195 / 265
二部
191 宴のあと
しおりを挟むカトラは勝手にワインのボトルから手酌で自分のぶんを注ぐと、すいっと一口飲み下す。
「人間の作る酒はうまいのだ」
「龍も酒を飲むんだな」
うまそうにワインを嗜むカトラを見て、素直な感想が思わず口をついた。
「龍の中にはのんべが多いのだぞ? 食事というものを必要としない古代龍にとって、飲食は完全に嗜みの領域なのである」
そういうものか。
俺は龍がばりぼりと人間をライスのように。リトルフィートを漬物のように。ドワーフを肉のように。そしてエルフを野菜のように食べるイメージを想像してしまった。
「……人間などまずいにきまっておろう。だいいち服だ髪だ剣だ鎧だと、人間種は身にまとうものが多すぎるのである」
「まさか、俺の心を読んだのか!?」
「そんな顔をしていればゴブリンにもわかるのである」
うーむ。ウソのつけない俺の表情筋。
「これよりアヴィルードはわたしの住処である。レオン王が正式にレゴリスを退けたことと同時に、国中に告知するということになっているのである」
「そうか。それはよかった」
ユルセールの領地に古代龍が住み着くことになったか……
生半可な国家じゃ手を出しにこなくなるだろうな。
「その代わり、わたしがユルセールに住まう限り、三度までユルセール王の頼みを聞くこととなったのである。島ひとつを頂く条件としては破格なのであるが、此度は方々に迷惑をかけたのでなあ……」
「カトラって銀龍のくせにずいぶん義理堅いよな……」
「ぎ、銀龍のくせにとはどういう了見なのだ!? 古代龍は人間種よりもはるかに文化的な種族であれば、当然であろう!!」
おーおー。ムキになっちゃって。
銀龍といえども今の姿は巫女風衣装のコスプレ少女だ。これならまだ強面のおっちゃんのほうが恫喝効果があるってもんだ。
「……メテオ。お前は古代龍に対する敬意というものがなってないのである」
「サーセン」
「カトラよ。ひとつ訪ねたい」
俺が誠心誠意のお詫びをしているところに割って入ったのはリーズンだ。
「イーフリートと再契約をしたい。通常の契約方法で問題ないだろうか?」
カトラのブレスでこの人間界から消滅し、精霊の世界に帰ったイーフリート。リーズンはふたたび再契約するつもりでいる。
もちろんレベル10で、通常使える精霊魔法を極めたリーズンであれば『アャータレウ』のルール上、《コントロール・グレータースピリット/上位精霊支配》で再契約できるはずだが――
「通常の方法では再契約できぬ。イーフリートは精霊のルールを破ってお主らを助けた。契約はこの人間界でもっとも炎の濃い場所で行われねばならないのである」
「なるほど。その場所とは?」
神妙な顔でカトラはリーズンの言葉にしばし思いを巡らせていた。
「イーフリートを従えることができる術者であれば、他の精霊王と契約することもできよう。アクエリアスでもクラーケンでも、ベヒモスでもジンでも――」
「俺は、イーフリートと契約をしたい」
リーズンにとってイーフリートは俺たちに等しい仲間だ。その気持は変わらないだろう。
「……よかろう。このユルセールよりはるか東にあるゲヘナの火山に向かうのだ。その地こそ、この人間界でもっとも炎の精霊力に満ちた場所。そこでならば、イーフリートもお主の呼びかけに応えられるのである」
「そうか。銀龍よ、感謝する」
必要なことだけを聞いて、リーズンは頭を下げた。
しかし、カトラの話はまだ終わらなかった。
「心するのである。まだあやつが居座っておればだが――ゲヘナ火山はわたしと同じ古代龍。赤龍ゲヘナの住まう火山なのである」
「……そうか」
「おいおい。そうかってリーズン!!」
表情ひとつ変えないリーズンに俺のほうがたまらず突っ込む。
「このカトラと古代龍だぞ? しかも相手は混沌勢力のカラードラゴン――」
「わかっている。だが、俺は行かねばならん」
「俺も行く」
イーフリートは俺たちを助けてくれた。
俺だって再召喚できるものならさせてやりたい。
「……気持ちだけ貰っておく」
「なんでだ!? 俺たちパーティで行けば、カラードラゴンだってなんとかできるかもしれない!!」
「俺はな……メテオ。不甲斐ないんだ」
それまで表情を買えることがなかったリーズンが唇を噛んだ。全身を震わせて、感情爆発寸前といったふうに。
「イーフリートに助けられ、メテオにも助けられ……このまま助けらればかりなのは俺の性に合わん」
