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第三部
28.謝罪とお礼
しおりを挟む東条家でお世話になってから二日後の月曜日。
朝姫ちゃんと夏姫さんオススメの特別美容メニューの朝ごはんをしっかり食べて、身支度を整えた後。東条家お抱えの運転手さんが東条セキュリティまで送ってくれた。
本当に、何て至れり尽くせりなんだ。何だか周りの人達がいい人すぎて、感激だよ。私ももっといろいろがんばらなくては!
……だが、いつも通り秘書課に向かう私の足取りは重い。
土曜日の夜。大方の予想通り白夜が東条邸まで乗り込んできたらしいが、私は生憎お風呂中だったため朝姫ちゃんが全て対応してくれた。
その朝姫ちゃん曰く、『あいつマジで変態だわ! 麗ちゃん、気を付けなさい』らしい。
……一体何があったのか気になるけど、訊いたらいけない気がする。
この兄妹は、仲がいいのか悪いのかよくわかんない関係だよねぇ。
その後げんなりした朝姫ちゃんは私の携帯を取って、日曜の夜まで保管しておいてくれた。私のストレスをなくす為に、だとか。とりあえずしたがっておいた方が良さそうだと、その時判断した。
そんな事があった土日は、実は白夜と直接話をしていない。
メールの返信は(何とか)させてもらえたけど。文面だけ読んでいればいつも通りでも、本当は機嫌が悪かったりして。きっと周りの空気はどこか剣呑としていそうな……
そんな嫌な予感は、ドンピシャだった。
午前中の白夜は珍しく外出もせず、会議以外はずっと社長室で仕事をしている。
微笑みの貴公子のごとく、にこにこ顔を崩す事がないのが逆に怖い。笑顔で書類とにらめっこをしながら、発する空気は何故か一触即発系だ。触れれば切れるぜ! 的なオーラが醸し出されている。
……これ、会議中もこんな状態だったら、会議出席メンバーは大変だったんじゃ?
目線のみで司馬さんに問いかければ、司馬さんは口を閉ざしたまま重いため息を吐いた(ように見えた。)結構器用ですね、司馬さん。
「(表情はいつも通りなのに発する冷気があまりにも寒すぎて。エアコンの温度を数度あげました)」
「(うわ、マジですか。それ、営業の部長さんとか可哀想ですね……)」
彼は冷え性なのに。
エアコンの温度を上げても、精神的な冷気を浴びていれば暖かさは感じないし居心地が悪いだろうよ。居心地の悪さを感じながらの会議って、私なら嫌だ。とんだストレスだ。
ただ、白夜の機嫌がどことなく悪いと本能的に察した人は少なかったらしい。口調は穏やかで、微笑みもいつも通り。なのに、発する空気がどこか歪。
鈍い人は気づかないレベルでも、心の機微に敏い人……特に営業は、一瞬で何かあったと勘付いたそうだ。
まあ、気づかなかったのは技術系の開発関係者(プレゼン担当)だったらしいが。きっと彼等は自分達の仕事の説明でいっぱいいっぱいだったのだろう。
一応表面的には問題なく会議は終わったらしい。
きっと部署に戻った彼等は、数倍の疲労を無意識に感じているのだろうが。
嫌だな、それ。私なら居心地が悪いレベルを通り過ぎて、半径5mは近寄りたくない……なんて、きっと以前の自分はそう思うのだろう。
だけど、今の私は白夜の第二秘書で、そして事実上の奥さんだ。妻は夫を支える者。夫を嗜めるのも妻の役目。
今もパソコンを画面をニコニコ顔で見つめている白夜をチラ見して、私は時計を確認した。
後15分でお昼か。
確かお昼過ぎに外出するんじゃなかったっけ? 取引先とランチミーティングがあるとかで、司馬さんも同行する予定だ。
私はちゃんと栄養バランスが考えられたお弁当を持参している。お昼ご飯の問題はないけれど、あの様子の白夜を外に出すのは問題だ。
司馬さんに頭を下げて、お昼が始まるまでの15分ほど人払いをお願いできないか尋ねる事にした。原因は私にもあるんだし、何とかしてみると。
数回瞬いた彼は深々とお辞儀をして「よろしくお願いします」と告げた。苦労性の司馬さんは、この時間ゆっくりと休んでいてください。
「15分経っても私が出てこなかったら、どうぞ遠慮なく戻ってきてくださいね!」と言えば。若干目が「本当に大丈夫か?」と問いかけてきた。
いや、むしろアウトにならない為に司馬さんが乱入してくれないと、困るのは私だと思うんですが。
司馬さんが退出した事にも気づかないほど仕事に集中している白夜を見て、私は軽く嘆息した。
いつも通り、仕事のスピードは速くて正確。必要な書類にサインが欲しい分も、全部終わっていた。ああ、後であれらを回収してもらわなければ。
伊達メガネを外し、くくっていた髪ゴムを抜き取る。長月から麗に戻った私は、白夜の隣まで移動して声をかけた。
「……白夜」
パソコンのキーボードをタイプしていた指が止まった。
この部屋で「社長」と呼ばない時は、お昼時間のみ。時間をちらりと確認した白夜は、まだ12時まで15分ほど残っている事を確認して、若干訝しんだ。
私は構わず再度白夜の名前を呼び、微笑みかけた。
土日も休みなく働いていたらしく、若干生気が抜けている。
最近はずっと土日は半日以上休んでいたのに、私が突然東条邸に行く事になったので、彼は日曜日もぶっ通しで仕事に耽っていたのだと司馬さんから報告された。
休める時に休まないとだめなのに、それをさせてしまったのは私でもあるから、何も言えなくなる。
私が彼の傍にいるから、ちゃんと休んでくれてリラックスしてくれるらしい。
でも、傍にいなければ無理をするんだと、司馬さんが苦い表情で呟いていたのを思い出した。今までは司馬さんというストッパーがいたから、白夜は”ほどほど”という言葉に従っていたそうだ。
司馬さんも私もいなければ、彼は時間も関係なく仕事をする。
それじゃいつ体調を崩してもおかしくないよ。
少しだけ元気のない表情は、何だか憂いを帯びていて一層美貌が増し……いやいやいや、ここで止めておかないとダメでしょう! 目の下に隈でもできれば、セクシーとか言えなくなるんだから!
