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3 聖獣
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その日の昼。
俺が病院の中庭で、カスパーと昼食のサンドイッチを食べていると、こちらにやって来る看護師のコニーの姿があった。
コニーも、また男オメガだ。
二年前から看護師として働きだし、八歳年上の俺を兄のように慕っていた。
俺とカスパーの隣のベンチに腰を下ろしたコニーは、持参した昼飯を膝の上に広げたけれど口をつけない。
誰もいない中庭で声をひそめて言った。
「なぜかは知らないけど、王族が人間のオメガを探してるらしいですよ」
「人間のオメガ? ……そうなの?」
つられた俺も声を落とす。
美少年のコニーは頷き、俺に顔を寄せた。
「王子殿下の婚約者探しにしては早過ぎるし、人間って限定してるのは不思議ですよね」
アンゼル王国の国王は即位したばかりと若く、王子はひとりいるもののまだ幼かったはずだ。十歳ぐらいだろうか。
「もし婚約者探しだとしたら、もうちょっと若かったら僕も手を挙げたんですけどね」
二十歳のコニーは愚痴る。
「コニーは可愛いからありえたかもな」
俺は笑った。
「そうでしょう。そうだ王子殿下よりも王弟殿下はどうですかね? すごい美形ぞろいだって聞いたことがあります」
俺はコニーの言葉に息を飲む。
心臓が高鳴った。
アンゼル王国のディアーク王には三人の弟がいるが、俺の脳裏を過ったのはその中のひとりだけだ。
声が震えないように口にする。
「――王弟殿下は婚約者がいただろ。無理だよ」
「そうでしたっけ? どうせ雲の上の人の話ですけどね。マイネさんは王都に住んでたこともあるんですよね? 聖獣を見たことありますか?」
「……うん。遠くからならあるよ」
王族の血を継ぐ獣人のみに現れる特別な聖獣。
背中に翼があり、鳥のように羽ばたいて飛べる獣人など他にはいない。
その姿を国民が間近に目にすることは滅多になく、稀に大空を飛行する影を目撃できるだけでも貴重だ。
「いいな。僕も見てみたい」
コニーが羨ましげに言うと、カスパーも高らかに手を挙げた。
「ぼくも、みたい。おとうさん、どこで、みた?」
カスパーの金色の瞳に好奇心が溢れる。
「どこだったかは忘れたけど、遠くのほうを飛んでるのを見たことがある」
本当は忘れてなどいない。
見上げた空に羽ばたく黄金の姿を、俺ははっきりと覚えていた。
「かっこいい?」
「そうだな。すごく神々しかった。綺麗だったよ」
「何色の聖獣でしたか?」
コニーの何気ない問いに、俺は言葉に詰まった。
「…… ――よくわからなかったよ。それより早く食べないと、休憩時間がなくなるぞ。カスパーも、もっと食べろ」
「はーい」
カスパーが返事をし、コニーもようやく食事をはじめた。
昼食を終えると、再びカスパーを領主館に預けて、俺は仕事に戻る。
しかし、俺は上の空だった。
王族が人間のオメガを探しているのは、どうしてだろうかと考えてしまう。
もしコニーの言うように婚約者探しならば、人間と限定するのは理解できない。
俺を探している可能性はないだろうか。
ふと、そう考えてすぐに否定する。
五年前、俺はベータだと偽っていた。
オメガを探しているなら俺のはずがない。
安心すると同時に落胆する。
あの人が俺を探しているのではないかと、甘酸っぱい期待をしてしまった。
小さくため息をつく。
俺は黄金の聖獣を見たことがある。
遠くからなどではない。
手の届く距離だった。
聖獣を見たいらしいカスパーが獣型に変化できるようになったとき、俺になんと言うだろうか。
ひとり部屋病室の準備をしていた俺は、しばし呆然とした。
そのとき、「マイネさん」と背後から呼ばれて、はっとして振り返る。
廊下にいたのはコニーだった。
「院長が呼んでます。すぐに院長室に来てほしいそうですよ」
それだけ伝えると、コニーは忙しそうに通り過ぎていく。
俺は病室から廊下に出て、「わかった」と答えると、そのまま院長室に向かった。
行ってみると、そこにはゲリンもいた。
俺とゲリンが同時に呼ばれたようだ。
エモリーはふたりが揃ったところで、口を開く。
「急で悪いのだけど、明日、ふたりでリサの所に行って来てほしい。行けるかい?」
ゲリンがすぐに「はい」と返事をして、遅れて俺も「はい」と答えた。
リサというのは山の麓で暮らす薬師のことで、一か月に一度、オメガ専用の薬を買いつけに行く。
薬の種類は多種多様にあるが、特に発情期に服用する抑制剤はオメガにとって最も重要なものであった。
三か月に一度の周期で訪れるオメガの発情期。
発症する五日間ほどの期間、性的欲求は著しく増加して、アルファを誘惑する甘い匂いのフェロモンを分泌する。
その症状は、アルファとの性行為か抑制剤を服用することでしか抑えることができないのだ。
「カスパーはいつも通りこちらで預かるから、心配はいらないよ。朝はいつも通りの時間に領主館のほうに来てくれ」
エモリーはゲリンと俺に交互に視線を向ける。
薬師がいる麓を訪れるのは、ふたりともはじめてではなかった。
