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序章◆物置小屋のタビト
星渡しの儀-3
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次はどんな能力が出るのかと、タビトを含め皆わくわくしながら結果を見守ってていたが、「大聖者」と「勇者」に並ぶような才はいつになっても現れなかった。子どもたちの大半が「聖騎士」か「司祭」か「無光」――石を呑んでも光の陣が出ない者――で、残りは親の仕事がそのまま才能として芽生えた者。他の村人達からすると何の驚きもなく、口では「おめでとう」と寿ぎはするが、内心つまらないと思っているのは明らかだった。
タビトも繰り返される同じやり取りに飽きはじめていた。視線を教壇から外し、何をするでもなく周囲を見渡していると、聖堂入口のすぐ横に細い階段があることに気が付く。退屈していた上、村人達と同じ空間にいることが気詰まりだったこともあり、こっそりと階段を上ってみる。なんだか秘密の通路を使っているようで冒険心がくすぐられたが、何てことはない、階段の先は聖堂の二階通路に続いていた。
広間をぐるりと囲うようにして張り出された細い通路で、内側には壁の代わりに胸の高さほどの柵があり、下の様子を上から見物できる造りになっている。タビトの他にも数名の村人達が点々と柵に凭れて儀式を観覧しているから、「秘密」という程のものでもないらしい。
ほんの少しがっかりしながら、タビトも柵に寄り掛かって頬杖を付く。
しばらく儀式を横目にぼうっと階下を眺めていると、広間のあちこちに点々とフードを被った司祭が配置されていることに気付いた。そこで初めて、昨夜の占い師のことを思い出す。
あの人も今日、この建物のどこかにいるんだろうか。
結局昨日は顔を見ることができず、髪が金色だったことと、額に飾りのようなものを付けていたことくらいしか分からなかった。それから手がすべすべしていて柔らかく、花のようないい匂いがしたこと。あんないい匂いがするからには、きっと綺麗な人なんだろうと思う。
――綺麗ですね。ソマリ人らしい、長くて綺麗な指です。
占い師からかけられた言葉が脳裏に浮かぶ。
あなたの方が綺麗です――と、顔も見ていないのに言いたくなった。
いや、顔なんてどうでもいいじゃないか。あの人の心が綺麗なことは間違いない。だってあの人はこう言ってくれた。
――それじゃ今度機会があれば、あなたの奇術を見せてください。楽しみにしてます。
あれは「シャコージレイ」というやつだった。タビトがお礼できるものなんて何も持っていないと分かっていて、それでもタビトが負い目に感じないように、ああいう言い方をしてくれたのだ。「今度」なんて一生来ない。儀式が終われば聖検隊は、すぐに王都に帰るのだから。
――今すぐ家に帰って荷物をまとめなさい。森でも山でもどこでもいいからとにかく隠れて、誕生日まで絶対この村に戻らないこと。さあ、行った!
