微笑む似非紳士と純情娘

月城うさぎ

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第三部

10.旦那様の笑顔には裏がある(前編)

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お仕置きタイムスタートです。
白夜の暴走が苦手な方は要注意です。



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 耳を澄ませば、聞こえてくるのは小川のせせらぎに小鳥の囀り、さわさわと静かにざわめく木々の音。

 都会の喧騒とは無縁のこの場所は、人里離れた山の奥。ここから少し離れた場所には知る人ぞ知る温泉宿があり、地元の人で賑わう穴場スポットもあるらしい。緑豊かな自然に囲まれて、まさにマイナスイオンをたっぷり感じられる。心も身体も癒されて、森林浴にはもってこいだ。本来ならあわただしい毎日を送る、現代人の日常生活の中で蓄積されていくストレスを解消する場所でもあるはずだ。

 そう、本来なら。 

 けれど、自然たっぷりのこの地で耳を澄まさなくても聞こえてくるのは、安らぎやリラックス効果とは正反対の、激しくて甘くてダークな雰囲気のとある曲。目の前には視線を逸らす事が難しい、大きなスクリーン。ホームシアターのようなスクリーンに映し出される映像は、実に爽やかさとは無縁の黒さだ。
 スピーカーからは聞き覚えがありまくる曲が流れるこの一室で、軽く腕を組んでスクリーンの隣に立ち、凍えるほど美しい冷笑を浮かべる旦那様の姿が視界の端に映る。サビの部分でピッとリモコンが操作される音が響いた。その音はまるで何かの合図のようで、私の脳には警告音がMAXで響き渡る。

 「さて、麗。覚悟はいいですか?」
 「・・・・・・」

 冷水を浴びたように急激に体温が下がるのを感じながら、内心滝のような汗をかく。
 
 どうやら私は今、言い逃れの出来ない窮地に陥っているようだ。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 ことの始まりは、昨晩白夜が告げた一言だった。

 「土日で一泊温泉旅行?」
 「ええ、知人の別荘を借りられることになりまして。緑に囲まれたコテージで一泊過ごすのもたまにはいいかと」

 金曜日の夕食時。何気ない会話の一言に、白夜は温泉旅行に一泊で行かないかと提案してきた。知り合いの人の別荘を借りられる事になっただなんて普通にすごい。全部自分たちで用意しないといけないから大変なんじゃないかって思ったけど、管理人の人もいるらしく、私達はちょっと遊びに行く感覚でいいらしい。
 その別荘の近くには美容に効く温泉が湧いているとかで、地元じゃ有名な避暑地だそうだ。そんな話を聞いて私のテンションは上がった。

 いきなり明日だなんて唐突すぎるだろう! と、普通なら思うかもしれない。が、鷹臣君の傍でさんざんいきなりな事を注文されて慣れてきたおかげか、白夜が通常準備に1週間はかかる事を突然やると言っても、今更驚かなくなってきている。何せ、この人はその場でアメリカ行きの当日チケットを購入するほどの行動力を持っているんだから。
 ”明日”で、しかも場所が”国内”なら余裕でアリだ。
 私は二つ返事で行くと告げた。

 翌日の土曜日。今日はドライブ日和の快晴だ。
 白夜が運転する車でマンションから2時間半ほど離れた場所に目的地はあった。

 どんどん山奥に入っているようで一瞬不安に感じたけれど、すぐに杞憂に変わった。いくつか別荘が立ち並ぶこの場所は、確かに避暑地らしい。裕福な人達が夏の暑い時期に涼みに来るにはうってつけの場所だ。
 緑がいっぱいで空気がとても澄んでいる。天然の温泉が湧き出ている場所もそう遠くはないそうで、後で近くの温泉宿にも寄ってみたい。温泉まんじゅうとか温泉卵とか、売ってたら買いたいかも。

 「キャンプ場もあるのですが、それはまたの機会にしましょうね」
 おお、やっぱりキャンプもできるのか!
 どこかで水が流れる音も聞こえる。どうやら川もあるらしい。もしかしたら滝もあったりして?
 たまには仕事を忘れて、こんな自然の中でゆっくりするのもいいよね!

