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第三部
34.<閑話>バレンタインと薔薇
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2013年の冬に、どこでも読書のエタニティフェアに参加した時のSSです。
ガラケーのみでしか読めず、作者にも確認ができなかったのですが。出版社からサイト掲載OKとの了承を頂きましたので、こちらでも掲載したいと思います。
◆時系列的には、似非紳士1巻のバレンタインの話。隼人を見送った直後の社長室です。
********************************************
バレンタインの数日前。
毎年鬱陶しいだけだったこの行事だが、今年は意中の女性がいる。義理堅い彼女なら、世話になっている上司に形だけでも何か用意するのでは? と、淡い期待を密かに抱いていた白夜だったが、それは脆くも崩れることになった。白夜は秘書の司馬から衝撃的な事実を聞かされたのだ。
神妙な顔で申し訳ないと頭を下げる司馬を見つめる。職務に忠実で常に自分の味方である彼だったが、今回ばかりは少々違ったらしい。麗の直属の上司の司馬は、社内で問題を起こさない為、そしてその対処を彼女にも担ってもらう為、告げてしまったと言うのだ。「社長はバレンタインの贈り物を一切もらわない主義だ」と――
「そうですか、それなら仕方がありませんね」
いつも通りの笑顔だが、わずかに下がった声のトーンを長年白夜に仕えている司馬が気づかないわけがない。が、その直後。微妙に落ち込んでいた白夜の表情は晴れやかなものに変わった。見事な切り替えである。
「それでしたら、私が彼女にバレンタインのギフトを贈ればいいだけですね」
「え? 社長が、ですか?」
怪訝な表情の司馬に、白夜は揺るがない笑顔で頷いた。
「ええ、何か問題でも? 欧米では男性から女性へバレンタインの贈り物をするのですよ。女性からする日本の方が特殊だと私は思いますが。それに、外国育ちの麗さんには、むしろ日本の文化よりあちらの文化の方が慣れ親しんでいるでしょう」
――さて、何を贈りましょうか。
先ほどまでの落ち込みを感じさせないほど上機嫌になった白夜を、司馬が探るような目で見ている。実際、彼は内心嫌な予感を覚えていたのだ。何か、突拍子もない物をあげるつもりなんじゃないだろうか、と。
その後白夜はいくら贈り物の案を尋ねられても、頑として答えず、余計に司馬の不安を煽ったのだった。
◆ ◆ ◆
バレンタイン当日。優秀な社長秘書が徹底的に白夜宛の荷物を管理してくれた為、社長室に贈り物が届けられる気配は今のところない。不審物はおろか、仕事に無関係な手紙一つ見当たらない室内を見渡して、白夜は内心安堵した。司馬には普段以上に神経を使わせたことだろう。
午前中は不在だった彼だが、午後になり社に戻って来ると、どこか落ち着かない様子で自分の気配を窺ってくる。それはきっと司馬自身が周囲に気を配っているからであって、決して、自分が何かやらかすのではないかと心配させているわけではない。
白夜が麗に何を用意したのか、訊きたくても聞けない――そんな司馬の本音に当然白夜は気づいていたが、キレイに気付かないフリを続けていた。だが、そろそろ教えてあげてもいい頃合いだろう。
数日前から今日の午後のスケジュールに余裕を作るようにと、あらかじめ司馬に伝えていた。白夜は時計の針が、休憩時間が設けられた十五時をさそうとしていることに気付く。
てきぱきと動く麗の様子を横目で捉えた直後。小声で司馬を呼び、自分で手配した麗への贈り物(という名の司馬の懸念)を手渡すことにした。これで準備を始めるように、と。
「――麗さん、ひと段落したようでしたら、私と一緒にお茶でもいかがですか?」
長月ではなく、本名の麗と呼ばれた事に、変装中の彼女は一瞬目を瞠った。が、時刻を確認して手元の書類に視線を落とし、遠慮がちに微笑みを浮かべた。それは長月としてのものではなく、麗の笑みだった。
