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第百七十一話 素手での決闘!

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『おおっと、ウィード侯爵が暴徒とほぼ変わりない群衆に飲み込まれてしまったぁ!! 侯爵は無事かぁ!?』

『んー、恐らく大丈夫でしょう』

『それは何故です、ドーン様?』

『彼には必殺技がありますから』

『必殺技?』

 そうだよ、俺には必殺技がある。
 音属性という攻撃には使えなさそうだったけど、一番最初に覚えた攻撃魔法。
 それは――――

「《ソニックブーム》!」

 戦闘機のエンジン音が爆音で鳴り響く。
 一拍遅れて強烈な衝撃波が発生して、俺に立ち向かってきている男達が盛大にぶっ飛んだ。
 
『ぎゃぁぁぁっ!』

『うわぁぁぁっ!?』

 ぶっ飛んだのは約半数かな?
 取り囲まれてフルぼっこにされる前に俺は《ソニックブーム》の魔法を準備を予めしていたんだ。
 だから俺は、端から見たら危機的状況でも、無傷で余裕で切り抜けられた。
 その様を見ている観客は「おおおおっ!!」と歓声を上げて盛り上がっている。

『ば、爆音が鳴ったと思ったら、群衆が吹っ飛ばされた!? これはどういう原理でしょうか、ドーン様!?』

『詳しい原理は理解できませんでしたが、爆音をとてつもない速さで飛ばすと、衝撃波が発生するらしいです』

『あれが、侯爵の必殺技ですか?』

『そうです。見えないし防げない、無詠唱だし対策が出来ない。殺しは出来ないが相手を吹き飛ばせる。まさに必殺技と言ってもいいでしょう』

『な、なるほど』

 流石隊長さん、俺と何度も組手をしているからわかってるね!
 さてさて、こっからが俺の特訓の成果の見せ所だ!

 俺は吹っ飛ばされていない奴等の方を振り向き、距離を詰める為に地面を蹴って駆け出す。
 当然敵達は武器を構えて警戒する。また俺の《ソニックブーム》が飛んでくると思っているんだろうが、俺の魔法はそれだけじゃない。

「そいつは偽物だぜ、おばかさん!」

 奴等の背後に漂っていたサウンドボールから、俺の声を再生する。
 当然奴等は急いで振り返って対応しようとする。
 だが、それは間違いだ。

「残念、俺が本物でしたっと!」

 無防備に俺に対して背中を向けている奴の右脇腹に、右足でのミドルキックを繰り出す。
 当然俺の攻撃はクリーンヒット、短い悲鳴と共に体をくの字に曲げ、地面に倒れ込んで痛みに悶えていた。

「くそっ、騙された!」

「気を付けろ! 侯爵の魔法は声すら操るぞ!!」

 今更気を付けたって、どうしようもないっての。
 人間は緊迫した状態から不意に音が発生したら、どんなに意識していたとしても気が散ってしまうからな。
 俺はそのタイミングを狙って、破裂音だったりを出して背後からの攻撃を回避しているんだ。
 だから安心して、正面の敵を叩き潰せる!

「う、うおぉぉぉっ!!」

「流石に兵士さん達より攻撃は遅いなっと」

 上段から振り下ろされた木剣の側面を、掌底で弾いて剣の軌道をずらす。
 木剣は俺の体に当たらずに地面を叩いた形になり、その隙に相手のみぞおちに俺の拳を食い込ませる。

「か――はっ」

 相手は膝から崩れ落ち、そのままうずくまる。
 俺は次の相手に視線を向け、距離を詰めた。

 これが、俺の特訓の成果だ。
 俺はリューイの街から戻ってきた後、隊長さんと兵士さん達に頼んでとある特訓をしていたんだ。
 それは、俺が武器を失ってしまった時の対策として、体術を習得する事だ。
 当時の俺は、剣がないと戦闘能力ががくっと落ちてしまっていた。その事に気付いた俺は隊長さんに体術の指南を頼んだ。
 隊長さんは体術の心得があり、快く教えてくれて助かった。
 しかし、指南の内容は教えてもらうって言うより、ほぼリンチだった。
 棍棒を持った兵士さん二十人に対し、武器を持たない俺一人。
 最初の頃は囲まれて棍棒で叩かれまくっていたっけ。
 兵士さん達は、その時非常にいい笑顔をしていたのを覚えている。滅茶苦茶悔しかった!
 特訓が始まって一週間は、兵士さん達にほぼフルぼっこ状態だった。この時は二分も持たずにボコボコにされた……。
 二週目に入ったら、俺も素手での対応策を思い付き、攻撃もいなす事が可能になっていき、五分も持つようになった。
 三週目は余裕が出てきて、数人を戦闘不能にしながら相手の攻撃に対応する事が出来るようになり、フルぼっこされる事はなくなった。
 そして受勲式直前には、息絶え絶えだったが全員を素手で倒す事に成功した。戦闘時間は約三十分。休む事なくぶっ通しで戦闘をやっていたおかげで、スタミナも大幅に身に付いたと思う。
 こんな特訓をしていたから、統率もされていない烏合の衆相手に手こずる訳がない。