「そんな。俺はそんな……」
「メテオ。今回はイーフリートとお前に助けられた。だが、何かあったらお前を助けてくれるのは誰だ?」
「リーズン……」
「何かあったら俺が助ける」
リーズンの両腕が俺の肩をつかむ。
ここまでいわれて、引き止めるなんてできない。
こいつは俺の領域まで自分を高める気だ。
「……わかった。信じてる。リーズン」
「あのときイーフリートが使った魔法――《爆轟/デトネイション》。まだ精霊魔法には俺の知らない境地がある。旅から帰ってきたらメテオに教えてやるぞ」
「楽しみだな」
それは本当に楽しみだ。けっきょく俺はイーフリートが使ったという《爆轟/デトネイション》を見られなかったからな。
「……旅はいいんだけど、リーズン」
アーティアが静かに割っていった。
「ウォルスタの領主の仕事はどうするのよ?」
「メテオのところのギルドにフィリアという精霊使いがいただろう? 彼女であれば問題あるまい」
「おい! ウチの人材を勝手に使うな!!」
「いいだろう。魔術師ギルドにはまだオリナスがいる。だいたい魔術師ギルドは人材を抱え込みすぎだ。少しは街のためによこせ」
おいおい! 思わず話に引き込まれたけど、リーズンってウォルスタの領主だろ!!
見方を変えれば職務放棄してぶらりひとり旅じゃないか!
「ちょっとお酒を過ごしすぎたようです。わたしたちは先に休ませていただきますね」
「ニャ? リコッタはもう寝るのー? メルはまだ……」
「――あっ、そうよね! ほら、ケイシャももう寝ましょう。それじゃあお師匠様。皆様おやすみなさい」
「お、おやすみなさい」
リコッタがそそくさと席を外すと、エステルもメルとケイシャの背中を押して退場してしまった。
「……逃げたか。リコッタめ。空気の精霊を読むとは腕を上げたな」
「あっ! あいつら逃げたのか!! てか空気の精霊なんていないだろ!? やっぱりリーズン、お前はウォルスタに残って領主業を続けろ。イーフリートは俺が代わりに契約してきておいてやるから」
「馬鹿をいえ。お前にはクロックというできた守護精霊がいる。どこだクロック――メテオが二重契約を犯そうとしているぞ――」
「やめてくれ。せっかくあのお喋りなのがいないんだから藪をつつくなって!!」
クロックが出てくると延々俺の近くで喋りまくるから迷惑なんだ。本当にやめて。
「お主ら仲がいいのか悪いのかわからないのである」
「そうね。人間の間だと喧嘩するほど仲がいい、というんだけど」
「アーティア。お前だってリーズンがいなくなったら迷惑するだろ。止めてやってくれ」
「別に。メテオのところのフィリアが領主になってくれるんであれば、構わないわ」
「そんな。ハム、ガルーダ!! お前たちだって――」
やけに静かだと思っていたら、ハムの姿はすでになく、ガルーダは腹をパンパンに膨らませて床で鼻提灯を膨らませていた。
「メテオ。お前だって魔術師ギルドを大放置していたんだ。このさいウォルスタの中枢を新しくするのも悪くないだろう」
「ま、まあ。フィリアたちがいいっていえば」
「それじゃあ詳細はウォルスタに戻ったら詰めよう。俺も今日は眠らせてもらう」
「わたしもそうするわ。おやすみ、メテオ」
「――お、おい」
「わたしも人間の姿が疲れたのである。要件は終わったので、さっそくアヴィルードを片付けてくるのである」
バルコニーからリーズンとアーティアが消え、カトラは少女の姿のまま床を蹴り、城下のリ=ハン湖へと身を投げた。
「お、おい!!」
「小さな魔術師、メテオ。さらばなのである!!」
カトラは空中で銀龍の姿になると、うねうねと空中を泳ぐように飛んでいった。少女の姿でそういう突飛なことをするのはやめてほしい。
あと、その姿だと俺と身長たいして変わらないからその呼び方もやめてほしい。
「……うーん。まだ飲めるよう……おかわりだよう……」
残ったのは俺の足元でヘソを出して幸せそうに眠っているガルーダだけだった。
……あれ?
こいつ、俺が寝室まで運ぶの?
************************************************
(たぶん)あと二話で第二部完です。
ご指摘いただいた誤字は、もうちょっと落ち着いたら一気に直しますので…(死にそう)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる