銀の旅人

日々野

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12章◆しばらく日常回(仮)

イチゴ味


「それでね。ふふ、最近アンコのひとり散歩が長いってリウが心配して。こっそり後を尾けていったんだって。……ふふっ、想像すると面白いよね。犬をこそこそ尾行する飼い主」
「……」
「でも途中で気付かれちゃったんだって。当たり前だよねぇ、アンコだって腐っても犬なんだから。いや犬は腐らないけど……でもアンコは後ろから見ると角パンそっくりだからなぁ。角パンなら腐るか。アハハ!」
「……」
「あー、なんか角パン食べたくなってきちゃった。今一枚焼いてもいいかな。ねえタビト、どー思うぅ? 食べ過ぎかなぁ?」
「……先生。あの……」

 タビトは今になってイリスの目の前に転がっているボトルのラベルに気が付いた。

 ――いつだったか、リズロナから受け取ったフルーツワインのイチゴ味! 棚の一番奥に仕舞い込んでたはずなのにいつの間に! 今日の買い出しで色々整理してる間に出てきちゃったのか!? というか先生、本当に酒弱すぎ!
 頬を紅潮させたイリスが、とろんとした目で首を傾げる。

「ん? どしたのタビト」
「……先生。今日はもう寝ましょう」
「えっ。何で、どーして?」
「いいから寝ましょう、片付けはオレがやっとくんで。ほら行きますよ」
「えぇー?」

 不満そうなイリスの脇に腕を入れて強引に立たせる。するとイリスは楽しそうに身を捩った。

「あはは! もう、くすぐったいよぉ。ねぇタビト、急にどうしたの?」

 イリスがため息交じりに吐いた甘い息が、タビトの頬をくすぐる。
 タビトは血が熱くなるのを感じながら、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 ――だめだめ、変な気になっちゃ駄目。酔っ払いに手を出したっていいことなんかないんだから。どうせ明日になったら全部忘れちゃってるんだから。

 骨が抜けたようにふにゃふにゃになったイリスの体を支えながらキッチンを出て、暗い廊下を歩く。タビトが寝室に向かっていることに気付いたイリスが、「あっ」と思いついたように声をあげた。

「分かった。さては君、えっちなことしようとしてるんでしょぉぉ」
「……」
「もー、それならそう言えばいいのに。この、ほし・がり・さんっ」

 ちょん、と人差し指でタビトの頬をつつく。

「あ、柔らかい。君でもほっぺたはやーらかいんだね。ふにふにだぁ。ふにふに」

 ふにふに。と効果音付きで頬をつつかれるたびに、タビトの頭の中で理性の糸がブチブチと切れていく。

 ――ああもう、腹立つくらい可愛い。めっちゃヤりたい。どうしよう、ここまでされたんならちょっとだけ挿れてもいいかな? いやでも一回挿れたら『ちょっと』じゃ済まないよな絶対。途中で止められる自信ないし……。

 やはり手を出すのは駄目だ――とタビトは心の中で決心を固めると、寝室のドアを開ける。
 入り口の魔導ランプのスイッチを入れるかどうかは少し迷った。暗い方がスムーズに寝かしつけができるが、以前同じように泥酔したイリスを寝室に運んだ時は、ランプを点けなかったせいで妙に色っぽい空気になってしまったからだ。タビトは少し悩んだ末、壁のスイッチに手を伸ばす。部屋は昼のように明るくなった。

「ほら先生、着きましたよ。寝てください」

 ひとまずベッドにイリスを座らせる。そのまま肩を支えながら寝かせようとしたのだが、イリスはいやいやをするように首を振った。

「んー、待って……。した、脱がないときもちわるい……」
「あ。そうだった」

 イリスは寝る時『下は脱ぐ派』だ。以前も似たようなやり取りをしたことを思い出し、タビトはベッドの脇にしゃがみ込んでイリスのベルトを外してやる。酔っ払いに任せるより、タビトがやった方が早いからだ。

「はい、じゃあ掴まって。オレが脱がすんで、せーので腰上げてください」
「ん」

 イリスは当たり前のようにタビトの首に両手を回して抱き着くと、肩にちょこんと顎をのせる。子どものように素直な仕草にタビトの理性がぐらりと揺さぶられたが、何事もなかったかのようにしっかりと両手でベルトを掴んだ。

「行きますよ。せーの、」

 イリスが腰を持ち上げた隙に、素早くズボンを斜め下に引っ張って尻を抜く。

「はい、それじゃ先生、離れてください。足抜くんで」

 密着した態勢でするよりは、イリスに足を伸ばしてもらった方がやりやすい。とんとん、と軽く腕を叩いて離すよう促すが、イリスは逆にしがみ付いてきた。

「んー、やだ。まだぎゅうする……」
「か、かわいい……いやそうじゃなくて。せんせ? このままじゃ下脱げないですよ。ほら、いい子だから。離してくださーい」
「ん……」

 タビトが辛抱強く背中を撫でてやると、イリスは渋々といった様子で腕の力を緩める。タビトは少しほっとしたが、しかしイリスは完全に離れることはしなかった。タビトの両の頬に手をあて、鼻先が触れる程の距離でじっとタビトの目を覗き込む。

「……あの。先生?」

 ――こんな近くで見つめられたら、キスしたくなるんですけど。いや、でも、キスならいいか? ちょっとくらい……。

 タビトがそろそろと目を合わせると、イリスが小さく笑った。

「ねぇタビト。たまには私にも、ご褒美ちょうだい?」
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