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しろやぎ

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一部

070 リサージオの書4

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 深夜、魔術師の工房に置かれた水晶球がやにわに輝いた。

「こんな時間にリサージオの工房に乗り込んでくる者がいようとは」

 読みさしの本に栞を挟んで、リサージオは部屋の中央に置かれた巨大な水晶球に視線を投げた。

 彼の工房は城からわずかに離れた離宮の中にある。
 城の中とは違い、ここには転移封じなどの阻害魔法がかかっていない。しかし、彼の領域に入るものは、誰であろうと部屋にある遠見の水晶球が反応する。
 工房の扉には強力な《封印/ウィザードロック》が施されており、合言葉がわからなければ決して開くことはない。

「どのようにしてあの封印を越えて……これは」

 水晶球に映し出された人物を見て、リサージオは目を見開いた。

 自分が第二王子へと手渡した天叢雲剣あめのむらくものつるぎを手にした、第一王子が、リサージオの工房の入り口に立っていたのだ。

「……なんということだ」

 その剣を見て、リサージオはすべてを悟った。
 おそらく第二王子はもうこの世にいないのだろう。
 それも、アーティファクトの力に心を狂わされた第一王子の手によって。

 しばらくの間、強く目をつむり、心のうちに起こった塊根の念に耐える。
 次に目を開いたとき、リサージオには迷いはなかった。

「――このわたしがお止めするのがせめてもの償いか」

 王に詫びる言葉も無い。
 
 それでも自分がなんとかせねばならない。

 リサージオは壁に掛け置いていた一振りの剣を。
 自分が自分の為に作ったアーティファクトを手にして、扉の封印を解いた。

「リサージオ。天叢雲剣あめのむらくものつるぎはこの俺が貰い受けた」

 現れた王子は腰に氷河刃アイスエイジを。右手に抜身の天叢雲剣あめのむらくものつるぎを手にリサージオの前に現れ、そう言い放った。

「……実の弟を殺してまで奪うほどのものだったか?」
「ああ、素晴らしい剣だ。リサージオ」
「それで、今夜。わたしの元に参ったのはいかなる用事かな?」
「これほどの剣を作ってくれた礼を伝えたくてな」
「ご丁寧に《反魔力領域/アンチマジック》を発動までしてか」

 王子はすでに天叢雲剣あめのむらくものつるぎの能力のひとつ、《反魔力領域/アンチマジック》を発動している。その領域はリサージオの工房をまるまる効果範囲に収めている。

「俺はてっきり逃げるのかと思っていたよ、リサージオ。魔術師殺しの魔法の効果範囲で、どうやって俺に。天叢雲剣あめのむらくものつるぎ氷河刃アイスエイジに勝とうと思っているんだ?」
「弟殺しを放置しておくわけいはいくまい」
「仕事熱心だな、リサージオ」

 王子の顔は、もはやリサージオの知る顔ではなかった。
 強すぎるアーティファクトの力に魅入られたのか。
 子供の頃から見知ってきた王子であったが、なぜこんなことになってしまったのだろう。

「元はといえばわたしの生み出した剣のせい。不徳の致すところ。すまない、王子」

 詫びるリサージオを、意外だという顔で王子が見る。
 だが、リサージオの悔恨の念も、今の王子には通じることはなかった。

「俺は、この剣を持って冒険者にでもなって気ままに暮らすつもりだ。王族なんてもう面倒なだけだ。これだけの力を持っていれば、怖いものはひとつもない。ただひとりをのぞいてな」

 《反魔力領域/アンチマジック》を保持したまま、天叢雲剣あめのむらくものつるぎを腰に収め、王子は氷河刃アイスエイジを抜く。

「この剣を作ったこの国最強の魔術師。“刀匠”リサージオだけは、何をしてくるかわからないからな」

 王子は間合いを詰めるべく体勢を低く構える。

 魔剣の力も王子の実力も知りながらここまで通してきたのだ。

 何か隠し球があるに違いない。

「お見せしよう。これがわたしがわたしの為に作った剣だ」

 リサージオは手にしていた剣を捧げてみせた。

 その刀身には七つのメダルがはめ込まれていた。

「《反魔力領域/アンチマジック》の領域では一切の魔法が使えない。ただひとつの魔法を除いて。王子にも以前授業でお教えいたしましたな?」

 リサージオの言うとおり、王子はその魔法のことを知っていた。

 《絶対解呪/コンプリートディスペル》。

 膨大な魔力の波を自分を中心として発し、あらゆる魔法を解呪する魔術師最高位の魔法。

 《反魔力領域/アンチマジック》は効果範囲と効果時間が存在し、その時間の間はあらゆる魔法を打ち消してしまうが、すでにかけられた永続性の魔法や、魔法の品物自体には影響を及ぼせない。

