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二部
192 目的
しおりを挟むそれぞれに個室を与えられていたので、俺はガルーダを部屋に投げ込むと、自分の割り当ての部屋に向かった。前も泊まった部屋なのでとくに迷うこともない。
まずは風呂。と思ったのだが、その前に大事な確認がある。
この一連の騒動で、どれだけ俺に経験点が入ったかだ。
さっき見たところ、エステルたちについていったガルーダが一番経験点を貰っていた気がする。一番地味といってはアレだが、前半お留守番係だったリーズンですら5000点くらい入っていた気がする。
占領されたピニオーリに潜入して渋い動きをしてから、ペスブリもサシで戦って俺の優勢だったし、銀龍ともいい勝負をした。
もしかしたら一気に一万くらい入っているかもしれない……
「魔術師レベルが18になるくらいくれたらなー……あれ?」
ベッドに腰掛け、俺の醤油のシミつきキャラクターシートを出し、経験点を確認する。
……ちっとも増えてなくね?
「500点くらいしか入ってない!?」
俺が最後に確認した経験点は771660だった。そして今が772020。
意識的には3シナリオぶんくらいこなして、こんなに少ない経験点なんてありえない。
1レベルの冒険者がゴブリン退治したって、入る経験点はこんなに少なくない。
「あっ。もしかして、エステルたちみたいに勝手にレベルが上って……」
俺のステータスと所持スキルを上からざっと確認してみるが、変わりな……くない!!
=====
メテオ・ブランディッシュ 人間 男 26歳(16歳)
STR=36
DEX=40
AGI=38
INT=118
VIT=114/114
MND=518/219
魔法使い 17Lv
賢者 3Lv
精霊使い 10Lv
僧侶 10Lv
盗賊 10Lv
ゲームマスター Lv2
経験点=772020
=====
「ゲームマスターレベルがひとつ上がってる……」
石井先輩が最後に俺へ与えた謎スキル、ゲームマスター技能。
「1レベルではキャラクターシートの編集ができるだけだったが、2レベルに上がったということは……」
ひとまずキャラクターシートを消すと。俺はローブを脱ぎ剣帯をはずし、パンツとシャツも脱いでベッドに放ると、素っ裸で風呂に向かった。そして、かけ湯をしてからライオンの口からお湯が出てくるゴージャスな湯船に顎まで浸かる。
「……メルのレベルが勝手に上がったことと関係があるのか?」
俺が初めてメルのキャラクターシートを見たとき、メルのスキルレベルは頭打ちで、経験点も無駄に蓄積されていた。それを俺がゲーマスのスキルでレベルアップさせた。
二度目にメルのキャラシートを見た時。とくに経験値以外の変動はなかった。
そして、三度目。今回は勝手にレベルが上った。
怪しいのはこの現象だろう。
「キャラクターシートの改変をしたプレイヤーの才能を伸ばせる……のか?」
わからん。
なによりどうして俺に経験点が入らず。いや、もしかしたら入るはずの経験点が勝手にゲーマススキルに割り振られたのかもしれない。なぜかはわからないが。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅああぁぁぁぁ……」
考えても仕方ない。
俺は広い湯船に思いっきり手足を伸ばすと、積もり積もった疲れをお湯に流し出すように声を漏らした。
どうして風呂にはいるとこんな声が出るんだろうか。
銀龍との戦いではキャラクターシートでステータスを確認する余裕なんかなかったので、体感でおおよそのVIT減少を感じていた。けど、カトラの《龍の精髄/ドラゴニックオーラ》でVITは全快していたようだ。さすがにMNDまでは回復していなかったが。
MNDはレベルと使う魔法の組み合わせで計算できたので、俺の計算に狂いはなかった。
「あの戦いでMND。精神力の半分以上を使ったことになるのか」
銀龍は強かった。
俺がはじめから時間稼ぎなんて考えずに、油断せずしっかり戦略を立てて向かっていればもっと余裕ある戦いができただろう。
「……リーズン。赤龍の住んでる火山に行くっていってたよな」
俺もついていきたいが、リーズンも強くなろうとしている。
そのためには俺の強さは邪魔だ。それもわかっている。
