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第二部
34.一ノ瀬家の事情
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会話が多くハイテンションで疲れるかもしれません。ご注意ください。
そしてちょっとだけ宗教の話も出ます。ご不快に思われたらすみません。
********************************************
東条さんの仕事の会食で夜のデートはキャンセルされた金曜日。
定時に上がり7時前に帰宅した私を出迎えてくれたのは、普段着に着替えた響だった。
「麗ちゃん、お帰り・・・」
何故か表情が硬い。というか、ちょっと頬が引きつった笑顔で、そわそわしている。
「ただいま~。どうした?何かあった?」
弟の落ち着かない様子に首をかしげながらパンプスを脱ぐ。するとキッチンに続く扉から、ひょっこりといるはずのない人物が顔を出した。
「あら、お帰り麗。久しぶりね」
エプロン姿のその人は、京都に里帰り中のお母さんだった。
「お母さん、ただいま!って、いつ来たの?もう向こうはいいの?」
若干日焼けをして健康的な肌色をしているお母さんは、長かった髪をばっさり肩上まで切っていた。未だに若々しい雰囲気でとても成人した子供がいるようには見えないらしい。既に50過ぎなのに、まだ30代に見えるって詐欺だと思う。
「ええ、大丈夫よ。すぐに着替えていらっしゃい。もうご飯できるから」
お嬢様育ちのお母さんは新婚当初料理が苦手だったが、父と海外で暮らすうちに徐々に慣れたらしい。うちは和食が基本だけど、今では訪れた各国の料理を会うたびに披露してくれる。まあ、さすがに今日は匂いからして純和食かな。ひじきの煮物や切干大根の匂いなどが漂ってくる。あとしょうが焼きも。
きゅるり、とお腹が鳴って、私は上機嫌で部屋に戻った。その姿を見送った響の"声をかけたくてもかけれない躊躇いがちな表情"に、気付くことはなかった。
◆ ◆ ◆
久しぶりに家族4人が集まり、お母さんの手料理を堪能した後。食後のお茶を淹れた私に、にこにこ顔のお母さんは2人がアフリカでどんな体験をしてきたかを語った。そして響の学園生活や私の仕事とプライベートを訊ねてきた。答えられる範囲内で無難に受け答えをした私は、不審な顔を一つも見せず頷く二人に日本のお菓子を勧める。ささ、今日会社で頂いた和菓子でも食べて。
「あら、おいしいわね~」なんて舌が肥えたお母さんが喜んだ。その姿に一人ほっと息をつくが次の瞬間には凍りつくことになる。
「――で、麗はいつ東条さんを紹介してくれるのかしら?」
ぶふっ!?
飲んでいた緑茶を思わず噴き出しそうなった。隣に座る響が無言のまま背中をさすってくれる。
ちょ、ちょっと待って!一体誰が東条さんの話をしたの!?
「美夜?東条さんとは一体誰なんだい?」
怪訝な顔の父に、母は全てお見通しのようにさらりと「麗の恋人で婚約者よ」と爆弾発言をした。
って、何でお母さんは知ってるの!そしてどこまで把握してるの!?
確か先読みの力は身内には使えないはずだ。遠い親戚ならほとんど他人だし問題ないらしいけど、私達は子供だから見えないはず。見ようと思って力を使い未来を見るのたタブーだが、見えちゃった分にはセーフとか良く理解できない法則があるらしい。
思った以上に動揺を見せなかった父が意外に思いつつも、紹介することを全く考えていなかった私は焦った。確か二人はまだまだ日本にいるはずだ。忙しい東条さんの都合に合わせても何とか会う時間くらいは作れそうだけど、うーわー恥ずかしい!両親に恋人を会わせるなんて、もうこれって結婚の許しをもらう感じだよね!?「娘さんを私にください」なんて台詞、東条さんが言っちゃうの!?ぎゃー!想像しただけで赤面する!!
