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第二部
8.羨む心と覚悟
しおりを挟む色素の薄い髪色に遠目からでもわかるほど整った容姿の女性。180cmを超えている東条さんの隣にいて丁度良いと感じる身長差。ヒールを履いて160cm後半だろうか。シャンパンゴールド色の上品なドレスを着こなして、可憐に微笑む女性は私より少し年上に見えた。凛とした強さが美しい朝姫さんとはタイプの違った美女。たおやかで庇護欲を誘う儚げな面差しの女性は、東条さんの腕に片手を置いたまま談笑している。
ツキン、と胸に針が刺さったような痛みが体を襲った。
呆然と視線を外せないでいたら、困惑した様子で私を助けてくれた青年が「大丈夫ですか?」と再び声をかけてくれた。
その声に凍り付いていた体が反応する。今はここで驚いている場合じゃなかった。
「ええ、大丈夫です。すみません、ちょっとお手洗いに行ってきますね」
無理矢理笑顔を浮かべて会釈した後、何か言いたげな様子の彼を置いて人の輪を離れた。
中庭から建物の中に入ると、一言無線で黒崎君たちに連絡を入れる。
「トイレに行ってくるからまた後で連絡する」
ピ、とスイッチを切って、誰にも会わないよう気をつけながら化粧室へ向った。
◆ ◆ ◆
バタン、と扉を閉めると運良くそこには誰もいなかった。高級ホテル並にきれいで清潔感のあるトイレのカウンターには色鮮やかな薔薇が飾られている。瑞々しさが残る深紅と薄紅の薔薇を見つめながら、動揺を抑える為に冷たい水で手を洗った。
混乱している自分を冷静にさせる為、冷水を触っているのに。水と接触している所為か、余計な所から体内の水分が引き出されそうになる。その感覚に焦った私は蛇口を止めた。冷たい手とは裏腹に胸の奥からは疑問ばかりが溢れてきて、とても冷静になれそうになかった。
―――あの女性は誰?
―――どうして東条さんはここにいるの?何であの女性に腕を組ませていたの?
どうして、何で、誰。
知らない事なんて山ほどあるはずなのに、東条さんにだって交友関係があるはずなのに。その隣に立っていた女性の居場所は私のもの!と主張したい自分がいて、自己嫌悪に陥る。
『何勝手なことを思っているの?親しい女性がいるなんてあたり前でしょ。自分だって鷹臣君や隼人君、同僚の皆や男友達と平気で腕を組んだり隣を歩いたりするじゃない。自分がしている事を東条さんがしたら嫌だって言えると思ってるの?』
頭の中で声が響く。傷つく私に第三者の視点で容赦なく筋違いと言って来るもう一人の自分。
そうだ、私だって今は黒崎君の恋人役をしているじゃないか。いくら仕事で割り切っているからって、他人から見たらそうは見えない。さっきだって恋人同士に見せる為に腕を組んで歩いていたのに、東条さんが同じことをしたら嫌だって言えるの?仕事だと伝えていても、違う男の人と腕を組んで歩くなんて東条さんが見たらどう思うか。決していい気分にはならないのに。
ぽたり、と涙がカウンターに落ちた。
化粧崩れをしたくないから下唇をかんで感情の昂りを抑える。簡単に崩れるだけなら直せても、万が一号泣なんかしたら周りをごまかせない。勘が鋭い黒崎君や白石さんにも迷惑をかける。
ハンカチを取り出して深呼吸を繰り返した。息がつっかかるようで上手く呼吸できなかったけど、時間をかけて何とか冷静さを取り戻す。
そうだよ、昨日東条さんに会社で会った時、私が仕事で行けないと告げたら東条さんだって急な用事が入ったって言ってたじゃないか。『仕事ですか?』と訊ねたら珍しく疲れたような微笑で『あまり気は進まないのですが断れなくて』と答えた。
仕事とは断言していなかったように思える。それなら恐らく東条さんのお家関係で出席せざるおえなかったのだろう。きっとあの女性も東条さんのお家の関係の人か、親しい女性の一人で気安く触れる事を許していたのかもしれない。
はー、と息を吐いたところで、女性の声が近付いてきた。
まずい、トイレに来るつもりだ。
咄嗟に一番奥の個室に篭る。ハンカチで涙を抑えていた私を見たら、向こうも気まずいだろう。ここは鉢合わせしない方がお互い楽なはずだ。
やや重厚な扉が開いた音が響く。そして聞こえてくる女性の声はどうやら2人だ。声音からしてまだ若そう。20代くらいだろうか。
彼女達はトイレに入る事なく化粧直しをしに来たようだ。カウンターに物を、恐らくバッグを置き、がま口が開く音が小さく響いた。目当ての物を探しているようだった。
『――・・・まさかここで高遠家のお嬢様にお会いするとはね・・・』
