ワールドトークRPG!

しろやぎ

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三部

ワールドトークRPG異伝_001

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もしもメテオがキャラクターのまま、この世界にいたとしたら――?
この話は『ワールドトークRPG!』とは別次元のお話。
それでも何かが違ってたらありえたかもしれないお話。
それゆえこの話を『異伝』とします。

三部のプロローグ的な要素もありますので、幕開けまでの間を楽しんでいただければと思います。





 今日。ユルセール王国からの使者がやってきた。
 内容は簡単なもので、“干魃の兆候があるボッグに雨を降らせてほしい”というものだった。

 俺――いや、僕の愛弟子であるエステルは心配そうな顔をしていたが、ひとりでボッグに向かうことを、会議の場で決定した。
 僕という呼び方はウォルスタの魔術師ギルドに入ってから、そう変えた。以前、冒険で『若返りの泉』で溺れてからというもの、身体が若返り、歳を取らなくなってしまった。

 本当ならば今はニ十六という年齢なのだが、僕の姿は少年のそれだ。
 俺。という言葉でやってきたのだけれども、見た目の若さにそぐわないとか、俺という言葉がギルド長にふさわしくないと、誰かに言われてから、なんとなく自分のことを僕と呼ぶようになった。不思議なもので、俺といっていた頃よりも、落ち着いて穏やかになったといわれているので、これを定着させてしまった。

 ウォルスタ魔術師ギルドの取り仕切りをしてくれている『三導師』たちは、しきりに心配をしていたのだけれども、この依頼だけは僕がこなさなくてはならない。というより、僕にしかこなせない。
 《天候操作/コントロールウェザー》の呪文を使える魔術師は、このユルセール大陸で僕しかいないからだ。

「ユルセール王はメテオ殿を何だと思っているのじゃ!! まったく失礼千万」

 魔術師ギルドのナンバー2。僕の次に高位の魔法を扱える魔術師。ロルトじいが、白くなった髪を振り乱して怒ってくれるている。

「カザン王は魔術師を便利なマジックアイテムか何かと勘違いしとりゃせんか!? 王宮から魔術師を排しておきながら、いざ困るとギルドに助けを求めてくる。しかも――無償で!! ああ腹が立つわい!!」

 ここ数ヶ月のユルセール王の、魔術師ギルドへの“要請”については、長く僕も不審に思っていた。だが、その不審について今ここで喋るわけにはいかない。これは、僕ひとりの胸にしまっておくべきことだ。ロルトじいにも、エステルにも、かつての仲間『流れ星』シューティングスターの皆にも――

 会議は三導師と僕の四人で行われた。
 三導師は全員、導師の位を極め、飛び抜けた実力を持ったギルドの幹部だ。

 かつて、ユルセールの宮廷魔術師でもあったロルトじい。

 エルフの美貌の女性、フィリアは魔術師でありながら精霊使いであり、薬草師でもある。

 壮年でがっしりした体格のオリナスは魔術師にして、知識の神の神官でもある。

 僕の愛弟子であるエステルもまた、彼らに匹敵する魔術師の実力を秘めているが、会議などにはあまり参加することはない。あくまで、俺の弟子で、補佐であることに使命感を持っているようだった。

「――僕には過ぎた部下たちが集まってくれた」
「いやですわ、メテオ様。まるで今生の別れみたいなことを申しては」

 フィリアが優雅に微笑みかけてきた。ついついエルフの長い耳に目を奪われてしまうが、僕は笑って誤魔化した。

「長寿のエルフから見たら、人間の命なんて短いものでしょう?」
「そうでもありませんのよ。確かに短い一生ですが、それゆえに濃く、熱くあります。わたしはそんな人間の暮らしと魔法に惹かれて、森を飛び出してきたのですから」

 妖精の血を色濃く残す種族であるエルフは、驚くべき長寿を誇る。どれくらい生き続けるのかは、人間の世界では知られていない。
 エルフがどれくらい生きるかについては、記録も三代ほど受け継がれていくと、内容があやふやになってしまう。また、エルフたちも自分の寿命についてはあまり興味がないようだ。
 よって、エルフの正確な寿命については誰も本当のところがわからないのだ。
 
