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序章◆物置小屋のタビト
星渡しの儀-2
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からんからん、と聖堂の鐘が、青空を背景に高らかに歌う。丘の上聖堂は、村長の屋敷のすぐ隣にあった。
九つ目の鐘の余韻が空に溶けた後、教壇に立った大柄な司祭が厳かに口を開く。
「イーストキア村の皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。これよりアビニア聖教聖検隊による、星渡しの儀を執り行います。本日はこのような晴れの日に……」
呪文でも唱えているような司祭の有難い挨拶が朗々と続く。さすがに聖堂の中まで来るとジンナは家族のもとに向かったので、タビトはほっと息を吐いてひとり入口く近の壁に凭れていた。とは言えさほど広くもない聖堂内には村人達が老若男女問わず押し寄せ、とても落ち着いていられない。息を潜めて存在感を消そうとしてもここまで距離が近ければ、どうしても村人達の目線がちらちらと投げかけられるのを肌で感じる。
――あんなやつ来なくていいのに。何あの格好。あの服もどこかで盗って来たんじゃないの?
今にもそんな声が聞こえてきそうで、タビトは耳を塞ぎたくなった。
人生で初めて着るタキシードが、似合っていないことなんて自分が一番よく分かっている。それにサイズも少し小さいようで、胸元が息苦しくてたまらない。
タビトは蝶ネクタイを外してジャケットのポケットに突っ込み、シャツのボタンを上から二つ外した。ジンナには悪いが、これでやっと少し楽になった。
「――の加護がありますように。それでは、これより名簿の順に名前を呼んでいきます。呼ばれた方は前に出てください」
ようやく司祭の挨拶が終わった。彼の言葉を待っていたように、肉付きのよいぽっちゃりとした司祭が袖から現れる。彼は教壇の横にあった木の譜面台のようなものに、紙を何枚かセットした。
いよいよその時が始まるのだ、という緊張感が瞬時に大衆の中を駆け、聖堂内は水を打ったように静まり返る。
二人の司祭はその静寂を確かめるように頷きあうと、ぽっちゃりの方が口を開いた。
「イーストキア村村長フォレス・ハドソンの子、チャック・ハドソン、十五歳。これに」
「はいっ!」
即座に前方から高い声が上がる。事前に打ち合わせがあったのだろう、村長家の長男チャックが軍服を模した立派な正装姿で胸を張り、群衆の中から一歩踏み出した。どことなく動作がカクカクしているのは緊張のせいばかりではないだろう。タビトは直接見たことがないが、村長家の長男の片足が義足だという噂は村中に知れ渡っていた。片足を失くした理由は幼少期に患った病のせいだとか、子熊と相撲を取って遊んでいたからだとか色々囁かれてはいたが、本当のところは村長家の者しか分からない。彼は不自由な足を軋ませながら、それでも堂々とした足取りで司祭の前まで辿り着くと、腰から深く一礼した。
大柄な司祭も軽く一礼をして応える。それから教壇に置いてある平たい木箱に手を伸ばし、指の先端で何かをつまみ上げる仕草をした。
最初タビトは司祭がつまみ上げる「ふり」をしたのかと思った。そう思ってしまうくらい「それ」が小さく、タビトの位置からでは見えなかったからだが、司祭の指の隙間から黄色っぽい光が漏れたことで「ふり」ではないと気付く。
チャックが恭しく差し出した両手に、司祭が静かに「それ」を置く。それはまるで星屑のように、自ら発光する小さな石だった。聖堂のあちこちでほう、と溜息が漏れる。
チャックは皆の視線の中、緊張した面持ちで石を見つめていたが、やがて意を決したように唾を飲むと、両手で口を覆った。
まさか、とタビトが目を見開いた瞬間、ごくん、と嚥下する音が聖堂内に響く。
うそだろ。あれ、呑んだのか? 光る石なんて珍しいのに。もったいない。
