ワールドトークRPG!

しろやぎ

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二部

172 名付け

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 奴隷としての生活からすくい上げられたローラは、それから七年もの間。ひたすら魔術師としての修行と、ザラシュトラスへの奉公を続けた。

 その間、ザラシュトラスは数々の武功をものにし、上の皇太子ふたりと同等の領地と軍隊をものにしていった。

 成人を迎えたローラは、周囲からは立派に側女そばめとしてすっかり認められるまでになった。
 宮廷魔術師によって人相を変えられたローラは、定期的に《変装/ディスガイズ》の魔法を上書きされた。多少つらの良い、くすんだ金髪の娘として、周囲に怪しまれずに大きくなっていった。

 しかし、それはあくまで外面だけのことであった。
 ザラシュトラスはすぐさまローラに“教育”を施していた。

 他のものがいないときには『ご主人様』と呼ぶこと。
 そのとき、おのれのことは『奴隷』と呼ぶこと。

 このふたつから“教育”は始まった。そしてそれは、すでにもっと過酷な形でローラが経験していたことであったから、抵抗はまるでないどころか、むしろ“優しい”ご主人様であるとすら感じていた。

 そして、その“教育”は数年をかけて徐々にローラの心の性質たちを変えていった。

 ザラシュトラスの部屋に入るときは、必ず首輪をすること。
 ふたりで食事をとき、ローラは犬用の皿から手を使わずに食べること。
 ザラシュトラスが椅子に座って足を組んだら、ブーツに口づけをすること――

 ザラシュトラスの性的嗜好の赴くまま。だが確実に疑いなく、すんなりとそれを受け入れる下地を作りつつの“教育”が続けられた。

 果たせるかな。ザラシュトラスの思惑は、本人が驚くほどにすんなりと運び、ローラは“教育”のすべてをあるがままに受け入れ、狂太子の望む反応でこれを返した。

 夜はこうしてザラシュトラスによって魂の奥底まで隷属の感情。そして、支配されることへの快楽を、ローラは刻み込まれていった。
 狂太子の悪魔的な才能とともに、ローラのうちにも悪魔に付き従う才能があったのかもしれない。

 だが、同時にローラはもっとまっとうな。自らに流れる血にふさわしい才能を開花させていた。
 レゴリス宮廷魔術師プラシヴァは、癖のない真面目な術者であったが凡庸であった。だが、人を教え導く才能には恵まれていた。この師について、ローラは魔術師としての才能を次々と開花させていった。
 はじめの一年で魔術師として十分な力を得るに至り、次の三年でプラシヴァと同等かそれ以上の才能を見せた。そして七年が過ぎた頃には、プラシヴァではもはや太刀打ちできない魔術師となった。

「彼女は本当に素晴らしい。まさかあの人形のような少女がわたしを越える魔術の深淵に立つことができるとは――」
 
 ある時、プラシヴァはザラシュトラスにこう語った。

「かのおんなは生まれついての魔術師。ああ、口惜しい。彼女がもっと早く、正規の教育についてわたしの元で修行に励めば、人間の寿命が尽きる前に魔術の奥義おくぎを極めることだってできたことでしょう――」
「それほどの逸材だったか」
「ええ――ええ!! トヴァル家が魔法王国の血を引いている、というのが本当であったことを信じるにふさわしい才能です。魔法王国の話なんて伝説くらいにしか思っていなかったのですが――」
「おい。その名を迂闊に口にするんじゃねえ」
「し、失礼いたしました。しかし、それほどの才能です。まるでもともとすべての魔法を知っていて、あとはそれを思い出すくらい。というくらいたやすく魔法を使ってみせるのです。魔術というのは極めれば極めていくほど先が細くなり、その“きわ”にたどり着くためには、それまでかかったすべての時間以上の修練が必要といいます。彼女は、ローラはもしかしたら到達できるやもしれません。魔術の遠けき頂きに」