「……あ」
今更ながら……本当に今更ながらタビトは占い師が別れ際に言った言葉を思い出し、自分がよくない状況にいることに気が付いた。
星渡しの儀が終わってから村を出ればいいと思っていたが、ここに占い師が来ていたら、言いつけを破ったことがばれてしまう。この先二度と道が交わらない人だとしても、あの人には嫌われたくない。
どうしよう。こっそり抜け出そうかな。この感じだと儀式を受けてもどうせ「無光」、よくて「聖騎士」あたりで、「狩人」も「料理人」も出る気がしない。でも入り口には聖検隊の司祭がいるし……。
「次。物置小屋のタビト、十七歳。これに」
今やおしゃべりの場と化していた広間が司祭の声により潮を引くように静まり返り、タビトは内心で悪態を吐く。
よりによってこのタイミングで! それにしても「物置小屋の」って酷いな。たしかにオレには苗字も親もないけど、もう少し何かなかったのか。ボロではあるけど物置ってほど狭くないし。
太っちょの司祭が、聖堂内に見回しながら繰り返す。
「タビト。物置小屋のタビトは前に出なさい。来ていないのですか?」
ともかく、二階通路に移動していたのは幸いだった。タビトは腰を屈め、こっそりと階段の方へ移動する。入口を守っている司祭達は「タビト」の顔を知らないのだから、具合が悪くなったとでも言って帰らせてもらえば……
「あっ! タビト、あそこにいる!」
よく通る声が聖堂内に響き、人々の視線が一気に二階通路に向けられた。声の主はジンナだ。彼は最初タビトを指さしていたが、タビトと目が合うと興奮気味に「おいでおいで」をするようにぶんぶんと手を振った。
「えーっと……」
「物置小屋のタビト。早く来なさい。君で最後です」
聖堂中の視線を集めた状態で司祭にそう言われてしまえば、もう逃げも隠れもできない。
「……はい。……」
タビトは力なく頷くと、占い師が来ていないことを祈りながら、柵に足をかける。
「ちょっと、君……!」
わずかにどよめきが起こり、何人かが小さな悲鳴を上げた。
次の瞬間にはタビトは二階通路から身を乗り出し、広間の一階に降り立っていた。裾が乱れたジャケットを手で払い、襟元を手早く整える。その時首元のボタンを外していることを思い出したが、もう直している余裕はない。タビトが大股で歩き始めると、あちこちでほうと息が漏れた。
「ああ、魂消た」「落ちたのかと」「なんだ、驚かせやがって」「ねえママ、あの人二階から飛んだよ!」「ええ、あなたは真似しちゃいけませんよ」
……などと周囲の人がため息交じりに話すのが耳に入り、タビトは人知れず冷や汗をかく。待たせてはいけないと思って近道したのに、かえって悪目立ちしてしまったらしい。こういうことをするから、「これだからソマリ人は」と言われてしまうんだろうなあ……。
反省しながら司祭の前に出る。大柄な司祭はタビトを値踏みするように上から眺めると、軽く一礼をした。
「あ」
そうだ、オレが先に一礼するんだっけ。
儀式の最初に村長の子ども達がやっていたことを思い出し、タビトも慌てて腰を折る。儀式を受けた子どもは皆タビトより年下なのに、締めの自分がこうでは格好がつかない。今度は背後からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
恥ずかしい。もう結果なんてどうでもいいから早く帰りたい。
投げやりな気持ちで顔を上げ、両手を差し出すと、司祭が勿体つけるようにゆっくりと小さな輝く石を手に取る。そして他の子ども達にしたのと同じように、タビトの手のひらに乗せる。
その瞬間、タビトの中で変化が起こった。今まで心の中にあった惨めな感情が薄れ、ほっと胸が温かくなったような気がした。
――ああ。綺麗だな。これを呑みこめばいいんだっけ。どんな味がするんだろう。
今まではこんな珍しいものを呑み込むなんてもったいないとしか感じなかったのに、実物を間近にすると純粋にそう思った。
両手を胸の方に引き寄せる。顔を寄せ、光る石に口を付けようとした時、唐突に射るような鋭い視線を感じた。はっとしてそちらを見ると、大柄な司祭と太っちょの司祭の影になるようにして、ローブを着た細身の男がじっとタビトを見つめていた。
肩まで伸びたゆるい金の巻き毛、輝くような白い肌。灰色がかった薄い蒼の瞳は、淡く澄んだ冬の空を思わせる。小さな鼻と控えめな唇。それから秀でた額の真ん中で、小指の爪の先ほどの大きさの、乳白色の菱形の石がちらちらと煌いている。
――ああ、ここにいたのか。やっぱり、この人の方がずっと綺麗だ。
彼が昨夜の占い師だと、一目で分かった。
外見は想像していたよりずっと若い。話していた時は世慣れた大人の余裕が感じられたのに、実際に顔を見るとタビトと同世代か少し年上くらいの見た目をしている。
タビトは石を口に滑り落とす間際、ほとんど反射的に、右手を動かしていた。滑らかに動くようになった指のお礼に、彼に奇術を見てほしいと思った。とは言えタビトには、初歩の初歩しかできないのだけれど。
「……」
数秒の沈黙の後、大柄な司祭は眉をひそめ、厳かに言った。
「無光」
タビトも繰り返される同じやり取りに飽きはじめていた。視線を教壇から外し、何をするでもなく周囲を見渡していると、聖堂入口のすぐ横に細い階段があることに気が付く。退屈していた上、村人達と同じ空間にいることが気詰まりだったこともあり、こっそりと階段を上ってみる。なんだか秘密の通路を使っているようで冒険心がくすぐられたが、何てことはない、階段の先は聖堂の二階通路に続いていた。
広間をぐるりと囲うようにして張り出された細い通路で、内側には壁の代わりに胸の高さほどの柵があり、下の様子を上から見物できる造りになっている。タビトの他にも数名の村人達が点々と柵に凭れて儀式を観覧しているから、「秘密」という程のものでもないらしい。
ほんの少しがっかりしながら、タビトも柵に寄り掛かって頬杖を付く。
しばらく儀式を横目にぼうっと階下を眺めていると、広間のあちこちに点々とフードを被った司祭が配置されていることに気付いた。そこで初めて、昨夜の占い師のことを思い出す。
あの人も今日、この建物のどこかにいるんだろうか。
結局昨日は顔を見ることができず、髪が金色だったことと、額に飾りのようなものを付けていたことくらいしか分からなかった。それから手がすべすべしていて柔らかく、花のようないい匂いがしたこと。あんないい匂いがするからには、きっと綺麗な人なんだろうと思う。
――綺麗ですね。ソマリ人らしい、長くて綺麗な指です。
占い師からかけられた言葉が脳裏に浮かぶ。
あなたの方が綺麗です――と、顔も見ていないのに言いたくなった。
いや、顔なんてどうでもいいじゃないか。あの人の心が綺麗なことは間違いない。だってあの人はこう言ってくれた。
――それじゃ今度機会があれば、あなたの奇術を見せてください。楽しみにしてます。
あれは「シャコージレイ」というやつだった。タビトがお礼できるものなんて何も持っていないと分かっていて、それでもタビトが負い目に感じないように、ああいう言い方をしてくれたのだ。「今度」なんて一生来ない。儀式が終われば聖検隊は、すぐに王都に帰るのだから。
――今すぐ家に帰って荷物をまとめなさい。森でも山でもどこでもいいからとにかく隠れて、誕生日まで絶対この村に戻らないこと。さあ、行った!
「……あ」
今更ながら……本当に今更ながらタビトは占い師が別れ際に言った言葉を思い出し、自分がよくない状況にいることに気が付いた。
星渡しの儀が終わってから村を出ればいいと思っていたが、ここに占い師が来ていたら、言いつけを破ったことがばれてしまう。この先二度と道が交わらない人だとしても、あの人には嫌われたくない。
どうしよう。こっそり抜け出そうかな。この感じだと儀式を受けてもどうせ「無光」、よくて「聖騎士」あたりで、「狩人」も「料理人」も出る気がしない。でも入り口には聖検隊の司祭がいるし……。
「次。物置小屋のタビト、十七歳。これに」
今やおしゃべりの場と化していた広間が司祭の声により潮を引くように静まり返り、タビトは内心で悪態を吐く。
よりによってこのタイミングで! それにしても「物置小屋の」って酷いな。たしかにオレには苗字も親もないけど、もう少し何かなかったのか。ボロではあるけど物置ってほど狭くないし。
