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しろやぎ

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二部

166 卵

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「かくてロルト翁の《転移/テレポート》で駆けつけたという訳だ」

 なぜか得意げなリーズンであった。おそらくは留守番で溜まっていた鬱憤を《大地震/アースクエイク》で多少なりとも吐き出したせいだろう。

「あの老人もよくこの戦場の場所がわかったものだ。しかも上空からとは」
「ロルト翁はレオン王に、魔法でだいたいの位置を確認していたらしい。俺はイーフリートがいるし、風の精霊シルフもいるので、思い切り上空に転移させてくれといっておいた」

 ハムもリーズンの登場に驚いていたが、そういう訳であったのかと納得顔だ。

「そろそろ下位種レッサードラゴンが来るわよ」
「よし、ひさびさに思い切り魔法をぶちかませる相手だ。……そら、アーティア。これをやろう」

 警戒を促すアーティアの言葉に何かを思い出したようなリーズンは、懐からみっつばかりの宝石を投げてよこした。魔石である。

「あら、気が利いているじゃないの。リーズン?」
「お前は流れ星シューティングスターの生命線だからな」

 そう応えてリーズン。イーフリートの肩に飛び乗ると、意地の悪い顔でこう付け加えた。

「上からよく見えたぞ。綺麗な花を咲かせたようだな、デイジーちゃん――」
「リーズン!!」
「ようし、行くぞイーフリート!! 炎のブレスが来たらお前が前に出て無効化してくれ!」
「承知――だが、その前にこの結界を解いて貰えぬか? 我の後ろより炎は一筋も漏らさぬ故」

 居心地が悪そうなイーフリートであった。アーティアの《炎の防御円/ファイアプロテクティブサークル》の中では、火の下位精霊サラマンダーは結界に阻まれて消滅する。さすがにイーフリートにそんなことはないが、結界の中では本来の力を出せずにいる。

「――頼んだわよ」
「承知
「グルァァァァァ!!」

 アーティアが《炎の防御円/ファイアプロテクティブサークル》を解いたと同時に下位種レッサードラゴンが炎を吐き出した。
 結界の影響力が無くなり、ひときわ炎を厚く纏ったイーフリートは、竜の吐き出した炎に向かって牙をむき出しつつ精霊魔法を使う。

「《炎の長城/グレートファイアウォール》」

 竜の炎は、イーフリートが生み出した炎の壁に阻まれた。通常、精霊使いが使う《炎の壁/ファイアウォール》よりも高く激しく燃え盛り、横幅も十数メートルの長さがあった。

「イーフリート。そのまま《炎の長城/グレートファイアウォール》の維持を頼んだ」
「承知――しかしこの魔法を維持する限り、我はこの場から動けぬぞ?」
「手負いの下位種レッサーの二匹くらいなら、俺とハムで十分。アーティアの《回復/ヒーリング》の射程から離れないようにすれば負けることはない」

 それを聞いたビショップとシェイラはあわてて加勢に入ろうとするが、上機嫌のリーズンは親指を自分に向け、胸をそらして宣言する。

「せっかくの大物が出てきたんだ。俺にやらせてもらおう!」
「は、はあ……」
「せっかくだから見物してらっしゃい。色白闇エルフの戦いを」

 アーティアが毒を吐くが、テンションの上がったリーズンの耳には届かなかったらしい。

「行くぞ、ハム!!」
「ならば光の剣クラウ・ソラスではなく、炎の舌フレイムタンだな」

 リーズンはイーフリートより飛び降り、ハムは光の剣クラウ・ソラスを消し去ると、腰に下げた炎の舌フレイムタンを抜いて、《炎の長城/グレートファイアウォール》の壁へと突っ込んでいった。魔剣による炎無効化を、早くも使いこなしているようだ。

「このままだと前が見えないわね…… ねえ、イーフリート。あの二人が見えるくらいの窓を開けられないかしら?」
「承知」

 炎の向こうに消えたふたりに回復魔法を投げるためには、視線が通ってないといけない。それを察したイーフリートは炎の壁に、向こうが見えるよう大きな窓を開けた。

「悪いわね」

 アーティアが炎の窓から見たリーズンはすでに光り輝く精霊の光に包まれていた。《スピリットブレッシング/精霊の加護》という、精霊魔法のもっとも高位に属する防御魔法だ。

 さらにリーズンの使う魔法が、二体の竜を襲う。地面から人間ほどもある岩石の槍を生み出し、竜の手足や腹を抉る。こちらも高位の精霊魔法である《石筍/ストーンランス》だ。
 
 その魔法を皮切りに、リーズンの楽しげな哄笑がアーティアたちの耳に届いた。

「はははは! さすがに下位種レッサーとはいえ竜は頑丈だな!! 《石筍/ストーンランス》ですら致命傷を与えられないか!? 魔法の使いがいがあって大変結構――はははははは!!」

 リーズンの戦いをはじめて見たビショップとシェイラは、あっけに取られてその様子を眺めていたのだが、ふと我に返ってアーティアを見た。

「あの。リーズン様というのは――」
「見ての通り色白な闇エルフよ」

 ビショップの問いかけに、誤解を恐れないアーティアの言葉であった。

「肌の色が白だろうが黒だろうが、いいエルフもいるし悪いエルフもいるのよ」

 ビショップもシェイラも、アーティアの言葉にどう反応していいかわからず、微妙な顔をするしかなかった。

「あのふたりにかかれば下位種レッサードラゴンも時間の問題ね…… 問題はこの後に何が出てくるのか。ミストブリンガーっていうのがいるみたいだけど、それはメテオがどうにかしてくれているのかしら?」

