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しろやぎ

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二部

139 北極星の再挑戦(中編)

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 ガルーダとケイシャを加えた『北極星』ポールスターが迷宮に入って三日が経過した。
 転移魔法陣で現れた場所はどこかの地下迷宮らしく、転移したといっても前と同じような風景が続くばかりだった。
 だが、転移先では少しばかり勝手が違った。
 魔法陣から現れた先の迷宮では、行く先すべてに魔法に対する結界のようなものが張られていた。つまり、いざとなっても《転移/テレポート》の魔法で脱出することもできないし、《精神感応/テレパシー》で外と連絡をとりあうこともできない。
 それに気がついたエステルはこの先を進むべきか躊躇したものだが、ガルーダの一言であっさりと捜索続行が決まった。

「えっ。そもそも《転移/テレポート》で帰れるほうがマトモじゃないんだよう。エステルも《転移/テレポート》使えるようになったのって最近じゃなかった?」

 いわれてみればその通りだ。冒険者が全員《転移/テレポート》のような切り札を持っているわけではない。
 いざとなったら逃げることができるという慢心を、遠回しにガルーダが指摘してくれたのだろう。さすがはお師匠様のお仲間です。心の中でエステルはそうガルーダに感謝をしていたのだが、もちろんこのリトルフィートにそんな含みは微塵もなかった。

 ガルーダとメルを先頭に、中央がエステルとケイシャ。しんがりをリコッタが務め、石で組まれた地下の迷宮を進んでいく。エステルたちはもう慣れたのだが、暗くて狭いこの洞窟の中はいるだけで気分が滅入るものだ。
 ケイシャも気丈にふるまってはいるものの、内心ではいまにも地震が起こってこの洞窟が崩れてしまうのではないか。息苦しさは空気がなくなっているせいなのではないかと、考えが巡ってしまっている。

「あ、あの」
「どうしたニャ?」

 ケイシャが前を行くメルのしっぽを握った。位置的に握りやすいだろうから、何かあったらいつでもそうしてと、あらかじめメルがケイシャにそういっていたのだ。もしここにメテオがいれば、たとえ用がなくともしっぽに触れまくっていたことだろう。

「く、空気。う、薄くないですか……?」
「空気? んー、大丈夫ー」

 そういわれてメルは鼻をひくひくとさせて空気の香りを確かめた。確かに洞窟の深部では有毒ガスが溜まっていたり、生物に必要な大気の成分が少ない場所がある。何か異常があればメルが気がつくだろう。

「そ、そう……ですか」

 いわれてケイシャはメルのしっぽを離した。しかしケイシャの息苦しさは収まらない。

(迷惑かけちゃ……ダメ)

 洞窟の中はもちろん明かりなどついていない。今はエステルが杖に灯してある《永続光/コンティニュアルライト》の光が、パーティを明るく包んでいる。
 しかし、先頭を行くメルとガルーダの数歩先は暗闇がぽっかりと口を開けているかのようだ。猫族の獣人であるメルと、盗賊の鋭い視力を持つガルーダにはそれで十分な光なのかもしれないが、まだ九歳のケイシャにはこの暗闇はただただ怖い。

(怖い……けど、我慢)

 気がつけば隣のエステルの魔術師のローブをぎゅっと掴み、なるべく前を見ないようにうつむいて歩くようになっていった。

「ケイシャ、どうしたの?」
「ううん。な、なんでもないです」

 それに気づいたエステルはケイシャを覗きこむようにして声をかけるが、ケイシャは息苦しいとか暗いのが怖いというのを言い出すのが恥ずかしくて、言葉少なく黙るしかなかった。
 ここまでなんとかついてきたものの、いざ《転移/テレポート》が使えなくなるということや、転移した先がどこだかまったくわからず進むということに、ゆっくりとケイシャの心を言い知れない恐怖が染みこんでいく。

「あっ! そうだ!!」
「キャッ!」

 素っ頓狂な声をあげてガルーダが立ち止まる。驚いたケイシャは短く悲鳴を上げる。

「いくら猫族の鼻でもわからない変化なんだけど、地下って息がしにくくなったりする場所があるんだよう」
「聞いたことがあります。人間だけではなく、下位の炎の精霊もその場所に行くと消えてしまうと以前リーズン様から」

 後ろからリコッタのかわいい声が聞こえてきた。

「そうそう。滅多にないんだけどさ、臭いも色もないけどその場所に行くと人間も徐々に息が詰まってくるし、炎の精霊も元気がなくなってくるんだよう」
「地下の洞窟にはそうした場所がある、とは聞いたことがあります。天然のものに多くて、人工のものにはなぜか少ないとも」

