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しろやぎ

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二部

167 王子と晴嵐

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 ユルセールから海を挟んで西に位置するレゴリスという国は、近代国家の中でももっとも大きな国のひとつ。
 非常に好戦的な国で、半世紀ほどで西の大陸のほとんどを飲み込むほど大きくなり、常に東西南北のどこかで争いを繰り広げている。

 レゴリス王はすでに老境に達しており、多くの娘と四人の跡継ぎの息子。さらには孫、ひ孫にまで恵まれている。
 レゴリス王は若い頃より、自分は死ぬまで王として君臨するが、次期国王は息子のうちでもっとも多くの領土を侵略した者に譲る。と豪語していた。
 その結果、兄弟たちはあらゆる手段を使って他国を侵略し、レゴリスの版図を広げていくこととなった。

 すでにレゴリス王が戦場に出ることはない。七十を越えたあたりから若いころの無理が祟り、身体のあちこちを悪くしている。
 近い者たちからはいつ死ぬかいつ死ぬかと思われ続けていたが、さすがレゴリスを大きくした傑物。もういけないと思われつつも、生命力たくましく王座を死守している。

 兄弟たちとしては自らが王座に登るため、レゴリス王が崩御するまでに、なるべく多くの土地を侵略する必要があった。しかし、レゴリス大陸には一部の危険な地域を覗き、もうほとんど侵略するべき土地は残っていない。
 兄弟たちはその土地を海の向こう。他の大陸に求め始めた。

 もっとも多くの侵略をなしとげていたのは長兄だった。それはもっとも早く産まれていたというアドバンテージがあり、本人もそれなりに戦上手であった。
 侵略の二番手に控えているのが、四男のザラシュトラス。長男とは倍近くも年が離れていたが“狂太子”と呼ばれるほどの傑物であった。

 長兄としては赤い髪と目を持つこの四男に、いつ追い抜かされるのかと気が気ではなかった。
 そうして彼が取った行動は、レゴリスより海を渡ったもっとも近い国。レゴリス王がかつて攻め入ろうとして失敗した、ユルセールへの侵略であった。

 結果。長兄がレゴリスに帰ってくることはなかった。
 レゴリスの数多くの軍艦がひとつ残らず海の藻屑となり、それだけでなく軍艦が出航した港町はその年、悪意の塊のような疫病に見舞われた。当時、ユルセールの歴史を影から操っていたペストブリンガーによって。

 その結果、長兄が持っていた広大な版図の多くは他の兄弟達が統治することになった。
 しかし、兄の残した土地を一顧だにしなかったのは、ザラシュトラスであった。

 次男と三男はこれを訝しんだが、それでも長男が持つ土地をくわえ込むことができた。これによりレゴリスの王座は誰のものになるか、わからない状況となる。

 次男と三男はレゴリス大陸の残り少ない土地を、まるで残り少ないパイの切れ端を求めるように奪いはじめた。その方法は武力や謀略。ときには親しい者の暗殺にまで及んだ。
 だが、四男のザラシュトラスの領土には決して手をだすことはなかった。
 ふたりの兄たちは、末の弟の恐ろしさを知っていたからだ。


「ザラシュトラス様。お許し下さい……わたくししめにはとてもとても使いこなせるものでは……」

 魔術師の着る灰色のローブを身にまとった男が、はるかに年下の少年に膝を屈して懇願した。頭を下げ両の手のひらに載せて掲げた、しずく形をした乳白色の宝石を差し出して。

「あ゛あ゛? てめぇもか。どいつもこいつも使えねえやつばかりだ……」

 豪奢な自室の椅子にふんぞり返りながら、吐き捨てるようにいったのはレゴリス第四王子。そして数カ月前に第三王子となったザラシュトラス。

「わたくしめには、晴嵐ミストルティンで幾万にも分かれた自意識に耐えられませぬ……」
「チッ」

 少年ザラシュトラスの前に跪いているのは、レゴリスの宮廷魔術師であった。
 その手に掲げるのはレゴリスの至宝。晴嵐ミストルティンと呼ばれるアーティファクト。
  
 レゴリスの第一王子――といっても初老といってもいい年齢の――がユルセールへ軍艦を送り込み、これ以上ないほどの返り討ちで命を落とした。
 その財産分与については大きな悶着が予想された。
 第一王子が所有する領地を、どのように他の王子たちへと割譲するか。レゴリス王やその他王族貴族たちは、第一王子があっさり返り討ちに遭ったことも衝撃であったのだが、その後おこるであろう財産分与についても、これは大変なことになるぞと頭を抱えていた。