あー、とかうー、とか、はっきりしない言葉をつむいだ私に、湯のみを置いたお母さんは焦れたように質問を続けた。
「それで?二人はどこまでいったのかしら」
「・・・・・・はい?」
困惑する私と響、そして何を言い出すかハラハラする父をにっこりと微笑みながら順繰りに眺めたお母さんは、更なる爆弾を投下する。いや、もしかしたら爆弾の導火線に点火しただけなのかもしれない。その導火線が長いのか短いのかは、この時の私にはわからなかった。
「響から聞いたわよ。週末はよく外泊しているんですってね?もちろん東条さんのところにお泊りしているのよね?それならもう恋人らしいことの一つや二つは当然しちゃってるわよね。まさかお泊りはしているのに未だに処女だなんて事はないわよね?」
「ぶはっ!」
今度は父がお茶を噴き出した。
激しくむせる父に、響は焦りながら「お父さん、大丈夫!?」と近よる。ごほごほ咳き込んだ父を軽く横目でチラ見しただけで、お母さんは構わず私に微笑みかけた。
正直言って、怖ぇええ・・・!
え、何この質問は!およそ家族の団らんで話す内容じゃないよね!?こーゆーのって修学旅行中お布団の中で、『ねえー彼とはどこまでしたの?』と恥じらいながらも興味津々のお年頃の女子達が話す内容であるはずだ。(修学旅行行ったことないけど)。普通男親のいる場では言わないよね!?何で家族とセックストークをしなきゃならん。
「お、お母さん・・・!?」
冷や汗だらだら状態で声をかけた私に、お母さんはにっこりと微笑んだまま「どうなの?麗」と告げた。
どっち!?この場合のベストアンサーはどっちなの!!
常識で考えれば未婚の娘がもう経験済みだなんて親としては信じたくないだろう。まあ、今の時代からしたらむしろまだな方がレアだよね?クリスチャンとかならともかく。
となれば、ここは正直に事実を告げた方がいいのかもしれない。
古きよき日本の淑女は貞淑で結婚まで純潔を守るもの――(多分)。いつの時代だよって突っ込みは置いておいて、よし。処女でも怒られないはずだ!
すっかり常識に捕らわれていた私は気付かなかった。この時のお母さんの質問はどちらに重点を置いていたのかを。
「まだキスだけだよ?」
さらりと、あっさりとごく自然な表情で答えた。
ジジジ、と導火線の火が燃える音が瞬時に鳴り止む。ぴたり、と動きが止まったお母さんを見て、これがベストアンサーだったかとほっと胸を撫で下ろしていたのも束の間。
何故か鳴り止んでいたはずの火が再び燃え始め、物凄いハイペースで先端にくくりつけられている爆弾へ向って行くように、お母さんの表情は爆発寸前だ。笑顔のまま後ろには噴火前の火山が見える。ひぃ!怖い!!
「"まだ"?キスだけですって・・・?麗、あんたいい年頃の娘が彼氏ん家泊まっておきながら一度もセックスしていないなんて一体何やってるの!!」
「何で怒られなきゃいけないの私!?」
理不尽だ!
嫁入り前の娘が傷物になったならともかく、何で清いままで悪いのかさっぱりわからない。
怒りを鎮めるようにお母さんは大きな溜息を吐いた。響は唖然として目線のみで私に「まだだったんだ・・・」と話しかけてくる。って、うわーん!やっぱりそんな風に思われてたのか!お年頃の弟にそう思われるのも何だか恥ずかしい!!
「だ、だってまだ付き合って一ヶ月ちょっとだよ!?大人だからってすぐに体の関係になるわけじゃないでしょ!」
恥ずかしさを押し殺して椅子から立ち上がり、前の席に座るお母さんを見下ろした。ダイニングテーブルに座るお母さんの隣では、未だに咳き込む父を響が介抱している。
「婚約までしているんだったら結婚前でも後でも同じでしょう。体の相性って物もあるんだからさっさとヤってきなさい」
ようやく落ち着き始めていた父が、その台詞を聞いて再びむせる。とても母親の台詞とは思えないよね!?