 ザラシュトラスの部屋で熱弁を振るうプラシヴァの顔は紅潮していた。
 だが、それを眺める狂太子の顔は髪色とは逆に、青く見えるほど白い。

「わたしは彼女の師となれたことを誇りに思います。ああ、あのとき自らの節を曲げて、ザラシュトラス様についてきて本当によかった。あのときは王子の本当の目的である――おおっと。これこそ迂闊に口を滑らせてはなりませんね――ともかく」

 プラシヴァは感極まった様子で胸の前で手を組んだ。

「今となっては彼女の成長こそがわたしの――生きがいです」
「ああそうかい」

 プラシヴァはまっとうな魔術師だった。ただし、まっとうな魔術師というものは、魔術でどこまで到達することができるのか。この世の真理にどこまで肉薄できるのか。それらのためなら何を捨てても犠牲にしてもいい。そんなものがまっとうである。
 それが証拠に、ローラにほどこしている“教育”についてもプラシヴァは承知している。どのような人格であろうとも、魔術の才があれば関係ない。むしろそれこそが、魔術にとってよく働くのかもしれない。そうも考えていた。

「じゃあそろそろ使わせてみるか」

 ザラシュトラスは懐から大粒の宝石。晴嵐ミストルティンを取り出してみせた。

「《強制/ギアス》がなくとも俺の言うとおりに動き、 俺やお前と違って王たちの草冠グリーンクラウンの影響下にない、高位の魔術師」
「……はい。彼女であればきっと使いこなせるでしょう」

 プラシヴァはうっとりと晴嵐ミストルティンの柔らかな光を見つめた。

「そして彼女はまたひとつ、魔術師として遥かな高みへと登ることでしょう……」
「明日だ。明日の夜、ここじゃまずい。離れの、かつて盗賊たちが根城にしていた隠れ家あたりで試すぞ。俺と、お前と、あいつの三人だけで――」

 ザラシュトラスの炎色の瞳が、暖炉の炎よりも激しく揺らめいた。



「これが晴嵐ミストルティンだ」

 満月の光が眩しい夜。ローラとプラシヴァを伴い、レゴリスの郊外に出てきたザラシュトラスたちは立ち聞きをされぬよう、あえて周囲に何もない平原で立ち止まった。
 そしてローラへ、正しく扱うことができれば国を滅ぼすことができるアーティファクトをぽいと投げてよこした。

「……よろしいのですか?」
「あ゛? 何がだ」
「わたくしのような身分の卑しい、奴隷にこのような至宝を預けて……」

 ザラシュトラスによって心の奥底から、魔法も使わずとも隷属と支配を植えこまれた女は、なにげなく渡された晴嵐ミストルティンを震える手で押し頂いた。
 もはや、宮廷魔術師のプラシヴァすら凌駕するという魔術師である。今手にしているものがどれだけのものかは理解できている。

「今更じゃねえか。“あらかじめ”いって聞かせてただろ?」
「しかし……奴隷のこの身にはあまりに不釣り合いな」

 するとザラシュトラスは自らを奴隷と呼ぶ女から、晴嵐ミストルティンを奪った。
 ローラはそれにがっかりするというわけではなく、むしろほっとした様子であった。

「……奴隷がご主人様に口答えするのか?」
「お許し下さい……なにとぞ……」
「お前、これがあれば何だってできるんだぞ? 俺を殺して自由になることだってできる。魔術師としてそこまで力を得て、晴嵐ミストルティンを使いこなせばブリンガーになることも」
「……わたくしには自由など不要でございます。あの日、お助けいただいた時より、わたくしはザラシュトラス様の奴隷となり、身に余る幸せ……安息の日々をちょうだいいたしました」

 ザラシュトラスに膝を折り、頭を垂れたままローラにしては珍しく、強い調子で主人に物申していた。

「ご主人様には、主人がいる安息はお分かりいただけませんでしょう…… しかしこの奴隷には、偉大な、力強いものに身を任せる方が必要なのです。ご褒美とあれば平手であろうと、鞭であろうと、踵であろうとそれがすべてわたくしにとっての至福でございます」
「ふん」

