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1章◆王都スタルクリア
ヴェルニラ経典-3
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◆
しもべは、使役者と同じ居住区で寝起きしなければならない。
しもべは、使役者の命令に従わなければならない。
しもべが意図して命令に背いた場合、首輪が収縮し喉元を圧迫する。しもべが反省の意を示せば、首輪はただちに元の大きさに戻る。
使役者は、しもべに命令を下す際、明瞭かつ簡潔に、平易な言葉で伝えなければならない。
使役者は、しもべが命令の内容を完全に理解できなかった場合、理解できるまで説明しなければならない。
使役者は、しもべの能力では現実的に達成不可能な命令を下した場合、しもべが命令に背いても叱責してはならない。
使役者は、しもべが……
使役者は、しもべの……
使役者は、しもべを……
「はぁー……命令一つ出すのにも細かいんですね。気疲れしそう」
「そうなんだよねえ」
リウルが淹れ直したコーヒーを飲みながら、改めてイリスがヴェルニラ経典にまとめられた『真の公平の首輪』による契約内容を説明した。タビトも再度ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを淹れてもらったが、座っているのは床である。正座で。
「しもべは徹底して契約に守られているのに、しもべが主を傷つけることは制限できないようになっているから、『逆主従の首輪』なんて言われたりもするね。こんなだから魔法使いにこの首輪を渡すことは最大限の侮辱とされている。『奴隷に殺されて死ね』という意味ととれるから」
「へぇ……ああそっか。だからあの時……」
昨晩マルセスが去り際に言っていた言葉を思い出す。タビトに秘密を守らせるためにイリスに契約を強いたその口で、何故「お前が自力で契約解除するなら」などと言ったのか。要は「イリスを殺せば見逃してやる」という意味だったのだ。
タビトの考えを見透かしたようにイリスが少し笑う。
「あの時のマルセスは面白くなかったろうね。私に嫌がらせするつもりが思いのほか君が私に懐いちゃうもんだから。焦って途中から『やっぱり自分が奴隷にする』なんて言い出して、おかしかったな」
「はは、……」
タビトも笑ってみせるが、斜め上から注がれる針のような鋭い視線に気付き、冷や汗をかく。
「先生。俺こいつにちょっと用があるんですけど。契約の説明は終わりでいいですか」
「ん? ああそうだな……うん、あと一つだけ。タビト、私は君の主だけど、私は君に命令をする気も奴隷扱いする気もない。家のことで何か『お願い』くらいはするかもしれないけど、それは君の裁量で断ってくれても構わない。なるべく『何々しなさい』、みたいな言い方はしないように心がけるけど、命令ととれるようなことを私が口にしたら遠慮なく聞いて。これくらいかな」
――嫌だ先生、優しいのはいいけど一つと言わずもっと何か話して! オレとリウル先輩を二人にしないで!
タビトは目で懇願するが、イリスは気付いているのかいないのか、微笑を崩さずニコニコと二人を見守っている。
「それじゃ先生、こいつの部屋なんですけど。二階はだいたい空いてますよね」
「ああうん、好きに使ってくれて構わないよ。……空いているというか、埋まってるけど……」
「……だそうだ。おいガキ、立て」
リウルに首根っこを掴まれ、その場に直立する。リウルはタビトに顔を寄せると、威嚇するように言う。
「先生がお優しいぶん俺がお前に命令してやるよ。これからお前の部屋の大掃除だ。この家を見て分かる通りイリス先生はお片付けが不得意でいらっしゃるからな、覚悟してキリキリ働け」
タビトは「はい」、と声も出せずに頷くと、リウルに引き摺られるようにして廊下に出た。
しもべは、使役者と同じ居住区で寝起きしなければならない。
しもべは、使役者の命令に従わなければならない。
しもべが意図して命令に背いた場合、首輪が収縮し喉元を圧迫する。しもべが反省の意を示せば、首輪はただちに元の大きさに戻る。
使役者は、しもべに命令を下す際、明瞭かつ簡潔に、平易な言葉で伝えなければならない。
使役者は、しもべが命令の内容を完全に理解できなかった場合、理解できるまで説明しなければならない。
使役者は、しもべの能力では現実的に達成不可能な命令を下した場合、しもべが命令に背いても叱責してはならない。
使役者は、しもべが……
使役者は、しもべの……
使役者は、しもべを……
「はぁー……命令一つ出すのにも細かいんですね。気疲れしそう」
「そうなんだよねえ」
リウルが淹れ直したコーヒーを飲みながら、改めてイリスがヴェルニラ経典にまとめられた『真の公平の首輪』による契約内容を説明した。タビトも再度ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを淹れてもらったが、座っているのは床である。正座で。
「しもべは徹底して契約に守られているのに、しもべが主を傷つけることは制限できないようになっているから、『逆主従の首輪』なんて言われたりもするね。こんなだから魔法使いにこの首輪を渡すことは最大限の侮辱とされている。『奴隷に殺されて死ね』という意味ととれるから」
「へぇ……ああそっか。だからあの時……」
昨晩マルセスが去り際に言っていた言葉を思い出す。タビトに秘密を守らせるためにイリスに契約を強いたその口で、何故「お前が自力で契約解除するなら」などと言ったのか。要は「イリスを殺せば見逃してやる」という意味だったのだ。
タビトの考えを見透かしたようにイリスが少し笑う。
「あの時のマルセスは面白くなかったろうね。私に嫌がらせするつもりが思いのほか君が私に懐いちゃうもんだから。焦って途中から『やっぱり自分が奴隷にする』なんて言い出して、おかしかったな」
「はは、……」
タビトも笑ってみせるが、斜め上から注がれる針のような鋭い視線に気付き、冷や汗をかく。
「先生。俺こいつにちょっと用があるんですけど。契約の説明は終わりでいいですか」
「ん? ああそうだな……うん、あと一つだけ。タビト、私は君の主だけど、私は君に命令をする気も奴隷扱いする気もない。家のことで何か『お願い』くらいはするかもしれないけど、それは君の裁量で断ってくれても構わない。なるべく『何々しなさい』、みたいな言い方はしないように心がけるけど、命令ととれるようなことを私が口にしたら遠慮なく聞いて。これくらいかな」
――嫌だ先生、優しいのはいいけど一つと言わずもっと何か話して! オレとリウル先輩を二人にしないで!
タビトは目で懇願するが、イリスは気付いているのかいないのか、微笑を崩さずニコニコと二人を見守っている。
「それじゃ先生、こいつの部屋なんですけど。二階はだいたい空いてますよね」
「ああうん、好きに使ってくれて構わないよ。……空いているというか、埋まってるけど……」
「……だそうだ。おいガキ、立て」
リウルに首根っこを掴まれ、その場に直立する。リウルはタビトに顔を寄せると、威嚇するように言う。
「先生がお優しいぶん俺がお前に命令してやるよ。これからお前の部屋の大掃除だ。この家を見て分かる通りイリス先生はお片付けが不得意でいらっしゃるからな、覚悟してキリキリ働け」
タビトは「はい」、と声も出せずに頷くと、リウルに引き摺られるようにして廊下に出た。
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