顔を赤くしたり青くしたりしながら響は口を挟めずおろおろと私とお母さんの交互に見比べた。目の端でその様子を捉えながら、真っ直ぐにお母さんを見つめる。ひ、怯むものか・・・!
「そんなこと言ったって心の準備って物が・・・!」
「そうだよ美夜!いったい何を言い出すんだい君は!僕は反対だぞ。麗には純白のウエディングドレスを着て僕とバージンロードを歩くんだから」
復活した父がようやく会話に口を挟み始める。
「純白のドレスは本来なら純潔の花嫁が着る物だって言いたいわけね。――貴方、うちはいつからクリスチャンになったのかしら?今時結婚まで貞操を守る方が少数派よ。キリスト教が海外より圧倒的に少ない日本なら、白いウエディングドレスを着れる女性がいなくなるわ」
いや、多分着れる人もまだ大勢いると思うけど・・・
お母さんはなかなか過激な発言をした。それじゃ日本人女性が性に奔放って言ってる気がする。でも外国人のがカジュアルセックスとか楽しむイメージがあるんだけど?
そして本来なら白のドレスは純潔の乙女に着る権利があると、厳格なクリスチャンの友達が言っていたのを思い出した。でもその友達が参加した結婚式の花嫁さんは、クリスチャンなのに出来ちゃった婚らしく。お腹膨らんでいたのに白のドレスを着ていたとか。笑い話になってたけど、人と時代によって概念も変わるのかも?
「・・・ドレスはともかく。嫁入り前の娘を傷物にする男を僕は認めないぞ!」
「別に選ぶのは麗で、昴が認めなくったって私が認めるからいいわよ。結婚するまで私を男だと勘違いした挙句、入籍した途端襲い掛かってきた男が良く言うわ」
「な!何を言うんだ君は子供たちの前で・・・!そもそも初夜というのはそういう物だろう!!」
顔を赤くさせながらも反論する父に、お母さんは涼しい顔でお茶を啜っている。
って、やーめーてー!!聞きたくないよそんな両親の生々しい会話!!
響がそろり、と二階へ逃げる素振りを見せた。
あ、ずるいお姉ちゃんも連れて行きなさい!
「響?二階に行くなら、"アレ"、持って来てね」
後ろに目があるんじゃないかと思うほど、タイミング良くお母さんが声をかけてきて、響と私はびくっと震え上がった。何で背後の事がわかるの!
ちらりと私を見下ろした響が申し訳なさそうな顔をして、二階に上がっていく。何だか嫌な予感が駆け巡った。私の野生の勘が告げている。逃げるなら今だ、と。
けれど一歩でも動こうとすると、お母さんの威圧感が増して動けなくなる。ごくり、と思わず唾を飲み込んだ。ひいい、パパ助けて・・・!
やがて響が機内持込用のキャリーケースを一つ持ってリビングに現れた。って、その赤いやつって私のじゃ・・・?
