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第二百十三話 音楽の街 ウェンブリー開門!

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 アーバインが死んだからと言って、新米貴族である俺は悲しみに暮れている暇は一切なかった。
 アーバインの葬式が終わった次の日、大学に登校すると試験結果が伝えられた。
 今回は全員合格で無事卒業。
 俺を含め皆喜んだが、その後に待っていたのはマーク先生の指導だった。
 一人一人にあれはダメだった、これを改善しろと、細かくも厳しい指摘に喜んでいた皆は一転して落ち込んでしまった。
 ただし俺とライジェルはこれといった指摘はなく、むしろ誉められた。
 特に改善する箇所は無く、これからも精進するようにと言われた。
 
 そしてその次の日にもう卒業式だ。
 理由としては、なるべく早めに貴族としての仕事をしてほしいからなんだとか。
 貴族科は本当に忙しい。
 学校長先生とマーク先生、そして親父の代理で来た王太子の兄貴が有り難い言葉を頂く。
 一人一人に卒業証書を学校長先生から頂き、卒業式は終わる。
 皆、早速自分の領地に戻って仕事をするそうだが、最後に皆で金を出し合って模写絵師に卒業絵画を依頼した。

「それでは、いきますよ! はい、《シャッターアイ》!」

 俺達はとびっきりの笑顔を見せて、皆で肩を組んだ。
 模写絵師の脳裏に鮮明にこの景色が刻まれ、描き上がり次第それぞれの領地へ送ってくれるそうだ。
 一枚辺り五日掛かるようだが、全然待てる。
 後は仲の良かった連中と別れの挨拶を済ませる。特に仲が良かったのはライジェルだ。

「君の二刀流は凄まじい。これからも機会があったら手合わせ願うよ」

「俺の方こそ、ライジェルの剛剣は恐ろしかったさ。是非修行相手になってくれ」

 剣で通じ合った俺達は、固い握手をする。
 こうして俺達は、半年という短くもあり濃厚だった貴族科を離れて、それぞれの道へ向かっていった。
 皆家督を継いだり、新しく用意された領地の運営や事業に励む事となるだろう。
 頻繁に会う事は出来ないけど、この大学で作った関係は途絶えないようにしようと思ったんだ。





 そして卒業から一週間経った。
 王都から馬車で一時間走った所に、俺の街である《ウェンブリー》が出来上がった。
 芸術王国レミアリアで唯一の音楽をメインとした街だ。
 この半年という期間で、俺の希望通りの街を作り上げてくれたのは、カロルさんが紹介してくれた大工さん達の協力があってこそだ。
 それに、献身的に俺を支えてくれたレイ、リリル、アーリアにも感謝の言葉しかない。
 レイは領主代行と軍部統括をすると自ら名乗り出てくれて、俺と共に私兵の訓練と街の視察をした。たまーに影に隠れてキスをねだってくるのは、すごく卑怯だと思った。
 リリルは音楽家活動と領主業で疲れた俺を、料理で癒してくれた。さらには徹底的に甘やかしてくれるし甘えてきてくれる。本当に可愛くて、たまに襲ってしまったりしたなぁ。
 アーリアは音楽活動を魔道具製作で徹底的にサポートしてくれた。今も新しい楽器の製作を手伝ってくれていて本当に助かっているが、時に性的に襲われる。清楚なイメージとは反して、積極的にむさぼられます。
 アーバインが雇っていた使用人達は、ウェンブリーに来て働ける人だけをそのままうちで雇用する事にした。
 足りない使用人に関しては、王都で募集をかけて採用はしてある。
 ウェンブリーで商売をしたい人も当然許可を出して、もう開店準備は整っている筈だ。
 それに俺が考えた商売も準備は完了している。
 さぁ、俺の貴族生活がついに始まる。
 やるからには徹底的にやってやるさ!
 俺の街に驚愕しろ、そして楽しんで沢山金を落としていけ!
 俺が作り出した街は、開門セレモニーと同時に動き出すんだ。
 きっと貴族生活は面倒な事ばかりだろうさ。それでも、楽しみにしている俺がいる。
 前世で味わえなかった別の人生なんだ、思いっきり暴れて楽しんでやろうじゃないか!

「旦那様、そろそろご挨拶のお時間で御座います」

 俺の一歩後ろにいて声を掛けてきたのは、王様である親父お抱えの諜報部隊である《影》の隊長だったセバスチャン。
 白髪をオールバックで整えて、執事服に身をまとっている彼は、まさに執事そのもの。だが実力は俺より相当上だし、暗殺のプロで情報収集の腕もかなりのものだ。アーリアを孫のように可愛がっており、定年退職後はアーリアを見守る事に生涯を使うと決めたらしい。

「わかったよ、セバスチャン。で、今のところ怪しい動きはあるか?」

「特に御座いません。最近あの手この手で侵略をしている過激派の貴族ですが、ウェンブリーを標的にはしていないようで御座います」

「ふーん。高みの見物か?」

「どちらかと言いますと、値踏みされているのではないかと」

「どっちにしても、不愉快極まりないな」

「そうで御座いますな。ですがご安心を。我ら《黒狼こくろう》がすでに情報網を敷いており、旦那様方やこの街に手を出そうとする動きを即座に察知する準備は整っております故」

