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第14話 アークナイト

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俺たちは不自然に抉れた地面を見つめ立ち尽くしていた。

「何もないね」
「ですぅ~」
「そんな・・・ 一体どういうことですの?」

唖然としたまま互いに顔を見合わせる。

「『大聖典』はここに安置されていたんだよな? 無くなるなんてことあるのか?」
「わたくしも話を聞いていただけで実物を見た事はありませんが、『聖域』は自然に作り出された特別なマナによって保護されるエリア。無くなるはずがないのですが・・・」

おかしい。

普通の『聖域』ならまだしも、『大聖域セラフィックフォース』は国によって厳重に管理されている。

『大聖典』が勝手になくなるとは思えない。

そもそも、そんな厳重に管理されている特殊なマナが充満するエリアにどうして俺たちは入ることができたんだ?

おかしいといえばもう一つ。

幸い苦戦を強いられるような強敵にこそ出会わなかったが、俺たちがここへ辿り着くまでに何度か魔物と戦闘になっている。

『聖域』周辺は特別なマナの影響で魔物は近づけないはずだ。

「これは由々しき事態かもしれません。早急に国王へ報告に参りましょう」
「そうだな。こうしていても何も始まらない」

俺たちは急いでシルフィードへ戻った。


「大変なことになりましたわノーランド王!!」

ローズが勢いよく扉を開け俺たちも続く。

「戻ったかローズ」

ノーランド王は真剣な表情で長い黒髪の女性と話をしていた。

あれ?

どこかで見たことあるような後ろ姿。

「久しぶりだなローズ。元気そうで何よりだ」
「ウェンディ様!?  まさかまたお会いできるなんて! お元気でしたか?」
「問題ない。体調は常に万全だよ」

思い出した。

ウェンディ・ワーグナー。

サラマンドを仕切る四大レギオンの一角『円卓の騎士ラウンド・テーブル』のリーダー。

容姿端麗で文武両道。

おまけに歴代初の女性リーダーというカリスマぶりは城でもよく話題に上がっていた。

父上のレギオン視察に同行した時や式典などで何度か会っている。

今思えば俺はおまけでヴィゴーへの顔合わせと将来の国王のお披露目が目的だったんだろうけど。

恐らく、彼女の方は子供の頃から何かと目立っていたヴィゴーの影に隠れていた俺のことなんて覚えていないだろう。

子供ながらに綺麗な人だと思ったもんだ。

「そこの黒いローブの男」
「は、はい!」

見透かされたような視線に反射的に背筋を伸ばす。

ウェンディは深くフードを被る俺の顔を覗き込んでくる。

ゴクリ。

稽古でユリウスを目の前にした時のような緊張感。

こ、怖い。

「やはり! ヴィンセント王子ではありませんか!」

険しい顔をしていた彼女の表情が一気に明るくなった。

あ、あれ?

なんか思っていた反応と違う?

「ご無事だったのですね! 本当に良かった」
「は、はい。何とか」
「王子が追放されたと聞いて以来ずっとその身を案じておりました。魔導書グリモワールの顕現が見られなかったと伺っていましたので」
「俺のこと、覚えているんですか?」
「当たり前です! 王子は身分の垣根を越え、我々家臣をはじめ、召使やエレメントたちにも気を遣ってくださる優しいお方でした。そんなあなたをお守りしたいと密かに、そして強く願っていたのです。それがまさか追放されてしまうなんて思いもよらず・・・ 急いで探しに出たのです」

ウェンディは掬い上げるように俺の手を取る。

「あの・・・。ウェンディさん?」
「私のことはウェンディで構いませんよ。敬語も不要です。あなたは私にとってただ一人お仕えしたい君主なのですから」
「わ、分かった。よろしく頼むよウェンディ。ローズとは知り合いだったのか?」
「はい。数年前に任務中にて偶然出会ったことがきっかけです」

ローズは誇らしげに俺たちの前に立った。

「コホン! 聞いて驚きなさいな! このお方こそ、わたくしの唯一尊敬するSランク魔導士であり、『聖化』された数少ない魔導士の一人なのですよ!」
「な、何ですってぇ?! Sランク?!」
「ひえぇっ!? 『聖化』した魔導士になんて会ったことありませんよぅ~!」

フランとハンナの驚き方が半端じゃない。

「ローズは確か私と同じ攻撃特化型バトルメイジだったな」

ローズは首が取れそうなくらい首を横に振る。

「何を仰います! ウェンディ様はわたくしなんかとは比べものになりませんわ! あなた様はアークナイト! 天と地との差がありますわ!」

ローズは呼吸を整えながら身だしなみを正す。

「以前、魔法には四つの型があるとお伝えしたこと覚えていますか?」
「あ、ああ」
「アークナイトとはバトルメイジの聖化後の名です。例えば、メイジならアルカナメイジ、エンチャンターならガーディアン、サモナーならソウルバインダーといった具合に、型ごとに聖化後の呼び名が変わるのです」
「『聖化』は、マナの質や魔導書グリモワールの輝き、魔法の精度に至るまで、魔法に関するあらゆる能力がその辺の一般魔導士とは桁違いなのです。生きながらにして生まれ変わった、ワンランク上の魔導士とも言えるかもしれません。例え階級が同じだったとしても『聖化』した魔導士の方が遥かに格上でしょう」

だろうな。

聖化なんてものは狙ってできる芸当じゃない。

一度聖化すればその魔力は何十倍、何百倍と跳ね上がると言われている。

一度決定した階級を上げることは基本的にはほぼ不可能。

そんな聖化は階級をも昇格させるほどのポテンシャルを開放する。

だが、普通は上がっても一つだ。

驚異的なのはその上がり幅。

ウェンディは元々Cランクの初級スペルキャスターだったということ。

三階級も駆け抜け『聖化』した魔導士など前代未聞。

ウェンディのケースは明らかに異質だ。

天賦の才の持ち主と言って差し支えないだろう。

「そんな大袈裟なものでもないさ。偶然だよ」
「何を仰います! 『聖化』が起こるだけでも奇跡ですのに、階級を三段階も上げるなんてまさに神の所業!」
「何だか照れてしまうな」

それだけの実力がありながら控えめな対応。

さすがレギオンリーダー。

「見た感じそんな風には見えないのになぁ。不思議~」
「人をジロジロ見るのはやめなさい」
「うげっ?!」

フランの首根っこ掴んで引き戻す。

「そうですわ! ノーランド王! 『大聖典』が!!」

ローズは思い出したように声を上げた。

「ははは! 珍しく興奮しているな。心配せずとも話はウェンディからすでに聞いている」
「一体誰が何の目的で・・・」
「うむ。犯人とその目的は調査せねばならんのだが、今はもう一つの課題が優先だ」

ノーランド王はウェンディに意味深な視線を送る。

「このままでは世界平和に関わります。話しておくべきかと」
「だな。お前たちにも聞いてもらいたい。特にヴィンセント王子にはな」

俺に? 一体どういう意味だ?

二人の陰を帯びた表情に俺たちは息を呑み王の言葉を待った。
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