顔を背ける。
「旦那が聞いてんだぞ!! 答えろ!!」
私を誘拐した男の声が聞こえたと思うと腹を蹴られる。
「おい! 大事な人質だ。手荒な真似はやめろ!」
「いいんですよ。死ななきゃいいんですって。物を手に入れてから神官を呼べばいいんすから」
どうも後から来た男は誘拐には慣れていないようだ。いや、初めからいた男が妙に慣れているのか?
「もう一度聞こう。お前はモーリスタン子爵家の養子だな」
私はわずかに頷くしかなかった。
「しかし、この誘拐ってやつは簡単ですぜ。しかも向こうに協力者がいるってのはやりやすいこって」
「ああ、それにこれから子爵が用意する情報は国をも揺るがすぞ」
「旦那。こいつは本当に返すんで?」
ぐいっと顎を掴まれる。
「もったいないですぜ。こんな顔ならいくらでも買い手が付きやす」
「そうか? まぁ考えておこう」
そう言って二人は笑い合うと上機嫌に去っていく。
「協力者?」
私は二人の会話を聞いて気になったことをもう一度確認する。
「こっちに協力者がいると言っていたな。それに情報を交換だとも」
私はハッとして顔をあげる。
「あいつがミルバーン男爵か?」
顔は見られなかったが、話の内容からするとミルバーンで間違いないだろう。
そして、協力者として頭に浮かぶのはあいつしか居ない。
私に敵愾心を持ち、最近は追い詰められていた人物。私を排除したいと本気で思っていただろう人物。
「マイケル……か」
私は大きくため息を吐いたのだった。
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