そんな些細な変化にも当然白夜は気づいている。はにかみながら近づいてくる彼女をソファに誘導し、自身も向かいの席に腰を落とした。本当なら隣に座りたいところだが、珍しく自重したのだ。
司馬が持ってくるお茶を待ちながら、白夜は先ほど垣間見た裏口でのシーンを思い出す。警視庁の古紫管理官が彼女を指名して、見送るようにと頼んだのは自分。だが、何故彼が彼女に目をつけたのか気になった。
すぐに調べてみたら、彼女との関係性は意外でもなんでもなくて、単なる従兄だとあっさりわかり安堵した。が、ちらりと視線を監視カメラに投げた彼の行動が意図的に思えて仕方がない。挑発されていると感じたのは、思いすごしならいいが……
笑顔で話しかけてくる麗に、古紫隼人のことを問いかける気にはなれなかった。頬にキスをしたのも、きっと単なる挨拶だろう。自分にはそんな事をされた経験もないが。
――全く、余裕がないにも程がありますね……
自嘲めいた笑みを内心でかみ殺す。そしてようやく司馬が戻って来た頃。白夜は彼が用意した贈り物を喜んで受け取る麗の姿を思い浮かべて、気分を立て直した。司馬がコーヒーテーブルの上に並べる菓子の数々を眺める。
「今日は麗さんのお好きなアッサムティーにしてみました。それと、よろしければこちらもどうぞ」
「え? これは……わあ、珍しい。薔薇のジャムですか! 見た目も可愛いですね。薄ピンクから赤のグラデーションがすっごい綺麗~」
「フランスから直輸入した物です。知人からおすすめだと聞いたので、よろしければ感想を聞かせてくださいね。このスコーンにつけても美味しいそうですが、紅茶の中に入れて混ぜてみても、薔薇の香りを堪能できるそうですよ」
早速わくわくした顔で白磁のティーカップに注がれた紅茶に、麗は薔薇の花弁入りのジャムを投入している。薄い色素の花弁が紅茶に溶けて、ふわりと広がる。香りがきつくないアッサムティーだからか、うまい具合に薔薇の香りも融合したようだった。一口飲んだ麗の表情が綻んだ。その様子を見て、白夜は笑みを深める。
「こちらはベルギーのチョコレートですが、バレンタイン限定の物なんです。食べるのが勿体ないほど手が凝っていて、この時期は特に贈り物に好まれるのだとか」
「ええーすっごい! 薔薇型のチョコなんですね。……もはやこれは、アートですねえ。確かに食べるのが勿体ない……」
「麗さん好みの甘さ控えめですよ」と続いた言葉に、麗はキラキラした笑顔でお礼を告げて、どれを選ぶか迷っているようだった。
そんな彼女を愛おしげに眺めていた白夜は、その後も麗用に用意したお菓子を次々と披露する。お昼に妹の朝姫が届けたバレンタインケーキを食べたが、女性はやはり甘い物は別腹らしい。次々とお菓子をつまんでは「おいしい」を連発して、満足そうな笑顔を浮かべている。
二杯目のお茶を飲みほした麗は、ふとテーブルを埋め尽くしているお菓子の共通点に気付いた。薔薇のジャムから始まり、薔薇型のチョコレートに薔薇が描かれたマカロン、他にベリー味などもあったが、どれもこれも薔薇で埋め尽くされている気がする。よく見れば、お茶をかき混ぜる銀の匙まで、薔薇の花が持ち手についているではないか。
麗は小首を傾げて、白夜を見やった。優雅な仕草で白磁のティーカップに口をつける白夜は、王侯貴族さながらの優美さを漂わせている。匂い立つような白夜の色気を脳内で追い払って、麗は白夜に問いかけた。
「あの、東条さん。今気がついたんですが、このお菓子って全部、何故か薔薇だらけですよね? 何か意味があるんですか?」
ようやく気付いたか――。そんな気持ちを内心にとどめて、白夜はティーカップをソーサーに戻した。
「ええ、今日はバレンタインですので」
そんな言葉で鈍感な麗が気づくとは思えない。案の定麗は言葉通りに受け取ったようだった。
「ああ、そっか、バレンタインだから薔薇尽くしなんですね!」
にこにこ顔でチョコレートを頬張る麗に、白夜は笑顔で答える。