思わずタビトは呆れたが、村人達はまだ何かを待っているかのように息を潜めている。そしてその瞬間は、チャックが石を呑んで二秒後に訪れた。
チャックの足元から、さあっと円形の陣が広がった。石と同じように黄色く発光した陣には複雑な模様が描かれていたが、よく見ればそれは仰々しく装飾されたアビニア文字だった。人々は目を皿のように開け、食い入るように文字を見つめる。タビトも首を伸ばして文字を読み取ろうとしたが、それより先に大柄な司祭が高らかに言った。
「『大聖者』! チャック・ハドソンに、大聖者の才が芽生えました!」
おおっ――と、今日いちばんのざわめきが起こる。
「すごいじゃないか大聖者なんて! 司祭様より上のお立場なんだろう?」
「チャックも立派になったもんだ。村長さんもこれで一安心だね」
「ええ。あのお体だから、あたしらも色々不安だったけど」
「でも大丈夫かしらね。聖教会におつとめするなら、王都で何年も修行しなきゃいけないって聞いたことがあるけど……」
興奮した村人達がしきりに話し続けるのを、「静粛に」とぽっちゃりの司祭が片手を挙げて注意する。
「次。イーストキア村村長フォレス・ハドソンの子、ジンナ・ハドソン、十三歳。これに」
再び聖堂内が静まり返る。この頃になるとタビトにも星渡しの儀がどういうものなのか、村人達が何を待っているのか、ようやく理解できるようになってきた。
兄よりも更にガチガチなったジンナが、緊張で頬を赤らめながら前に出る。司祭に一礼してから石を受け取り、恐る恐るといった様子で石を呑み込む……。
一連の動作の後、ジンナの細い足の下から光の環が広がった。司祭は一瞬驚いたように目を丸め、慌てたように口を開く。
「『勇者』! ジンナ・ハドソンに、勇者の才が芽生えました!」
わあっと、今度は割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こる。
「すごいわ、ジンナが勇者ですって! これでこの村も安泰ね!」
「ああ、チャックが王都に修行に行ってもジンナがいりゃ大丈夫さ。なんたって将来の勇者様だからな!」
「村長さんの息子さんは二人とも優秀で羨ましいわあ、うちの子なんて……」
当のジンナと言えば、村の大人達にもみくちゃにされ、涙目になって笑っている。村長の息子という立場ゆえに、タビトには想像もできない重圧が色々とあったのだろう。大変なのはこれからなのだろうけど、ひとまず良い結果が出てよかったな、と泣き笑いするジンナの顔を見ながら思った。
ある意味「目玉」だった村長の二人の息子の星渡しが済んだあとは、儀式は淡々と行われた。
――自警団員ゴルド・ラウルの子、アルバス・ラウル、十歳、聖騎士。
――パン屋のジョゼフの子、ピーター、十四歳、無光。
――村医者リザ・タリアナの子、ロゼ・タリアナ、十六歳、医術師。
――農夫エルマーの子、フィズ、十五歳、無光。
――パン屋のジョゼフの子、ネル、十五歳、司祭。
――挽屋のジョズの子、ジョギ、九歳、聖騎士……。
九つ目の鐘の余韻が空に溶けた後、教壇に立った大柄な司祭が厳かに口を開く。
「イーストキア村の皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。これよりアビニア聖教聖検隊による、星渡しの儀を執り行います。本日はこのような晴れの日に……」
呪文でも唱えているような司祭の有難い挨拶が朗々と続く。さすがに聖堂の中まで来るとジンナは家族のもとに向かったので、タビトはほっと息を吐いてひとり入口く近の壁に凭れていた。とは言えさほど広くもない聖堂内には村人達が老若男女問わず押し寄せ、とても落ち着いていられない。息を潜めて存在感を消そうとしてもここまで距離が近ければ、どうしても村人達の目線がちらちらと投げかけられるのを肌で感じる。
――あんなやつ来なくていいのに。何あの格好。あの服もどこかで盗って来たんじゃないの?