はぁ、と女性は重い溜息を吐いた。くすくすともう一人の女性が笑う。
『お姉ちゃんダメージ受けすぎ。いくら芹さんが相変わらず美人でも次元が違いすぎて妬みも出来ないよ、普通。フランス人とのハーフでお人形のような容姿と小顔、それにスタイル良くて、相変わらず可憐な美しさ。比べる事すら悲しくならない?白夜様とのツーショットは美男美女で逆に目の保養だって』
白夜様と聞いて心臓が跳ねた。
あの場所で"白夜"が2人いるとは思えない。そしてツーショットと言うのは、間違いなく先ほど見た東条さんとあの女性だろう。
たかとお、せり?それがあの人の名前なのだろうか。
『別に妬んでなんかいないわよ!ただいつもエスコートなんてしない白夜様がまさか高遠のご令嬢を連れて来るなんて思わなかったのよ。驚くなという方が無理でしょ?』
『えー別に?だってあの2人って元々許婚同士でしょ?いつの間に復活したのかしらないけど、親しくしててもおかしくないよ』
『・・・あんた随分興味がなさそうね。お子ちゃまにはあの大人の魅力がまだわからないのかしら』
『そりゃ私まだ高校生だもん~。うちの生徒会長の方が若くて美形だし?30歳なんて自分の倍近い年上の男性はいくら白夜様でも恋愛対象として見れないよ。まだ今日誕生日を迎えた翼さんのが大学生でいいなと思うけど』
『あんたんところの生徒会長は確かに美形だけど系統が違うでしょう・・・まあ、いいわ。そろそろ戻るわよ』
『は~い』と言う少女の声が響いて、扉が閉じた。思わず詰めていた息を吐き出す。
・・・まさか見知らぬ女性2人から情報を得ようとは。聞きたくなかった事まで聞いてしまい、私の涙は驚きのあまり引っ込んでしまった。
たかとおせり。
東条さんの隣にいた女性は、東条さんの許婚だった人?昔確かにそんな人がいたことは調べていたから知っているけど、名前まで覚えていなかった。とっくに破談になっているのに、また復活したと思われているらしい。それも無理はないだろう。めったに女性を連れてエスコートしない東条さんが、こんな集まりに元許婚の女性を連れて歩いていたら。そんなの噂になるなと言う方が無茶だ。
フランス人とのハーフ。確かに日本人離れした顔立ちをしていた。儚げで繊細な美貌の持ち主。あの少女が称したように、確かに美男美女だ。目の保養になるほどの。
くしゃり、と顔が歪みそうになるのを堪えた。
嫌だな、この感情。羨ましい、ずるいって思わず妬んでしまう。
東条さんの隣にいて相応しいと周りが思う女性に。
他人からどう思われるかを気に病む日が来るなんて思わなかった。私が隣にいたら東条さんはどう思われるんだろう。少なくとも美男美女でお似合いとは思われないと思う。何で隣にいるのが私なの?ってあからさまに思われそうだ。
別に自分の容姿が嫌いなわけじゃない。でも少しでも鷹臣君達みたいに優れた容姿の遺伝子が欲しかった、なんてついどうしようもない事を羨んでしまう。髪の色素は薄めでも、私なんてどこにでもいる平凡な外見だ。
東条さんの隣に立って相応しいと思われる女性になりたい。こんな風にあの場を逃げ出してトイレで泣くような惨めな思いをしたくない。堂々として胸を張って、東条さんの隣を歩けるような、そんな女性に。
「何やってんだ、私は・・・!」
がちゃりと扉を開けた。
時計を確認するとまだ15分しか経過していない。この位ならどうにでもなるだろう。
今は仕事で来ているんだから、仕事に集中しなければ。トイレに逃げてましたなんて意地でも言いたくない。化粧崩れを心配したけど、思ったより目立たなかった。それに外だし、いくら黒崎君たちでもそう気付かないだろう。
私は中庭に出る途中で、人気のない所を探して携帯を開いた。
登録したばかりの名前と番号を探して、電話をかける。コール音が3回したところで、相手が電話に出た。
「もしもし、麗だけど」
木々の狭間から覗く月を見上げる。青白く、気高く輝く月を見つめながら、私は覚悟を決めた。
「あの話、引き受けるわ」
愛して欲しいのなら愛される努力を怠ってはいけない。
そう月の女神に囁かれた気がした。
************************************************
どんどん名前が増えて申し訳ない。
今更ですが、そろそろキャラ紹介でも作ろうか迷っています。
誤字脱字見つけましたら報告お願いします!
次回、白夜語る、かも?
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