 僕も不老に近い体質ではあるが、何かのはずみで『若返りの泉』の効果が切れるかもしれない。この効果が無限だとは思えないのだ。
 なまじ不老に近いものを手に入れてからは、エルフの純粋な長命が羨ましくなっている。

「うらやましいよ、フィリア。エルフの寿命があれば、魔法なんて勉強し放題。時間をかけて頂点を極めることができる」
「エルフの歴史に、魔法語の最高位を極めた。という方は記憶にありません。おそらく、エルフには究極的に、人間のような貪欲さがないからでしょうね」

 言葉の最後に、精霊使いの才能は別物ですが。とつけ加える。
 才能、か。
 嫌な言葉だ。 

「……一週間以内に済ませますと、王の使者には伝えましたじゃ。すぐにでも《転移/テレポート》でむかってもいいのですが、使者が王都ユルセールに戻る前に解決してしまっては、ますます便利に使われてしまいますゆえ」
「ああ、うん。助かるよ。その間にちょっとやっておきたいこともあるし」

 ロルトじいが気を利かせてくれたみたいだ。
 ――ありがたい。

「それじゃあ僕はちょっと疲れたので、自室で休ませてもらいます。五日後までには、出発しようと思うんで」
「大丈夫ですか、メテオ様。よろしければ《回復/ヒーリング》。いや、《平癒/キュアーディジーズ》をおかけいたしましょう」
「大丈夫、オリナス。ちょっと魔術書を読みすぎて目が疲れているだけだと思うんだ」
「……そう、ですか」
「じゃあ」





「……メテオ様。少々お疲れの様子ですね」

 メテオが会議室より去った後、オリナスは不安げに呟いた。

「何かこう、よくないオーラが伝わってきました。身体ではなく、精神がお疲れとしか思えません」
「近頃のユルセール王からの“依頼”に対してどうするか、考えておられるのだろう。このウォルスタはユルセール自治領ではあるが、いつ正式な領地にさせられて、高い税金を修めることになることか。メテオ殿や『流れ星』シューティングスターの皆々様方には、まったく頭が下がるわい」

 ユルセール王の“依頼”というものは、金にならないものであった。
 本来、国家の仕事をやらされているのだから、少なくとも予算が出てきておかしくなくい話ばかりを、ウォルスタの魔術師ギルド。ときには領主リーズンや、商業神の最高司祭アーティア。自警団のハムといった、“ウォルスタの主力”たちに対し、気軽に用事を押し付けてくる。
 だが、国からは予算が全く出ない。
 おそらくは「税金を納める代わりに、労働力を提供してもらおう」。そういった暗喩なのだろう。自治領であるウォルスタの税金は、通常の税率よりも格段に低い。しかし、何かがあった場合、ユルセールからの援助――たとえば軍隊といったものの助けを借りることができない。
 そんな微妙な立場であるから、あまりウォルスタ側も強くは出られなかった。
 最近では、ユルセールの金獅子騎士団長に“ストームブリンガー”と呼ばれる、伝説の剣士が就任したとも聞く。粒選りの武力では負ける気はしないが、いざ戦争になったら負けるのはこちらだと、皆分かっているのだ。

「でも、確かに様子はおかしかったような気がしますわ」
「ほう、フィリア。女の勘というやつか?」
「女というより……エルフの勘」

 メテオが寿命の話をしていときに感じた、かすかな違和感。
 自分が才能、という言葉を使ったとき。メテオから感じたわずかな心のゆらぎ。
 フィリアはそのことを口に出せるほどには、おのれの勘に従うことはできなかった。





「親兄弟、友に恋人に馴染みの耳に。魔力よ、心あらば伝えておくれ――」

 自室に戻ってまずしたとこは、《精神感応/テレパシー》の魔法を使ったことだ。
 エステルとメルが心配げにしていたのだが、時は一刻を争う。
 それまでは月に一回の連絡であったが、ボッグに出向くまでは毎日この魔法を使わなくてはならないだろう。

