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第二部
56.特別な日
しおりを挟む「あの2人は一体どこへ行ったんだい?」
2人が退室した東条邸では、東条夫妻がお祝いにと上等なワインをふるまっていた。
笑顔でグラスに注がれる赤い液体を眺める美夜子の隣で、昴はたった今出かけていった二人がどこへ向ったのか気になるらしい。そわそわと落ち着きがない。
そんな夫に美夜子はあっさりと答える。
「そんなの決まってるじゃない」
昴ほど気にした様子のない美夜子は、注がれたワインを一口含み、そのおいしさに感動していた。
東条家の三人はどうやら息子がどこへ向ったのか、どうやら気付いているようだ。自分だけ検討もつかない様子の昴は、つい隣に座る息子へ話しかけた。
「えっと、僕も多分そうじゃないかな~ってくらいだから、確証はないけど・・・今までの麗ちゃんの話から、次に東条さんが取る行動って一つだけだよね?」
「次の行動って一体なんだい?」
微妙に焦る昴を横目で見た美夜子は、「すぐにわかるわよ」と、実にそっけない対応をしたのだった。
◆ ◆ ◆
車内で散々どこに向っているのか尋ねても教えてくれなかった東条さんは、目的へ辿り着くと助手席のドアを開けてくれた。スマートなエスコートが本当に紳士っぽい。
車でおよそ20分のドライブで到着した場所を見た瞬間。たらり、とこめかみに汗が伝った。
え、何でここに来るの?そしてそのアタッシュケースは一体なんなの?司馬さんは一体何を東条さんに渡したのー!?
手を引かれて真っ直ぐに建物の中に入る東条さんに、待ったをかける。ちょっとここで先にはっきりさせたい。いや、もう考えられるのは一つだけだけど!ここに来る用事なんてそんなにないし、今ありえる可能性はあれしか残っていないけれど!!往生際が悪いなんて言わせないよ。だってどう考えたってそれは早すぎると思う!
「何となく何を考えているかわかるけどあえて言わせて。何で市役所に来たの!?」
立ち止まる私の1歩先で止まった東条さんが振り返った。私が今日着ている水色のワンピースに合わせたのか、東条さんも夏らしい水色のストライプのシャツを着ている。先ほど脱いだジャケットは車の中で、今はシャツとネクタイの格好だ。ちょっとしたレストランにこのまま行ってもおかしくはない格好。涼しげな色使いが爽やかさに拍車をかける。
手を握る力が込められて、東条さんは柔和な微笑みで見下ろしてきた。
ああ、その笑みだけでもうわかった。やっぱり私の考えどおりだって事が!
「それは勿論、一つしかないでしょう?」
くすり、と微笑んで、私の手の甲にキスをする。
ここ!市役所の前だから!!人目あるから気をつけてー!!
公衆の面前で何をするんだと無言で文句を言う私を軽く流して、東条さんはヒールを履いた私を気遣いながら、目指す場所まで一直線で向った。
カウンターに座る市役所のお姉さんに声をかけて、アタッシュケースから出てきた紙切れを渡す・・・って、やっぱりそれか!
「ちょ、ちょっと待って!」
1ヶ月ちょっと前に記入したその紙は、どこからどう見ても婚姻届だ。見間違いなんかじゃない。ちゃんと私の署名も入っている。でも、これって金庫に入っていたはずじゃなかったっけ!?何で司馬さんが持っていたの!
「あ、あの!さっきご両親に挨拶したばっかで、今日の今日で入籍はどうかと・・・!」
気持ち的に早いと思う!!
別に結婚式を挙げてから入籍するんじゃなきゃ嫌だ、なんて考えは持っていない。式だって挙げても挙げなくてもどっちでもいい。(ウエディングドレスの写真は撮りたいけど!)ただ朝から緊張しっぱなしで、そして何故か市役所まで連れてこられて入籍って、流石に展開が速すぎてついていけていない。
戸惑いと嬉しさが半々だけど、ふと冷静に考えてみれば・・・。思えば東条さんはいつも先回りをする男だった。私の10歩先を読んで行動する彼にこの展開が速いと伝えても、通じるとは思えない・・・。
黙って微笑むお姉さんをよそに、私達はカウンター前で話し合いを始める。
「麗は私との結婚が嫌ですか?」
「え!?ちがっ・・・!そんなこと絶対にない!」
むしろ他の人と結婚する想像がもう出来ないよ!