「ええ、本当は真紅の薔薇を届けさせたかったのですが、社内では目立つので断念したのです」
自分は気にしないが、麗は気にするだろう。花屋が秘書課に来るだけで話題になるのに、麗が真紅の薔薇を持って帰るのは悪目立ちしすぎる。本当なら夕食も共に取ってから花束を渡したい所だが、まだそこまで親密な関係を築けていない今、その案は性急すぎると思いとどまったのだった。
じっと怪訝な顔で見つめてくる視線に気づき、白夜は麗を見つめ返した。
「東条さん。真紅の薔薇は恋人にあげる花ですよ? そんな事誰にでもしたら勘違いされて、余計なトラブルに巻き込まれてしまいますから、気を付けた方がいいと思いますけど」
「……ええ、そうですね」
――やはり、気づかれていませんか……
何故ここで、真紅の薔薇をあげたい人物=自分だと気づかないのか。少しでも白夜の好意に気付いてれば、愛の告白と受け取るだろうに。
「でも、東条さんは真紅の薔薇の花束が似合いそうですよね。朝姫さんも大輪の薔薇が似合いそう! 私はどっちかっていうと、薔薇は赤よりピンクが好きですけど」
くすりと笑いを零した麗が、花の好みを語った。思わず前のめりになりそうになるのを堪えて、白夜はゆったりと尋ねた。
「麗さんはピンクの薔薇がお好きなのですか?」
「はい、可愛いですよね。あ、薔薇の色にも花言葉があるって知ってます? 真紅は情熱とか、愛とか、そのまんまですが。黄色はネガティブな意味合いが強いけど、友達にあげる花でもあるんですよ。バレンタインに贈られる花の色で、気持ちを伝える文化があるみたいで。私の友人は黄色の薔薇を好きな男性からいただいて、その後「微妙~!」って憤ってました」
くすくす笑顔で笑った麗は実に楽しそうで、自然と自分の表情が柔らかくなるのを感じた。
が、そこまでわかっていながら何故自分の気持ちが通じないのか。ちらりと無関心を装いながら聞き耳を立てている司馬を窺う。何だか同情の眼差しを向けられているのは、考えすぎか。
「でもやっぱり好きな花を貰えるのが一番ですよね! 花言葉も大事だし、嬉しいけど」
「そうですか。ちなみに、麗さんはどんな花がお好きなのですか?」
きょとんとした顔で首を傾げた彼女は、しばし沈黙してから「そうですね……」と考え込んだ。
「バラ科の花は好きですよ。薔薇も桜も、可愛いですし。一輪で存在感を放つ花も素敵だけど、ひっそりと咲く素朴な花も好きですね。あ、でもいつか見てみたい花はあります」
「それは?」
「不可能と呼ばれている、青い薔薇です。真っ青な薔薇なんて、神秘的で幻想的じゃないですか?」
でも、まだまだ誕生しそうにはないですけどね。
そう続けた麗に白夜は、「いつか見られるといいですね」と微笑んで答えた。
――この時思いつきで告げた言葉が現実になったのは、そう遠くはない未来の話。
************************************************
<書下ろし>
麗が去った後、社長室には白夜と司馬の二人が残される。満足そうにバレンタインの贈り物を堪能していた麗は実に可愛らしかったが、微塵も自分の気持ちに気付かれていない事に、白夜の口からついため息が零れた。
「……手強いですね、本当に」
「白夜様。焦りは禁物ですよ」
「ええ、わかっています。わかっていますが……、何ですかその憐れみに満ちた眼差しは。言いたい事ははっきり言ったらどうです? 司馬」
目は口程に物を言う。常に冷静な司馬だが、今の彼はまさしく白夜が表した通りの表情を浮かべていた。つい目頭を押さえたくなってくる。
「いえ……。喜んで頂けたのですから、バレンタインの企画は成功したと言えるでしょう。恋愛面での好感度が上がったかどうかは、わかりかねますが」
いつもより濃いめに淹れられたコーヒーを啜り、白夜は軽くこめかみを押さえた。一瞬だけ何かを思案した直後、すぐにいつもの微笑を浮かべる。
「まだまだこれからです。時間はたっぷりあるのですから」
主が今度は何を企んでいるのか。司馬の胃がまた少しだけ、キリリと痛んだ。