今にもそんな声が聞こえてきそうで、タビトは耳を塞ぎたくなった。
人生で初めて着るタキシードが、似合っていないことなんて自分が一番よく分かっている。それにサイズも少し小さいようで、胸元が息苦しくてたまらない。
タビトは蝶ネクタイを外してジャケットのポケットに突っ込み、シャツのボタンを上から二つ外した。ジンナには悪いが、これでやっと少し楽になった。
「――の加護がありますように。それでは、これより名簿の順に名前を呼んでいきます。呼ばれた方は前に出てください」
ようやく司祭の挨拶が終わった。彼の言葉を待っていたように、肉付きのよいぽっちゃりとした司祭が袖から現れる。彼は教壇の横にあった木の譜面台のようなものに、紙を何枚かセットした。
いよいよその時が始まるのだ、という緊張感が瞬時に大衆の中を駆け、聖堂内は水を打ったように静まり返る。
二人の司祭はその静寂を確かめるように頷きあうと、ぽっちゃりの方が口を開いた。
「イーストキア村村長フォレス・ハドソンの子、チャック・ハドソン、十五歳。これに」
「はいっ!」
即座に前方から高い声が上がる。事前に打ち合わせがあったのだろう、村長家の長男チャックが軍服を模した立派な正装姿で胸を張り、群衆の中から一歩踏み出した。どことなく動作がカクカクしているのは緊張のせいばかりではないだろう。タビトは直接見たことがないが、村長家の長男の片足が義足だという噂は村中に知れ渡っていた。片足を失くした理由は幼少期に患った病のせいだとか、子熊と相撲を取って遊んでいたからだとか色々囁かれてはいたが、本当のところは村長家の者しか分からない。彼は不自由な足を軋ませながら、それでも堂々とした足取りで司祭の前まで辿り着くと、腰から深く一礼した。
大柄な司祭も軽く一礼をして応える。それから教壇に置いてある平たい木箱に手を伸ばし、指の先端で何かをつまみ上げる仕草をした。
最初タビトは司祭がつまみ上げる「ふり」をしたのかと思った。そう思ってしまうくらい「それ」が小さく、タビトの位置からでは見えなかったからだが、司祭の指の隙間から黄色っぽい光が漏れたことで「ふり」ではないと気付く。
チャックが恭しく差し出した両手に、司祭が静かに「それ」を置く。それはまるで星屑のように、自ら発光する小さな石だった。聖堂のあちこちでほう、と溜息が漏れる。
チャックは皆の視線の中、緊張した面持ちで石を見つめていたが、やがて意を決したように唾を飲むと、両手で口を覆った。
まさか、とタビトが目を見開いた瞬間、ごくん、と嚥下する音が聖堂内に響く。
うそだろ。あれ、呑んだのか? 光る石なんて珍しいのに。もったいない。
思わずタビトは呆れたが、村人達はまだ何かを待っているかのように息を潜めている。そしてその瞬間は、チャックが石を呑んで二秒後に訪れた。
チャックの足元から、さあっと円形の陣が広がった。石と同じように黄色く発光した陣には複雑な模様が描かれていたが、よく見ればそれは仰々しく装飾されたアビニア文字だった。人々は目を皿のように開け、食い入るように文字を見つめる。タビトも首を伸ばして文字を読み取ろうとしたが、それより先に大柄な司祭が高らかに言った。
「『大聖者』! チャック・ハドソンに、大聖者の才が芽生えました!」
おおっ――と、今日いちばんのざわめきが起こる。
「すごいじゃないか大聖者なんて! 司祭様より上のお立場なんだろう?」
「チャックも立派になったもんだ。村長さんもこれで一安心だね」
「ええ。あのお体だから、あたしらも色々不安だったけど」
「でも大丈夫かしらね。聖教会におつとめするなら、王都で何年も修行しなきゃいけないって聞いたことがあるけど……」
興奮した村人達がしきりに話し続けるのを、「静粛に」とぽっちゃりの司祭が片手を挙げて注意する。
「次。イーストキア村村長フォレス・ハドソンの子、ジンナ・ハドソン、十三歳。これに」
再び聖堂内が静まり返る。この頃になるとタビトにも星渡しの儀がどういうものなのか、村人達が何を待っているのか、ようやく理解できるようになってきた。
兄よりも更にガチガチなったジンナが、緊張で頬を赤らめながら前に出る。司祭に一礼してから石を受け取り、恐る恐るといった様子で石を呑み込む……。
一連の動作の後、ジンナの細い足の下から光の環が広がった。司祭は一瞬驚いたように目を丸め、慌てたように口を開く。
「『勇者』! ジンナ・ハドソンに、勇者の才が芽生えました!」
わあっと、今度は割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こる。
「すごいわ、ジンナが勇者ですって! これでこの村も安泰ね!」
「ああ、チャックが王都に修行に行ってもジンナがいりゃ大丈夫さ。なんたって将来の勇者様だからな!」
「村長さんの息子さんは二人とも優秀で羨ましいわあ、うちの子なんて……」
当のジンナと言えば、村の大人達にもみくちゃにされ、涙目になって笑っている。村長の息子という立場ゆえに、タビトには想像もできない重圧が色々とあったのだろう。大変なのはこれからなのだろうけど、ひとまず良い結果が出てよかったな、と泣き笑いするジンナの顔を見ながら思った。
ある意味「目玉」だった村長の二人の息子の星渡しが済んだあとは、儀式は淡々と行われた。
――自警団員ゴルド・ラウルの子、アルバス・ラウル、十歳、聖騎士。
――パン屋のジョゼフの子、ピーター、十四歳、無光。
――村医者リザ・タリアナの子、ロゼ・タリアナ、十六歳、医術師。
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