椅子ごと振り返った白夜との間合いを一歩詰めて、彼の後頭部を抱き寄せる。
一瞬驚いた白夜を無言のまま、私の胸の中に閉じ込めた。
形のいい後頭部に手を這わせ緩く抱きしめると、何だかいつもと立場が逆転している事に、苦笑が漏れた。
「どうしたんですか? 急に」
胸元のシャツ越しに喋られると、何だかむず痒くてくすぐったい。
私の腰に腕が巻き付いた。
「うん。いろいろと、我慢させちゃってごめんねの気持ち。そして自由にさせてくれてありがとうの気持ち」
ごめんねと、ありがとう。
相反する言葉は、正直な気持ちだ。
何だかんだと、白夜は私の思い通りにさせてくれる。私が「ひどい!」と怒れば、ちゃんと謝ってくれるし、説明もくれる。結局彼は私に甘いのだ。甘やかされすぎてダメな人間になりそうだと、そろそろ本気で危惧し始めている位に。
相談もなく勝手に予定を変更して、しかも響まで白夜の実家にお邪魔しちゃっていて。それなのに息子の白夜は立ち入り禁止って、改めて考えてみると結構ひどいよねぇ……。
二人で過ごす時間がぐっと減っちゃったのが寂しいのは私も同じだ。でも、朝姫ちゃんと夏姫さんの厚意を無駄にはしたくないし、私も綺麗になりたい。
特別な日に、大好きな人の隣に堂々と立てる位、綺麗になりたいのだ。
「いきなり相談もなしに勝手な事しちゃってごめんね。しかもちゃんと連絡もできないで、嫌な想いさせたよね」
「……あなたが言い始めた事ではないでしょう? またあの二人が麗を巻き込んだのでしょうから」
いやまあ、そうなんだけれども。
でもそれはありがたい申し出なわけで。私には願ったり叶ったりというか、喜ぶべき事なわけなので。
ため息を吐いた白夜は、ぐっと私の腰を抱き寄せた。
全身から感じられる体温や、腕にすっぽりと収まる白夜の頭がどこか心地よくて、切なさが伴う。
何だか母性愛が刺激されるというか、何だろう。胸がキュンとするのは何故なの!
たまらず、私は白夜のサラサラな髪を撫でて、後頭部にキスを落とした。驚いた顔をして見上げた白夜の額にも、軽くチュっとキスをする。
ゆっくりとサラサラな黒髪を指で梳いて、ふたたび抱きしめて。全身から愛おしさが増してくる不思議な気持ちに浸った。
「ふふ、いつもと立場が違うのも、何だか新鮮だね。人の心音を聴くのって、落ち着くでしょ?」
「……ええ、あなたの心音だから、落ち着くのでしょうね」
ドクン、ドクン
私が隼人君にキスをされて慰めてもらいたかった時。白夜の心音をシャツ越しに聴いていたら、いつの間にか心が凪ぐのがわかった。
あの時はまだ彼が好きとか、恋人でもなかったけれど。それでも好意を抱いていた相手だからこそ、あんな風に素直に泣けて、白夜の腕の中で落ち着く事ができたのだ。
「ねえ、白夜。私は白夜が好きで、好きすぎて苦しい位大好きなの。離れたくないし、離れると寂しいよ」
「っ……珍しいですね、あなたがそんな事を言うのは」
思えばちゃんと言葉にして「好き」と言ったのは、いつが最後だったっけ? 恥ずかしがって、本音を出来るだけ言わないようにしていた気がする。彼はいつも私を愛していると言ってくれていたのに。
不安に思う事も、寂しい事も。ちゃんと言葉にして心を伝えれば、少しは安心できると思う。
「大好きでいつもかっこいい旦那様の隣を堂々と歩けるように、私も綺麗なドレスに負けない位自分磨き、頑張るから。朝姫ちゃんに言って、早く白夜もお邸に帰れるように、頼んでみるね」
「あなたは今のままで十分可愛いのに……いえ、全部私の為ですね。ありがとうございます、麗。私が寂しいと言ったら、こうやってまた抱きしめてくれますか?」
「うん、もちろん」
ふんわりとした笑顔に戻った旦那様は、私を膝の上に乗せて、顔を寄せる。そして自然な流れで唇を塞いだ。
公私混同はダメ! 社長室でキスはしない! とか。そんな約束は今だけは忘れた事にしよう。
でもね、白夜。
そ、そろそろ約束の15分が経つから。
もうこの辺で勘弁してくれないでしょうか。
酸欠に陥ったらどうしてくれる……!
◆ ◆ ◆
<その頃の司馬は――>
「……約束の時間から2分30秒経過……」
(どうする、そろそろ行くか。
いやでも、まだ待て。もう少し、せめてあと1分……。間の悪い時に乱入して白夜様の機嫌がまた損なわれたりしたら、もっと面倒な事に……
いやでも、麗さんは15分経過しても出てこなかったら入ってきて欲しいと言っていた。
いやだが、しかし……)
――うろうろと歩き回りながら時計とにらめっこ中。
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