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第二部
47.日曜日の朝
しおりを挟む日曜日の朝はいつも私が響に朝ごはんを用意する。
学校で忙しいのに毎日ご飯を作ってくれる弟をゆっくりと寝かせてあげて、土日位は私が簡単な朝食を作るのだ。まあ、あまり台所に立つと逆に不安で寝られないと響に言われて、目玉焼きかゆで卵、トーストにサラダとか本当に簡単な物しか作れないんだけれども。お姉ちゃんも響を見習って、パンケーキやフレンチトーストが作れる素敵女子になりたいんだけどね・・・。
そしていつもの習慣で8時前には目覚めた私は、緩く抱きしめられて体を拘束されている現実に首を捻った。そしてパジャマの襟から覗く鎖骨を凝視してゆっくりと見上げれば・・・
安らかな顔でぐっすりと眠る東条さんの美しい顔が、ドアップで視界に入った。
「(・・・キャー!?)」
悲鳴を上げそうになって慌てて口を閉じる。
咄嗟に距離を置こうとするけど、起こさないように腕の囲いから逃げるのは難しそうだ。とりあえず落ち着こうと静かに深呼吸を繰り返したら、ようやく状況が飲み込めた。どうやら私は、腕枕をされているらしい・・・。
って、恋人と迎えた朝に腕枕で起きるとか!!
ドラマや小説の中でしか見なかった出来事を自分が体験するなんて、ちょっと感激・・・いや前にも腕枕されていたことはあったけど!あの時はまだ恋人とか婚約者とかじゃなかったし・・・それに、初めての朝をこうも予定より早く体験しちゃうとは。昨晩の情事を思い出して、枕に突っ伏したくなった。
は、恥ずかしい~~~!!!
お風呂での後、喋る気力すら失われた私は東条さんにバスローブを着せられて、着替えまで用意させてしまった。流石にパジャマを着るところは自分で出来ると言い張ってその瞬間だけ根性でぐったりした体を起こしたけれども!いつの間にかシーツを取り替えられてきれいに整ったベッドに横たわると、あっさりと意識を手放したのだった。
そしてどうやら寝ている間、東条さんは私をずっと抱きしめていたらしい。すぐ近くにある温もりに胸がきゅんとするけれど、寝起きに美形のドアップは破壊力が凄まじいよ・・・!美形は寝てても格好いいのか。思わず頬を染めながらもじいっと見入ってしまう。黒くて真っ直ぐの睫毛はすっとのびて長い。頬に落ちる黒髪も朝姫ちゃん同様まっすぐで、薄く開いた唇から漏れる吐息に思わず唾を飲み込んでしまう。僅かに髭が伸びているけど、基本東条さんって体毛薄いんだよね。お肌も私よりキレイだし、顎もそんなに髭は目立たないし・・・。胸毛がもじゃもじゃでも愛せる自信はあるけど、正直言うとない方が好ましいです、はい。
なんてじっくり観察していたら時間が過ぎてしまうし、昨日の羞恥が蘇ってしまうじゃないか!衝動的に薄く開いた唇にキスしたいと思うなんて、私も段々変態になりつつあるかも。
そうだ、ここは私が素敵な彼女として、やっぱり未来の旦那様の為においしい朝ごはんを用意するべきだよね!簡単な物しか作れなくってもようは気持ちが大事なんだし、起こさないようにそっとベッドから抜け出して仕度をしよう。
ゆっくりと東条さんの腕から逃れた私は、そそくさと寝室を出てからまずは着替えの準備をする。そして寝室と通じる洗面所とは別の洗面所に篭り、着替えと簡単な身支度をしてからキッチンへ向った。
思ったよりも腰はだるくないし、痛みも昨日に比べれば全然平気でちょっと安心した。これなら一日ちゃんと動けるし、明日出社しても問題ないだろう。問題があるとすれば、妊娠の可能性くらいなだけで・・・って、それが一番の大問題じゃないか!
だ、大丈夫だよ麗、落ち着け・・・!昨日は確か危険日じゃなかったはず・・・!それに一度で当たりが出るほど強運な持ち主じゃないでしょ。と自分に言い聞かせて何とか落ち着かせる。次からはちゃんと避妊してくれるって東条さんも言ってたし・・・
「次って何を朝っぱらから期待してんだ!」
ギャー!!
昨日まで処女だったのに、何を考えてるのよ私はー!!
思わずキッチンの床に蹲る。穴に埋まりたいくらい恥ずかしさがどっと溢れてきて、頭を抱えたくなった。うわ、私どうやって東条さんと顔をあわせたらいいんだろう!?平然と今まで通りに赤面せずに直視できないと思うの!