《黒狼》とは《影》のメンバーで構成された、俺専用の諜報部隊。
 近隣の貴族の情報収集や情勢をいち早く耳に入れる為に動いてくれており、その任務がない場合は執事として働いている。
 構成人数はたったの五人だが、この部隊は少数精鋭。その代わり皆腕利きだ。

「助かる。しかし、どうやって侵略しているんだ? 表向きに戦争やると、爵位剥奪されるんじゃねぇか?」

「貴族は王族の臣下であれど、王族に対してある程度物申せる権力を持っております。そして貴族からの税は王族の大事な収入源、あまりにも上から圧力を掛けてしまうと言う事を聞いてくれませんから、貴族同士の争いは貴族同士で何とかする形をとっております。ただし、王族は有事の際や王族に対する攻撃行為と見られる行動を取った場合、税の徴収が著しく悪かった場合には介入できる権力は持っております」

「それは学校で習ったよ。何となく理解しているさ。さて、手短に聞くがどうやって侵略している?」

「それが……理由は不明なのですが、侵略というより吸収しているらしいのです」

「吸収?」

「はい。吸収された場所は全て飢饉に陥っている所で、援助をする形で自身の傘下に取り入れているようで御座います」

「ふむふむ。でもさ、レミアリアってそんな飢饉が頻発する程土地は痩せてねぇよな?」

「その通りで御座います。故に人為的に引き起こされている可能性がある為、その線を洗っています」

「よし、その調子で頼むわ。んじゃ、俺は行ってくるよ!」

「いってらっしゃいませ、旦那様」

 侵略をしている貴族の事も気になるが、それよりも今は目の前の事に集中しよう。
 お辞儀をして見送ってくれるセバスチャンに背を見せ、俺は壇上に上がる。
 この挨拶は、しくじれない。









 ――ウェンブリー記録 三ページより――

 我が国レミアリアを侵略の魔の手から救った英雄で、新しい音楽を産み出した稀代の音楽家でもあるハル・ウィードが、街中央にある《ウェンブリー公園》で開門セレモニーを行った。
 一目でも英雄を見ようと国中から人が集まり、公園や大通りは見物客で埋め尽くされたのだった。
 公園に設置された壇上には、招待客が英雄が来るのを座って待っていた。
 当然ながらハル・ウィードの三人の妻も着席しており、夫が来るのを待っていたのだった。
 後に《業火の剣姫》と呼ばれる、私兵達に剣の稽古をつけ、屈強なる近接専門部隊である《白牙びゃくが》を作り上げ、さらには演奏公演で不在の夫の代わりに領主代行を務めあげるレイ・ウィード。
《業火の癒姫ゆき》と呼ばれる、街に治療院を設け院長となるだけでなく、ウィード家の私兵に専門の治療部隊である《青光せいこう》を立ち上げて私兵達の窮地を何度も救ったリリル・ウィード。
 元王女にして大恋愛の末臣下に下り、魔法が使えない代わりに魔道具製作でハル・ウィードを支え、超長距離射撃部隊の《虹弾こうだん》の団長である《業火の銃姫じゅうき》、アーリア・ウィード。
 美しいドレスに身を纏った三人の美女に、見物客は魅了されたという。
 また、数々の功績を残している公爵陣にウィード家の親族が招待客として着座していた。

 そしてついに、英雄が姿を現した。
 赤毛の英雄の姿が見えた途端、見物客達は一斉に彼に声援を送る。
 ハル・ウィードはその声援を一身に受け、満足したかのように頷くと片手を上げる。
 声援がピタリと止まった。

「私は、この日をずっと待ちわびていた。私が一から作り上げた自慢の街が、ようやく皆に披露する事が出来るからだ」

 マイクという魔道具を使い、街全体に彼の声が響き渡る。

「この街は、決して私一人では作る事が出来なかった。たくさんの友人、そして妻達、そこから出会った素晴らしい職人達のおかげで、こんな立派な街を完成させる事が出来たのだ。だからまず、私はそんな彼らにお礼を言いたい。心から、ありがとう!」

 ハル・ウィードは妻達の元に歩み寄り、三人の頭を順番に優しく撫でる。
 三人共嬉しそうな笑みを浮かべたのだ。

「さて、本当はこのまま妻達と楽しい一時を過ごしたいのだが、皆もこの街を早く楽しみたいだろう」

 その言葉に、見物客の中から「そうですよ、見せつけないでください!」という声が上がり、どっと笑いが起こった。

「悪かった。では長ったらしい挨拶はこの際抜きにしよう。それでは、私の挨拶が終わったと同時に各店が営業を開始する。それでは、私の挨拶は終わりだ。楽しんでいけ、野郎共ぉぉっ!!」

 貴族らしからぬ荒々しい口調で挨拶を締め括った瞬間、見物客は我先にと目的の施設へ移動する。
 まるで行軍のようであった。
 見物客がいなくなった公園の壇上では、貴族や親族、そして彼の妻達がワイングラスを片手に小さな乾杯をする。
 そして彼等はそのまま各々の馬車に乗り、ウィード家の屋敷へ向かうのだった。
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