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しろやぎ

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二部

184 彗星剣(前編)

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「――これが彗星剣の正体だよう」

 自ら“秘剣”と称する彗星剣のあらましを語り終えたガルーダは、北極星ポールスター一行を眺め回した。
 皆、今ガルーダに伝えられた彗星剣のことを考えているのだ。

「確かにタイミングは難しいかもしれませんが……」

 鍵となるのはエステルの魔法だ。そのエステルはしばらく黙考していたが、短く頷いてその可能性を認めた。

「それよりもエステルはそれだけの魔法を使えるかよう?」
「ケイシャに少し助けてもらって……ギリギリです」

 エステルはこの作戦会議で決まった手順を、繰り返し頭の中でなぞってみる。
 一度の一杯も許されないが、心の力はなんとかなる。
 問題は、どれもこれも初めてのことばかりだということだ。

 失敗することができない中で、どれだけうまくやることができるか――

「お、お姉ちゃん」

 不安を抱えるエステルにケイシャがたどたどしく声をかけた。

「お、お兄ちゃん。た、助けよ? ね?」

 エステルのことを姉と呼び、メテオのことを兄と呼ぶケイシャが、猫の手をかたどった幸運神の聖印をぎゅっと握った。

「だ、大丈夫。きっと、成功するから……」
「……そうよね。やりましょう!!」
「そうこなくっちゃ!!」

 ガルーダは嬉しそうに背中の背負い袋からにゅるりと絨毯を引き抜いた。
 無限の革袋インフィニティバッグと呼ばれるほぼ無限の収納力を持つ背負い袋から出たそれは、ガルーダ愛用の空飛ぶ絨毯フライングカーペット

「コメットは厩に戻っていなさい」

 エステルはこびとの厩ミニチュアステイブルにコメットを導く。馬の身体が小さなミニチュアの厩にするすると吸い込まれていく様子は、いつ見ても不思議だった。

「……これだけは持って帰ろうかな」

 続いて残骸と化した馬車からエステルが拾い上げたのは、大きめのライアーと呼ばれる竪琴。中古の馬車に付属していた壊れかけの竪琴だったが、弦を張りなおして今では完全に使えるようになった手持ちの琴だ。

「それだったらおいらの背負い袋に入れておくよう」
「お願いします」

 師から譲り受けた馬車は壊れてしまったが、それといっしょに旅をしてきたこの琴を手放すのが惜しかった。この琴さえあれば、馬車を失った悲しみが少し癒やされる気がした。

「それじゃあ、みんな乗った乗った~」

 手早く空飛ぶ絨毯フライングカーペットを広げたガルーダは、地面から少し離れたところに浮遊した絨毯にひらりと飛び乗った。

 まず、ケイシャが絨毯によじ登るとガルーダは紐でケイシャの身体を自分と背中合わせに固定した。

 先頭のガルーダとケイシャの後ろにエステルが座り、さらにその後ろは“交替”したリコッタが後ろ向きに座る。狭い絨毯はこれだけでももういっぱいいっぱいだ。

 だが、メルは絨毯には乗らず、少し離れたところで膝の屈伸運動をしながら身体をほぐしている。

 そこでようやくエステルが呪文の言葉を紡ぎ始めた。

「見飽きることもなく眺めていよう。逃すことなくこの目でしかと 《鷹の目/ホークアイ》」

 始めに遠くを見渡す《鷹の目/ホークアイ》の魔法。

「我を隔てる空間よ。願わくばせめて隠し事ができぬよう風通しを良く。隔たりありても不可視の壁なくば通じ合えよう《透視/シースルー》」

 次は《透視/シースルー》の魔法。《鷹の目/ホークアイ》と組み合わせることにより、高性能の索敵能力と化す魔法の重ねがけだ。

「……ガルーダさん。もう少し絨毯を上にできますか?」
「あいよう」
「いい感じです……見つけました。真っ赤な髪と目の……手に卵のようなものを持った……」
「なんで卵なんか持っているんだよう?」

 エステルの魔法に寄って強化された視力は、戦場に向かう赤い髪と目をした狂太子の姿を捉えていた。
 狂太子ザラシュトラスを初めて見たエステルは、その猛烈なぎらつく風貌よりも、手にした装飾品のような卵に釘付けられた。 
 エステルの《透視/シースルー》ですらその中身を窺い知ることができない卵。

「きっと魔法の……魔力よ、姿を現せ《魔力感知/ディテクト・マジック》――きゃっ!!」

 魔力感知の魔法を使った途端、エステルは目を抑えて短く叫んだ。

「お姉ちゃん!?」
「だ、大丈夫。あまりに強い反応だったんで驚いただけ……間違いない。あの卵はアーティファクト――古代魔法王国に作られたといわれる『龍王の装飾卵イースターエッグ』」

 エステルは古代の伝承の中にのみ伝えられているアーティファクトの名を呟いた。
 実のところ、銀龍が操られているという段階でエステルは『龍王の装飾卵イースターエッグ』のことを念頭に置いていた。
 といってもそのアーティファクトについては名前と、龍の上に立つことができる魔法の品。ということしか伝えられていない。具体的な内容については、博識のエステルであってもお手上げだ。

「あの卵を壊すか奪うかできれば……いいんだけど。アーティファクト級のものを破壊なんてできないかもしれない」

 少し離れたところで柔軟体操をしているメルに、エステルが叫ぶ。

「標的は赤い髪と目の男。でももし外しちゃったら、その男が持っている装飾のある卵が銀龍を操っているアーティファクト。小手でもいいから、叩き落とせばその一瞬だけでも銀龍にスキができるかもしれない。もしものときは、お師匠様ならその一瞬でなんとかしてくれるかも――」
「やってやるニャーーー!!」