「――わが想いを乗せて遠く早く。《精神感応/テレパシー》」

 魔法が完成したと同時に、頭がずしりと重くなる。
 このユルセールにおいてはもはや並ぶものもない魔術師となった僕だけれども、《精神感応/テレパシー》の魔法は心の消耗が大きい。せいぜい一日に5~6回がいいところだ。毎日これを使うのは、少々荷が重い。

(ディック、聞こえるか。僕だ、メテオだ)

 内なる声で呼びかける。《精神感応/テレパシー》は遠く離れた場所にいる顔見知りのものと、念話をできる魔法。秘密の会話。盗聴をされたくない場合などには、最適な魔法だ。

(旦那? メテオの旦那ですかい!? 連絡お待ちしていました!!)

 心のどこかに声が帰ってきた。聞き慣れた、というのもおかしいけれども、盗賊としては仲間のガルーダの次に馴染み深いといっていい。
 ウォルスタ盗賊ギルドに所属している、僕の子飼いの盗賊。ディックだ。
 こいつとのつながりは、『流れ星』シューティングスターの誰も知らない。盗賊ギルドの元会長であるガルーダですら。この世に僕とディックのつながりを知るものはいないだろう。ディックとはそれくらいに慎重な接触をしている。
 
 僕はおよそ一年間。ディックに探しものを頼んでいた。
 金に糸目はつけない。どれだけ支払うことになっても。どれだけのものを払ってもかまわないから、手に入れてほしいアイテムがあった。
 誰にも知られることは許されない、古代の魔法の品物だ。
 
 念話からでも伝わるくらい、ディックの様子は浮かれていた。

(ディック。もしかして、見つかったのか!?)
(ええ、旦那の指定したとおりのものが見つかりましたよ!! ただ、あっしにはこれが旦那の求めるブツかはわかりません。よければ例の場所にお持ちしますので、鑑定をしていただければ)
(さすがは“見つけ出すもの”ディテクティブディック。いいタイミングだった)
(いいタイミング、ですか?)
(ああいや、こっちの話だ)

 胸が高鳴った。
 この一年間。いや、魔法使いを目指して続けていく中で、常に気にし続けていたものが手に入るかもしれない――
 
 いや、ディックの間違いかもしれない。
 最終的には魔法による判断で確認するまでは、期待するのはやめておこう。

(――わかった。今日、いつもの時間にあの場所で)
(あいわかりました。それでは後ほど――)

 ディックの気配が薄れていく。
 《精神感応/テレパシー》は相手が拒むこともできる、強制力のない魔法だ。望んだときに望みのタイミングで、念話を中断することができる。
 僕個人の資産からとはいえ、ディックは高給を払ってつなぎとめている盗賊ギルドの密偵だ。
 念話に集中できないタイミングも多々あるのだろう。

「約束の時間まではまだ余裕がある」

 僕は机に向かうと鵞ペンを手に取り、羊皮紙の枚数を数えた。

「エステルとメル。ロルトじいに、リーズンにハム、アーティア。……ガルーダにも一応書いておくか。おっと、猫屋敷のマスターにも」

 さらにいくつか名前が心に浮かんでくるが、きりがない。

「……ウォルスタにいる者限定にしよう。未練が残る」

 皆、怒るだろうな。

「ごめんよ、みんな」

 親しい仲間や友人の顔が浮かぶ。
 おそらくはもう、会うことはことはないだろう。
 このタイミングで、あの書が見つかるということは、きっと間違いない。

「……マリア」

 月に一度。必ず《精神感応/テレパシー》で連絡すると誓い、ずっと僕の悩みと愚痴を聞いてくれた『流れ星』シューティングスターのメンバー。最愛の女性、マリアージュ。 

「約束を守らなくてごめん」

 もう、マリアとの連絡も取らない。

 覚悟は決まった。

 ウォルスタと仲間を守るため。そして、自分の夢を叶えるため。

 僕は。いや、“俺”は――

 悪魔や鬼になっても構わない。





 雲ひとつない、満月の夜だった。
 ウォルスタの町から少しだけ離れた荒野に、俺はひとり佇んでいた。
 
 かつてこの地は『手を触れてはならないアンタッチャブル荒野』ムーアと呼ばれていた。
 魔物が溢れかえる荒野だったが、仲間たちとともにそこにはびこる魔物たちを退治し、ウォルスタという町を作っていった。
 ありがたいことに人と運に恵まれ、冒険者として溜めたほとんどの財貨はそこで使い果たしたものの、名声とともに何倍にもなって帰ってきた。
 冒険者として望みうる名声を得たといってもいい。
 
 しかし、ここにきてユルセール王国は、俺たちのウォルスタを狙っている。

 俺は知っている――知ってしまった。
 ユルセールの秘密の一端を。

 ウォルスタに対する妙な干渉が強まってきたことに不審を覚えた俺は、皆には内緒でユルセールの城を調査していた。
 本当であれば盗賊であるガルーダのほうがこうしたことには向いているのだが、あいつはウォルスタの町に縛られるのを嫌い、マリアともども冒険者でいることを選んだ。その選択をした気持ちは痛いほどわかるので、いまさら頼ることも憚られた。
 姿を消すことができる《隠匿/コンシール》の魔法を使えば、こちらから何か仕掛けない限りはまず見つかることはない。数ヶ月かけて、徐々にユルセール城の敷地に侵入し、《転移/テレポート》で移動できる範囲を広げていった。

 本当であれば、ユルセール王が常軌を逸したことをしたときに、俺とハムとリーズンとアーティアでこの城に《転移/テレポート》して、一気に王の身柄を拘束するための下調べだった。
 城にある仕掛けや隠し通路を調べるため、《コンシール/隠匿》を解除して帰るさい、《透視/シースルー》を使ってから帰るようにしていた。行き帰りの《転移/テレポート》。《隠匿/コンシール》。そして《透視/シースルー》を使うと、俺の精神力で使える残りの魔法は少ない。
 できれば《透視/シースルー》すら使用は避けたかったのだが、ガルーダがいない以上は城の構造の下調べは俺の仕事だ。
 この魔法を使うことで、俺が使える《転移/テレポート》の魔法は残り一回がいいところだ。

 ――つまり、二連続で魔法が失敗するとかなりやばい。

 一応、精神力を肩代わりしてくれる魔石は常備していたが、取り出すのに一瞬のタイムラグが出てくる。万が一《隠匿/コンシール》が見破られたとき。緊急避難の《転移/テレポート》が失敗したのなら、魔術師の俺はあっさり捕まってしまうだろう。

 ある日の調査の日。歩哨の兵士に見つからないよう、俺は城の通路のどんずまりで《隠匿/コンシール》を解き、《透視/シースルー》の魔法を使ったときは驚いた。すぐ横に、隠し通路が見えているのだから。
 その日は精神力が尽きる寸前だったので、翌日装備を整えて隠し扉に《解錠/アンロック》を使い、地下に降りた。
 用心のために使った《幻影看破/ディテクトイルージョン》のお陰で《幻影獣/ファントムビースト》のトラップに引っかかり、あわや死ぬところだったのは驚いた。一か八かの《解呪/ディスペル》が通じなかったら、あの場で本当に死んでいたかもしれない。

 その先で見たものは、かつてのユルセール宮廷魔術師の無念の記録。
 今では存在しない、ユルセールの宮廷魔術師。“幻聖”ルパードの、驚くべき記録と、禁呪の呪文書だった。

「残念ながら、俺にも“まだ”使えない魔法だったがな」

 俺は知った。このユルセールのどこかに、歴史の裏で暗躍しつづけた『不死の王』デスロードが存在することを。
 そして“幻聖”を始末したほど用心深い奴が、ウォルスタを。俺たち『流れ星』シューティングスターをそのままにしておくとは思えない。

 今ではもう、『流れ星』シューティングスター全員揃って何かをするということはほとんどない。皆、それぞれウォルスタで立場のある役職を持ち、ガルーダとマリアはこの場にいない。
 
 不死の肉体と、強靭な骨の身体。混沌神の魔法と“魔術語の魔法を極めた”究極のアンデッド。
 ――散ってしまった『流れ星』シューティングスターでは、『不死の王』デスロードに勝つことはできない。
 
 それが、『流れ星』シューティングスターのリーダーであった、俺の結論だった。
 
「……おそらく、次のボッグで俺がひとりで動くとなれば、消しに来るだろう」

 俺だったらそうする。しかも、向こうの手駒には『ストームブリンガー』という剣士もいる。

 ふたりがかりでこられれば、俺は間違いなく死ぬ。

 ハムやリーズン。アーティアがいたところで、結果は変わらないだろう。
 
 仮に、俺が『不死の王』デスロードであれば、絶対に『流れ星』シューティングスターに勝つことができる。
 それほどに『不死の王』デスロードは強い存在だ。

 『不死の王』デスロードの存在に気がついた、この一年。ユルセールからの使者が来るたび俺はいつ殺されるかと気が気じゃなかった。
 不自然じゃない程度に警戒しつつも、もし俺が『不死の王』デスロードの存在を知っていると気が付かれれば、その時点でおしまいだ。
 ウォルスタは毎日のように魔術師最高位の魔法。《隕石落とし/メテオラ》を落とされて、こちらは抵抗できないまま町を破壊され、俺たちはやられていく。

 そして、ユルセールは今、『ストームブリンガー』という手駒を増やした。

 これ以上、ウォルスタを放置しておくはずがない。

 今、このタイミングしかない――

「早いですね、旦那」
「うわっ! あ、ああ。ディックか」
「頼まれていたブツを持ってきましたぜ」

 というとディックは背負った袋を俺に見せた。

「でも、本当によかったんですか? 前払いで銀貨十万枚相当の財宝だなんて……」
「かまうもんか。ディック。さっそく見せてくれ」
「これです」
 
 袋から出てきたものは、黒と赤の皮で作られた一冊の本――
 表紙から感じるのは、見るものを不安にさせる冒涜的なオーラ。まともな人間の精神構造ではおよそ理解できない何者かが作った、背徳の書。無垢なる混沌の結晶。
 間違いない。

「……鑑定の魔法を使うまでもない。これだよ!! これが、俺が求めていた本――『死者の掟の書』ネクロノミコン!!」
「ずいぶん物騒な名前の魔術書だと思ったんですけども、それは北の山脈の向こうに住む、魔術師のじいさんから買ったものです。でも、そのじいさんは結局この書はどうやっても使えなかったっていってましたぜ?」
「この本を使うには特別な手順が必要なんだ」

 俺は知っていた。この『死者の掟の書』ネクロノミコンの使い方を。
 ずいぶん前に手に入れていた禁呪とともに、俺は『死者の掟の書』ネクロノミコンの存在と使用方法を知り得ていた――当時は、まさか俺がこの書を使うことになるとは思ってもみなかったが。

「それじゃあ本物ってことで、近く残金を支払いにいってきます。ようやくこれで俺にかかった《強制/ギアス》も解けるってことですね」

 ディックには大金を預けてあったが、それを持ち逃げしないよう魔法で契約をしておいた。もちろんディックも了承済みではあったが、先方の魔術師にも同様に《強制/ギアス》を使われていたに違いない。

「もちろん。でも、しばらく待っててくれ。今ここでこの本を使って確認するから」
「真贋確認で俺にかかった魔法が解けるんですもんね。待ってますよ」

 ついに、この時が来た。
 
 もちろんこんな手段に頼らず、俺が魔術の最高位を極めていれば、こんな手段を取らずに済んだかもしれない。

 『不死の王』デスロードの影に怯えながらも、この一年。いや、魔術師ギルドの長でありながら、この町を造りながらも俺は魔術師としての修行を欠かしたことはない。俺の魔術師としての究極の目的――《隕石落とし/メテオラ》を使えるようになるため、毎日限界まで魔法を使い、腕を試すためにさまざまなことをしてきた。

 それでも、俺は魔術を極めることができなかった。

 いくら魔法を使っても。いくら経験を積もうとも。俺は最高位の魔法を使うことができなかった。

 ――才能。

 もしかしたら、俺の魔術師としての才能はこれまでなのかもしれない。

 そう感じた時期に、『不死の王』デスロードの存在を知ってしまった。

 『不死の王』デスロード

 不老不死。眠りも食事も呼吸すらも必要のない、骨の身体のアンデッド。
 魔法の武器以外の攻撃では傷つかず、精神に作用を及ぼす魔法を無効化する。
 暗闇を見通す視力を持ち、その視線で生きるものの自由と精神力を奪う。
 通常の手段では、たとえ骨の身体を破壊したとしても復活し、滅ぼすためにはどこかに隠されている魂の器を破壊しなくてはならない。

