71 / 265
一部
070 リサージオの書4
しおりを挟む深夜、魔術師の工房に置かれた水晶球がやにわに輝いた。
「こんな時間にリサージオの工房に乗り込んでくる者がいようとは」
読みさしの本に栞を挟んで、リサージオは部屋の中央に置かれた巨大な水晶球に視線を投げた。
彼の工房は城からわずかに離れた離宮の中にある。
城の中とは違い、ここには転移封じなどの阻害魔法がかかっていない。しかし、彼の領域に入るものは、誰であろうと部屋にある遠見の水晶球が反応する。
工房の扉には強力な《封印/ウィザードロック》が施されており、合言葉がわからなければ決して開くことはない。
「どのようにしてあの封印を越えて……これは」
水晶球に映し出された人物を見て、リサージオは目を見開いた。
自分が第二王子へと手渡した天叢雲剣を手にした、第一王子が、リサージオの工房の入り口に立っていたのだ。
「……なんということだ」
その剣を見て、リサージオはすべてを悟った。
おそらく第二王子はもうこの世にいないのだろう。
それも、アーティファクトの力に心を狂わされた第一王子の手によって。
しばらくの間、強く目をつむり、心のうちに起こった塊根の念に耐える。
次に目を開いたとき、リサージオには迷いはなかった。
「――このわたしがお止めするのがせめてもの償いか」
王に詫びる言葉も無い。
それでも自分がなんとかせねばならない。
リサージオは壁に掛け置いていた一振りの剣を。
自分が自分の為に作ったアーティファクトを手にして、扉の封印を解いた。
「リサージオ。天叢雲剣はこの俺が貰い受けた」
現れた王子は腰に氷河刃を。右手に抜身の天叢雲剣を手にリサージオの前に現れ、そう言い放った。
「……実の弟を殺してまで奪うほどのものだったか?」
「ああ、素晴らしい剣だ。リサージオ」
「それで、今夜。わたしの元に参ったのはいかなる用事かな?」
「これほどの剣を作ってくれた礼を伝えたくてな」
「ご丁寧に《反魔力領域/アンチマジック》を発動までしてか」
王子はすでに天叢雲剣の能力のひとつ、《反魔力領域/アンチマジック》を発動している。その領域はリサージオの工房をまるまる効果範囲に収めている。
「俺はてっきり逃げるのかと思っていたよ、リサージオ。魔術師殺しの魔法の効果範囲で、どうやって俺に。天叢雲剣と氷河刃に勝とうと思っているんだ?」
「弟殺しを放置しておくわけいはいくまい」
「仕事熱心だな、リサージオ」
王子の顔は、もはやリサージオの知る顔ではなかった。
強すぎるアーティファクトの力に魅入られたのか。
子供の頃から見知ってきた王子であったが、なぜこんなことになってしまったのだろう。
「元はといえばわたしの生み出した剣のせい。不徳の致すところ。すまない、王子」
詫びるリサージオを、意外だという顔で王子が見る。
だが、リサージオの悔恨の念も、今の王子には通じることはなかった。
「俺は、この剣を持って冒険者にでもなって気ままに暮らすつもりだ。王族なんてもう面倒なだけだ。これだけの力を持っていれば、怖いものはひとつもない。ただひとりをのぞいてな」
《反魔力領域/アンチマジック》を保持したまま、天叢雲剣を腰に収め、王子は氷河刃を抜く。
「この剣を作ったこの国最強の魔術師。“刀匠”リサージオだけは、何をしてくるかわからないからな」
王子は間合いを詰めるべく体勢を低く構える。
魔剣の力も王子の実力も知りながらここまで通してきたのだ。
何か隠し球があるに違いない。
「お見せしよう。これがわたしがわたしの為に作った剣だ」
リサージオは手にしていた剣を捧げてみせた。
その刀身には七つのメダルがはめ込まれていた。
「《反魔力領域/アンチマジック》の領域では一切の魔法が使えない。ただひとつの魔法を除いて。王子にも以前授業でお教えいたしましたな?」
リサージオの言うとおり、王子はその魔法のことを知っていた。
《絶対解呪/コンプリートディスペル》。
膨大な魔力の波を自分を中心として発し、あらゆる魔法を解呪する魔術師最高位の魔法。
《反魔力領域/アンチマジック》は効果範囲と効果時間が存在し、その時間の間はあらゆる魔法を打ち消してしまうが、すでにかけられた永続性の魔法や、魔法の品物自体には影響を及ぼせない。