 しかし、四男であるザラシュトラスは財産と領土はいらぬと言い放ち、替わりにこの晴嵐ミストルティンだけをもらえればいいと申し出たのだ。このときまだ12歳になるかならぬかの少年がだ。

 ほぼすべての者が、この少年の申し出を一も二もなく迎え入れた。
 というのも、晴嵐ミストルティンはレゴリスが持つ国の至宝であるアーティファクトであるが、目下のところ誰も使えぬお飾りとなっていたからだ。

 晴嵐ミストルティンを手に入れたザラシュトラスは、ほどなく宮廷魔術師にこのアーティファクトを使いたいと話を持ちかけた。
 当然のことであるが、宮廷魔術師はレゴリス随一の魔術師である。使えるものであれば当然自分で使っている。

 つい先程のことである。
 宮廷魔術師が晴嵐ミストルティンの効能とその危険性を説くと、ザラシュトラスはすぐさまひとりの奴隷を連れてこさせた。

「この奴隷に《強制/ギアス》をかけろ。内容はそうだな……俺に敵対せずにすべての言葉に従え。だ」

 ザラシュトラスはこのときまだ少年といえる年であったが、剣も扱えれば賢者の高等教育も済ませている。魔法というものがひととおりどのようなことができるかも、知悉ちしつしている。
 これから行われる残酷な行いに慄然としながらも、宮廷魔術師はそのようにした。この魔術師にもレゴリス王から《強制/ギアス》に似た制限をかけられているのだ。

 奴隷は三十代ほどの壮年の男で、ザラシュトラスが指揮をとって攻め滅ぼした国の者だ。ザラシュトラスはこの年にして、すでにいくつかの国を攻め落としている。間違いなく天才と呼ばれる人物なのだろう。

 何も知らされずに連れだされ《強制/ギアス》をかけられた男に、ザラシュトラスは椅子から立ち上がると大粒の宝石を手渡した。晴嵐ミストルティンだ。

「この宝石は晴嵐ミストルティンというアーティファクトだ。使ってみろ」

 それだけであった。魔法の品物というのは、高級になればなるほど使い方というのは直感的に理解できる。とくにこうした、宝石に秘められた魔力は、定められたキーワードなどがなければ、手にした途端に操ることができる。

「こ、これは――うっ! あぁぁぁ……あぁ……」

 晴嵐ミストルティンを手にした途端、男がふわりと煙ったかのように姿が揺れると、そのすべてが霧と化した。
 上等な絨毯の上に、晴嵐ミストルティンの白く淡い輝きを残して。

「ザラシュトラス様。晴嵐ミストルティンは自身の身体を霧化させるアーティファクト。使いこなせれば幾万の軍勢を手にしたようなものでございます――しかし、霧と化し、幾万と化した自意識を支配できねばこのように……」
「なるほどな」

 そう説明する宮廷魔術師に、ザラシュトラスは次々と質問を投げかけた。
 晴嵐ミストルティンについてどれだけのことがわかっているのか。
 かつてどれだけの者がこの晴嵐ミストルティンに挑戦したのか。
 使いこなせた者はいるのか――など。

「つまるところ、何にもわかってねぇんじゃねえか」
「使えばほとんどの者が瞬間で蒸発してしまう上、《鑑定/アナライズ》も通じませぬゆえ……」
「チッ」

 ザラシュトラスは何度目かの舌打ちを隠そうともしない。
 この国には魔術師が少ない。宮廷魔術師といったところで、《鑑定/アナライズ》や《強制/ギアス》がかろうじて使えるといったくらいだ。
 もちろんそれだけの力を持った魔術師はたいへん貴重なのだが。紛争絶え間ないレゴリスでは、学問や魔術といった教育は一部のものにしか受けられない。
 どの土地でもそうであるのだが、魔術師の数は少ない。