太っちょの司祭が、聖堂内に見回しながら繰り返す。
「タビト。物置小屋のタビトは前に出なさい。来ていないのですか?」
ともかく、二階通路に移動していたのは幸いだった。タビトは腰を屈め、こっそりと階段の方へ移動する。入口を守っている司祭達は「タビト」の顔を知らないのだから、具合が悪くなったとでも言って帰らせてもらえば……
「あっ! タビト、あそこにいる!」
よく通る声が聖堂内に響き、人々の視線が一気に二階通路に向けられた。声の主はジンナだ。彼は最初タビトを指さしていたが、タビトと目が合うと興奮気味に「おいでおいで」をするようにぶんぶんと手を振った。
「えーっと……」
「物置小屋のタビト。早く来なさい。君で最後です」
聖堂中の視線を集めた状態で司祭にそう言われてしまえば、もう逃げも隠れもできない。
「……はい。……」
タビトは力なく頷くと、占い師が来ていないことを祈りながら、柵に足をかける。
「ちょっと、君……!」
わずかにどよめきが起こり、何人かが小さな悲鳴を上げた。
次の瞬間にはタビトは二階通路から身を乗り出し、広間の一階に降り立っていた。裾が乱れたジャケットを手で払い、襟元を手早く整える。その時首元のボタンを外していることを思い出したが、もう直している余裕はない。タビトが大股で歩き始めると、あちこちでほうと息が漏れた。
「ああ、魂消た」「落ちたのかと」「なんだ、驚かせやがって」「ねえママ、あの人二階から飛んだよ!」「ええ、あなたは真似しちゃいけませんよ」
……などと周囲の人がため息交じりに話すのが耳に入り、タビトは人知れず冷や汗をかく。待たせてはいけないと思って近道したのに、かえって悪目立ちしてしまったらしい。こういうことをするから、「これだからソマリ人は」と言われてしまうんだろうなあ……。
反省しながら司祭の前に出る。大柄な司祭はタビトを値踏みするように上から眺めると、軽く一礼をした。
「あ」
そうだ、オレが先に一礼するんだっけ。
儀式の最初に村長の子ども達がやっていたことを思い出し、タビトも慌てて腰を折る。儀式を受けた子どもは皆タビトより年下なのに、締めの自分がこうでは格好がつかない。今度は背後からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
恥ずかしい。もう結果なんてどうでもいいから早く帰りたい。
投げやりな気持ちで顔を上げ、両手を差し出すと、司祭が勿体つけるようにゆっくりと小さな輝く石を手に取る。そして他の子ども達にしたのと同じように、タビトの手のひらに乗せる。
その瞬間、タビトの中で変化が起こった。今まで心の中にあった惨めな感情が薄れ、ほっと胸が温かくなったような気がした。
――ああ。綺麗だな。これを呑みこめばいいんだっけ。どんな味がするんだろう。
今まではこんな珍しいものを呑み込むなんてもったいないとしか感じなかったのに、実物を間近にすると純粋にそう思った。
両手を胸の方に引き寄せる。顔を寄せ、光る石に口を付けようとした時、唐突に射るような鋭い視線を感じた。はっとしてそちらを見ると、大柄な司祭と太っちょの司祭の影になるようにして、ローブを着た細身の男がじっとタビトを見つめていた。
肩まで伸びたゆるい金の巻き毛、輝くような白い肌。灰色がかった薄い蒼の瞳は、淡く澄んだ冬の空を思わせる。小さな鼻と控えめな唇。それから秀でた額の真ん中で、小指の爪の先ほどの大きさの、乳白色の菱形の石がちらちらと煌いている。
――ああ、ここにいたのか。やっぱり、この人の方がずっと綺麗だ。
彼が昨夜の占い師だと、一目で分かった。
外見は想像していたよりずっと若い。話していた時は世慣れた大人の余裕が感じられたのに、実際に顔を見るとタビトと同世代か少し年上くらいの見た目をしている。
タビトは石を口に滑り落とす間際、ほとんど反射的に、右手を動かしていた。滑らかに動くようになった指のお礼に、彼に奇術を見てほしいと思った。とは言えタビトには、初歩の初歩しかできないのだけれど。
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