【完結】聖獣人アルファは事務官オメガに溺れる

犬白グミ

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【番外編】竜人王アルファは惑わす

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 下船の準備をして世話になった船員たちとしばしの別れをすると、地上の硬い石畳に降り立つ。

 十日ぶりの陸地だ。
 揺れてない。
 それなのに、揺れているような錯覚が襲う。

 俺は立ち竦んだ。
 すると、さっと腕を掴まれる。

「大丈夫か?」

 青の王だった。
 同時に俺を支えるように腰に腕を回した。

 青の王のアルファの匂いが鼻先を掠める。
 番のいるオメガは番以外のアルファのフェロモンをまったく感じないわけではない。
 強いアルファほどフェロモンが濃いため、わかりやすいのだ。

 紛れもなく青の王は上位アルファだ。

「あっ……ありがとうございます」

 礼を返しながら、俺は背後から鋭い視線を感じる。
 振り返ると、舌打ちでもしそうな形相のオティリオと目が合った。

 ルシャードから俺をアルファに近づけるな、と面倒な忠告でもされているのかもしれない。
 ルシャードならあり得る。

 オティリオは俺と青の王を引き離そうとするかのように、饒舌に口を挟んだ。

「青の王。マイネよりもこちらに腕を差し伸べていただけますか? 船酔いが酷くて、僕のほうがふらふらしてるのですよ。帰りもまた乗船するのかと思うとぞっとします」

 オティリオはにこりと笑うが、全然目が笑ってない。

「お望み通りに」

 青の王はそう答えると、するりと移動してオティリオと肩を並べた。
 そして俺にしたようにさり気なく腰に腕を回す。
 青の王のほうが上背があるから、アルファ同士でも不自然さはほとんどなかった。

 その腕を凝視するオティリオ。
 そんな反応を面白がるように、青の王はさらに密着した。

「……そこまでしなくても結構ですが」 
「遠慮するな」
 
 気まずそうに顔を背けたオティリオに、青の王は笑いを噛み殺す。

 誰にでも距離が近く愛想のよいオティリオなのに、どうも青の王とは上手く絡み合わないみたいだ。
 そう思いながら、俺もふたりのあとに続いた。

 絶壁のような岩壁に設けられた階段を登りきると、王城に辿り着く。
 王城は俺たち使節団の突然の訪問に、にわかに騒然となった。

 しかし、さほど待たされることもなく各々の客室に案内される。
 通された客室は広く綺麗な部屋だ。

 このあと青の王との謁見が予定されているから、寝転がってる暇はない。

「流石にまずいだろうな」

 自身の姿を見下ろす。
 船旅のぼさぼさで汚れたままだ。

 案内をしてくれた侍従を呼び止めると、多めの湯を用意してもらい簡単に湯浴みをして身支度を整える。
 準備がちょうどできたところで、公式の謁見に呼ばれた。

 すでに扉前でリサとハンが待っていてオティリとも合流すると、謁見の場となる王の間にぞろぞろと向かった。

 オティリオが声を潜めて言う。
「青の王との謁見がこんなに早く実現できるのは思わなかったな」

「そうですね……けど、あの登場には驚きました」

 俺は脳裏に青いドラゴンの姿を思い浮かべつつ口にする。
 見たときの衝撃が忘れられない。

「そうね。竜人の竜型があんなに巨大だとは知らなかった。信じられないわ」

 リサは竜人の人体に興味を持ったように言い、ハンも頷く。

「竜型と違い、人型は人間とあまり変わらないですよね。尻尾もないですし」

 ハンの言葉の通り、前を歩く案内をする使用人も竜人なのか人間なのか見分けられない。
 俺たちとの違いは、肌の一部に鱗が現れているぐらいなのだろうか。

「……青い鱗だったな」

 オティリオが呟いたとき、案内係がおもむろに立ち止まった。
 振り返って「こちらが王の間でございます」と告げる。

 重そうな両扉がゆっくりと開き、鮮やかな赤い絨毯が一直線に玉座まで敷かれているのが目に飛び込んだ。
 天井で煌めく金のシャンデリアが眩い。

 先頭に立つオティリオは、背筋を伸ばして、絨毯に足を踏み入れる。
 俺とハンとリサも続く。

 無意識に菫色の布袋を握った。
 この謁見が終わるとき、治療薬となるリュウコの手がかりを掴んでいることを願って。

 正面に視線を向けると、正装を身にまとった青の王は、先ほどとは違って竜王らしい威厳があった。
 その傍に宰相や側近と思しき人物がずらりと並び、静かに俺たちが近寄るのを待っている。

 オティリオは多くの人に見守られながら王族らしく颯爽と前進し、青の王の手前でぴたりと足を止めた。
 そして深々と頭を垂れて、片膝を突こうとしたとき、青の王の軽やかな声が響く。

「そんな堅苦しい真似はいい。形式に縛られず楽にしてくれ」

 同じように膝を突こうとしていた俺は、驚いて動きを止めた。
 それから躊躇いつつ顔を上げる。

 悠然と肘掛けに肘をつき、投げ出すように長い足を組んだ青の王は、反応を楽しむように軽薄そうに口角を上げた。

 その横に控える五十すぎの男が、呆れたように小さくため息を吐いたのが目に留まる。
 青の王はその男に顔を向けた。

「クオン宰相、俺の発言に何か問題があるのか?」
「いいえ。ございません」

 クオン宰相と呼ばれた男は、内心苦々しく思っているような面持ちでさらりと答える。
 国の象徴的な存在である青の王に代わりとなって、実際の政治を行っているのは、この宰相なのだろう。

 青の王は改めて、オティリオに視線を転じた。
 仕方なくオティリオは、直立したまま玉座を見据える。

「それでは青の王のお言葉に従いこのままで。私たち使節団は、アンゼル王国のディアーク王より勅書をお届けに参りました。お受け取りください」
 
 オティリオは恭しく、銀製の丸い筒を両手で掲げて差し出した。
 そこに勅書が収められているのだ。

 青の王の背後に控えていた側近らしき男が、オティリオに近寄り筒を受け取ると、戻って青の王に静かに渡す。
 だが青の王は開けることもなく、宰相に無言で突き出した。

 俺は「えっ?」と思った。

 ……まさか、読まないなんてことがあるのか?