なにより、俺もリーズンが俺くらい強くなってくれれば嬉しい。
「……よっしゃ!!」
風呂に入って考えがまとまってきた。
俺は風呂を出ると、テーブルに用意されていた水差しから直接ぐびぐびと水を飲んで、パンツだけ履いて七つの護符剣を握ると、ゆっくり呪文を唱えた。
「土を捏ね作ろう。あらゆるものを形造る、魔法の粘土を手に。出来上がりなど気にせずにさあ。遍く似姿に秘めたる力を込めて。子供のように、女のように、神のように。《万物創成/クリエイトオール》」
「――というわけで、君たちの冒険はひとまず終了。全員に経験点1000点を加算してくれ」
俺はマスタースクリーンと呼ばれる小さな衝立をちゃぶ台に伏せ、セッションの終了を告げた。
「石井センパイ、どうだった? 俺のマスターは」
俺の向かいに座って緑茶を啜っている、石井先輩は二、三度頷くとメガネの位置を直す。
「杉村はプレイヤー歴が長い。初のマスタリングであっても、これくらいは妥当だろう」
「ちょ、それってどういう意味だかわかりにくい」
俺が初めてゲームマスターをしたのは、たっぷりプレイヤー歴を積んでからだった。
二十歳なかばあたりで、メンバー全員がマスターを経験したほうがいいだろうとセンパイが提案し、俺も定期的にマスターをすることになった。
石井先輩がいうように、俺はプレイヤー歴が長い。しかも、好きなキャラクターがマジックユーザー寄りなため、おそらくは石井先輩と同程度くらいには『アャータレウ』システムに詳しい。
他のメンバーも『アャータレウ』をやりこんではいるものの、マスターとして突っ掛かりがあるのが魔法のシステムだ。どんな魔法があるかをそらで覚えて、細かいところまで覚えているのは俺くらいだった。
システムに熟知していないと、魔法使い職のプレイングは難しい。魔法を操り、他の職業に比べてできることが多いぶん、玄人好みと呼ばれるゆえんだ。
「褒めていると受け取ってもらって構わないだろう」
「なんか素直に喜べない表現なんですけど」
といっても、石井先輩に褒められるのは嬉しい。俺もフリーコンベンションに参加したことがあるとはいえ、ゲームマスターとしての立ち振舞のほぼすべてはこの人から盗んだものだ。
「素直に喜んでもらっても困るな。いくつかダメ出しをしておこう」
人の悪いニヤリとした笑みを浮かべる先輩。
素直に褒められておくべきだった。
「もっとも気をつけるべきはNPCの扱いだ」
「すみません」
俺は即効で頭を下げた。
最後の戦闘で依頼人件、案内役のNPCがボスにとどめを刺してしまったのだ。
調子に乗ってオープンダイスでNPCを動かしてしまい、プレイヤーの見せ場を奪ってしまったと深く反省をしている。
なお、オープンダイスとは通常プレイヤーには隠して判定しているダイス目を、すべてその場で振って見せて公開することをいう。
「いや、その後のフォローと展開は悪くなかった。要は楽しめればいいのだから、ベストではなかったが、流れとしてはベターだったろう」
確かにNPCがボスを倒してしまったのは皆あっけに取られていたが、逆に依頼人のメンツを立てたということでその後のシナリオの流れは悪くなかった。
「NPCを主役にするため、プレイヤーが盛り上げるというのもひとつの方法だ。もちろんそればっかでは飽きる。俺だったらしばらく同じ手口は封印するか、もっとひねった……いやこれはマスタリングの奥義なので秘密にしておく」
チッ、奥義を漏れ聞くことは叶わなかった。
「プレイヤーとしてのクセがまだ強いんだろう。マスタリング中に、NPCを演じるとプレイヤーに近づいていく傾向がある。悪いわけじゃないが、同時に自分がマスターであることをどこかで意識しておくんだ」
先輩は自分のキャラクターシートを畳み、ちゃぶ台の上を片付けつつ、自分に言い含めるように目を伏せた。
「マスターがいちばん苦手なプレイヤーを知ってるか?」
「苦手……マンチキン?」
マンチキンというのは、テーブルトークRPGにおけるプレイスタイルの区分で、自分勝手でルール上の強さを求め、物語よりも傍若無人にふるまうことを好むプレイヤー。という、いわば蔑称だ。
『オズの魔法使い』に出てくる小人たちがモトネタだが、マンチキンの定義は人によって異なる。中には肯定的にマンチキンという存在自体をプレイする流れもあり、ひとくくりにしにくい。
「マスターに慣れてくるとマンチはそこまでじゃない。テンプレート対応でわりとどうでもなる」
じゃあなんだろ。正直俺は、プレイヤーの立場でもマンチとは卓を囲みたくはないんだが。
「マスターが一番苦手なプレイヤーはな。同じマスターの熟達者なんだよ」
「あー……なんかわかる」
いわれてみればそうだ。
俺が初めてマスターしたとき、いつもマスターとして座っている先輩がプレイヤーとして座っているのが、楽しくもあったが一番のプレッシャーだった。
「だいたい何をするか。どんなことをするかが読めるから、マスター経験者も慣れ過ぎるとプレイヤーに戻りにくくなる。苦手というよりかは、やりにくいってことなんだろうな」
「だから先輩、突然もちまわりでマスターをするとか言い出したんだ」
「俺もたまにはプレイヤーを体験しておかないと、悪いクセがつくからな」
寿司屋の湯呑みに残った茶を一気に飲み干すと、先輩は俺の目を覗き込んだ。
「だからな、杉村。お前がこっち側に来ようとするのは悪いことじゃない。むしろ、適当に経験するのはいいことだ。――だがな。本当にお前がやりたいのは、神の視点で物語を導くことか? それとも物語の主人公でいたいのか?」
――俺がやりたいこと?
それりゃまあたまにはマスターも楽しい。神の視点で物語を導くのは嫌いじゃない。
目の届く範囲のことに気を配って、ものごとがうまく進むように流れを整える。それもまた楽しみのひとつだ。
でも、俺が本当にしたいかっていうと――
「俺は杉村がこちら側に来るのは大歓迎だがな」
「ごめん、センパイ。俺はどっちかというとプレイヤー向きかも」
「そうか」
俺はたまにはマスターもいいかもだけど、プレイヤーとして動くほうが向いているかもしれない。
冒険楽しいもん。
「目的があるならそれを忘れるな。俺がいいたいのはそれだけだ」
「……目的」
俺の目的。したいこと――
元の世界とこの世界を行き来したい――
「……あれ? ああ、俺。あのまま疲れて眠っちゃったのか」
昨晩は《万物創成/クリエイトオール》の魔法でマジックアイテムを作って、それでMND使い果たして眠っちゃったのか。
だが、ベッドにはまぎれもなく俺が作ったふたつのマジックアイテムが転がっていた。
俺はというと、ベッドにパンイチで寝こけていた。
でも何か身体が温かい。風邪をひかなくてよかった。
「何か懐かしい夢を見た気がするけど、早く元の世界のみんなとも会いたいなー…… んん。あー、よく寝た」
ベッドに寝たまま伸びをすると、腕や背中からバキバキと音がした。
キャラクターシートを確認すると、MNDもばっちり全回復していた。
「このゲームマスタースキル……ちょっとアレだな。裏方に回りすぎて、冒険をしなかったせいかな。何か俺、ペスブリやストブリのときと違って完全にNPCみたいな役割だったしな」
ばちんとほっぺたを叩く。
――よっしゃ。
「いろいろあったが、ここから先は俺の冒険のターン――」
「メテオよ……NPCとは何のことだ?」
「ホァーーーーーーッ!! れ、レオン!?」
俺の隣で丸くなっていたのは、ナイトローブの前をはだけさせたレオンだった。
なんでこいつが俺のベッド――ああ! 抜け道か!! 前もこいつ俺のベッドに寝に来たもんな。なんか温かいと思ったら――
「よほど疲れていたのだな。余がやってきたときには、すでにメテオは熟睡しておった。せっかくメテオの功をねぎらいつつ、友として語らいにきたのだが仕方あるまい。しかし裸で寝ては風邪をひくぞ」
「あっ近いって!! 肩に手を回すな! ローブの前を閉めろ!! いやその前にベッドから――」
「メテオ。いい加減起きな――」
このタイミング。来ると思っていたよ……アーティア。
「……そういうときは鍵くらいかけておきなさい」
「違うんだ……信じてくれないだろうけど違うんだ……」
俺を起こしにやってきたアーティアは、朝から不浄なものを見たといわんばかりの視線と言葉を投げ、パタンと扉を閉めて去っていった。
************************************************
次で第二部完の予定です。
ようやくここまで走ったぞ…という感じですね。
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