【完結】聖獣人アルファは事務官オメガに溺れる

犬白グミ

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2 オメガの出産

 聖獣人のディアーク王が統治するアンゼル王国は王都を中心にして、東西南北に区切られ、俺は北部に位置するアプト領で暮らしている。

 アプト領は比較的広大な土地を所有しているが、山と湖に囲まれた地形のため、人が住める場所は限られる。
 北は隣国ガッタとの国境があるが、ふたつの国に諍いはなく、自由に商売ができるほどの友好関係だ。

 そんな山間の長閑な景色のアプト領に俺が移住したのは、カスパーの妊娠中のことだった。

 男女の性別に加え、アルファとベータとオメガの三つのバース性が存在し、オメガであれば、男の俺であっても直腸の奥に子宮があり妊娠が可能であった。

 生まれながらに容姿と頭脳と体力に優れ、カリスマ性をそなえたアルファ。
 七十パーセントの割合を占め、もっとも人口の多い平凡なベータ。
 そして一番希少であり、優秀なアルファを出産する確率が高いオメガ。

 十歳になるとすべての国民に血液検査が実施されて、バース性を知ることになる。

 二十分歩き、アプト領で一番大きな屋敷の門の前を通りすぎ、隣の病院に辿り着く。

「ゲリン、おはよう」

 門の前で護衛のゲリンに声をかけた。
 三角の尖った耳と長毛に覆われた長い尻尾を持ったゲリンは狼獣人だ。

「おはよう、マイネ。カスパー、今日も元気そうだな」
 ゲリンがカスパーの頭を撫でる。

 ゲリンは、俺と同じような華奢な身体をしているが、オメガでありながら剣の達人だ。

 ここはオメガ専用病院で、俺がカスパーを出産した場所でもある。
 オメガのみが受診でき、発情期中の保護病棟と出産病棟が共にあり、アンゼル王国屈指のオメガ専用病院に違いない。

 俺は出産後、職を探していたところ、この病院で運よく雇われることになった。
 医療の知識がない俺にでもできることは多く、雑務的な業務と事務を担当していた。

 俺とカスパーは重い両扉を開けて中に入ると、十脚の椅子が並ぶ白い廊下を進む。
 まだ患者がいない閑散とした待合室を抜けた。
 そして突き当たり奥の院長室の扉を叩くと、控えめにそっと開ける。

「おはようございます」
 俺は挨拶をした。

 すると広い室内で重厚な机の後ろに座る院長エモリーが、顔を上げた。 
「おはよう」

 エモリーは病院に隣接する大きな屋敷――アプト領主館に住んでいる。
 アプト領の領主である人間のアルファと同性間婚姻をしている熊獣人の男オメガだった。

 アンゼル王国ではオメガとアルファの同性婚も、獣人と人間の婚姻も珍しくないのだ。

「今日もよろしく。保護病棟に五人入ってるから、世話を頼む。あと出産が一件あるから、ひとり部屋の準備と入院手続きをお願い」
「はい。わかりました」
「あと備品が、届いたから確認して――」 
 エモリーの言葉の途中で、机の影から小さな頭がぴょこぴょことふたつ飛び出した。
 双子だ。エモリーの子で、六歳になる獣人と人間の女の子の双子だった。

 カスパーの尻尾が勢いよく揺れる。
 俺の仕事中、カスパーは領主の邸宅に預けているから双子とは仲良しだ。

 カスパーと双子は騒がしく駆け出して、部屋を出ていくのを俺とエモリーは見送る。
 静かになった室内で、やれやれという表情のエモリーと目が合った。

 五年前。二十三歳だった俺は、大きな鞄ひとつだけを持参してアプト領に移住した。
 そして診察を受けるためにエモリーが院長を務める、このオメガ専用病院をはじめて訪れたのだった。

 俺には予感があった。
 そして、思った通りの答えが院長エモリーから返ってきたのだ。

「妊娠してます。今後は一か月ごとに診察に来てください。順調にいけば、六か月後には出産できますよ」

 エモリーの診断結果を聞きながら、俺はお腹に手を添える。

 ――ここに、あの人の子供がいる。産みたい。育てたい。

 あの人から離れて暮らすことを選んだ俺は、このときすでに挫けそうになっていた。
 でも、あの人の子供がいれば、これからも生きていける。
 嬉しかった。

 だが、ふと産まれてくる子がもし獣人だった場合を考える。
 一生、隠していられるだろうかと。
 でも、あの人に似た獣人の子が産まれたら、相当に可愛いだろう。
 そう考えたら、俺に不安などなかった。

「オメガの出産はお腹を切って取り出す手術をすることになります。出産手術の予約は、安定期が過ぎたころに入れましょね」
 エモリーの説明に俺は、こくりと力強く頷いた。

 そして、六か月後にカスパーを産んだ。

 産まれた赤ん坊を見た俺は、はじめてオメガでよかったと心の底から思えた。

 カスパーがあの人と同じ金色の目を開けたとき、抱き寄せて頬ずりをした俺の瞳から涙が流れ落ちた。
 感謝した。

 目まぐるしい子育てに追われる時間は大変ながらも、生きる気力を与え、あの人との別れの記憶は愛おしいカスパーによって癒されていった。





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