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7章◆雷光轟く七夜祭
萎びた木の実
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タビトはイルシスが延々乳首を弄り回される章を読み終えると、どきどきしながら自分の胸に手をあてた。
――乳首でイくって。そんなことできんの? 男が?
何度も洗濯してゆるくなった部屋着の襟首を引っ張り、こっそり自分の胸元を覗き込む。筋肉でなだらかに盛り上がった胸板に申し訳程度にくっついているそれは萎びた木の実のようで、一瞬で興が冷めた。
――見るんじゃなかった。改めて見るモンじゃないわこれ。
自分のしょぼくれた乳首は頭の隅に追いやり、イリスの胸を想像して頭の中を上書きしようと試みる。実際過去に何度かイリスの裸の胸は見たことがある。しかし当時はまだ遠慮の方が強く、あまり見ないように心がけていた気がする。どうにも記憶が曖昧だ。
「あー、惜しいことしたなぁ……ちゃんと見とけばよかった……」
タビトはぼやきながらベッドを降りると、木箱に『イルシス』を戻して元の位置に押し込む。立ち上がった時ふと窓を見ると、西日が燃えるように輝きながら沈んでいくところだった。
今日は七夜祭七日目、最終日。
タビトはマリラの一件から快復した後も、依然自室で休むよう指示されていた。しかし休養も四日目となればさすがに飽きてくる。世間は祭りの真っただ中で、タビト以外の人々は皆遊びに仕事に忙しく過ごしていると思えば尚更だ。
一応タビトにも毎日の家事と勉強、『牙』の鍛錬などやることはあるものの、外に出られないとなるとどうにも体がむずむずしてくる。床の上で腹筋や腕立てなどもしてみたが、健康な十八歳の青年にとってこの部屋は狭すぎた。
「……花火、今日だっけ。先生と観たかったな」
窓枠に凭れてぼんやりと空を眺める。ついさっき聖教会の夜の鐘が鳴ったから、今は午後六時を少し過ぎた頃だろうか。花火が上がるとしたらもっと暗くなってからだろうが、イリスは今日も遅くなると言っていた。一緒に観られるかは微妙なところだ。
この四日間、イリスはとにかく忙しそうだった。イリスがタビトに休養を指示したのも、タビトの身を案じてというより今タビトに問題を起こされたら困るから――という理由が大きいように思える。というのもイリスの話によると、アリアナ家の当主とは既に和解し小鹿の馬車亭も無事に営業を再開しているからだ。『地の声』についてはもはや済んだことになっているし、今タビトが引きこもらなければならない理由はそれくらいしか考えられなかった。
――結局オレは、本当の意味では先生の役に立ててないのかなぁ。
習慣になっていた寝る前のマッサージも最近は断られている。顔を合わせるのは朝食の席と夜イリスが帰宅してきた時くらいで、タビトは純粋に人恋しさを感じていた。
「あーあ、誰でもいいから会って話したいなあ。この際リウル先輩でもいいから……」
窓に向かってそう呟いた時だった。まるで天にタビトの願いが聞き届いたかのように、階下でドンドンと荒々しいノック音が響く。ほとんど同時にドアが開く音と、誰かが忙しなく家に上がり込む気配がした。
「おいタビト! いるかー!」
「……えっ」
タビトは耳を疑った。それは今まさに呟いた当人、リウルの声だったからだ。訳も分からずぽかんとしているうちに、リウルがどたどたと階段をのぼる音がする。ものの数秒で二階に辿り着いたリウルは、駆け込むようにしてタビトの部屋に押し入った。
「おう、いたな! ……っておい、なんだそのカッコは」
そう言うリウルはいつも店で着ているコックコート姿で、しかも汗だくになっていた。ぜえはあと肩で息をしているところをみるに全力で走ってきたらしい。リウルは顎から滴り落ちる汗を手の甲で拭いながらタビトを指さす。
「休みだからってだらけてんじゃねえ、もっとちゃんとした服はねえのか!? 正装ってほど気張らなくていいがもっとこう、しゃんとした……襟付きの服とかよぉ!」
「襟付き? ……ああ、それだったら前に先生に買ってもらったのがそこに……」
タビトが目で洋服箪笥を差し示すと、リウルが先んじて引き戸を開ける。
「ん? なんだよお前案外衣装持ちだな、生意気な……ああこれでいいや。下はこれな」
リウルはハンガーに掛かったままの灰色のシャツと黒のスラックスをタビトの方に投げて寄越す。続けてベルト、靴下などタビトの方を見向きもせずに投げるので、タビトはつんのめるようにして拾いに行った。
「ちょ、ちょっとリウル先輩。何なんですか突然」
ここにきてようやくタビトは不満を口にしたが、リウルは箪笥の扉をばたりと閉じるといかめしい顔でタビトを睨みつける。
「また店にマリラ嬢が来てお前に会いたいって言ってきたんだよ。しかも今回は父親同伴」
「え。……父親って……」
「そう、アリアナ家の現当主、普通の貴族よりもっとエライ、大貴族ってやつだ。今親方が相手して繋いでるけどそろそろ胃痛でぶっ倒れてる頃かもしれねえ。だから今すぐ着替えて来るんだよ!」
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