<Fin.>
◆ ◆ ◆
……あれ、結局司馬さんがかわいそうな展開に←
個人的に、白夜の片想い期間は大変楽しかったです。もう少し長くてもよかったなと今では思います(笑)
ガラケーのみでしか読めず、作者にも確認ができなかったのですが。出版社からサイト掲載OKとの了承を頂きましたので、こちらでも掲載したいと思います。
◆時系列的には、似非紳士1巻のバレンタインの話。隼人を見送った直後の社長室です。
********************************************
バレンタインの数日前。
毎年鬱陶しいだけだったこの行事だが、今年は意中の女性がいる。義理堅い彼女なら、世話になっている上司に形だけでも何か用意するのでは? と、淡い期待を密かに抱いていた白夜だったが、それは脆くも崩れることになった。白夜は秘書の司馬から衝撃的な事実を聞かされたのだ。
神妙な顔で申し訳ないと頭を下げる司馬を見つめる。職務に忠実で常に自分の味方である彼だったが、今回ばかりは少々違ったらしい。麗の直属の上司の司馬は、社内で問題を起こさない為、そしてその対処を彼女にも担ってもらう為、告げてしまったと言うのだ。「社長はバレンタインの贈り物を一切もらわない主義だ」と――
「そうですか、それなら仕方がありませんね」
いつも通りの笑顔だが、わずかに下がった声のトーンを長年白夜に仕えている司馬が気づかないわけがない。が、その直後。微妙に落ち込んでいた白夜の表情は晴れやかなものに変わった。見事な切り替えである。
「それでしたら、私が彼女にバレンタインのギフトを贈ればいいだけですね」
「え? 社長が、ですか?」
怪訝な表情の司馬に、白夜は揺るがない笑顔で頷いた。
「ええ、何か問題でも? 欧米では男性から女性へバレンタインの贈り物をするのですよ。女性からする日本の方が特殊だと私は思いますが。それに、外国育ちの麗さんには、むしろ日本の文化よりあちらの文化の方が慣れ親しんでいるでしょう」
――さて、何を贈りましょうか。
先ほどまでの落ち込みを感じさせないほど上機嫌になった白夜を、司馬が探るような目で見ている。実際、彼は内心嫌な予感を覚えていたのだ。何か、突拍子もない物をあげるつもりなんじゃないだろうか、と。
その後白夜はいくら贈り物の案を尋ねられても、頑として答えず、余計に司馬の不安を煽ったのだった。
◆ ◆ ◆
バレンタイン当日。優秀な社長秘書が徹底的に白夜宛の荷物を管理してくれた為、社長室に贈り物が届けられる気配は今のところない。不審物はおろか、仕事に無関係な手紙一つ見当たらない室内を見渡して、白夜は内心安堵した。司馬には普段以上に神経を使わせたことだろう。
午前中は不在だった彼だが、午後になり社に戻って来ると、どこか落ち着かない様子で自分の気配を窺ってくる。それはきっと司馬自身が周囲に気を配っているからであって、決して、自分が何かやらかすのではないかと心配させているわけではない。
白夜が麗に何を用意したのか、訊きたくても聞けない――そんな司馬の本音に当然白夜は気づいていたが、キレイに気付かないフリを続けていた。だが、そろそろ教えてあげてもいい頃合いだろう。
数日前から今日の午後のスケジュールに余裕を作るようにと、あらかじめ司馬に伝えていた。白夜は時計の針が、休憩時間が設けられた十五時をさそうとしていることに気付く。
てきぱきと動く麗の様子を横目で捉えた直後。小声で司馬を呼び、自分で手配した麗への贈り物(という名の司馬の懸念)を手渡すことにした。これで準備を始めるように、と。
「――麗さん、ひと段落したようでしたら、私と一緒にお茶でもいかがですか?」
長月ではなく、本名の麗と呼ばれた事に、変装中の彼女は一瞬目を瞠った。が、時刻を確認して手元の書類に視線を落とし、遠慮がちに微笑みを浮かべた。それは長月としてのものではなく、麗の笑みだった。
