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第三部
5.秘密と嘘
しおりを挟む「麗、何か私に隠し事はありませんか?」
「!」
ふんわりと微笑みかける旦那様の顔はいつも通り穏やかなのに、私がやましさ全開だからか、蛇に睨まれた蛙効果があるように感じてしまう。
・・・以前にも同じような質問をされなかったか。
向かい合わせでお座敷に座りお寿司を食べている手を止めて、平常心を装いながら訊き返した。「どうして突然そんなことを訊くの?」と。
緑茶を一口飲んだ白夜は、何でもないように答えた。
「いえ、なんだかいつもより挙動不審な気がしまして。そう感じただけですよ」
「・・・・・・」
いつもより?って、それじゃいつもの私は少なからずキョドってるってこと?
・・・否定できないところが悲しい。
そういえば前は同じような質問されて、なんて答えたっけ?
ああ、そうだ。確か適当にはぐらかす為に、開き直ったんだった。だって女の子だもん、って。・・・同じ手は2度も使えないだろう。
とりあえず私も箸をおいてお茶で喉を潤した。特上のお寿司は残りちょっと。食べるのを再開するのは、彼に納得してもらってからにしておこう。
「隠し事は、そりゃたくさんありますよ?だって私の仕事は守秘義務があるし」
嘘ではない。職業柄、情報も秘密も漏えいさせないために必ず守秘義務を守らされるし、あのPVだって仕事の一環だし!仕事のくくりとして隠すのも、当然といえば当然。それに白夜だって仕事の話を私に何でもできるわけじゃないよね?会社のトップなんてそれこそ秘密だらけ。一般社員には言えないことも山ほどあるだろう。
にこっと笑いかけたら、白夜はじっと私の目を見つめてきた。・・・やめて、人の心の奥を覗くようなその視線は、ちょっと緊張するから!
でも逸らしたら負けだ。
そう自分に言い聞かせて、見つめ返すこと数秒。白夜はようやくふっと息をこぼした。
「そうですよね、あなたの仕事柄、私には言えない隠し事もたくさんありますよね」
「えっと・・・うん、まあ、そうだね」
一般的に、恋人や夫婦になったら隠し事はなしと思うものなのだろうか。
正直言って、私はそれは無理だと思う。いくら付き合っていても、夫婦になっても、お互い知られたくない秘密の一つや二つは必ず存在するだろう。知らない方が幸せな事だってあるし、相手を思って黙っていることもあると思う。だから無理に何でも共有する必要はないんじゃないかって、私は思う。
あ、でもそれが相手への裏切りになる行為(浮気とか不倫とか借金?とか)は別だけど!ただ、個人的な趣味とか、過去の消し去りたい黒歴史とか、その程度は黙ってても罪じゃないよね?
なんでも知りたいと思うのは当然でも、相手のすべてを100%把握するのは、流石に無茶でしょ。
だから私は相手を裏切らない限り、秘密はアリ、でも嘘はナシ。そんな考えを持っていたりする。白夜がどんな価値観を持っているかはわからないが。
「ですが困った時は、私をちゃんと頼るのですよ?嫌な事はちゃんと嫌だと言える麗を信じていないわけではありませんが、望まない状況に巻き込まれそうになったら、まず私に相談してくださいね」
「う、うん・・・ありがとう。そうさせてもらうね」
すでに何度も仕事で「嫌だ!」と断っても、叶えられなかったことの方が多い気がするけど。彼が私を案じてくれているのはわかったから、素直にお礼を告げた。ほっとした様子の白夜を見て、うう・・・ちょっと良心が・・・!