 サウンドボールが背後から斬りかかろうとする音を察知し、俺の聴覚細胞に伝えてくれる。

「くら――――」

「わねぇよ」

 音が発生した位置から察するに、俺の腕が届く位まで相手が距離を詰めていた。
 俺はそのまま相手の姿を確認せず、左腕で裏拳を繰り出す。
 相手の顔の位置は、一瞬発生させた《ソナー》で全体像を捉えていたから、目で見なくてもしっかり把握している。

 俺の裏拳が、俺の背後から斬りかかって来ていた敵の左頬に綺麗に入る。
 裏拳を振りきると、相手も勢いに逆らわずに体を回転させて倒れた。
 いやぁ、痛々しいのが伝わる位に綺麗に入ったな。何本か歯が抜けたのが見えたぞ。

『強い、強い強い!! 若き英雄、ハル・ウィード侯爵! 剣を使わなくても強すぎる!! まるで後ろにも目が付いているかのように背後からの攻撃を察知しているぞ!?』

『これも音属性の魔法ですね。今この空間には、目に見えない彼の魔法で生成された球体が無数に漂っているのでしょう。その球体一つ一つが、どんなに小さな音も拾って彼に届けてくれるようです』

『もしかして、背後の攻撃を見ずに対応しているのは?』

『十中八九、ハル君の魔法のおかげでしょうね』

『す、素晴らしい! 歴史上初のユニーク魔法を使いこなす《音の魔術師》の二つ名は、伊達じゃないですね!!』

 実況さんが俺を褒めちぎる。
 止めろよ、照れるだろ?

 観客はというと、男達は「そこだ、行け! やっちまえ、侯爵!」だの、「何やってるんだよ、俺達のアーリア姫様を奪った侯爵に一発位かませよ!」とか様々な声が飛び交っている。
 女性はというと、「侯爵様の戦っている姿、超素敵!」とか「ああ、侯爵と結婚できるお三方が羨ましいわ……」だの、「音楽も出来て強いなんて、超有料物件ですわ……」と言われている。
 ふふふ、もっと褒めるが良い!

 ……おっと、これ以上は調子に乗らない方がいいな。
 戦いにおいて油断は禁物だ。

「ハル、そこだ、行けっ! いいぞ、もっとやれ!!」

「レイちゃん、興奮しすぎだよ……」

「そりゃ興奮するよ! あいつ、素手でもあんなに強くなってて!! 僕も参戦する!!」

「レイさん、ドレス姿なのを忘れておりますわよ! 落ち着きなさい!」

「ううう、僕だって暴れたい!!」

「流石元麗人、男らしいですわ……」

 レイが相当興奮していらっしゃり、リリルとアーリアに取り押さえられているやり取りを、サウンドボールが拾った。
 何やってんだよ、お前は花嫁なんだからちょっと静かにしててよ。
 血の気が多いなぁ、あいつ。

 さてさて、三人は痛みに悶えて戦闘不能状態。
 でもまだまだ相手はいるなぁ。
 これは骨が折れそうだ。
 ま、非常に楽しいけどね!

「これで終わりじゃねぇだろう、お前ら! 全員きっちり相手してやるから、どんどん掛かってこい!!」

 俺が大声で叫ぶと、敵達は逆にたじろいでいる。
 おいおい、俺は一人だぜぇ?
 何びびってんだよ。

『うっわ、侯爵、相当悪そうな顔してますね』

『ああ、戦っている時、たまにあんな表情しますよ、彼』

『ちょっと、怖いですね』

 そんなに俺、悪そうな顔しているのかしら……。
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