 まさに、究極のアンデッドだ。

 もし、俺が魔術師の最高位を極めていれば、“幻聖”が残してくれた魔法――《離魂封じ/ソウルキャッチャー》が使えたはずだ。

 あと少し足りなかった。俺の力が、才能が。
 何かがあれば、また違った道があったかもしれない。
 でも。もう、遅い。

(ごめん、マリア)

「……生と死の境界を、この穴に落ちて初めて知るだろう。自らの墓所に少しだけ早く、居心地を確かめよう。この生命あるうちに死後を育み、息の続く限り旅立とう 《幽体離脱/アストラルボディ》」
「メ、メテオの旦那!? どうしたんですか!?」

 呪文の完成とともに、俺の身体は支えを失ったようにがくりと倒れた。 
 その俺をすかさずディックが支えてくれた。

(ありがとう――でも、その身体はもう必要ないんだ)

 倒れた小柄な俺とディックの姿を、少しだけ上空から眺めていた。

 俺が使える中でも最も高位の魔法のひとつ。禁呪、《幽体離脱/アストラルボディ》

 肉体から魂を分離し“擬似的にアンデッドになる”魔法だ。
 もちろんこれは生霊というやつで、肉体が生きているうちに魔法を解除すれば、ふたたび魂は元の身体に戻る。
 この生霊であるうちは、物理的な攻撃や障害をいっさい被ることがなく、魔法も使うことができる。ただし、精神力を使い果たしたり、太陽の光を浴びてしまうと消滅するので、滅多に使うことがなかった魔法だ。なにしろ本体も無防備になってしまうから。

 しかし、生きてあの身体に戻ることはない。

 俺は地面に置かれた『死者の掟の書』ネクロノミコンを見る。

 『死者の掟の書』ネクロノミコンの使用方法。それは、“アンデッドが自らの意志でその書に触れること”。
 そしてその効果は、“アンデッドの王へと変ずることができる”――

(この書で俺も『不死の王』“デスロード”になれば、条件は対等――いや、“幻聖”から受け継いだ離魂封じ/ソウルキャッチャーがあれば、勝つのは……俺だ!!)

 すっ。

 霊体の俺が『死者の掟の書』ネクロノミコンの表紙に触れた。

 その瞬間、俺の意識はぷっつりと途絶えた――





「旦那!! メテオの旦那!? ああよかった、このまま目を覚まさないかと思った」
「……ディック。俺は……元の身体の……まま?」

 ふいに目が覚めた。
 俺を抱きかかえていたのはディックだった。

 確かに俺は『死者の掟の書』ネクロノミコンに触れた……。生命を何かまったく違うものに変換されるような感覚のあと、意識が途絶えたまでは覚えている。偽物のはずがない。

「ずーっと目を覚まさないんで心配しましたぜ。このまま旦那に死なれたんじゃ、俺にかかった魔法はどんなるんだかと心配しましたぜ。いや、もちろんメテオの旦那の心配もしてましたよ!!」

 俺は……失敗したのか?

「それにしても驚きましたぜ。旦那が倒れてすぐにあの本が不気味に光り輝いたんですよ。すぐにおさまったんですけどね」

 『不死の王』デスロードに……魔術師の最高位に……俺は。俺は届かなかったのか……

「本物だったんですよね? あの本の光が消えてすぐにわかりましたさ。俺にかかっていた魔法が解けたのを感じました。いやあ、俺も長いこといろんなものを探してきましたが、今回のシノギがいちばん高額だったんで緊張しましたよ。でもまあよかったよかった」

 何がよかったものか。これでウォルスタを救う術が。俺が《隕石落とし/メテオラ》を使う道が絶たれたってことだ……

「さ、メテオの旦那。帰りましょうぜ。ささ」

 ディックが俺の名前を呼びつつ、起き上がらせようと手を取った。

 メテオ――。

 この名前があったから俺は子供の頃からずっと《隕石落とし/メテオラ》の魔法を使うことを夢見て――

「……どうしました“メテオ”のだん――」
「――その名を呼ぶなッ!!!!!!」

 ぶんっ。

 俺は力の限り、ディックの腕を振りほどいた。

「……へ? だ、旦那。お、俺の……俺の腕……」

 信じられない。という顔のディック。
 その身体から、右腕が失われていた。

「……えっ。これは……」

 ディックの腕は、俺が握っていた。

「か、返して……」

 ディックがよろよろと俺に近づいてもたれかかった。
 とん。と、俺の胸にディックがたどり着いたとき、今はない右腕のあった場所からビシャビシャと鮮血がほとばしった。

 鮮血は俺の身体のいたるところにも飛び散った。
 その一滴が俺の口に飛び込んできた。

 ――甘い。

 そんなばかな。
 俺は口元を押さえる。今まではなかったものが指に触れた。

「これは……牙」
「……俺の…かえし……て」

 血液が急速に失われていくため、意識も朦朧としているのだろう。ディックは頭を俺の肩に預けるようにもたれかかった。
 
 ディックの首筋が見えた。

 これ以上、血が流れるのは、もったいない――

「カハァァァァアアアぁぁぁぁ……」

 がぶり。

 ディックの首筋に生えたばかりの牙を立て、ごくごくと流れる血潮を吸い上げた。

「あ……あ……あ……吸わない、すわない――で」

 止まらない。

 こんなに美味いものは口にしたことがない。
 牙を抜く気になんてなれない。
 ぜんぶ。全部吸い尽くして――

 がくり。ディックから、すべての精気が抜けきったように、その身体は枯れ枝のように力なく芯を失った。

 俺は……俺は一体……

 手にしたままのディックの右腕を見る。
 常人ではありえないほどの怪力で、肩口から引っこ抜いたそれは、まるで現実味のない、まるで人形のパーツのような感じだ。

「……牙、吸血。……俺は、……これは」
  
 『死者の掟の書』ネクロノミコンは確かに俺をアンデッドの王にしてくれた。

 しかし。しかしこれは、混沌神官の魔法と魔術語の魔法を操る、不死の魔術師である『不死の王』デスロードの姿ではない。

 常識を超えた肉体能力の限界を持つアンデッド。夜に属する魔物。『不死の王』《デスロード》と死の領域を二分する究極のアンデッドの王――

「……『吸血鬼の王』ヴァンパイアロード

(これじゃあ《隕石落とし/メテオラ》は使えない。《離魂封じ/ソウルキャッチャー》も――)

 ――失敗した。
 『死者の掟の書』ネクロノミコン『不死の王』デスロードに変じるには、何か別の要因があったのか。それとも初めからこの書では『不死の王』デスロードになることができなかったのか――

「……ウォ。……ウォォ。ウオオオオォォォォォォォーーーーッ!!!!」

 口から絶叫がほとばしった。
 今までの俺であれば絶対に出ないであろう大きさと、声で。

 今まで出会ったことはないが、『吸血鬼の王』ヴァンパイアロードの咆哮は生けるものを金縛りにする――

「――しまった!! このままじゃウォルスタからハムが出てくる!!」

 後悔と怒りの感情は、咆哮することで驚くほどすっと消えていった。すると気にかかったのは、ウォルスタの自警団長であるハムのことだった。
 ウォルスタは強力な魔物を抱える『魔の大森林』にほど近い。毎月何かしらの魔物がウォルスタにやってくる。それらを退治するのがハムの役割だ。

 あれほどの咆哮だ。きっとウォルスタの町まで聞こえている。
 さすがにこの距離では金縛りになることはないだろうが、ただならぬ気配を感じてハムが動く――

 思った通り、ウォルスタの城壁に光がかかっていった。
 ほどなくハムを含めた腕利きの自警団がやってくる。

 今の俺。この『吸血鬼の王』ヴァンパイアロードの肉体であれば、ハムすら圧倒できるかもしれない。
 ――だが、こんな姿を仲間たちに見られたくはない。
 『不死の王』デスロードの骸骨姿に比べればはるかにマシだが、アンデッドとなった俺は、もうあいつらと顔を合わせることはできないだろう。それはもう覚悟の上だったが……