 俺は驚きを隠しつつ、ちらりとオティリオの様子を窺うと、非難するかのような剣呑な光を瞳に浮かべていた。

 その表情に気づいた青の王は、淡々と告げる。

「そう睨むなって。そんな表情も悪くはないが、俺はディアーク陛下をぞんざいに扱っているわけじゃないぞ。目の前のオティリオ殿下から詳細を聞きたいだけだ。ほら早く話せよ」

 いくらなんでも青の王は、格式を軽んじすぎではないのか。
 俺でもひやりとする。

 生まれながらの王子として育ったオティリオやルシャードとは、まったく違う青の王の発言に驚くばかりだ。

 クオン宰相は勅書を両手で受け取る。
 そうするしかないだろう。

 オティリオは碧眼を二秒ほど伏せて息を吐くと、挑むように口を開いた。

「それではご説明いたします。ご存知の通り、我が国では現在、獣人のみが感染する病が蔓延しております」
「ああ。そうらしいな」

 青の王の表情から一瞬で揶揄うような笑みが消える。
 広間が神妙に静まりかえった。

「まだ治療方法はなく、五か月後に死亡するのを待つしかないという不甲斐ない状況であります。ですが今回、有力な手がかりを見つけました。こちらの文献をご覧ください」

 オティリオはリサが手にしていた文献を再び青の王のもとに運んでもらう。

 受け取った青の王は、栞が挟まったページに目を落とした。
 そこには二百年前のクリスク国の王宮医師が、獣人不全病に似た病を竜人国のリュウコを用いて完治させたと記されている。

 青の王が一読するのを見計らってオティリオは告げた。

「我々は、そこに書かれているリュウコというものを探しに参りました」
「なるほど。リュウコか……」

 青の王の呟きに、オティリオは弾かれたように瞠目した。

「リュウコをご存知ですか?」
「もちろんだ。竜人国の者で知らない者はいなんじゃないのか」

 青の王は鷹揚に頷きながら答える。

 俺は期待で息を詰めた。
 これで、多くの獣人の命を救うことができる。

 オティリオも興奮したように頬を上気させて、口を開く。

「リュウコとは竜人国にしか存在しないものなのですね?」
「そうだな。竜人国にしかない」

 やはり、ここにしかないのか。
 他国には存在しないリュウコ。
 一体、何のことだ?

「我が国に持ち帰りたいのですが、それは竜人国では一般的な薬ということでしょうか?」
「薬ではない。商品として市場に出回るようなものではないのだ」

 オティリオは訝しげに目をすがめた。

「購入できないということですか?」
「そうだ。リュウコは貴重で、金を払えば手に入るような代物ではない。価値のあるものだ」

「……それでは、入手するにはどうしたらいいのですか? リュウコとは一体どのようなものなのでしょうか?」
「リュウコを得るには手間暇がかかる。しかも容易に作れるものではない。運よく成功したとしても完成までに七か月もかかる」

 俺は驚くと同時に高揚した心が萎む。
 七か月も……。

 薬ではないと青の王は言ったが、植物のようなものなのだろうか。

「それほどまでに貴重なものなのですか……我々が今から着手したとしても、七か月後では遅すぎる……今すぐ必要なのです。無理を承知でお願いしたい。今すぐ手に入れる方法はないのでしょうか?」

 オティリオの問いに、青の王は黙考するかのように口を閉ざした。

 竜人国に来て、すぐ近くに治療方法が存在しているというのに、手が出せないなんて。
 俺の脳裏に苦しんでいるエモリーの顔が浮かび、思わず感情のままに訴えた。

「どうしても持ち帰らないといけないのです! 多くの獣人が、今もなお犠牲者となって――」

 そんな俺を遮るように青の王が立ち上がる。
 それだけの動作で、その場の空気を支配した。
 そして一歩前に出た。

「そう焦るな。リュウコは貴重で容易に取り引きできるものではない。国で保管しているからだ。だから――」

 青の王がそう口にしたとたん、水を打ったように鎮まり返る。
 存在感のある紅い双眸が色濃く光った。
 一瞬、左目の瞳孔が蠢く。

 硬直して、つぎの言葉を待つ俺たちに青の王は不敵な笑みを見せた。

「俺はケチ臭いことは言わない。あるだけ譲ってやろう」

 青の王の声が広間に響いた。

「あ……」
 俺は小さく声を漏らす。

 撤回されないうちに、オティリオは急いで確認した。

「本当に譲っていただけるのですか?」
「ああ。今すぐに用意はできないが……クオン宰相、何日で準備できる?」

 青の王はオティリオに顔を向けたまま背後に問いかけると、クオン宰相は思案してから返事をした。

「四日といったところでしょうか」

 俺はそれを聞き、心の底から安堵する。
 こんなにも容易に、治療薬となるリュウコを得られるなんて、思ってもなかった。
 
「四日待て。ただ何度も言うようだか、リュウコというものは貴重なものだ。はいどうぞとはいかない」

 そう言うと、青の王は優雅に手のひらをひらりと振った。
 大きな手だ。
 剣を振るうのが似合いそうな手だった。
 

 

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