そんな些細な変化にも当然白夜は気づいている。はにかみながら近づいてくる彼女をソファに誘導し、自身も向かいの席に腰を落とした。本当なら隣に座りたいところだが、珍しく自重したのだ。
司馬が持ってくるお茶を待ちながら、白夜は先ほど垣間見た裏口でのシーンを思い出す。警視庁の古紫管理官が彼女を指名して、見送るようにと頼んだのは自分。だが、何故彼が彼女に目をつけたのか気になった。
すぐに調べてみたら、彼女との関係性は意外でもなんでもなくて、単なる従兄だとあっさりわかり安堵した。が、ちらりと視線を監視カメラに投げた彼の行動が意図的に思えて仕方がない。挑発されていると感じたのは、思いすごしならいいが……
笑顔で話しかけてくる麗に、古紫隼人のことを問いかける気にはなれなかった。頬にキスをしたのも、きっと単なる挨拶だろう。自分にはそんな事をされた経験もないが。
――全く、余裕がないにも程がありますね……
自嘲めいた笑みを内心でかみ殺す。そしてようやく司馬が戻って来た頃。白夜は彼が用意した贈り物を喜んで受け取る麗の姿を思い浮かべて、気分を立て直した。司馬がコーヒーテーブルの上に並べる菓子の数々を眺める。
「今日は麗さんのお好きなアッサムティーにしてみました。それと、よろしければこちらもどうぞ」
「え? これは……わあ、珍しい。薔薇のジャムですか! 見た目も可愛いですね。薄ピンクから赤のグラデーションがすっごい綺麗~」
「フランスから直輸入した物です。知人からおすすめだと聞いたので、よろしければ感想を聞かせてくださいね。このスコーンにつけても美味しいそうですが、紅茶の中に入れて混ぜてみても、薔薇の香りを堪能できるそうですよ」
早速わくわくした顔で白磁のティーカップに注がれた紅茶に、麗は薔薇の花弁入りのジャムを投入している。薄い色素の花弁が紅茶に溶けて、ふわりと広がる。香りがきつくないアッサムティーだからか、うまい具合に薔薇の香りも融合したようだった。一口飲んだ麗の表情が綻んだ。その様子を見て、白夜は笑みを深める。
「こちらはベルギーのチョコレートですが、バレンタイン限定の物なんです。食べるのが勿体ないほど手が凝っていて、この時期は特に贈り物に好まれるのだとか」
「ええーすっごい! 薔薇型のチョコなんですね。……もはやこれは、アートですねえ。確かに食べるのが勿体ない……」
「麗さん好みの甘さ控えめですよ」と続いた言葉に、麗はキラキラした笑顔でお礼を告げて、どれを選ぶか迷っているようだった。
そんな彼女を愛おしげに眺めていた白夜は、その後も麗用に用意したお菓子を次々と披露する。お昼に妹の朝姫が届けたバレンタインケーキを食べたが、女性はやはり甘い物は別腹らしい。次々とお菓子をつまんでは「おいしい」を連発して、満足そうな笑顔を浮かべている。
二杯目のお茶を飲みほした麗は、ふとテーブルを埋め尽くしているお菓子の共通点に気付いた。薔薇のジャムから始まり、薔薇型のチョコレートに薔薇が描かれたマカロン、他にベリー味などもあったが、どれもこれも薔薇で埋め尽くされている気がする。よく見れば、お茶をかき混ぜる銀の匙まで、薔薇の花が持ち手についているではないか。
麗は小首を傾げて、白夜を見やった。優雅な仕草で白磁のティーカップに口をつける白夜は、王侯貴族さながらの優美さを漂わせている。匂い立つような白夜の色気を脳内で追い払って、麗は白夜に問いかけた。
「あの、東条さん。今気がついたんですが、このお菓子って全部、何故か薔薇だらけですよね? 何か意味があるんですか?」
ようやく気付いたか――。そんな気持ちを内心にとどめて、白夜はティーカップをソーサーに戻した。
「ええ、今日はバレンタインですので」
そんな言葉で鈍感な麗が気づくとは思えない。案の定麗は言葉通りに受け取ったようだった。
「ああ、そっか、バレンタインだから薔薇尽くしなんですね!」
にこにこ顔でチョコレートを頬張る麗に、白夜は笑顔で答える。
「ええ、本当は真紅の薔薇を届けさせたかったのですが、社内では目立つので断念したのです」