嫌な予感がどんどん増す。暫く凝視していた赤いキャリーから視線を逸らして、お母さんを見つめた。優しい母親の笑顔でにっこりと微笑んだ彼女は、私に最終宣告を言い渡した。
「――麗。それ持って今すぐ東条さんの家に行きなさい。暫く帰ってこなくていいから」
ぎょっとする私と父をキレイに無視して、とぽとぽとお茶を注ぎ足す。
「な、何を言ってるんだ!麗ちゃん、折角パパ達が帰ってきてるんだから家にいなさい、いいね?」
お母さんに抗議した後、父は私の両肩を掴んで至極真っ当な意見をぶつけた。久しぶりに家族揃ったんだからそう考えるのが普通だろう。
うん、と頷き変えそうとしたところで、呆れた眼差しのお母さんが溜息を吐く。
「昴。貴方、いつまで娘に幻想を抱いているの。麗だってもう25よ?私がこの歳には既に貴方と結婚までしていたわよ。いい加減に娘離れしなさい。嫁き遅れたらどうするの」
「娘離れなんてする必要ないだろ!麗はいつだってかわいい娘なんだから。好きなだけパパの傍にいればいい」
いや、別にパパの傍にずっといたいわけじゃないんだけど・・・
でも気持ちはありがたいので、気持ちだけ受け取っておく。子供大好き!と宣言する父がたまに鬱陶しかったけど、今はちょっとだけじーんと来た。久しぶりにかわいい娘と言われて素直に嬉しかったのかもしれない。
だが、お気づきの通り一ノ瀬家のボスはお母さんなわけで。
父がお母さんに勝てるわけがなかった。
「うるさいわよ昴。んな無責任なこと言ってられるほど能天気じゃいられないのよ。子供達だっていつかは巣立つの。自分の家庭を持つのは当然でしょ。だから麗。いつまで今の自分に甘えてるの。さっさと女になってきなさい!」
鋭い声と共に、びし、と人差し指を突きつけられた。
そしてキャパオーバーになったのか、最後のお母さんの発言を聞いた父はバターンとその場に倒れてしまった。
「ちょっとお父さん!?うわ、お母さん、お父さんが倒れたー!!」
眉間に皺を寄せながら唸る父を抱き起こした響がお母さんに訴える。だがお母さんは一言「床に寝かせておきなさい。時差ぼけでしょ」とそっけなく告げて、私にキャリーケースを押し付けた。
「ちょ、ちょっと待ってよママ!今何時だと思って・・・!あ、そうだ、外の天気!さっきまで雨降ってたし、駅に行くまでに濡れちゃうじゃない!!」
嫌な雨もこーゆー時は利用させてもらおう。
玄関にまで追いやられた私は最後の悪あがきのようにドアを開けて外を見せたが――。ああ神様ってひどい。何でさっきまでザーザー降ってたのに、今は止んでるの!
「駅までの時間は雨は止んでるわ。ほら、さっさとしないとまた降り始めるわよ?」
ぐいぐい、と背中を押されて靴を履いた私は、一縷の望みをかけて響に助けを求めた。
「ひ、響―!ママを止めて!!」
リビングのドアから顔を覗かせた響は、気の毒そうな顔で謝る。
「ご、ごめん麗ちゃん・・・僕もお母さんは怖いから・・・」
逆らえない。
そう小さく呟いた彼は、パタンと扉を閉めた。父の介抱で忙しいのだろう。
って、裏切り者ー――!!
背後でバタン、と玄関扉が閉められると同時に、お母さんの声がドア越しに響く。
「ちゃんと既成事実作るまで帰ってくるんじゃないわよ。あとさっさとしないと、駅に着く前に雨が降って大変なことになるわよ?」
それって本当に母親の台詞なの!?
先読みの力でわかるのか、空を見上げたら暗い雨雲が再び頭上を覆い始めていた。
暫く呆然と突っ立っていた私だけど、その雲行きの怪しさに唇を噛み締めて駅までキャリーケースを引っ張りながら歩く。
うわーん!!
何でどうしてこうなった・・・!?