「うう、顔が熱い・・・」
一応既成事実は作ったわけで、ちなみにお母さんからのミッションもクリアーしたわけで。そうなると家に戻ってもいいんだけれど、このまますぐに戻るのは逆に居たたまれない・・・。特に父や響と顔をあわせにくいじゃないか!きっと父は涙目でそっと視線を逸らすだろうし(鬱陶しいな・・・)、響は微妙に顔を染めてよそよそしさが出るかもしれない(乙女か!)。ニコニコ笑って出迎えてくれるのはきっとお母さんだけだろう。
そこまで考えて、家に帰るのはやめておこうと思った。向こうから連絡が来るまで、両親に会わなくてもいいか。向こうに帰る前にまた挨拶に行けばいいし。
「とりあえず、朝ごはん作らなきゃ!」
ちょっと位彼女らしいことを披露しなきゃ、いろいろな面で東条さんに負けっぱなしだ。それは痛い、非常に痛い。料理の腕前を十分に披露してくれた東条さんに勝てるとは思えないけど、私だって何かしてあげたいんだから。
冷蔵庫を開けて昨日買った食材を確認する。卵やハム、レタスにジャガイモとキャベツ。それにチーズやトマトも発見したら、オムレツとかちょっとした朝ごはんメニューが出来そうだ。
ホットサンドとかもいいけど、まずはサラダから作ろうか。レタスを洗って水気を切って、オニオンスライスを作り水につける。あとトマトとキューリも切って、パパっと盛り付けて冷蔵庫で冷やした。ドレッシングは市販のでいいよね。私は何もかけない派なんだけど。
ハムを切って、トマトと玉ねぎをみじん切りにする。たまーにしか作らないオムレツを作ってみたけど、果たして上手くできるかドキドキだ。焦げすぎないように火加減に気をつけて・・・って、ああ!しまった、一瞬他の事に気を取られた隙に、火が通り過ぎたかもしれない。いい色に焼けたけど、恐らく中は少しかためのオムレツが出来上がった。仕方がない、これは私が食べて、もう一個同じのを作り直そう・・・。
きっと朝は東条さんはコーヒー派だろうと思い、コーヒーの準備もする。何だか順序がごちゃごちゃだと今更ながら気付いた。先にオムレツを焼いたら冷めちゃうじゃないか!
とりあえず・・・東条さんを起こしに行こう。時刻は9時35分。多分そろそろ起きても大丈夫な時間だと判断する。前も思ったけど、もしかして東条さんは朝が苦手なのかもしれない。きっと疲れているのもあるんだろうけど・・・。
そろりと寝室に戻れば、未だにベッドに横たわる東条さんの姿が。それは写真に残しておきたい衝動に駆られるほど、絵になるシーンだった。
ああやばい、盗み撮りしたい・・・!携帯でパシャっと寝顔を撮りたい欲求が膨れ上がるけど、我慢我慢。だってバレたら怖いじゃないか!自分がしたならされても文句は言えないんだぞ、麗。もし私のぶさいくな寝顔が東条さんの携帯に残されていたら、確実に絶叫するよね!今すぐデリートしてって脅したくなっても、自分が同じことをしていたらすんなり聞いてもらえない。そこまで考えて、ぐっと堪えた。
ゆっくりと近付いて真上から東条さんを見下ろしながら、そっと声をかける。
「えっと、朝ごはんできましたよー?そろそろ起きてください」
無反応。
あれ、まだ夢の中にどっぷりとトリップ中?
めげずにもう一度「朝ですよー」と声をかけても、東条さんはぴくりともしなかった。
えーと、どうするこれ?まだ熟睡しているよね?名前を呼びかけても起きそうか?
「と・・・じゃなかった、えっと、白夜・・・起きて」
危うく「東条さん」と呼びそうになって、あわてて名前呼びに変える。名前で呼ぶって決めたのにまた東条さん呼びをしたら、きっと落胆させそうだ。
でも名前で呼んでゆすっても、東条さんが起きる気配がない。どうしよう、もしかして具合が悪いとか?
さらり、と前髪をどけて額に手をあてても熱はないようでほっとする。しばし考えたところで、何故か御伽噺を思い出した。お姫様は王子様のキスで目覚めるってあれだ。この場合の姫が東条さんになるとは・・・。まるで起きる気配がないから、少しだけ悪戯心が芽生えただけだと思う。横向きに寝ている東条さんの唇にキスをするのは難しいから、頬に触れるだけのキスを落とした。
「起きて?白夜」
出来るだけ大人の色っぽい女性風を意識した声で、内心ほくそ笑みながら耳元で囁いた。こんなことで起きるわけがないと思えたからの大胆な行動だったのに。顔を離そうと上半身を起こした所で、がっちりと腰がホールドされて―――気付いたら、仰向けに寝かせられていた。
「え?」
視界が反転したと思ったら、一体何が起こった!何で私がベッドに逆戻りしているの!?
真上から覆いかぶされるようにニコニコ顔で顔を覗きこんでくる東条さんを見て、さーと顔が青くなる。もしかして、今まで狸寝入りしてたわけ!?