 エステルも以前読んだ本でそのことは知っていた。鉱山で働く者がよくその場所に足を踏み入れて生命を落とすこともあると。だが、その対策までは知らなかった。

「じゃあその場所はどういう対策をすればいいのー?」
「近寄らないくらいだね。風の精霊がいればなんとかなるけど、そこまでして進むこともないよう」

 その話を聞いたケイシャはますます息苦しくなってきた。

(どうしよう……胸がくるしい……息が……)

「というわけでケイシャ。これ持ってて」
「えっ!?」

 胸を抑えていたケイシャにガルーダが押し付けたものは、赤い宝石のはまった指輪だった。その指輪にはチェーンがついていて、首飾りにもできるようになっている。

「こ、これ。これは?」
「炎の精霊力を……感じますね」
「そう。炎の精霊が封じられている指輪だよう」

 精霊の気配を感じてリコッタも顔を出してその指輪を眺めた。
 赤い宝石だと思ったものは透明な水晶のようなもので、その中を炎につつまれた小さな小さなトカゲがぐるぐると動いていて、そのせいで赤く見えていたのだ。

「おいらたちのときはさ。リーズンが操っている炎の精霊を先頭に置いてたんだよう。もしこの先に空気の薄いところがあったら、精霊がそれを感づいてくれるんだよう。でもまあ、そんな場所って滅多にないんだけどね」
「わたしが常時契約をしているのは風の精霊なので、感知はできないです。もし感知できれば、風を送ってとかしてお役には立てますが……」

 リコッタはすまなさそうにそういった。精霊使いであるリーズンは常に炎の精霊を身につけたアイテムのどこかに潜ませていたように、リコッタは風の精霊を服に封じている。何かあればいつでも開放できる。

「その指輪の炎の精霊はちっこいから、何かあるとすぐに精霊の世界にもどっちゃうんだよう。だから、その指輪の火が消えたらそれ以上進むのはまずいってこと。んで、その指輪に精霊が戻ってきたらもう安全な場所ってことだよう」

 火が消えるのは精霊の死ではなく、一時的に避難しているだけだと知り、ケイシャはホッと息を吐く。 

「わ、わたしが持ってて、いいの……?」
「炎の精霊が苦手な空気っていうのはさ、下の方に溜まっていくんだよう。この中ではケイシャが一番チビだから真っ先に気がつくんだよう?」

 ガルーダが嬉しそうにケイシャの頭をぽすぽす叩きつつ、指輪の鎖を首にかけてやった。
 実際のところガルーダとケイシャの身長差は3cmほどしか違わないのだが、自分よりも小さい仲間がいることが嬉しくてたまらない様子であった。

「貸すだけだよう。これからはケイシャが炎の見張りをするんだよう?」
「は、はい!」

 そういうとガルーダはふたたび先頭を歩き始めた。リトルフィートは他人の物を勝手に“借りる”癖があるのだが、こうして他人に気前よく“貸す”こともある。その所有権は曖昧で、リトルフィートにとって物を“貸す”ことは、次に“借りる”まであげたということと同義だ。
 ケイシャは今まさに“借りた”ばかりの指輪を、鎖を持ち上げて眺めた。
 水晶の中にいる火トカゲはすいすいと泳いでいたが、ふいにケイシャと目が合った。ケイシャが思っていた以上に愛嬌のある姿だった。

(このトカゲさんが元気な限り、空気は大丈夫なんだ)

 ケイシャと目が合ってくるくると水晶の中を泳ぎ始めた火トカゲ。その姿は元気そのもので、自分たちのパーティの安全を保証してくれているようだった。

(かわいいな……あれ。……息苦しくない)

 先ほどまで感じていた息苦しさが、嘘のように消えていた。火トカゲの指輪はほのかに暖かく、うっすらとオレンジ色に光っている。
 エステルの持つ魔法の光は純白で、ものははっきりと見えるのだけれども温かみは感じられなかった。
 この指輪の温もりと優しい光が、ケイシャの不安を溶かしてくれたのだ。

「……あ、あの。ガルーダ……さん。あ、ありがとうございます……」

 前をスキップしながら歩くガルーダにおずおずと声をかけるが、どうやら細すぎて聞こえないようだった。

(お礼、いわなきゃ)

「ガ、ガルーダさん……」
「いけーいけー 強いぞ偉いぞ負けないぞ~」

 今度はガルーダの歌にかき消されるケイシャの声。

「あっ、ありがとうございます!!」
「わっ!!」

 突然大声で謝意を示されたガルーダは、らしくもなく驚きのあまりスキップの着地をしくじり、尻餅をつくことになるのだった。
************************************************
次回更新は3/1(日) 00:00です。
春が近づき、花粉も近づいてきます…
(引き出しからクラリチンを出して)

それでも夜にカタカタとキーボードを打つ指がかじかまないのは助かります
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