自分は気にしないが、麗は気にするだろう。花屋が秘書課に来るだけで話題になるのに、麗が真紅の薔薇を持って帰るのは悪目立ちしすぎる。本当なら夕食も共に取ってから花束を渡したい所だが、まだそこまで親密な関係を築けていない今、その案は性急すぎると思いとどまったのだった。
じっと怪訝な顔で見つめてくる視線に気づき、白夜は麗を見つめ返した。
「東条さん。真紅の薔薇は恋人にあげる花ですよ? そんな事誰にでもしたら勘違いされて、余計なトラブルに巻き込まれてしまいますから、気を付けた方がいいと思いますけど」
「……ええ、そうですね」
――やはり、気づかれていませんか……
何故ここで、真紅の薔薇をあげたい人物=自分だと気づかないのか。少しでも白夜の好意に気付いてれば、愛の告白と受け取るだろうに。
「でも、東条さんは真紅の薔薇の花束が似合いそうですよね。朝姫さんも大輪の薔薇が似合いそう! 私はどっちかっていうと、薔薇は赤よりピンクが好きですけど」
くすりと笑いを零した麗が、花の好みを語った。思わず前のめりになりそうになるのを堪えて、白夜はゆったりと尋ねた。
「麗さんはピンクの薔薇がお好きなのですか?」
「はい、可愛いですよね。あ、薔薇の色にも花言葉があるって知ってます? 真紅は情熱とか、愛とか、そのまんまですが。黄色はネガティブな意味合いが強いけど、友達にあげる花でもあるんですよ。バレンタインに贈られる花の色で、気持ちを伝える文化があるみたいで。私の友人は黄色の薔薇を好きな男性からいただいて、その後「微妙~!」って憤ってました」
くすくす笑顔で笑った麗は実に楽しそうで、自然と自分の表情が柔らかくなるのを感じた。
が、そこまでわかっていながら何故自分の気持ちが通じないのか。ちらりと無関心を装いながら聞き耳を立てている司馬を窺う。何だか同情の眼差しを向けられているのは、考えすぎか。
「でもやっぱり好きな花を貰えるのが一番ですよね! 花言葉も大事だし、嬉しいけど」
「そうですか。ちなみに、麗さんはどんな花がお好きなのですか?」
きょとんとした顔で首を傾げた彼女は、しばし沈黙してから「そうですね……」と考え込んだ。
「バラ科の花は好きですよ。薔薇も桜も、可愛いですし。一輪で存在感を放つ花も素敵だけど、ひっそりと咲く素朴な花も好きですね。あ、でもいつか見てみたい花はあります」
「それは?」
「不可能と呼ばれている、青い薔薇です。真っ青な薔薇なんて、神秘的で幻想的じゃないですか?」
でも、まだまだ誕生しそうにはないですけどね。
そう続けた麗に白夜は、「いつか見られるといいですね」と微笑んで答えた。
――この時思いつきで告げた言葉が現実になったのは、そう遠くはない未来の話。
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<書下ろし>
麗が去った後、社長室には白夜と司馬の二人が残される。満足そうにバレンタインの贈り物を堪能していた麗は実に可愛らしかったが、微塵も自分の気持ちに気付かれていない事に、白夜の口からついため息が零れた。
「……手強いですね、本当に」
「白夜様。焦りは禁物ですよ」
「ええ、わかっています。わかっていますが……、何ですかその憐れみに満ちた眼差しは。言いたい事ははっきり言ったらどうです? 司馬」
目は口程に物を言う。常に冷静な司馬だが、今の彼はまさしく白夜が表した通りの表情を浮かべていた。つい目頭を押さえたくなってくる。
「いえ……。喜んで頂けたのですから、バレンタインの企画は成功したと言えるでしょう。恋愛面での好感度が上がったかどうかは、わかりかねますが」
いつもより濃いめに淹れられたコーヒーを啜り、白夜は軽くこめかみを押さえた。一瞬だけ何かを思案した直後、すぐにいつもの微笑を浮かべる。
「まだまだこれからです。時間はたっぷりあるのですから」
主が今度は何を企んでいるのか。司馬の胃がまた少しだけ、キリリと痛んだ。
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