「いいい、いつから起きてたんですかー!?」
恥ずかしくなって今度は顔が赤くなった。忙しいな自分、と思いながらも、何故か組み敷かれている状況を整理しようと頭をフル回転させる。ちょっと待って、何この体勢は!
「麗が部屋に入ってきたあたりから、でしょうか」
ならさっさと起きろよ!!
妙にご機嫌な顔で寝起きのはずなのに寝癖一つついていない東条さんは、そのまま私の唇におはようのキスを落として・・・って、ちょっとちょっとー!?
「ま、待った!!どこ触ってるんですかー!?」
キスをしながら胸を触るな、服を捲るな!!そして朝のキスはそんな濃厚なものを望んではいないぞ!!爽やかな朝のはずが一気に乱れた朝になっちゃうじゃないか。このままベッドに逆戻りはまずい・・・!
「貴女があんな可愛らしく起こしに来るからですよ。私を誘惑しているのかと」
「ちがっ!あれは寝てると思って・・・!!」
やっぱ悪ふざけなんてしなきゃ良かったー!!頬にキスなんてして色っぽいお姉さん声なんてがんばって出すんじゃなかった!!
真っ赤になって弁解しようとして口を開くと。その隙にすかさず濃いキスをされる。昨夜感じた熱を再発させるようなキスに抗いながら、何とか荒い息を整えてベッドから飛び降りた。
「ゆ、油断も隙もない・・・!もう、朝ごはん冷めちゃいますよ!!」
扉附近まで駆け寄って逃げる体勢を見せれば、苦笑いしながら東条さんがベッドから降りた。
◆ ◆ ◆
バクバクうるさい心臓を宥めながら、出来上がったコーヒーをカップに注いで自分用の紅茶を作る。そしてパンをトーストしてようやく朝ごはんを食べようとしたら。更なる試練が待っていた。
「・・・なんで!?」
コーヒーを持っていって私服姿に着替えた東条さんに渡したら。向かい側の席に戻ろうとする私の腰を片腕で抱いて、膝にすとんと座らせられる。戸惑う私に満面の笑みで東条さんは小さく一口サイズに切ったオムレツをフォークに乗せて、そのまま私の口元に・・・って、ちょっと待った!!
「はい、麗。口を開けて?」
「ち、違くて!それはとう・・・白夜ので、私のはあっち!」
向かい側の席にちゃんと自分用のご飯が出来ている。まさに食べごろのが。ちょっとだけ冷めているだろうけど、トーストは出来たてだ。だから一人でゆっくり食べろと伝えても、東条さんは私を膝から下ろす気配がしない。
成るほど、と頷いた東条さんは、長い腕を使って私のプレートを自分の所に持ってくる。そして今度は私のオムレツを小さく切って、再び口元へ運んだ。
「はい、あーんして?」
あーん・・・って、出来るかあ!
真っ赤になって硬直する私を実に楽しげな視線で見つめてきて、声にならない悲鳴を上げた。何これ、何で食べさせられてんの私!?
「自分で食べれますから!早く食べないとおいしくない・・・」
「ええ、私のもちゃんと食べますよ。貴女が作ってくれたのがおいしくないわけがないですが。でもまずは作ってくれた麗にちゃんと食事をしてもらわないと」
「だからそれは自分で食べれるって・・・!」
そう当たり前の事を主張しただけで、東条さんは有無を言わせない笑みを浮かべてきっぱりと断言した。
「ダメです」
「・・・は!?」
「今日一日、私は麗を歩かせる気も何かをさせるつもりもありませんから。朝ごはんは作らせてしまいましたが・・・でも食事も着替えも、全て私が面倒をみます」
え?何それ。
歩かせるつもりもないって、それってどういう・・・
混乱する私に、東条さんはそれはそれはいい笑顔でこう告げた。
「今日だけに限りませんが・・・、体が辛いでしょうから、移動する場合は私が麗を運びます。ソファに座るときも、ご飯を食べる時も、一日中ずっと離しませんから。遠慮なくのんびりしててくださいね?」
「っ!?そ、それは逆にのんびりできませんー!!」
一瞬それってトイレやお風呂も!?と声に出しそうになって口を噤んだ。何て危険な想像をするんだ私は!
流石にトイレまでは一人で行かせてくれるつもりだった東条さんに安堵した後、ふたたび「はい、あーん」攻撃が私を待ち構えていた。そして東条さんの過保護すぎる愛情を一日受ける羽目になり、のんびりどころかぐったりしたまま、月曜日を迎えたのだった。
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移動は勿論、お姫様抱っこで!
・・・と考えて、少し胸焼けが・・・。
これからこんな感じで糖分高めのテンションが続くかと思います。
苦手な方はご注意ください・・・。
応援ありがとうございます!
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