 この時はそんなのんきな事を考えていた。

 ◆ ◆ ◆

 「さあ、中に入りましょう」
 白夜に一泊分の荷物を全部持たれて、私はほぼ手ぶらでコテージ風の別荘の中へ促された。そして入ってみてすぐに管理人らしきご夫婦に挨拶される。食事やお風呂の話などを簡単に説明されて、私達は笑顔でうなずいた。どうやらここのお風呂でも温泉に浸かれるらしい。大浴場もいいけれど、静かにゆっくり入れるならその方がありがたい。長年の海外生活の所為か、知らない人と一緒のお風呂に入るのってどうも苦手意識が強いんだよね・・・知り合いなら大丈夫かと言われれば、それはそれで恥ずかしすぎるから微妙なんだけども! 多分修学旅行とかを経験していないからかもしれない。やはり育った環境と文化の所為だろうか。

 荷物を置いて、運転で疲れたであろう白夜の為にお茶を淹れてあげる。なんだかお茶を淹れたりって夫婦っぽくない!? とか、一人でにまにまとにやけ顔になりながらお湯を沸かした。この顔は見られていないようでよかった。

 そんな風に30分ほどゆっくり過ごした直後。近くで車が止まる音や人の話し声が近づいてきて、外がにわかに騒がしくなった。
 ピンポーンとチャイムが鳴らされて、白夜が対応する。誰だろう? と疑問に思うなか、現れたのはどこかで見覚えのあるような人物たち・・・
 はて?
 顔は覚えていないんだけど、醸し出す雰囲気が似ている。どこでこんな人たちと会ったんだっけ? なんて疑問に思ったのもつかの間だった。

 「それではこちらにお願いしまーす」

 数名の女性がテキパキと動きまわり、あっという間に私を囲んで別室へ移された。その人たちはまるで美容師かメイクアップアーティストのように、私の髪や肌をいじり始める。
 何が始まるのかさっぱりな私は疑問を口にするけれど、「お静かにお願いしますねー」と言われてしまって答えが得られない。いったい何が起きているんだ。

 数十分後。ようやく解放された私は、鏡を見ることすら叶わなかった。何故だ。
 スタイリストのような人から手渡された紙袋には、白いドレスが入っている。ここら辺で私の中で警戒音が小さく鳴り始めた。
 
 ・・・・・・ちょっと待てよ。
 なんだか雲行きがいろんな意味で怪しくないか?

 「お着替えお手伝いしますねー」と、これまたものすごい手際の良さでぱぱっと着ていたチュニックとショートパンツを脱がされて、あっという間に手に持っていたドレスを着させられる。鏡がない為全体像が見えないのが辛いけど、前だけなら自分が何を着ているか確認できる。

 ・・・・・・激しくデジャヴを感じる。

 うっすらと額に冷や汗が流れた。
 ちょ、ちょっと待とうか。この白いドレスは、どこで手に入れたんだ!?

 「あの、これはどこのブランドのドレスですか!?」
 最後に身なりを整えていてくれたスタイリストさんに尋ねると、髪をポニーテールにしている女性は一言「こちらは一点ものですが、ブランドは特にありませんね」とあっさり告げた。

 この辺で私の警告音が強まった。
 待て自分。今の私の顔がどうなっているかはまったくわからないけれど、(だって鏡ないし! 自分の姿が映る物が何一つないし!!)、ウィッグを被せられている事だけはわかる。

 肩からさらりと零れる腰まである長い黒髪――
 私には縁のない、漆黒の髪はまるで朝姫ちゃんの艶髪のよう。作り物だと一見わからないようなリアルなウィッグを被っていても、冷房が効いているからか蒸し暑くない。