「……峻厳の山河、羽すら休めぬ空海、時を知らせる砂の重さ。我が翼はいずれも妨げとならず、目を閉じて開ければもうそこに 《転移/テレポート》」

 感覚でわかってはいたが、俺は魔術語の魔法を失ってはいなかった。それどころか、元の人間のときよりもより強力に、より回数多く魔法を使えることを《転移/テレポート》の魔法を使うことで理解した。すべての肉体能力に加えて、精神の力まで上がっているのが感じられる。…これが、『吸血鬼の王』ヴァンパイアロード

 《転移/テレポート》は俺に対して使ったものではない。ディックのかさかさの死体に使った。転移先はウォルスタからはるか東の海の上空だ。吸血痕のある、血のない乾いた死体をここに放置することは、吸血鬼の痕跡を残すこととなる。

「腕は……見つけてくれれば埋葬してくれるだろう。すまない、ディック」

 ディックの右腕はその場に置いておくことにした。せめて墓くらい作ってもらうといい。

 『死者の掟の書』ネクロノミコン『無限の革袋』インフィニティバッグに入れると、俺は空中でトンボを切る。誰に教わらずとも本能が教えてくれた。俺はコウモリに変身すると、上空高く舞い上がり、その場を後にした。

(まだだ。まだ大丈夫だ。この身体でも。いや、この『吸血鬼の王』ヴァンパイアロードの力があればウォルスタは救うことができる――)

 後悔はしていない。

 望んだ力はついに得られなかったが、代わりに得たものはある。

 ――メテオ。この名はディックの腕とともに、ウォルスタに置いていこう。

 メフィスト――。

 これからは伝説に残された魔神の名を名乗ろう。

 そう考えると気が楽になった。メテオは死に、メフィストが生まれた。

 このウォルスタを守護する悪魔として、俺は生まれ変わったんだ――





「エステルお姉ちゃん――今、何かすごい叫び声がしたの」

 魔術師ギルド一室で、メルは何かとてつもなく強大なものの咆哮を猫族の耳で感じ、ベッドから身を起こした。

「わたしにも聞こえたわ」

 エステルもまたその咆哮に気がついて目を覚ましていた。
 魔術師ギルドの最上階。メテオと同じフロアにふたりの部屋はあった。それなりに広い部屋にベッドやその他家具などを置いて、まるで姉妹のように暮らしている。

「オオカミみたいな感じだったけど、よくわからないの」
「……オオカミ。とはまた違うとは思うけど、魔の大森林から何か魔物がやってきたのかも」

 窓から外を伺うと、外壁に明かりが灯っていた。それを俺は見てエステルはひとまず安堵の溜息をつく。

「ハム様の自警団がもう動いたみたいだから安心ね」
「メル。一度ハムさんに剣を教えてもらいたいなー 今度メテオ様に紹介してもらおう!!」
「お師匠様も……起きてしまったかしら?」

 エステルは寝巻き姿にガウンを一枚羽織る。

「ちょっとご様子を見てきましょう」
「メルもいくよー!」

(――今の、咆哮。少し、よくない予感がする)

「さっきの咆哮は何だったのかしら。背筋が凍るようでいて、何かさみしげな……切ない感じがしたの」
「お姉ちゃんもそんな感じ? メルは何か泣いているみたいに思ったの」
「……お師匠様だったら、何かご存知かもしれないわ」

(――妙な、胸騒ぎがする。お師匠様……)

 エステルとメルは自室を抜け、メテオの部屋の扉をノックする。
 
 ――しかし、ノックに応える言葉はついに帰ってこなかった。

 ユルセール王国でもっとも名を馳せた冒険者。『流れ星』シューティングスターのリーダー。この国でもっとも強力な魔術師であったメテオ・ブランディッシュは、この日を境に、歴史の表舞台から完全に姿を消すこととなる。

 そして、ユルセールの闇の歴史へと続いていく――
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