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番外⑥〜決意〜

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※視点が変わりますのでご注意ください


先刻、『大聖典』跡地から魔物が出現しオンディーヌへ迫っているとの報告を受けた。

シルフィードからの報告とは異なり、魔物はまだ数える程度のようですが油断はできない。

ここから一気に増えるかも知れないし、数は少なくとも苦戦を強いられるような強力な魔物かも知れない。

重要なのは、今まさに魔物がすでに城を目指しこちらへ向かい歩を進めているということ。

オンディーヌは『大聖域セラフィックフォース』から近い。

迅速な判断が求められる。

「どうかオンディーヌとサラマンドの関係が修復され、世界が再び平和になりますよう・・・」

逼迫する状況の中、願った祈りは差し迫る魔物の群れに対してではなかった。

サラマンド・・・

決断しなければならない状況のなか突如現れた魔物の群れ。

どちらもすぐに対応しなければならない非常に切羽詰まった問題。

まるで王としての采配を試されているよう。

それでも、サラマンドとの問題は迫り来る魔物という片手間で終わるような瞬間的なものではなく、今後の両国の関係がやがて世界の平和に直結する。

そう確信できるくらい、私にとってサラマンドとの関係修復は重大な問題。

気負いすぎていると分かっていても、結ぶ両手に力が入ってしまう。

見上げる先には、オンディーヌ初代女王アリエル・アダムスの彫刻。

その慈悲深い微笑みは、国王として不甲斐ない自分に対しての戒めのように感じる。

私の代でこの因果を断ち切らなければならない。

両国再び手を取り合い共に歩んで行くために。

それが八十一代目女王の私の責務。

心からの和解と平和を望み、女王として物心ついた頃からそうなるように行動してきたつもりだった。

でも目の前の現実は違う。

「どこで道を間違えたのでしょうか。或いは初めから間違っていたのでしょうか・・・?」

いっその事、アリエル様から天罰を下していただきたい。

私には、そんな風に無意味な問いかけ、無意味な自責を続ける事くらいしかできない。

ああ・・・

 だからヴァルカン王と分かり合えないのですね。

オンディーヌとサラマンドの関係が悪化したのは五百年前のある事件が引き金となった事が原因。

当時の女王アマリアとサラマンド国王ヴェスティンは、二人とも国民からの支持が厚くかなり人気があったそうだ。

そんなカリスマ性を持った二人の影響で明確な国境など無いに等しく、双方の街を行き交う両国民を見ることも珍しくなかった。

それくらい互いの関係は過去に例を見ないくらい良好で繁栄を極めていた。

やがて二人の王は互いに惹かれ合い婚約する間柄となった。

その知らせは瞬く間に両国の国民たちに広まり、サラマンドとオンディーヌは一層活気溢れる国となった。

しかし、その平和な日々も長くは続かなかった。

女王アマリアが国王ヴェスティンの手により殺害されてしまった。

この悲報は、オンディーヌ国民を深い悲しみに突き落とすだけでなく、手にかけたヴェスティンをはじめとするヴェルブレイズ家の人間、ひいてはサラマンド国民への憎悪を駆り立てた。

街の至る所で争いが起こるようになり、両国はそれぞれ領地へ踏み込ませないために互いに追い出した。

やがて大規模な戦乱と化し、その場所は戦後大地に大きな傷跡を残した。

決着がつかず、最終的に現在の国境付近の戦いにより、戦争が継続できないほど両国に深刻な犠牲を伴うことで次第に沈静化していった。

その大地に残された大きな傷が両国の間に境界線を引いた。

これが五百年前サラマンドとオンディーヌの関係が悪化し、国境ができた理由だとされている。

・・・オンディーヌ女王は先代により当時の事を伝承として語り継がれているけれど、この伝承には一つだけ不可解な部分がある。

それは、国王ヴェスティンは戦乱が起こる数日前にこの世を去っているということ。

今となっては真偽を確かめる術はないけれど、私にはどうしてもサラマンドだけが悪いようには思えない。

サラマンドを擁護するつもりはない。

けれど、オンディーヌが被害者であると一方的に片付けてしまって本当に良いのだろうか?

本当に起こるべくして起きた戦争だったのでしょうか?

胸にこびり付く違和感が拭えない。

先代たちもずっと、こんな想いを抱いていたのでしょうか・・・

とはいえ、今の私には女王として先に果たさねばならない任務があります。

祈っているだけでは何も変わりません。

急ぎ魔物の駆逐に向かわねば。

「はぁ、はぁ・・・! アリス女王、ここにおられましたか」
「落ち着いて。魔物の報告なら受けていますよ」
「サラマンドがっ・・・!! 国境を越えサラマンドの軍が攻め入って来ましたっ!!」
「何ですって・・・?」

なんてこと。

よりによってこのタイミングで・・・

悪いことはかくして重なるもの。

驚いている暇はありませんね。いずれこうなる可能性は考えていた。

「状況を聞かせてください」
「現在、攻め入ったサラマンド軍を押し返すため予め待機していたオンディーヌ軍で防戦しています。ですが、そのせいで魔物の群れに派遣していた兵を国境へ移動せざるを得なく『大聖典』方面が手薄になっております」
「アイリスはどちらに?」
「先ほどアイリス様率いるギルド『激流の逆巻(ワールプール)』の魔導士が援軍に来られ、共に国境の防衛にあたっています」

迷う余地はありません。

「分かりました。あなたは持ち場に戻ってください。決して無理はなさらぬよう」
「じょ、女王はどうなさるおつもりですか?」
「先ずは『大聖典』へ援軍に向かい魔物を何とかしましょう。その後私も北上します」
「じょ、女王自ら死地に赴くのですか?! 危険です!」
「心配には及びません。さあ、事態は一刻を争います」

兵は申し訳なさそうに何度も繰り返し頭を下げ、足早に去っていった。

本当に、この国の民は優しいですね。

我が国ながらとても誇らしい。

いつかこの眼で、サラマンドとオンディーヌの民が笑い合うのを見てみたい。

伝承に聞く五百年前のように・・・

「そのために私も少しは女王らしいことをしないといけませんね」
「尤も、我が家に侵入した害虫を駆除するくらいしかできることはありませんが」

微笑むアリエルの彫刻を見上げる。

気のせいか、つい先程まで自分を問い詰めているように見えたその微笑みは和らぎ、背中を押してくれているように見える。

「ここが正念場ですよアリス・アダムス」

そう呟き彫刻に背を向け別れを告げた。
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