ごろごろと雷の気配を感じ心拍数が途端に上がる。早歩きでようやく駅に着いたと同時に土砂降りの雨が降り始めて、涙目だった私は呆然と外の光景に釘付けになった。
「危ない・・・マジで危なかった・・・」
金曜日の夜の9時過ぎに再び駅に来ることになるとは、数時間前までは予想していなかった事だ。
今夜東条さんは仕事で遅いし、私が頼れるのは・・・
「仕方ない。今夜一晩は朝姫ちゃん家に泊めてもらおう・・・!」
キャリーケースと共にちゃんとハンドバッグも押し付けられており、その中から携帯を探す。
外の雷雨がまるで私の心境と未来を現しているかのようで、何故か溜息と共に乾いた笑みが零れたのだった。
************************************************
補足ですが、麗は二十歳を過ぎたと共に両親をパパママ呼びからお父さん、お母さん呼びに変えました。が、昴が「パパって呼んでくれない!」と拗ねたので、昴のみ未だにパパ呼びになっております。そして美夜子には「好きに呼びなさい」と言われ、お母さんと呼ぶようになりましたが、たまにテンパると昔の呼び名が出ます。混乱させてすみません。
そしてちょっとだけ宗教の話も出ます。ご不快に思われたらすみません。
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東条さんの仕事の会食で夜のデートはキャンセルされた金曜日。
定時に上がり7時前に帰宅した私を出迎えてくれたのは、普段着に着替えた響だった。
「麗ちゃん、お帰り・・・」
何故か表情が硬い。というか、ちょっと頬が引きつった笑顔で、そわそわしている。
「ただいま~。どうした?何かあった?」
弟の落ち着かない様子に首をかしげながらパンプスを脱ぐ。するとキッチンに続く扉から、ひょっこりといるはずのない人物が顔を出した。
「あら、お帰り麗。久しぶりね」
エプロン姿のその人は、京都に里帰り中のお母さんだった。
「お母さん、ただいま!って、いつ来たの?もう向こうはいいの?」
若干日焼けをして健康的な肌色をしているお母さんは、長かった髪をばっさり肩上まで切っていた。未だに若々しい雰囲気でとても成人した子供がいるようには見えないらしい。既に50過ぎなのに、まだ30代に見えるって詐欺だと思う。
「ええ、大丈夫よ。すぐに着替えていらっしゃい。もうご飯できるから」
お嬢様育ちのお母さんは新婚当初料理が苦手だったが、父と海外で暮らすうちに徐々に慣れたらしい。うちは和食が基本だけど、今では訪れた各国の料理を会うたびに披露してくれる。まあ、さすがに今日は匂いからして純和食かな。ひじきの煮物や切干大根の匂いなどが漂ってくる。あとしょうが焼きも。
きゅるり、とお腹が鳴って、私は上機嫌で部屋に戻った。その姿を見送った響の"声をかけたくてもかけれない躊躇いがちな表情"に、気付くことはなかった。
◆ ◆ ◆
久しぶりに家族4人が集まり、お母さんの手料理を堪能した後。食後のお茶を淹れた私に、にこにこ顔のお母さんは2人がアフリカでどんな体験をしてきたかを語った。そして響の学園生活や私の仕事とプライベートを訊ねてきた。答えられる範囲内で無難に受け答えをした私は、不審な顔を一つも見せず頷く二人に日本のお菓子を勧める。ささ、今日会社で頂いた和菓子でも食べて。
「あら、おいしいわね~」なんて舌が肥えたお母さんが喜んだ。その姿に一人ほっと息をつくが次の瞬間には凍りつくことになる。
「――で、麗はいつ東条さんを紹介してくれるのかしら?」
ぶふっ!?
飲んでいた緑茶を思わず噴き出しそうなった。隣に座る響が無言のまま背中をさすってくれる。
ちょ、ちょっと待って!一体誰が東条さんの話をしたの!?
「美夜?東条さんとは一体誰なんだい?」
怪訝な顔の父に、母は全てお見通しのようにさらりと「麗の恋人で婚約者よ」と爆弾発言をした。
って、何でお母さんは知ってるの!そしてどこまで把握してるの!?
確か先読みの力は身内には使えないはずだ。遠い親戚ならほとんど他人だし問題ないらしいけど、私達は子供だから見えないはず。見ようと思って力を使い未来を見るのたタブーだが、見えちゃった分にはセーフとか良く理解できない法則があるらしい。
思った以上に動揺を見せなかった父が意外に思いつつも、紹介することを全く考えていなかった私は焦った。確か二人はまだまだ日本にいるはずだ。忙しい東条さんの都合に合わせても何とか会う時間くらいは作れそうだけど、うーわー恥ずかしい!両親に恋人を会わせるなんて、もうこれって結婚の許しをもらう感じだよね!?「娘さんを私にください」なんて台詞、東条さんが言っちゃうの!?ぎゃー!想像しただけで赤面する!!