《絶対解呪/コンプリートディスペル》は効果は一瞬だが、範囲内のすべての魔法を解呪してしまう。使用者の魔力にもよるが、発動してしまえば《反魔力領域/アンチマジック》をも解除できる。
しかしこの魔法は自分を中心とする効果範囲のすべてに影響を及ぼす。
つまり、リサージオが身につけている高価なマジックアイテム。さらにはこの工房にある数多くのマジックアイテム。仕掛けてある探知の魔法。防御の魔法。そのすべてが解除の危険性があるのだ。
しかるべき魔力を込められるのであれば、アーティファクトですらただのガラクタにすることもできるだろう。だが、アーティファクトは長い時間を儀式魔術で魔力を最大限にまで高めて作られた品物だ。リサージオといえどもその解呪は難しいだろう。
「《絶対解呪/コンプリートディスペル》だろ? 昔教えてくれたもんな。この工房の魔法の品がぜんぶガラクタになってもいいくらい、俺をこの場で捕まえたいんだな」
それを知ってなお、王子には余裕があった。
魔法を使えば必ず隙ができる。
その上《反魔力領域/アンチマジック》は天叢雲剣を破壊されなければ、何度でも上書きできる。
自力の精神力で《絶対解呪/コンプリートディスペル》を使わなくてはならないリサージオが、天叢雲剣の生み出す《反魔力領域/アンチマジック》との打ち合いになれば、先に精根尽き果てるのはリサージオのほうだ。
「王子はひとつ、勘違いをしておられる」
「何をだ?」
「捕まえる気などありませぬ」
「へえ?」
「殺す。問いただす必要があれば死体を蘇らせ、用が済めばまた殺すまで――」
王子の背筋に特大の悪寒が走った。
子供の頃より巌しい顔ではあったが、この国最強の魔術師の殺気に王子はわずかに怯む。
リサージオは手にした剣の先で床を突いた。
その瞬間、この場にあるありとあらゆる魔力が失われた。
工房に置かれた水晶球の光が消え、永続の光を与えられたはずのランプの火も消えた。
王族が持つ守りの効果がある魔法の指輪もその力を失い、リサージオが懐に隠し待っていた魔力を貯蔵した魔石も塵と化した。
その他、国家最強の魔法使いの工房に保管された、貴重な魔法の品物が命を失った。
おそらくは、この場で魔力を保っていられるのは、互いが持っているアーティファクトだけであろう。
「な? いつ魔法を!?」
どんな魔法であろうと呪文の詠唱。あるいは予備動作が必要だ。
魔術師の魔法は極度に圧縮した言語により、一瞬で詠唱を済ませるのだが、肉体で戦う者たちにしてみればそれは大きな隙といっていい。
「くそっ! 天叢雲剣――」
予想を超える魔法の速さに戸惑った王子が、ふたたび腰に手を当てて能力を発動しようとする。
だがリサージオは微動だにせず次の魔法を発動した。
禍々しい黒い霧が王子を包み、一瞬で消えた。
この魔法もまた魔術師最高位のみが使える魔法。《死の霧/デスミスト》。
霧に触れた命あるものを問答無用で絶命させる霧の魔法。
霧が晴れると、王子はその場に倒れ伏していた。
「死体を蘇らせてまた殺すなど嘘だよ……」
自らが殺した王子へと、リサージオは呟く。
「生きて捕まえたところで、王子にはもはや苦痛の道しかない。ならばこの手で……」
リサージオの持つアーティファクトは魔法の発動体だ。
その剣は多少切れ味のいい魔剣にすぎないのだが、術者が自分でかけた魔法を七つまであらかじめ封じておくことができる。
魔法を窮めた者であっても一部の者しか知らないであろう魔法。《事前詠唱/プレキャスト》をより便利に使えるよう、リサージオがアーティファクトに仕立てたものだ。
自分でセットした魔法は自分でしか使うことができないが、これによってリサージオは無詠唱かつ無挙動で七つの魔法を同時に発動することができる。
「ヴァル魔法王国も跡取りを失い、跡取りの男子もなく……気が重いわ」
そうリサージオがため息をついたとき。
恐ろしい魔力の波がリサージオの全身を包んだ。
************************************************
タイトルからして悪意を感じますね!!
一度ついたアダ名は良かれ悪かれなかなか消えないものです。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる