Project LUNO

二宮透

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一章 砂漠

3 ジェムドロップ

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ルーノ=ヴェスパタインとミズキ=ラインハルトが冒険者になってそろそろ二年が経過しようとしている。


少し向こう見ずな所があるが、抜群の剣技で戦闘能力に長けたルーノ。


そのルーノを持ち前の冷静さでサポートしつつ、難しい魔法も使いこなすミズキ。


まだまだ新米には違いないが、依頼主やギルドマスター、同業者からの評判は決して悪くない。


二人は今、とある情報を耳にしてこの砂漠の奥にあるプロトス遺跡を目指していた。


「ねぇねぇ、みーちゃんはどうして平気そうなの? あついよね?」


ルーノは素朴な疑問をミズキに投げかける。


同じ場所を、同じように歩いてきたのだ。


暑くないわけがない。


現在拠点にしている砂漠の街ウンディーネからこの先のプロトス遺跡まで歩いて行くことを、今回の小探索で二人は自らに課した。


道中をしっかりと把握することも今の自分達には必要なことだと判断したからだ。


ギルドマスターからもしっかりと準備をして行くなら大丈夫だろうと、先輩冒険者の引率なしで探索許可証を発行してもらうことができた。


そして入念に装備をチェックした。出発前だって、ルーノは自作したリストを使って持ち物点検までしたのだ。


ルーノにとっては、圧倒的に体が資本の自分が倒れてしまうほどの状況でなぜミズキが平然としていられるのかがわからなかった。


しかし問われたミズキは、表情一つかえなかった。


「そりゃあ、暑くないわけじゃないけど。ほら......」


もぞもぞと、ミズキがストールの中から何かを取り出した。


手のひらにのせられた"それ"は、ジェムドロップと呼ばれるものだ。


ひんやりとした冷気がかすかにルーノの頬をなでた。


「あーっ! いつのまにそんなものを?!」


思わずルーノは大声をあげてしまった。


ミズキが終始涼しげな表情をしていた、それはこのジェムドロップのおかげだったわけだ。


「ずるい!   みーちゃんずるいよ!」


首に力をいれ起き上がろうとするが体が言うことを聞いてくれない。


まるで駄々をこねるように、声を張り上げるだけで今のルーノには精一杯だった。 


「子供じゃないんだから......。さっきの湖の村で買ったのよ」


道中、確かにオアシスがあった。


名もなき集落に等しい規模の村だったが、行商が物珍しい武器や工芸品の類を絨毯じゅうたんいっぱいに広げているのをルーノもミズキと一緒にみていた。


もっとも、目に留まったのは中期ウォルハルト社製のきらびやかな装飾が施されたナイフで、それも値下げ交渉に失敗してルーノは早々にその場を後にしてしまった。


ミズキはその後も熱心に色々とみていたようだった。


その中の一つだったのだろう、目の前にぶら下げられたジェムドロップが左右に揺れ、ルーノは催眠術をかけられる人のようにそれを目で追った。


「私たち報酬同じなのに、どうしてそんなものが買えるの?」


フラリフラリと、仰向けになったままルーノは垂れ下がったジェムドロップを目で追った。


放たれる冷気が心地よく、少し気分が楽になる。


実際、行商がつけた値段はどれも高かった。


ルーノが目をつけたウォルハルトナイフが五千リラ。


二人が依頼をこなして得られる報酬のうち、自由に使えるのがせいぜい月八千リラというところだから、決して簡単に買えるものではない。


魔法にまつわる触媒に細かく目を通したわけではなかったが、このジェムドロップがあのナイフと同じか、それ以上の値段だということは容易に想像できた。


左右に揺らしていたジェムドロップをピタリと止め、ミズキはハーッ……と口から深いため息をもらすと首を横に振った。


「だってね、ルーノ」


まるで諭すようにミズキは前置きをした。


そして、


「私、あなたみたいに『今日はなんとか記念だー!』


とか、


『こ、これは、きっと歴史的に価値ある財宝に違いない......』


とか言ってしょうもないもの買わないもの」


「うっ......」


言い終わるとミズキは表情をスッと戻した。


その畳みかけるような熱演にルーノはあっけにとられていた。


細かな声真似までいれてくるあたり、多分に皮肉が込められていて耳が痛い。


「装備は自己責任、そうでしょう?」


「厳しい......みーちゃんが厳しいよ......」


ミズキの言っていることは、ギルド発行の憲章八ヶ条にもきちんと掲げられている。


冒険者としての基本中の基本である。


「......まぁ、倒れるまで気付かなかった私にも責任はあるから」


そう言うとミズキは自分のジェムドロップをルーノに差し出した。


ルーノは思わず目をパチパチさせた。


「え? いいの?」


「遺跡に着くまでね。ほら、もうあそこにみえてる」


ミズキが指差した先に、熱気でゆらいではいるが確かに人工的な建造物がみえる。 


空を見上げると、既に日は傾きかけていた。


夜の砂漠はとにかく冷えるとギルドマスターが言っていたのをルーノは思い出した。


「よ、よし!   もう大丈夫だよ。はやく、はやく向かわなきゃ......」


ルーノはいてもたってもいられず体を起こし遺跡に向かおうとしたが、明らかに体が重くやはり言うことを聞いてくれない。


結局何歩か歩いただけでふらついて、再びその場にへたりこんでしまった。


「まだ無理よ。今晩はここで休みましょう」


慌てて駆け寄るとミズキはそう言ってルーノに肩を貸した。


「だけど......砂漠の夜は寒くて危険だって聞いたよ?」


「そこはほら......これでなんとか、ね」


ミズキはまたストールの中をまさぐると、新たにジェムドロップを取り出した。


ルーノに渡した水色のものと形はよく似ているが今度は燃えるような真紅の色をしている。


「火の系統はあまり得意ではないけど、そうも言ってられないわね」


そう言うとミズキは羽織っていたストールを脱ぎ、それを適当な大きさに丸め地面に置いた。


それから膝にのせていたルーノの頭をゆっくりとその上におろした。


「頭、痛くない?」


「うん、大丈夫」


「ちょっと待っていてね」


そう言うとミズキは目をつぶり深呼吸をした。


魔法を唱えるために集中を高めているのだ。


「火は揺れ起こり、焦がし焼き尽くす。万物の理、我が主よーー」


詠唱がはじまり、真紅のジェムドロップが次第にその光を強めていく。


ミズキはそれを石畳の上において印を締めくくろうとした。


「燃え上がれ、炎よ!」


胸の前で結ばれた印に呼応して、ジェムドロップから大きな炎が空に向かってわき起こった。 


「ふう......」


「何度見てもすごいね......」


一部始終を横になったまま眺めていたルーノは、思わずため息をもらした。


「私も魔法、いつか使ってみたいなあ」


ゆらゆらと揺れる火をながめながら、ルーノはポツリとつぶやいた。
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