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第2話 出会いは唐突に

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「着いたぞ。さっさと降りろ」

兵士の声で目を覚まし馬車の中から外を覗く。

空には大きな満月。

月光に照らされたなだらかな丘陵。

古びたマントで身体を覆い馬車を降りると、後ろには大きな門が目の前に高くそびえていた。

真夜中ということもあり城下町は昼間の賑わいはなく閑散としている。

吹きつける風は冷たく、サラマンドに拒絶されているように思えた。

「次にこの国で見かけた時は死刑だ。死にたくなければさっさとサラマンドを出るんだな」

父上に気に入られようと媚を売っていた兵だ。長男である俺にも何度か近づいてきたことがあるからこの人の顔はよく覚えている。

今までの態度が嘘のようだな。

人間はこんなにも簡単に手のひらを返すのか。

「・・・・・・」

唾を吐き捨て馬車手綱を引き城へ戻る兵士に、怒りというより少し悲しい気持ちになった。

何より悲しいのは、結局俺には魔導書グリモワールが顕現しなかったことだ。

加えて人の気持ちを逆撫でするように刻まれた「G」の痣。

王族から奴隷へ転落。人生どん底とはこのことだ。

大魔導士、ね。何言ってんだか。

意気揚々と語っていた自分が恥ずかしくなる。

まさかこんな形で国を出る事になるなんてな・・・

ヴィクトリア、泣いてなきゃいいけど。

忘れるように首を振る。

「こうしていても何も変わらないな」

いつまでもここに居れば兵士に捕まる。

今はとにかく出来るだけ遠くに行こう。

こんなところで死ぬのはごめんだ。

両手で強く顔を叩く。

頬に刻まれた刻印がほのかに温かい。

一日にして全てを失ったけど、生まれたからには足掻いてやるさ。

生きるのを諦めたらそれこそ父上やヴィゴーの思う壺だ。

いいさ。

そっちがその気なら何があっても絶対に戻らない。

俺を追放したこと、必ず後悔させてやる。

「行くか」

煌々と照らす月明かりの下、込み上げる絶望感と不安を押し殺しながら東へ向かい歩み始めたーーー。


「はぁ・・・ はぁ・・・ 景色が全然変わらない。結構歩いたはずなのに・・・ くそっ」

頭上で輝く丸い月を見上げる。

「体が重い。水が欲しい・・・」

いつの間にか腿くらいの高さまで伸びた草むらの中にいた。

顔を上げるとその先には深い森が広がっていた。

煌々と照らしていた月もすっかり雲の影に隠れている。

急いでサラマンドを離れたいけど無理は禁物。

というより体が重くて動けない。

「・・・限界だ。少し休もう」

芝に倒れ込むように大の字に横になる。

風になびく草が刻印の刻まれた頬を優しく撫でる。

フクロウの声に合わせてざわめく草木。

「ふぅ」

気分が優れない。

この森の薄気味悪い感じ、どこかで感じた事があるような・・・

「そうだ。エレメント保護地区・・・」

サラマンドのずっと東にエレメント保護地区と呼ばれる区域がある。

エレメント達は魔法が使えない事が理由で社会的地位は無いに等しく、奴隷同然の生活を余儀なくされる。いや、奴隷の方がまだマシかもしれない。

不運にも魔導士として覚醒できなかったエレメント達は保護地区に送られる。
どうしてわざわざ一ヶ所に集められるのか。
それは、貴族や金持ちをはじめ魔導士たちが彼らを買うためだ。