 鼻を鳴らすザラシュトラスだが、その言葉を止めようとはしない。七年の側仕えと“教育”によって、ローラはこれが否定や待てではないことを察する。

「“あらかじめ”聞かされていたことではありますが、それについてはこのようなものは不要でございます。ここまで育てていただいた魔術の力。ただそれだけで……どうかこのような過分な品をこの奴隷めにお与え下さいませんよう……」

 ローラの言葉にここまで物知り顔であったプラシヴァだが、何か言葉に違和感を覚えた。だがそれは続くザラシュトラスの言葉ですぐに消え去った。

「お前にはまだ“あらかじめ”伝えてなかったな」
「何を、でございましょうか……」
晴嵐ミストルティンなんかは俺の目的じゃねえ。それを使って、さらに大きなものを取る、エサみたいなもんだ」
晴嵐ミストルティンが……エサといいますと?」

 これについてはローラも本当にわからず、奴隷には許されていない問い返しをしてしまった。
 しかし、ザラシュトラスは怒るでもなく、傍らに佇む。しかし、目だけは爛々と光らせていたプラシヴァに顎をしゃくってみせた。

「ザラシュトラス様は晴嵐ミストルティンの力を使い、レゴリスに残った最後の手付かずの版図。銀龍山をお取りになられるのです」

 ザラシュトラスに代わってプラシヴァは感情たっぷりにそう宣言した。すでに取ったも同然、といわんばかりに。

「もちろんザラシュトラス様はレゴリスの版図を広げ、この国の王になる。という小さな目的のためにそんなことをするわけではありません。この世界に在る最大の神秘にして、最強の存在たる龍――古代龍エルダードラゴンの力を手にすること。それこそが、ザラシュトラス様とわたしの大望――」

 古代龍エルダードラゴンという単語のあたりで、プラシヴァの瞳には狂気の灯火が宿った。声は声高になり、視点は定まらず、熱に浮かされたように語り続けた。

「――古代龍エルダードラゴン!! すでにこの世を去って、実体を持たない神々。精霊界や魔界からこの世界に現れるためには代価が必要な精霊や魔神。そういったものなど問題にしない、地続きに生きて実在する最強最大の幻想……」
「……プラシヴァ。声が大きい――まあいい。ローラに聞かせてやれ」 
「ザラシュトラス様が神々に匹敵するとされる古代龍エルダードラゴンの力と知識の一切を手に入れるということは、いまだ解かれぬ魔術の奥義をさらに推し進めて先に進めるでしょう。人間のみならず、エルフですらまだ短い。この世のはじまりから存在するという太古の精霊たちと同等とされる深淵を覗いてきた古代龍エルダードラゴン。ああ、楽しみだ。ザラシュトラス様がこの世の王――いいえ、龍王となられるのが。そして、わたしも古代龍エルダードラゴンが守る太古の知恵を耳にすることができれば――」

 そこまで一気にまくし立てると、プラシヴァは弟子でもあるローラに向き直った。

「お前も魔術師であれば、わかってくれるだろう!?」
「――いいえ。わたくしはザラシュトラス様の奴隷。お役に立てることは喜びでございますが、魔術の神秘や奥義などはこの身にふさわしからず……」

 思いもよらぬローラの言葉に、一瞬で我に返るプラシヴァ。
 そんなところへザラシュトラスは頃合いと割って入る。

「まあ、いいじゃねえか。お前は古代龍エルダードラゴンの知恵を手に入れる。俺は龍王になる。そんで、ローラは俺の奴隷として役立ちたい……みんな幸せだ」
「……は、はあ」