俺は、今まで何度も獣型したゲリンの背に乗って、往復した慣れた道だ。
問題はない。
俺が病院の中庭で、カスパーと昼食のサンドイッチを食べていると、こちらにやって来る看護師のコニーの姿があった。
コニーも、また男オメガだ。
二年前から看護師として働きだし、八歳年上の俺を兄のように慕っていた。
俺とカスパーの隣のベンチに腰を下ろしたコニーは、持参した昼飯を膝の上に広げたけれど口をつけない。
誰もいない中庭で声をひそめて言った。
「なぜかは知らないけど、王族が人間のオメガを探してるらしいですよ」
「人間のオメガ? ……そうなの?」
つられた俺も声を落とす。
美少年のコニーは頷き、俺に顔を寄せた。
「王子殿下の婚約者探しにしては早過ぎるし、人間って限定してるのは不思議ですよね」
アンゼル王国の国王は即位したばかりと若く、王子はひとりいるもののまだ幼かったはずだ。十歳ぐらいだろうか。
「もし婚約者探しだとしたら、もうちょっと若かったら僕も手を挙げたんですけどね」
二十歳のコニーは愚痴る。
「コニーは可愛いからありえたかもな」
俺は笑った。
「そうでしょう。そうだ王子殿下よりも王弟殿下はどうですかね? すごい美形ぞろいだって聞いたことがあります」
俺はコニーの言葉に息を飲む。
心臓が高鳴った。
アンゼル王国のディアーク王には三人の弟がいるが、俺の脳裏を過ったのはその中のひとりだけだ。
声が震えないように口にする。
「――王弟殿下は婚約者がいただろ。無理だよ」
「そうでしたっけ? どうせ雲の上の人の話ですけどね。マイネさんは王都に住んでたこともあるんですよね? 聖獣を見たことありますか?」
「……うん。遠くからならあるよ」
王族の血を継ぐ獣人のみに現れる特別な聖獣。
背中に翼があり、鳥のように羽ばたいて飛べる獣人など他にはいない。
その姿を国民が間近に目にすることは滅多になく、稀に大空を飛行する影を目撃できるだけでも貴重だ。
「いいな。僕も見てみたい」
コニーが羨ましげに言うと、カスパーも高らかに手を挙げた。
「ぼくも、みたい。おとうさん、どこで、みた?」
カスパーの金色の瞳に好奇心が溢れる。
「どこだったかは忘れたけど、遠くのほうを飛んでるのを見たことがある」
本当は忘れてなどいない。
見上げた空に羽ばたく黄金の姿を、俺ははっきりと覚えていた。
「かっこいい?」
「そうだな。すごく神々しかった。綺麗だったよ」
「何色の聖獣でしたか?」
コニーの何気ない問いに、俺は言葉に詰まった。
「…… ――よくわからなかったよ。それより早く食べないと、休憩時間がなくなるぞ。カスパーも、もっと食べろ」
「はーい」
カスパーが返事をし、コニーもようやく食事をはじめた。
昼食を終えると、再びカスパーを領主館に預けて、俺は仕事に戻る。
しかし、俺は上の空だった。
王族が人間のオメガを探しているのは、どうしてだろうかと考えてしまう。
もしコニーの言うように婚約者探しならば、人間と限定するのは理解できない。
俺を探している可能性はないだろうか。
ふと、そう考えてすぐに否定する。
五年前、俺はベータだと偽っていた。
オメガを探しているなら俺のはずがない。
安心すると同時に落胆する。
あの人が俺を探しているのではないかと、甘酸っぱい期待をしてしまった。
小さくため息をつく。
俺は黄金の聖獣を見たことがある。
遠くからなどではない。
手の届く距離だった。
聖獣を見たいらしいカスパーが獣型に変化できるようになったとき、俺になんと言うだろうか。
ひとり部屋病室の準備をしていた俺は、しばし呆然とした。
そのとき、「マイネさん」と背後から呼ばれて、はっとして振り返る。
廊下にいたのはコニーだった。
「院長が呼んでます。すぐに院長室に来てほしいそうですよ」
それだけ伝えると、コニーは忙しそうに通り過ぎていく。
俺は病室から廊下に出て、「わかった」と答えると、そのまま院長室に向かった。
行ってみると、そこにはゲリンもいた。
俺とゲリンが同時に呼ばれたようだ。
エモリーはふたりが揃ったところで、口を開く。
「急で悪いのだけど、明日、ふたりでリサの所に行って来てほしい。行けるかい?」
ゲリンがすぐに「はい」と返事をして、遅れて俺も「はい」と答えた。
リサというのは山の麓で暮らす薬師のことで、一か月に一度、オメガ専用の薬を買いつけに行く。
薬の種類は多種多様にあるが、特に発情期に服用する抑制剤はオメガにとって最も重要なものであった。
三か月に一度の周期で訪れるオメガの発情期。
発症する五日間ほどの期間、性的欲求は著しく増加して、アルファを誘惑する甘い匂いのフェロモンを分泌する。
その症状は、アルファとの性行為か抑制剤を服用することでしか抑えることができないのだ。
「カスパーはいつも通りこちらで預かるから、心配はいらないよ。朝はいつも通りの時間に領主館のほうに来てくれ」
エモリーはゲリンと俺に交互に視線を向ける。
薬師がいる麓を訪れるのは、ふたりともはじめてではなかった。
俺は、今まで何度も獣型したゲリンの背に乗って、往復した慣れた道だ。
問題はない。
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