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しろやぎ

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二部

173 平定

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 レゴリスの狂太子。ザラシュトラスはその後、しばらく王都に帰らなかった。
 宮廷魔術師プラシヴァと、側仕えの娘をひとりだけ従えて、誰にも何も告げずどこかに消えてしまった。

 ザラシュトラスが突然どこかに消えてしまうことは珍しくなかったが、宮廷魔術師を伴って。というのは珍しくはあった。だが、魔術がそれほど重要視されていないレゴリスでは、宮廷魔術師は狂太子のお目付け役でもあった。
 おそらくはザラシュトラスの独断に付き合わされているのだろうとみなされ、しばらくは狂太子の部下たちが万事、平素の通りに取り仕切っていた。

 レゴリス王はこの事態にそれほど興味を払わず、捜索も命じることはなかった。
 『王たちの草冠グリーンクラウン』による自己誓約の力があるかぎり、狂太子ザラシュトラスであろうと、宮廷魔術師であろうとレゴリスという国にデメリットを負わされる心配はない。
 差し詰め、末の息子は何か面白いものを見つけ、運が良ければそれを持ち帰り、さらなるレゴリスの発展のためになる。それくらいに考えていた。

 しかし、失踪が一ヶ月も続く頃になれはザラシュトラス陣営と、兄王子たちの陣営とでこう囁かれ始めた。

「ザラシュトラスは死んだ」

 ザラシュトラス陣営の者が必死で調べたところによると、皇太子の最後の足取りはレゴリスでもっとも大きな山脈。銀龍山脈のはるか麓にある町だった。
 赤い髪の男が、ローブをまとい顔を隠した魔術師風の者と、銀龍山脈に入っていったという目撃証言を得た。

 これを聞いたレゴリスの者たちは、一様に狂太子の死を思い浮かべた。
 
 国土のほとんどを支配したレゴリスが、立ち入ることができなかった場所がふたつある。
 
 かつて、ユルセール大陸に侵略を目論み、大きな損害を出したユルセール王国がひとつ。
 もうひとつは自国の銀龍山脈だ。

 この山脈にはいくつかの事実がある。

 伝説とは、かつてこの山に古代龍すら従える龍王。ドラゴンブリンガーで知られるフィレモンという老人が隠遁しているということ。
 そして、この山には数多くの下位種レッサードラゴンが住み着いており、ごくごく稀に銀色の体色を持った“龍”が山脈の遥か上を飛翔している目撃例がある。

 結論からいえば、レゴリスの王族たちはこの山脈へ立ち入ることをしなかった。
 険しい山脈と、下位種レッサーとはいえ凶暴な竜を相手にしながら、この土地を自分の版図にする理由がなかったからだ。

 フィレモンというドラゴンブリンガーはすでに伝説と化しており、実際にその姿を見た者はいない。フィレモンは数百年もの過去にこの山へと隠遁し、もはやその人に会ったという人物は死に絶えて久しい。
 
 それでもフィレモンという人物が知られているのは、歴史の中でレゴリスに移り住んだと記録がされていること。
 もともと自生している竜たちが、頻繁に麓の村を荒らしまわったのを、このフィレモンが瞬く間に鎮めたと伝えられているからだ。

 あちこちにある麓の村では『ドラゴンブリンガー』のフィレモンにまつわる史跡や、木像などが祀られ、土地神のような信仰すらされている。
 フィレモンがいてくれるおかげで、銀龍山脈は暴れ竜の驚異にさらされることなく、平和に暮らしていられる。
 
 といった具合にフィレモン。『ドラゴンブリンガー』は伝説の存在として、しかもそれが竜という存在によって裏付けをされている。

 かくて銀龍山脈はレゴリス王国全体の国土して、どの王族による統治もされていない、国にあって唯一の空白地帯となっていた。

 その空白を、無謀にもザラシュトラスは獲りにいった。
 ――そして、帰らぬ人となった。

 失踪から一ヶ月。人々はそのように噂をするようになっていった。

「あ゛あ゛? 俺が死ぬわけねぇだろう」
「お、王子!?」

 ザラシュトラスは前触れもなく王宮に帰ってきた。
 黒い髪をした絶世の美女を伴って。

「銀龍山脈、獲ってきたぜ。あそこはザラシュトラスが治めるレゴリス領。適当に軍を出して、俺の旗印を掲げてこい」
「ぎ、銀龍山脈を!? 竜は大丈夫なのでしょうか……?」
「あ゛あ゛?」
「ひっ」