 後ろに控えるレゴリス正規軍。さらにミストブリンガーという存在にアーティアは思いを巡らせた。
 レゴリス軍はユルセールの正規軍をぶつければ互角の戦いを期待できるだろう。
 ブリンガーの対応はメテオがなんとかするというので、これもアーティアは頭のなかからひとまず考えるのを保留する。

「問題はこの竜を操る力が、これで終わりかっていうことよね」

 このまま終わるにはあまりにもレゴリス軍の攻めが単調だ。
 もし、ミストブリンガーがメテオによって無力化されているのであれば、早々に兵を下げてくるはず。
 ということは、まだ何か奥の手を隠し持っているのではないか。

 アーティアはそう考えつつ、炎の窓から前線を睨みつけた。




「……ご主人様。先ほどの不自然な地震はおそらく精霊魔法……前線のワームがほぼ壊滅状態。……さらに下位種レッサードラゴンも時間の問題かと思われます」

 レゴリス側。戦況が見える丘の上で、ミストブリンガーは目を閉じて内なる痛みを堪えるかのように声を絞り出した。
 ミストブリンガーは自身の一部を霧化させて、前線の様子を上空から見下ろしている。
 しかし、その行為は“戦争に参加することを禁じる”という、不完全ながらもメテオによって課せられた強制の魔法に抵触し、全身に激痛を伴いながらの行為であった。

 狂太子はそんな様子を見て、何を思ってかミストブリンガーの首元から豊かな胸の谷間に手を滑らせる。

「――な! そんな、ことをされましたら集中が……あっ、ああっ!!」
「もういい」

 狂太子の手はミストブリンガーの黒いワンピースをまさぐり、宝石がはまったペンダントを引きずりだした。

「ご、ご主人様……」
「ふん、晴嵐ミストルティンの分体がもう八割方失われている。下がれ」

 ミストブリンガーの胸元から出した宝石の中に、もとの数割ほどの濁り方であるのを確認したザラシュトラス。
 狂太子は知っている。晴嵐ミストルティンで自身を霧化させると、霧へのダメージは自分のダメージであることを。そして、霧化できる総量は宝石の濁り方でわかることを。

「ま、まだできます! せめて戦況の見張りだけでも……」
「あ゛あ゛?」

 食い下がろうとするミストブリンガー。もはやその目は単身で世界のパワーバランスを崩すとされる、ブリンガーの目ではなかった。
 主人に隷属する従順な奴隷。はるかな格下が格上を仰ぎ見る目であった。

「ちっとはご主人様の言葉を聞くようになったかと思えば……」

 舌打ちを伴いつつ、アヴェストリアの胸元にある宝石ミストルティンを弄ぶ。

「お前も、晴嵐ミストルティンも俺のものだ。どうするかは俺が決める――」
「はい……ご主人様」

 主人の言葉にアヴェストリアは震えた。
 
 ――晴嵐ミストルティンを取り上げられる。

 それ自体は問題ではない。狂太子がいうように、もとはといえば晴嵐ミストルティンはザラシュトラスの持ち物であった。
 そもそもアヴェストリアはミストブリンガーを名乗ってはいるが、晴嵐ミストルティンについてそれほど執着がない。

 しかし、晴嵐ミストルティンがなければ主人を守る術が。主人の代わりに死ぬことができなくなってしまうかもしれない――
 
 そう考えると、ザラシュトラスが晴嵐ミストルティンを弄んでいるこの瞬間が、恐ろしくてたまらないのだ。

「……ど、どうか」
「あ゛?」

 抗弁が口をついて出そうだった。
 しかし、アヴェストリアはそれを飲み込んで、ゆっくりと地面に膝と額をつけてこういった。

「……いえ。わたくしと、わたくしの持つすべてのものはご主人様のもの。いかようにも使い捨て下さい」
「……心得てきたじゃねえか」

 狂太子は土下座をするアヴェストリアの頭をつま先でもたげさせ、胸元へと乱暴に手を差し入れる。

(――ああ、晴嵐ミストルティン。あのちびの魔術師の戒めでがんじがらめにされたこの身よりも、ふさわしい使い手の手に…… そしてご主人様を守られますように……)

 覚悟を決めたアヴェストリアであったが、晴嵐ミストルティンを首から外される感触ではなく、無骨な狂太子の手が乳房をまさぐる感触に身をはじけさせた。

「ご、ご主人……様」
晴嵐ミストルティンはここぞというときに使え」
「は……はい――ひゃあッ!!」

 戦争中だというのに狂太子はアヴェストリアの豊かな胸を執拗に愛撫し、その悶える様子を見て満足気だ。
 そしてやおらその行為に満足すると、息も絶え絶えのアヴェストリアから目を外し、懐からひとつの装飾品を取り出した。

 小鳥が産んだように小さな卵だった。
 その卵は、純粋無垢なその姿に不釣り合いな装飾で飾り付けられ、あたかも金と銀と宝石でいましめられているかのようだった。

「俺も使うぞ」
 
 狂太子の赤い目が爛々と輝き、装飾された卵を覗き込んだ。
************************************************
<こっそり> 次の回からちょっと鬱展開の予定… </こっそり>
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