「隠し事は、たぶんこれからもいろいろ増えると思う。でもね、嘘はつかないって約束する。言えないことは言えないって言うし、秘密は許してほしいけど。嘘だけはつかないから・・・」
まっすぐに彼の黒曜石のような瞳を見つめて伝えると、白夜は軽く目を瞠った。そしてとろけるような眼差しで慈しむような笑みを見せた。
「ええ、私も麗には誠実でいられるように努力をします」
「?白夜はいつも誠実だと思うけど・・・?」
首をかしげる私に、白夜は一言「ありがとうございます」と言った。
とりあえず、秘密や隠し事はアリでも嘘はつかないと約束を交わして、私の重荷はほんのちょっと軽減されたのだった。
◆ ◆ ◆
「た、鷹臣君、帯苦しい・・・」
「あ?そうか、ちょっと待ってろ」
木曜日。事務所のとある一室で、私は鷹臣君に浴衣を着つけてもらっている。時間がなくて新しいのを購入できなかったんだけど、去年の浴衣はそれなりにお気に入りだ。濃紺に青や黄色の蝶々。帯は柔らかな色合いの黄色で、鷹臣君に結んでもらっている。下駄も髪飾りも用意したし、残りの支度はばっちりだ。
「お前はくびれないから和装が似合うよなー」という鷹臣君の言葉に、喜んでいいものか疑問が残るけど。
ウエストはあまりないけれど、それでも一応タオルで調節させられた。和装は胸もあまりない方がいいらしい・・・
扉がノックされて、外から瑠璃ちゃんが現れた。
「麗さ~ん。携帯鳴ってたんで持ってきましたよ~」
「あ、ありがとう」
お、メールか。
開いてみたら、なんと今夜会うであろう人物、K君からだった。ただ一言、「CD聴いた?」と。マイペース人間の彼らしいそっけなさだ。
ぱぱっと返信して、携帯を畳んだ。傍で私達の様子を見ている瑠璃ちゃんが、いつの間にやらスマホを取り出していじっている。
「記念に数枚撮っておきましたので、後で送りますね~」と。
ほぼ出来上がっている姿だからいいけれど、いつの間に撮ったんだ瑠璃ちゃん!
「ほらよ。苦しくないか?」
頭上から鷹臣君の声が降ってきて、私は頷いた。慣れない圧迫感はあるものの、動きにくさはない。しっかり帯も結んでもらったし、激しく動かない限り崩れることもないだろう。
「ありがとー鷹臣君。鷹臣君も着替えたら後で写真撮ろうね」
「あ~いいですね~!瑠璃も一緒に写真撮りたいです~」
「あ?なんでだよ。ただの浴衣だろ?」
怪訝に片眉を上げる鷹臣君は、多分本当に謎なのだろう。どうして浴衣姿ごときで写真を撮りたがるのか。
「あのね、今時の若い子たちはめったに浴衣なんて着ないんだよ。和装が一般的な古紫家とは違うの。だから記念に撮りたいっていうのが乙女心なんだよ。ね、瑠璃ちゃん」
「そうですよ~室長。ささ、早く着替えちゃってください~!私達外で待ってますから~」
瑠璃ちゃんに手を引かれて扉を閉めた。鷹臣君の着替えが終わるまで、私は自分のヘアメイクに取り掛かるとするか。
瑠璃ちゃんに手伝ってもらい、かんざしを挿す。ゆるく巻いた髪は耳の横で一つにまとめて、肩にかかる程度の毛先を遊ばせている。すっかり伸びた髪の毛は、下ろすともう胸の上まである。半年前は鎖骨までばっさり切っちゃったのに、月日が過ぎるのは早い。
「この蝶々のかんざし、かわいいですね~!キラキラ~」
「でしょー。ありがとう。一目ぼれしたんだ」
新しい浴衣が欲しくなったという瑠璃ちゃんに、今度の夏祭りは彼氏のマー君と出かけたら?と提案した。「最近マー君忙しくって・・・」と寂しげに呟いた彼女は、それでもお祭りの日程を調べて訊いてみると、嬉しそうに笑った。
「そろそろ行くぞー。支度できたか?」
「うん、鷹臣君こそ・・・」
振り返った私達は、しばし固まる。
久しぶりに見る鷹臣君の浴衣姿は、ワイルドな美貌といい具合に混ざり合って、何とも言えない色気を作り上げていた。まさに浴衣効果というやつである。凶悪にも見える鋭い鷹の瞳と、端整な顔立ちに硬質な空気。真っ黒な髪と高身長も威圧感をあたえるけれど、同時に圧倒的な存在感を放つ。
うわ、なんだかフェロモンが出ていない!?そこにいるだけで美女がふらふらと吸い寄せられそうだ。
「室長・・・なんだかエロイですね~」
言った!瑠璃ちゃんが本音を暴露した!
「あ?何言ってんだお前。浴衣がなんでエロイんだよ」
顔を赤らめて目を逸らす瑠璃ちゃんの代わりに、私がすかさず答えてあげる。
「いやいや、仕方ないでしょう。ほら、見慣れない格好は普段の2割増しでかっこよく見えるもんだし。良くも悪くも鷹臣君は目立つから」
そう笑って告げた後ではたと気づく。
え、やだな、こんな目立つ人物の隣を私が歩くの?今まで気にしたことはなかったけど、私思いっきりじろじろ見られるよね?主に女性陣から。鷹臣君とは顔が似てないから身内だってわからないし・・・げえ、離れて行動したい・・・。
「麗、何ぼさっとしてんだ。置いていくぞ」
「え、あ!ごめん待って!」
カラコロと下駄を鳴らして、鷹臣君が運転する車の助手席へ乗り込んだ。
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