 ザラシュトラスは不安げに聞き返した文官を黙らせると、さも当然という様子で宮廷に響き渡る声で宣言する。

「この狂太子ザラシュトラス。そんで『晴嵐』ミストルティンを使いこなす魔女、ミストブリンガーが竜を一匹残らず始末した。レゴリス大陸最後の空白地、銀龍山脈はレゴリスの――俺のものだ」

 死んだと思っていた王子の帰還。そして、レゴリス大陸に残された最後の空白地の占領。さらに、長らく使用者が現れることがなかった『晴嵐』ミストルティンを使いこなすという魔女の出現。

 始めは戸惑っていた文官たちも、この事態を把握するとすぐさまもろもろの手続きを取るために動き出した。
 なんといっても銀龍山脈の占領は、レゴリス大陸すべての版図を一色に塗りつぶしたことを意味する。国にとってもこれは一大イベントとなるだろう。
 
「おめでとうございます、王子! これで王子は晴れてレゴリスの王に最も近い存在となられましたな。もはや、この国の領土で王子に敵うものは現れますまい!」
「まあ、そうなるな――それよりも風呂だ。何日風呂に入れなかったと思ってるんだ」

 ザラシュトラスも側近たちに褒めそやされ、まんざらでもなかった。だが、この数日間というもの風呂にも入ることができなかった。
 なによりもまず、ゆっくり身体の垢を落としたかった。

「すぐに用意させます……ところで宮廷魔術師のプラシヴァ様は?」
「死んだ」
「そ、それはまことにおいたわしや……」

 眉ひとつ動かさずの即答であった。

「そちらの、その。ミストブリンガー様はいかがなさいましょうか?」
「わたしはザラシュトラス様のお世話をいたします」
「と、申しますと……?」
「いちいちうるせぇな。ミストブリンガー――こいつは俺の女だ。背中を流させる」
「そ、それはまた――」

 単身で世界のパワーバランスを変えるとされるブリンガーを、俺の女などと――
 側近は絶句するが、それと同時に、あるじがとてつもない化物じみた器量を持っていることを感じずにはいられなかった。
 
「わたくしは先にお着替えの用意をさせてきます」
「おう。ついでに酒と軽い食い物も用意させておけ」
「承知いたしました――お疲れのところを重ね重ね申し訳ありません、ザラシュトラス様」
「何だ?」

 走りかけた側近は思い出したかのように、ザラシュトラスへと尋ねた。

「ザラシュトラス様の側仕えの……ローザ。いえ、ルーナ? そのような名前の娘もザラシュトラス様と共に消えてしまったのですが、お供にされたのでしょうか?」
「あいつも死んだ」

 側近が注意深ければ、このときミストブリンガーの表情がほんのすこしだけ変化したのを見て取れたはずだった。

「そうでございましたか。では新しい側仕えをご用意させましょう」
「ああ」

 しかし、それに気がつかなかったのは幸運だった。
 側近は側仕えの娘ひとりがいなくなったことなど、靴紐が切れてその替わりを用意するくらいの感覚でしかなった。

「アヴェストリア」
「はい、ご主人様」
「お前は俺の奴隷で、俺の所有物だ。わかっているな」
「――はい、この身は。この名に至るまで、すべてザラシュトラス様のものでございます」



 この後、レゴリス統一の記念祭が国中で行われ、にわかにレゴリスの国内は熱を帯びた。
 上の王子たちもこの快挙にはかなわず、誰しもが次期国王はザラシュトラスであると考え、病床にいた国王もまたそう思っていたことだろう。

 宮廷魔術師の葬儀が執り行われ、それにザラシュトラスは弔問を読んだ。血縁には十分な額の慰霊金が下賜された。しかし、ザラシュトラスの側仕えとして死んだローラの存在は、ほどなく誰の記憶にも残らず消えていった。

 銀龍山脈にはザラシュトラスの軍による調査が行われ、一匹の竜もそこにはいないことがわかった。かつてはこの山には下位種レッサードラゴンが幾頭も目撃されていて、実り豊かな山であるにもかかわらず狩人たちが入ることができなかった。

 山は切り開かれ、晴れてレゴリスの資源調査が送り込まれた。山師たちによれば、銀龍山脈には数多くの鉱物資源が眠っていることが、以前から囁かれていた。ほどなく、大掛かりな採掘事業が行われることだろう。

 国内に怖いものがなくなり、新たな資源を獲得したレゴリスはこの先、何十年もの繁栄を約束されたようなものであった。

 しかし、ザラシュトラスがユルセール出兵を決めたのは、それから数月後のことであった。
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次回更新は2/28(日)00:00です。
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