魔法の使用には魔導書グリモワールを介すが、あくまで魔法を呼び起こす為のツールに過ぎない。

この世界はマナと呼ばれるエネルギーで満ち溢れていて、マナは人、物、空気に至るまであらゆるものを構成する物質で、生きていく上で欠かすことのできない資源だ。

そのマナを媒体にエネルギーを凝縮し自身に流れるマナと混ぜ合わせる事で超常現象を発生させ操る。

これが魔法の本質だ。

皮肉な事に、魔法が使えないエレメント達は生まれながらにマナの保有量がずば抜けて多く、その量と濃度ゆえに無意識にマナを漏出している。

にも関わらず、その体質とは裏腹にエレメントは非常に短命だ。

いや、だからこそと言うべきか。

これに目をつけた魔導士たちはこぞってエレメントを奴隷として家に置き、そのマナを奪い吸い取ることで己のマナの増幅と魔法の強化を図った。

そして役目を終えたエレメントは、まるでゴミを捨てるように廃棄される。そしてまた新しいエレメントを買い付ける。

つまるところ、魔導士たちにとってエレメントは使い捨ての消耗品であり、保護地区はマナ増幅装置の宝庫というわけだ。

何百年も前からこんな事が続いている。

人はみんな違うんだ。

同じ人間なんてどこにもいない。

階級により優劣をつける国のやり方は嫌いだ。

昔からそんな制度に疑問だった。

そういう意味では国を出られて良かったのかもしれない。

まさか人権のないエレメントだとは思いもしなかったけど。

いや、G級だからエレメント以下か・・・

とにかく、この先にはそんなエレメントたちを収容する施設がある。

「よりによってこんな所に来てしまうとは・・・」

ふと両手を見つめる。

エレメントは非常に短命。ということは、まさか俺自身の寿命も長くはない・・・?

急に恐ろしくなり頬のアザに触れる。

刻印はほのかに温かい。

何だか慰めてくれているようにも感じる。

ダメだな。まだ現実を受け入れられていないみたいだ。

「いつまでもこんな所にいたらそれこそ保護地区にぶち込まれかねないな」

引き返そうとした時、森の奥から微かに人の気配を感じ取った。

「人のマナ?」

少し遠いが確かに感じる。

招かれるように森の中へ入っていく。

周囲を警戒しながらゆっくりと進む。

奇妙なほどの静けさの中、虫の鳴き声だけが響く。

草木をかき分けしばらく進むと少し開けたところに出た。

「気のせいだったか? いや、そんなはずは・・・」

突然、後ろからもの凄い勢いで何かがぶつかってきた。

「きゃっ?!」

可愛らしい声が森の中に木霊する。

「いてて・・・」

・・・ん? 何かいい香り・・・

ゆっくりと視線を落とした時、一瞬にしてその姿に引き込まれた。

魔法使いと言われたら真っ先に思いつく、いかにも典型的なとんがり帽子を被った少女が涙目で地べたに座り込んでいた。

痛そうに頭を摩り顔をしかめている。

なんだ女の子か。

びっくりさせないでくれ・・・

「・・・・・・」

お、女の子?!

「いたた・・・ 一体何なの~?」

可憐な姿に一瞬ドキッとする。

薄暗い中でもハッキリと分かる、燃ゆる炎のように煌めく赤髪に思わず目を奪われた。

少女は立ち尽くす俺の顔を覗き込むと、その大きな瞳を見開いた。

「あ、あなた?!」

少女は俺の手を強く握ってきた。

へ・・・?

「こっちよ!! 早く!!」

いきなり駆け落ち展開?!

ちょっと待ってくれ! 心の準備がっ!!

少女の握る手からその本気さが窺える。

「ま、待ってくれ! 俺たちは出会ったばかりだ! 気持ちは嬉しいけど順序というものがだなっ!」
「何わけの分からないこと言ってるの! このままだと殺されちゃうよ!」