あー、とかうー、とか、はっきりしない言葉をつむいだ私に、湯のみを置いたお母さんは焦れたように質問を続けた。
「それで?二人はどこまでいったのかしら」
「・・・・・・はい?」
困惑する私と響、そして何を言い出すかハラハラする父をにっこりと微笑みながら順繰りに眺めたお母さんは、更なる爆弾を投下する。いや、もしかしたら爆弾の導火線に点火しただけなのかもしれない。その導火線が長いのか短いのかは、この時の私にはわからなかった。
「響から聞いたわよ。週末はよく外泊しているんですってね?もちろん東条さんのところにお泊りしているのよね?それならもう恋人らしいことの一つや二つは当然しちゃってるわよね。まさかお泊りはしているのに未だに処女だなんて事はないわよね?」
「ぶはっ!」
今度は父がお茶を噴き出した。
激しくむせる父に、響は焦りながら「お父さん、大丈夫!?」と近よる。ごほごほ咳き込んだ父を軽く横目でチラ見しただけで、お母さんは構わず私に微笑みかけた。
正直言って、怖ぇええ・・・!
え、何この質問は!およそ家族の団らんで話す内容じゃないよね!?こーゆーのって修学旅行中お布団の中で、『ねえー彼とはどこまでしたの?』と恥じらいながらも興味津々のお年頃の女子達が話す内容であるはずだ。(修学旅行行ったことないけど)。普通男親のいる場では言わないよね!?何で家族とセックストークをしなきゃならん。
「お、お母さん・・・!?」
冷や汗だらだら状態で声をかけた私に、お母さんはにっこりと微笑んだまま「どうなの?麗」と告げた。
どっち!?この場合のベストアンサーはどっちなの!!
常識で考えれば未婚の娘がもう経験済みだなんて親としては信じたくないだろう。まあ、今の時代からしたらむしろまだな方がレアだよね?クリスチャンとかならともかく。
となれば、ここは正直に事実を告げた方がいいのかもしれない。
古きよき日本の淑女は貞淑で結婚まで純潔を守るもの――(多分)。いつの時代だよって突っ込みは置いておいて、よし。処女でも怒られないはずだ!
すっかり常識に捕らわれていた私は気付かなかった。この時のお母さんの質問はどちらに重点を置いていたのかを。
「まだキスだけだよ?」
さらりと、あっさりとごく自然な表情で答えた。
ジジジ、と導火線の火が燃える音が瞬時に鳴り止む。ぴたり、と動きが止まったお母さんを見て、これがベストアンサーだったかとほっと胸を撫で下ろしていたのも束の間。
何故か鳴り止んでいたはずの火が再び燃え始め、物凄いハイペースで先端にくくりつけられている爆弾へ向って行くように、お母さんの表情は爆発寸前だ。笑顔のまま後ろには噴火前の火山が見える。ひぃ!怖い!!
「"まだ"?キスだけですって・・・?麗、あんたいい年頃の娘が彼氏ん家泊まっておきながら一度もセックスしていないなんて一体何やってるの!!」
「何で怒られなきゃいけないの私!?」
理不尽だ!
嫁入り前の娘が傷物になったならともかく、何で清いままで悪いのかさっぱりわからない。
怒りを鎮めるようにお母さんは大きな溜息を吐いた。響は唖然として目線のみで私に「まだだったんだ・・・」と話しかけてくる。って、うわーん!やっぱりそんな風に思われてたのか!お年頃の弟にそう思われるのも何だか恥ずかしい!!
「だ、だってまだ付き合って一ヶ月ちょっとだよ!?大人だからってすぐに体の関係になるわけじゃないでしょ!」
恥ずかしさを押し殺して椅子から立ち上がり、前の席に座るお母さんを見下ろした。ダイニングテーブルに座るお母さんの隣では、未だに咳き込む父を響が介抱している。
「婚約までしているんだったら結婚前でも後でも同じでしょう。体の相性って物もあるんだからさっさとヤってきなさい」
ようやく落ち着き始めていた父が、その台詞を聞いて再びむせる。とても母親の台詞とは思えないよね!?
顔を赤くしたり青くしたりしながら響は口を挟めずおろおろと私とお母さんの交互に見比べた。目の端でその様子を捉えながら、真っ直ぐにお母さんを見つめる。ひ、怯むものか・・・!