 冷水を浴びせかけられたかのようなプラシヴァであったが、狂太子はそれにかかわらず自らの奴隷へと目をやった。

「いい心がけじゃねえか。褒美に、新しい首輪をつけてやる」

 手にした晴嵐ミストルティンをするりとローラの首に通した。

「ご、ご主人様――」
「これは首輪だ」

 何事かを述べようとしたローラを遮り、狂太子は冷たく宣言した。

「これはお前が俺の奴隷だっていう証拠の首輪だ。いつまでも汚え革の首輪を奴隷に与えるなんざ、皇太子のすることじゃねえし、まして龍王だってんならだ――」

 晴嵐ミストルティンの鎖をぐっと引き寄せ、ローラの顔を引き寄せる。

「アーティファクトの首輪がぴったりだ。そう思わねえか。あ゛あ゛?」

 これにはローラも口答えできず、主人の度量にただ黙って額を地面につけるしかなかった。

「よし、それじゃあ“あらかじめ”プラシヴァから晴嵐ミストルティンの制御のこつは聞いているな? 使ってみろ――」

 ザラシュトラスの言葉が終わると同時に、ローラの身体が瞬時に消えた。
 そして、夜の草原一帯には乳を溶かしたような濃い霧で、何も見えなくなった。

「こ、これが晴嵐ミストルティンの本当の力……!! すばらしい――あの自我が残らず無限に分裂していって消え去っていく感覚を耐えてみせているのか――」

 晴嵐ミストルティンを使ったことがあるプラシヴァはあたりを覆い尽くすこの霧が、どれだけすごいことかがわかっている。
 この細かい霧の一粒一粒が、分裂した自分なのだ。並大抵の精神力では制御しきれない。

王たちの草冠グリーンクラウンや《強制/ギアス》といった力によらず、ザラシュトラス様への忠誠――隷属がなせる技なのでしょう。自我ではなく彼我を優先することこそが、晴嵐ミストルティンを使いこなす為の鍵であったのか――!!」

 ふたたび狂喜を目に宿したプラシヴァが絶叫する。
 もとはといえば善良とまでいかなくとも、まともな理性を持っていた宮廷魔術師であるが、ザラシュトラスの大望と晴嵐ミストルティンの力がここまで彼を変えてしまった。
 今、プラシヴァは恍惚の中にいた。
 自信の魔術師としての力は才覚およばずとも、弟子のローラが晴嵐ミストルティンを使いこなし、そのローラをザラシュトラスが制御する。
 そして、古代龍エルダードラゴンのもとへと自分を連れていき、龍から世界のあらゆる神秘を伝えられる――

「――え?」

 恍惚の中、ふいに周囲の霧がぽっかりと消えた。
 まるで雪で作った巨大なかまくらの中にいるかのような。
 しかし、出口のない乳白色の半球の中に、プラシヴァはいた。

「……五里霧中の夢破り、逃れ得ぬ死の面影を血煙に乗せ――」
「ロ、ローラ? ザラシュトラス様――?」
「――再び生命隠す霞となれ……『晴嵐』ミストルティン

 霧で作られた数百もの槍がプラシヴァの全身を、あらゆる角度から貫いた。

「いい具合だ。“あらかじめ”伝えておいた通りだ――」

 現れたときと同じくらいにすっと霧が消える。
 そこに残ったのは凶悪な笑みを浮かべた“狂太子”と、血と肉片で汚れた草原。
 膝をついて深々と頭を垂れる、長い黒髪の女――

「――顔をあげろ? お前。本当はそんな顔だったのか。ああ、いいツラだ。予想以上だ。今まではたいしたツラぁした娘じゃねえと思っていたが……俺の奴隷にふさわしい」

 プラシヴァの《変装/ディスガイズ》の魔法によって平凡な娘に変わっていたローラだが、その術者が死んで魔法が解けた。

 王族として美女は飽きるほど見慣れたザラシュトラスですら、思わずはっとした。足元の黒髪の美女はゆっくりと顔を上げ、狂太子を仰ぎ見た。

「ローラは今日ここで死んだ」

 女の顎をブーツでしゃくりあげ、ザラシュトラスは心底気持ちよさそうに告げた。
 
「今日からは――そうだな。もとのヴェストリアのでもいいんだが……一字増やして、アヴェストリアがいい。トヴァル家の娘ということは肯定も否定もするな。そのほうが箔が出る。そして、『晴嵐』ミストルティンにふさわしい二つ名、ミストブリンガーを名乗れ」
「――承知いたしました。ご主人様」

 黒髪の魔女。霧の魔術師“ミストブリンガー”は、狂太子のブーツに散った師匠の血を、丹念に舌で舐め取って応えた。
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次回更新は2/25(木)00:00です。
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