 メルに迷いはないようだ。

「頼んだわよ、メル!!」
「がってんだニャ!!」
「メルーぅ! 一分だよう!! 一分だけなんとか逃げ延びるんだよう!?」
「がってんだニャ!!」

 メルは空飛ぶ絨毯フライングカーペットを追い越し、土煙のあがる戦場へと単身駆け出した。手にはハムより譲り受けた魔法の鉄芯剣。ガルーダ命名の串正宗くしまさむねを握って。

「――羽根の如く落ちよ《浮遊落下/ランディングフェザー》」

 絨毯の上にいる全員に《浮遊落下/ランディングフェザー》の魔法がかかる。この魔法は本来であれば、落下速度を調節するだけの魔法であるが、遅く落ちることも早く落ちることもできる。

「おいらが始めにやってみるよう。これくらい絨毯が沈むくらいの抵抗をかけるんだよう? 」

 ガルーダが《浮遊落下/ランディングフェザー》の魔法を受け、絨毯が少し沈むくらいの“下に落ちる負荷”をかける。

「これくらいから始めて、徐々に負荷をあげていくんだよう? そうそう。うまいうまいよう」

 全員、この魔法のお世話になったことがあり、コントロールの方法も知っていた。しかし、これから行う制御方法はガルーダ以外始めてであった。

「お、お姉ちゃん」
「お願い、ケイシャ」

 ケイシャが聖印を持った手でエステルに触れると、そこがぼうっと光り輝いた。
 《精神賦活/インスティルメンタルエナジー》。
 神官の魔法で、精神力を相手に分け与える魔法だ。ここまで使った数々の魔法は、エステルの精神力を極限まで消費している。ここで回復しておかないと、最後のひと押しができない。

「ガルーダさん、お願いします」
「あいよう!!」

 空飛ぶ絨毯フライングカーペットがするすると空中を動き始めた。

「まずは半分くらいのスピードから始めて、一気に倍速までもっていくよう。《浮遊落下/ランディングフェザー》でうまく負荷をかけておくんだよう!!」

 ガルーダの空飛ぶ絨毯フライングカーペットの最高時速は時速100km。しかし、その速度を出すためには、搭乗者はしっかり絨毯に捕まっていなくてはならず、ほとんどすべての能動的行動はできなくなる。
 だが、《浮遊落下/ランディングフェザー》で下への負荷をかけ続けておくことによって、ある程度の自由と猛スピードと風による絨毯の飛行ブレが軽減できるということだった。

「メテオはこれくらいのスピードで魔法を使えたけど、エステルは大丈夫かよう?」
「大丈夫……です!!」
「オッケー! それじゃああとはメルとエステルの呼吸しだいだよう!!」

 空飛ぶ絨毯フライングカーペットは前を走るメルにぐんぐん追いついていく。エステルはその距離と、魔本によって増大された視力で赤い髪の狂太子ザラシュトラスを同時に観測する。

「このムチャな感じ。いいよういいよう!!」
「ガルーダさん。エステルの集中が乱れるので静かにしていてください。あと、スピードが先程よりも上がっているように思えます」
「おっとごめんよう」

 テンションアップするガルーダを最後尾のリコッタが注意する。知らず知らずのうちにガルーダは空飛ぶ絨毯フライングカーペットのスピードを上げていたらしい。

 低空ですべるように飛ぶ絨毯に膝立ちになり、エステルはメテオから贈られた魔法の発動体の腕輪に触れると、正面を見据えた。

 絨毯がメルに追いついたその瞬間。
 メルは串正宗を引き絞るように後ろへと逸らしつつ、地面を蹴ってジャンプした。

 その動きとほとんど同時に、エステルは魔法を完成させる。

「峻厳の山河、羽すら休めぬ空海、時を知らせる砂の重さ。我が翼はいずれも妨げとならず、目を閉じて開ければもうそこに。《転移/テレポート》」

 《転移/テレポート》の魔法でメルが消えた。そして微妙な時間差でリコッタも風の精霊に命じる。

「風の精霊。わたしたちが漏らす音の一切を遮断して――《静寂/サイレンス》」
「――――――!!」

 ガルーダが叫び声をあげたような気がした。
 するとそれまで抑えていた空飛ぶ絨毯フライングカーペットの全速力が発揮される。

 ガルーダとロープでくくられているケイシャは息を詰まらせ、魔法を使ったばかりで不安定なエステルとリコッタはあわや絨毯から転落というところであった。

「――――――!!」

 リコッタの《静寂/サイレンス》は、自分を中心とした場所からの音の発生を打ち消す魔法。しかしガルーダはそれにもかまわず何かを叫んでいるようだった。おそらくは鬨の声のような奇声であろう。

 風切り音空飛ぶ絨毯フライングカーペットは高度を上げて、みるみる戦場へと近づいていった。
 音の一切を封じたこの空飛ぶ絨毯フライングカーペットの飛行は、たとえ野生動物でも接近されるまでは一切の気配を感じることががきないだろう。

「――――――!?」
「――――――!!」

 絨毯の上ではエステルとリコッタが何かを叫んだようであったが、それを聞き取れる者は誰もいない。
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ちょっと投稿遅れましたが水曜更新です。
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