 ザラシュトラスはしばらく考えこんだのち、宮廷魔術師にこう告げた。

「おい、《強制/ギアス》はあと何度使える?」
「……おおむね三度ほど」
「そうか。おい! 誰か来い!! ――ああ、呼んだ。今すぐ奴隷を三人連れて来い。いちばん若いのと、それなりに若い女と、じじいだ。あ゛あ゛? さっきの奴隷だ? てめえにゃ関係ねえだろ。いいからさっさと連れて来い!!」

 扉の向こうに控える小姓ペイジを呼びつけ、怒鳴るような声でこのように申し付けた。小姓ペイジは先に呼ばれた奴隷のことを思わず口に出したが、答えを得ることができなかった。

「ザラシュトラス様!! ま、まさか……!?」
「あー、なるべく多く実験したいだろ? 三回っていうなら、今のがおっさんだったから、いろんな年齢と性別で試してみようぜ」
「く、狂っている……」
「狂ってる? まあいい、まともじゃつまらねえ。望むところだ」

 ザラシュトラスは狂っている、という言葉にまんざらでもないように、高らかに笑ってみせた。
 よほど気に入ったのか、こののち自分からおのれのことを“狂太子”と、うそぶくようになったのはまだ先の話。

 そうして三人の罪のない人間を霧にさせた。
 ザラシュトラスよりも年若い少年は、晴嵐ミストルティンを持った瞬間に散った。
 しわくちゃの老人はまだそれよりも長かった。しかし、最初に犠牲になった男よりは早く霧となって消えた。
 二十代半ばの女は、明らかに他の者よりも霧の状態を長く保っていた。

「女が一番長いか……」

 次々と消えていく命に、眉ひとつ動かさずにザラシュトラスは考えた。

「自我があちこちに分裂しちまって、その結果霧になったまま消えちまえんだろ。よっぽど強い意思を持っているか、よっぽど自分が分裂しても大丈夫な何かがあるってことだろ……?」
「――ええ。ええ、それはあるかもしれません。今までこの晴嵐ミストルティンを使って消えてしまった者は数多いのですが、こうして連続して、その、消えてしまうと気づくものですね。あの女は数分の間、霧のまま自我を保っていたようですし」

 ザラシュトラスの問いに、宮廷魔術師は胸の悪さをこらえつつも、そこはやはり魔術師。アーティファクトの効果をこうして実験できることに、興奮を隠せなかった。

「あの女の素性は?」
「どうやら貴族の娘のようです。十分な教育を受け、何不自由なく育った」
「なるほど」

 ザラシュトラスは狂うとは対極に、真剣な顔で考えこんだ。
 そしてふと気がついた。

「おい、お前は使ったことがあるのか? 晴嵐ミストルティンを」
「わ、わたくしですか……!? そ、それは」
「使ったことがあるんだな?」
「い……グゥッ! は、はい」

 反射的に否定しようとしたのだろう。宮廷魔術師は痛みに身体をびくっとさせてから、首を縦に振った。レゴリスに仕える者の多くは宮仕えの際に特別な儀式を受け、王族の問いに逆らえず、虚偽を行うことができない。

晴嵐ミストルティンを使って生き延びることができるのか。霧になるのはどんな気分なんだ? 苦しいのか? どれくらいの時間霧化できるんだ?」
「……そ、それは」

 宮廷魔術師は隠しておきたかったことを、すべて語らせられることになった。
 いわく、自分は晴嵐ミストルティンを使い、ほんの数秒ならば人間の姿に戻ることができることを。しかし、とてもじゃないが自在に操ることはできないことも。

「なるほど。じゃあ死なない程度にやってみせてくれ」
「な、なにとぞそれだけはご勘弁を――」
「あ゛あ゛?」

 そうして宮廷魔術師は崖に渡した綱を歩くか如き晴嵐ミストルティンの制御を、命がけで披露することになったのだった。
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メテオ「そろそろ俺の出番…ってオイ!!(ノリツッコミ)」
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