そう伝えたら、東条さんの笑みが深まった。そして、「それは想像だけでも許せませんね」なんて本気か冗談かわからない返答をされた。多分、本気で嫌なんだろう。私だって他の女性が東条さんと結婚するのは絶対に嫌だけど!
「それなら問題はありませんよね?」
そのまま手元にあった婚姻届をお姉さんに渡そうとして――思わず手首を掴んでしまった。
「・・・何故止めるんでしょう」
若干、温度が下がったような声音は気のせいだと思いたい。
「いえ、あの・・・ほら、やっぱり籍を入れるのって特別な日がいいなって!」
こんな思いつきで行動した日に籍を入れるんじゃなくって、この日がいいって拘り、女の子ならあると思う。それが2人が出会った日だったり、どちらかの誕生日だったり、さまざまだけど。
「無理です。あと半年待てるほど、気が長くはありません」
・・・確かに出会いは年末でしたね・・・。
いや、でも!誕生日とか、海の日とか!星空がキレイな日とか満月の夜とか!!
段々自分で言ってて基準がわからなくなってきたけど、別に今日じゃなくっても・・・
戸惑う私の気持ちに気付いたのか、東条さんが軽く嘆息して私に向き合った。
「それなら今日が特別な日にすればいいんですよ。それに、人生何が起こるかわかりませんし」
そうですよね?と麗しい微笑みをカウンターに座るお姉さんに投げた。その微笑みを直視した彼女は、頬を僅かに染めながら頷く。
「ええ、差し出がましいようですが、いつどんな事故や災害に巻き込まれるかわかりませんし・・・」
出来る時にした方がいい。
そう遠慮がちに伝えたお姉さんの言葉に、考え込んでしまった。
そうだよね・・・世の中いつ何が起こるかわからない。そう考えると、特別な日がどうとか考えるよりも、今すぐに東条さんと入籍した方がいい気がする。その方がもし万が一何か起こっても後悔しないかも・・・。何かなんて起こって欲しくないけれど!
思案に耽る私に東条さんが静かな声音で尋ねてきた。
「麗は私が好きですか?」
「え?そ、そりゃもちろん!」
「私が他の誰かと結婚したらどう思いますか?」
「そんなの絶対に嫌です!!」
「ええ、私も嫌ですね。貴女以外の女性と結婚するつもりはありません。お互いの気持ちが固まっているなら、問題はありませんよね?」
そう真摯な眼差しで射抜かれるように見つめられて、思わずこっくりと頷いてしまった。そんな私に満足したのか、東条さんは蕩けるような笑みを向けた後。お姉さんに婚姻届を手渡す。
「それではよろしくお願いします」
「はい、畏まりました。東条さま、一ノ瀬さま、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
あ、あれ!?
内心まだ気持ちが追いついていないまま、周りの職員さんにもパチパチと拍手をされる。恥ずかしさと嬉しさで頬が赤く染まりながらも、何とかお礼を告げた。
そして実に晴れやかな笑顔の東条さんと市役所を後にした。
雲ひとつ見えない真夏のような晴天の、6月最後の土曜日。
この日を境に、私は一ノ瀬 麗から東条 麗になりました・・・。
************************************************
これにて「微笑む似非紳士と純情娘」の第二部は完結です。
長らくお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!
完結ボタンを押すか少々迷ったのですが、麗の結婚式まではせめて続けたいし、いろいろ回収できていない問題もある気がするので、完結設定は一先ず保留とさせて頂きます。(白夜がPVを見るシーンもまだですし!)
第一部は(仮)婚約になるまででしたので、第二部は2人が入籍するまでで一区切りとさせていただきます。そして二部の修正をちょこちょこ行いたいと思いますので、その作業や次の構成を練るのに少しお時間をいただきますが、恐らく第三部は20話以内で終わるかと・・・。もう少し麗と白夜にお付き合いくださると嬉しいです。
そして予定ですが、第三部はひたすら甘い新婚生活(?)になるかと思います。
・・・苦手な方はここでリタイアをオススメします(^^;)
それでは結婚式編(新婚生活編)もどうぞよろしくお願いいたします。
月城うさぎ
10
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