「そんなこと言ったって心の準備って物が・・・!」
「そうだよ美夜!いったい何を言い出すんだい君は!僕は反対だぞ。麗には純白のウエディングドレスを着て僕とバージンロードを歩くんだから」
復活した父がようやく会話に口を挟み始める。
「純白のドレスは本来なら純潔の花嫁が着る物だって言いたいわけね。――貴方、うちはいつからクリスチャンになったのかしら?今時結婚まで貞操を守る方が少数派よ。キリスト教が海外より圧倒的に少ない日本なら、白いウエディングドレスを着れる女性がいなくなるわ」
いや、多分着れる人もまだ大勢いると思うけど・・・
お母さんはなかなか過激な発言をした。それじゃ日本人女性が性に奔放って言ってる気がする。でも外国人のがカジュアルセックスとか楽しむイメージがあるんだけど?
そして本来なら白のドレスは純潔の乙女に着る権利があると、厳格なクリスチャンの友達が言っていたのを思い出した。でもその友達が参加した結婚式の花嫁さんは、クリスチャンなのに出来ちゃった婚らしく。お腹膨らんでいたのに白のドレスを着ていたとか。笑い話になってたけど、人と時代によって概念も変わるのかも?
「・・・ドレスはともかく。嫁入り前の娘を傷物にする男を僕は認めないぞ!」
「別に選ぶのは麗で、昴が認めなくったって私が認めるからいいわよ。結婚するまで私を男だと勘違いした挙句、入籍した途端襲い掛かってきた男が良く言うわ」
「な!何を言うんだ君は子供たちの前で・・・!そもそも初夜というのはそういう物だろう!!」
顔を赤くさせながらも反論する父に、お母さんは涼しい顔でお茶を啜っている。
って、やーめーてー!!聞きたくないよそんな両親の生々しい会話!!
響がそろり、と二階へ逃げる素振りを見せた。
あ、ずるいお姉ちゃんも連れて行きなさい!
「響?二階に行くなら、"アレ"、持って来てね」
後ろに目があるんじゃないかと思うほど、タイミング良くお母さんが声をかけてきて、響と私はびくっと震え上がった。何で背後の事がわかるの!
ちらりと私を見下ろした響が申し訳なさそうな顔をして、二階に上がっていく。何だか嫌な予感が駆け巡った。私の野生の勘が告げている。逃げるなら今だ、と。
けれど一歩でも動こうとすると、お母さんの威圧感が増して動けなくなる。ごくり、と思わず唾を飲み込んだ。ひいい、パパ助けて・・・!
やがて響が機内持込用のキャリーケースを一つ持ってリビングに現れた。って、その赤いやつって私のじゃ・・・?
嫌な予感がどんどん増す。暫く凝視していた赤いキャリーから視線を逸らして、お母さんを見つめた。優しい母親の笑顔でにっこりと微笑んだ彼女は、私に最終宣告を言い渡した。
「――麗。それ持って今すぐ東条さんの家に行きなさい。暫く帰ってこなくていいから」
ぎょっとする私と父をキレイに無視して、とぽとぽとお茶を注ぎ足す。
「な、何を言ってるんだ!麗ちゃん、折角パパ達が帰ってきてるんだから家にいなさい、いいね?」
お母さんに抗議した後、父は私の両肩を掴んで至極真っ当な意見をぶつけた。久しぶりに家族揃ったんだからそう考えるのが普通だろう。
うん、と頷き変えそうとしたところで、呆れた眼差しのお母さんが溜息を吐く。
「昴。貴方、いつまで娘に幻想を抱いているの。麗だってもう25よ?私がこの歳には既に貴方と結婚までしていたわよ。いい加減に娘離れしなさい。嫁き遅れたらどうするの」
「娘離れなんてする必要ないだろ!麗はいつだってかわいい娘なんだから。好きなだけパパの傍にいればいい」
いや、別にパパの傍にずっといたいわけじゃないんだけど・・・
でも気持ちはありがたいので、気持ちだけ受け取っておく。子供大好き!と宣言する父がたまに鬱陶しかったけど、今はちょっとだけじーんと来た。久しぶりにかわいい娘と言われて素直に嬉しかったのかもしれない。