すぐに少女の言っている意味を理解した。

刺すような殺気に前方を注視する。

しかも一つではない。

すると、ガサガサと枝木を掻き分け狼の姿をした魔物が現れた。

「グルルル・・・」

更に背後からも魔物が集まってきた。

荒い息遣いでヨダレを垂らしている。

「ハウンドドッグね。こいつら群れで行動するから厄介かも・・・」

数多の魔物の瞳が暗がりで怪しく光っている。

どうやら周囲は完全に囲まれているようだ。

このままじゃまずい。

この子にうつつを抜かしてこいつらのマナに気づかなかったとは我ながらアホすぎる。

過ぎたことを気にしても仕方がない。

咄嗟に落ちていた棒切れを蹴り上げ手にしっかりと握る。

「俺が時間を稼ぐ。君は逃げるんだ」

一度深呼吸し、激しく脈打つ心臓を落ち着かせる。

大丈夫。使えないのは魔法だけだ。

これでも剣術は得意。たとえ魔法が使えなくても一人を逃す時間くらいは稼げるはずだ。

「心配無用よ。下がって」

少女は救い上げるように手のひらを空に向け差し出した。

その瞬間、眩しい光と同時に弾けるように金色に輝く美しい魔導書グリモワールが顕現した。

「そ、それは・・・」

ヴィゴーの威圧するような魔導書の輝きとは全然違う。

なんていうか、ろうそくの灯火のような、温かさを具現化したような。

そんな優しい輝きだ。

しばらくその輝きに見惚れてしまう。

少女が魔物に向け手をかざすと、僅かに風が吹き魔導書グリモワールのページが捲られた。

そしてページに刻まれた文字が金色に光り出す。

『煉獄に座し炎神サラマンダーよ その業火を以て 彼の者達に安らぎを与えたまえ』

『インフェルノ!!』

魔物達の足元から激しい炎柱が立ち昇り、魔物を瞬時に灰に変えた。

魔物の断末魔がわずかに残る。

あれだけの数をほんの一瞬で。すごい破壊力だ。

でも・・・

森の奥から更に魔物がやってくる。

「くっ! しつこいわね!」

少女が更に魔法を発動しようと手をかざすと、魔導書グリモワールは突然光の中に消えてしまった。

少女はその場に座り込んだ。

激しく息が乱れている。

「お、おい。大丈夫か?」
「うぅ。本調子ならこんなヤツら・・・」

少女の目は虚だ。

顔色も悪い。

「ふらふらじゃないか。無茶するなって」
「だ、大丈夫。このくらいなんとも・・・」
「そんな青ざめた顔で言われても説得力ないぞ」
「・・・エレメントは傷つけさせない。絶対に」

少女は歯を食いしばり両手をかざす。

「あなただけでも助けてみせる」

気持ちは嬉しいがこのままこの子に任せるのは少し不安だ。

二人とも死んでしまう。

どうにかできないかと作戦を考えていると、頬の刻印が熱を帯びていくのを感じた。

同時に、脳裏に燃え盛る黒い炎のイメージが激流のようにフラッシュバックする。

「何だ? 今の・・・」

体の内側から声がするような。

呼びかけられているような感覚。

マナが体中を駆け巡り満たされていくのを感じる。

根拠はない。

今なら魔法が使えるかもしれない。

魔物の遠吠えに引き寄せられ、その数が更に増していく。

考えている暇はないな。

「ふぅ・・・」

少女の前に立ち深く深呼吸した。

「何やってるの! 危ないわ!」

目を閉じ、祈るように両手に意識を集中させる。

「救世の英雄、大賢者ガブリエルよ!! 俺に力を貸してくれ!!」

叩きつけるように地面に手をつける。

しかし何も起こらなかった。

「グオオオオオ!!」
「きゃあーっ!!」

魔物は少女の悲鳴をかき消すように咆哮を上げ、口を大きく開き鋭い牙を剥き出して飛びかかる。

その瞬間、黒い炎が魔物たちの体を包み込み一気に大爆発を引き起こした。

猛烈な爆風と共に燃え盛る肉塊となった魔物の体は宙を舞い、黒い渦に飲み込まれ炎は辺り一帯を焼き尽くした。

焦げた大地の匂いが鼻をつく。

「ま、魔物が・・・」

あれだけ集まっていた魔物の姿は跡形もなく消え去っていた。
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