 胸繰りが開いた白いドレスに黒い髪。そして先ほどコンタクトまで着けさせられた。それは記憶が正しければ、色は青・・・・・・

 やばい、やばいぞ。
 ここまで揃えば、気のせいだよね! なんて笑っていられない。

 私が青ざめているうちに、いつの間にやらスタイリストさんやメイクさん達がパーっと去って行った。嵐のように来てあっという間に去って行った彼等は一体何が目的で来たのだろうか。これからこの部屋を出るのが、ものすっごく怖い。

 「っていうか、マジで怖い!!」
 ぞぞぞ、と背中に寒気が走った。
 ドアがノックされても居留守を使おう!
 そんなその場しのぎの事を考えて実行に移した直後――ドアがゆっくりとノックされた。

 「麗、入りますよ」

 ドアノブをまわして確認していないのに。鍵をかけて籠城しているのをお見通しのように、白夜は初めからドアノブに鍵をさしてあっさりと扉を開いた。
 信用されていない事に嘆けばいいのか、いつの間に鍵を入手していたんだと驚けばいいのか。もはやそんな事はどうでもいい、些細な事だろう。

 私の姿を確認した白夜は軽く目を瞠った後。満面の笑みを浮かべて、手を差し出した。
 
 「それでは、参りましょうか」
 
 いったいどこへ向かうつもりですか!!

 ◆ ◆ ◆

 向かった先は寝室として先ほど管理人ご夫婦に案内された部屋だった。
 一見何の変哲もなかった広めの部屋だったが、2時間後に来てみて驚いた。大きなクイーンサイズのベッドには天蓋がつけられており、先ほどまでは見なかった真紅のビロードの椅子や家具、キャンドルホルダーなどの小物類の数々が至る所に散らばっている。中世のヨーロッパをイメージさせるデザインに早変わりしていた。どちらかといえばダークでゴシックな雰囲気に偏っているイメージで。さっきまでのシンプルな部屋はいったいどこへいったんだ。
 でも使っているベッドなど、一応元からあった家具は動かされていない。処分されていないことに安堵した。

 が、すぐに安堵できない状況に追い込まれる。

 ・・・・・・どうしよう、この部屋。
 めちゃくちゃ見覚えがありまくりすぎるんですけど!?

 「気に入りましたか?」
 そう隣で肩を抱きながら私の耳元で囁く旦那様の顔が、直視できない。
 いつもならその美声に囁かれて、頬が赤くなるのを感じるのに。今は肩を抱くのも、私を逃がさないと言っているように感じられて、妙なプレッシャーに心臓が! 嫌な不整脈が!! 

 「エエ、トテモ。」

 棒読みになってしまうのは、仕方がないと思っていただきたい。

 そして白夜は私の手を引きながら、部屋の奥においてあるソファへ誘導させた。壁際の天井から白いスクリーンが下りてくる。小型のホームシアターっぽい雰囲気を醸し出す空間に誘導させられて、私の緊張はもう自分のリミットを振り切る勢いだ。
 
 いつも通りの柔らかな笑顔を浮かべたまま、白夜は二種類のリモコンを操作した。スクリーンに映し出される映像用と、スピーカー用。部屋のカーテンを引いて若干薄暗くさせた室内に映し出されるのは、出来れば自分では二度と見たくないとある映像。スピーカーから流れてくるのは、贅沢にも生で聴かされた経験があるため初めのイントロですぐに何の曲か言い当てる事ができる。

 ・・・・・・できればそんな特技、身に着けたくなかった!

 警戒度MAXにまで達した本能が告げている。
 今すぐ土下座して謝り許しを請うか、この場から脱兎のごとく逃げ出すか。後者の場合はその場しのぎで、後にもっと大変な目に遭う事を考えなくてはいけないが。

 映し出される映像の女性と同じドレスに、同じ髪型。同じアクセサリーに同じ瞳の色。
 そしてここまでくれば自分の顔がどんな風になっているのか、もう想像がつく。

 ああ、なんてこった・・・・・・

 表情筋が完璧に固まったところで、麗しい微笑を刻んだ旦那様が告げた。

 「さて、麗。覚悟はいいですか?」と。
  

 いったい今から何をさせる気なんですかーーー!!!






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