だが、お気づきの通り一ノ瀬家のボスはお母さんなわけで。
父がお母さんに勝てるわけがなかった。
「うるさいわよ昴。んな無責任なこと言ってられるほど能天気じゃいられないのよ。子供達だっていつかは巣立つの。自分の家庭を持つのは当然でしょ。だから麗。いつまで今の自分に甘えてるの。さっさと女になってきなさい!」
鋭い声と共に、びし、と人差し指を突きつけられた。
そしてキャパオーバーになったのか、最後のお母さんの発言を聞いた父はバターンとその場に倒れてしまった。
「ちょっとお父さん!?うわ、お母さん、お父さんが倒れたー!!」
眉間に皺を寄せながら唸る父を抱き起こした響がお母さんに訴える。だがお母さんは一言「床に寝かせておきなさい。時差ぼけでしょ」とそっけなく告げて、私にキャリーケースを押し付けた。
「ちょ、ちょっと待ってよママ!今何時だと思って・・・!あ、そうだ、外の天気!さっきまで雨降ってたし、駅に行くまでに濡れちゃうじゃない!!」
嫌な雨もこーゆー時は利用させてもらおう。
玄関にまで追いやられた私は最後の悪あがきのようにドアを開けて外を見せたが――。ああ神様ってひどい。何でさっきまでザーザー降ってたのに、今は止んでるの!
「駅までの時間は雨は止んでるわ。ほら、さっさとしないとまた降り始めるわよ?」
ぐいぐい、と背中を押されて靴を履いた私は、一縷の望みをかけて響に助けを求めた。
「ひ、響―!ママを止めて!!」
リビングのドアから顔を覗かせた響は、気の毒そうな顔で謝る。
「ご、ごめん麗ちゃん・・・僕もお母さんは怖いから・・・」
逆らえない。
そう小さく呟いた彼は、パタンと扉を閉めた。父の介抱で忙しいのだろう。
って、裏切り者ー――!!
背後でバタン、と玄関扉が閉められると同時に、お母さんの声がドア越しに響く。
「ちゃんと既成事実作るまで帰ってくるんじゃないわよ。あとさっさとしないと、駅に着く前に雨が降って大変なことになるわよ?」
それって本当に母親の台詞なの!?
先読みの力でわかるのか、空を見上げたら暗い雨雲が再び頭上を覆い始めていた。
暫く呆然と突っ立っていた私だけど、その雲行きの怪しさに唇を噛み締めて駅までキャリーケースを引っ張りながら歩く。
うわーん!!
何でどうしてこうなった・・・!?
ごろごろと雷の気配を感じ心拍数が途端に上がる。早歩きでようやく駅に着いたと同時に土砂降りの雨が降り始めて、涙目だった私は呆然と外の光景に釘付けになった。
「危ない・・・マジで危なかった・・・」
金曜日の夜の9時過ぎに再び駅に来ることになるとは、数時間前までは予想していなかった事だ。
今夜東条さんは仕事で遅いし、私が頼れるのは・・・
「仕方ない。今夜一晩は朝姫ちゃん家に泊めてもらおう・・・!」
キャリーケースと共にちゃんとハンドバッグも押し付けられており、その中から携帯を探す。
外の雷雨がまるで私の心境と未来を現しているかのようで、何故か溜息と共に乾いた笑みが零れたのだった。
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補足ですが、麗は二十歳を過ぎたと共に両親をパパママ呼びからお父さん、お母さん呼びに変えました。が、昴が「パパって呼んでくれない!」と拗ねたので、昴のみ未だにパパ呼びになっております。そして美夜子には「好きに呼びなさい」と言われ、お母さんと呼ぶようになりましたが、たまにテンパると昔の呼び名が出ます。混乱させてすみません。
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消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
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