 《絶対解呪/コンプリートディスペル》は効果は一瞬だが、範囲内のすべての魔法を解呪してしまう。使用者の魔力にもよるが、発動してしまえば《反魔力領域/アンチマジック》をも解除できる。
 しかしこの魔法は自分を中心とする効果範囲のすべてに影響を及ぼす。
 つまり、リサージオが身につけている高価なマジックアイテム。さらにはこの工房にある数多くのマジックアイテム。仕掛けてある探知の魔法。防御の魔法。そのすべてが解除の危険性があるのだ。

 しかるべき魔力を込められるのであれば、アーティファクトですらただのガラクタにすることもできるだろう。だが、アーティファクトは長い時間を儀式魔術で魔力を最大限にまで高めて作られた品物だ。リサージオといえどもその解呪は難しいだろう。

「《絶対解呪/コンプリートディスペル》だろ? 昔教えてくれたもんな。この工房の魔法の品がぜんぶガラクタになってもいいくらい、俺をこの場で捕まえたいんだな」

 それを知ってなお、王子には余裕があった。

 魔法を使えば必ず隙ができる。

 その上《反魔力領域/アンチマジック》は天叢雲剣あめのむらくものつるぎを破壊されなければ、何度でも上書きできる。
 自力の精神力で《絶対解呪/コンプリートディスペル》を使わなくてはならないリサージオが、天叢雲剣あめのむらくものつるぎの生み出す《反魔力領域/アンチマジック》との打ち合いになれば、先に精根尽き果てるのはリサージオのほうだ。

「王子はひとつ、勘違いをしておられる」
「何をだ?」
「捕まえる気などありませぬ」
「へえ?」
「殺す。問いただす必要があれば死体を蘇らせ、用が済めばまた殺すまで――」

 王子の背筋に特大の悪寒が走った。

 子供の頃より巌しい顔ではあったが、この国最強の魔術師の殺気に王子はわずかに怯む。

 リサージオは手にした剣の先で床を突いた。

 その瞬間、この場にあるありとあらゆる魔力が失われた。

 工房に置かれた水晶球の光が消え、永続の光を与えられたはずのランプの火も消えた。
 王族が持つ守りの効果がある魔法の指輪もその力を失い、リサージオが懐に隠し待っていた魔力を貯蔵した魔石も塵と化した。
 その他、国家最強の魔法使いの工房に保管された、貴重な魔法の品物が命を失った。

 おそらくは、この場で魔力を保っていられるのは、互いが持っているアーティファクトだけであろう。

「な? いつ魔法を!?」

 どんな魔法であろうと呪文の詠唱。あるいは予備動作が必要だ。
 魔術師の魔法は極度に圧縮した言語により、一瞬で詠唱を済ませるのだが、肉体で戦う者たちにしてみればそれは大きな隙といっていい。

「くそっ! 天叢雲剣あめのむらくものつるぎ――」

 予想を超える魔法の速さに戸惑った王子が、ふたたび腰に手を当てて能力を発動しようとする。

 だがリサージオは微動だにせず次の魔法を発動した。

 禍々しい黒い霧が王子を包み、一瞬で消えた。
 この魔法もまた魔術師最高位のみが使える魔法。《死の霧/デスミスト》。
 霧に触れた命あるものを問答無用で絶命させる霧の魔法。

 霧が晴れると、王子はその場に倒れ伏していた。

「死体を蘇らせてまた殺すなど嘘だよ……」

 自らが殺した王子へと、リサージオは呟く。

「生きて捕まえたところで、王子にはもはや苦痛の道しかない。ならばこの手で……」

 リサージオの持つアーティファクトは魔法の発動体だ。
 
 その剣は多少切れ味のいい魔剣にすぎないのだが、術者が自分でかけた魔法を七つまであらかじめ封じておくことができる。
 魔法を窮めた者であっても一部の者しか知らないであろう魔法。《事前詠唱/プレキャスト》をより便利に使えるよう、リサージオがアーティファクトに仕立てたものだ。
 自分でセットした魔法は自分でしか使うことができないが、これによってリサージオは無詠唱かつ無挙動で七つの魔法を同時に発動することができる。

「ヴァル魔法王国も跡取りを失い、跡取りの男子もなく……気が重いわ」

 そうリサージオがため息をついたとき。

 恐ろしい魔力の波がリサージオの全身を包んだ。
************************************************
タイトルからして悪意を感じますね!!

一度ついたアダ名は良かれ悪かれなかなか消えないものです。
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