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第一章 芽生え
自覚
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その日は雨が降っていた。いつもなら陽が当たるミヤの特等席も今日は薄暗い。机の上にはロウソクが1本、ゆらゆらとその火を揺らしながら燃えていた。その机の傍には二人の影。
「あの、リウ様...」
「いいから、そのまま」
ふたりが微かに身じろぐ度に聞こえる衣擦れの音が、呼吸の音が、静かな書庫に溶けて消える。
「や、やはりやめませんか。その…そのように見られると気恥しいと言いますか...」
「どうして?いいじゃない」
「あ、ちょっと…リウ様」
ミヤの白く長い指がリウの手に触れた時、書庫の入口からカタンと物音が聞こえた。
「何、してるんです…?」
入口に立っていたのはシュレアだった。シュレアは二人の姿を確認すると、壁に手を這わせる。
パチン、と軽い音が聞こえ、薄暗い部屋が次第に明るくなる。
「こんな暗闇で本を読んだら目が悪くなるでしょう!!」
「だってえええ」
「だってじゃないです、ミヤ様も、姫相手に気が引けるのかも知れませんがダメなものはダメと仰ってください」
「すみません…」
「それにしても…」
謝罪するミヤをよそに、リウは手元にあった医学書に視線を落とす。それは、ミヤが今、1番熱心に読んでいる本だった。
「ミヤ、こんな難しい本、よく読めるね?」
「そうでしょうか…?きっと基礎知識さえあればリウ様なら理解できると思いますよ」
「きそちしき…」
勉学が苦手なリウにとって、ミヤの読む"難しい本"は手に取り難い書物だったのだが、今日はなんとなく見てみようという気になって、ミヤが読んでいるのを横から見せてもらっていた。
「ところでミヤ様、雨が少し小ぶりになっています。いくら近いとはいえ、これから夕刻になれば冷えてまいりますが、お帰りの時間は大丈夫でしょうか?」
そうシュレアに指摘され時計を見ると、ミヤは慌てたように立ち上がった。どうやら大丈夫ではないらしい。
「今日のところはこれで帰らせて頂くよ、また来ます」
「あ、じゃあ私、門のところまで一緒に…」
「リウ様、雨が降っているので城の玄関までにして下さいませ…」
シュレアに促されてしぶしぶ了承したリウは、城の玄関へ向かうミヤの後ろをついて歩いた。シュレアも一緒に見送ろうとしたのだが、先にミヤの迎えの連絡を入れるとのことで、ミヤの家の者に連絡を取るため、1度離れることに。
2人で廊下を歩く音が、長く続く廊下に響く。コツコツコツ、なんとなく話題が見つからなくて、お互い黙って歩く。靴の音だけが響いている。
「あ、のね、ミヤ」
「何でしょう、リウ様」
先に口を開いたのはリウ。ミヤが返事をくれたのを確認すると、また口を開いた。
「次はいつ来てくれるの?」
「来いというのでしたら、いつでも参りますよ」
「そうじゃなくて!」
リウは学がなくても落ち着きがなくても、この国の姫であることに変わりない。その姫が命令すれば、確かにミヤはすぐに来てくれるんだろう。それこそ、大切な用事すら捨て置いて。それくらいの権力は持っている。けれど。
「そうじゃなくて、ミヤは次、いつ来たい?」
リウは命令の下、召喚することをよしとはしていなかった。人としてのその人の意思を汲もうとしていた。それは父の教えであり、母にも大切にするように言われたことだった。
「ううん…そうですねえ、まだまだ読んでみたい本もありますから、できることなら毎日でも」
「それなら毎日来てもいいよ!それで、またいろんなお話をして欲しいなあ」
そんなことを話しながら廊下を進んでいく。そして、階段に差し掛かった時だった。
スカートの前裾を踏んでしまい、体重が前へ傾く。不運なことに、目の前には階段。転べば無事では済まないだろう。
リウは衝撃に備え、身をぎゅっとかたくして、目を閉じた。
瞬間、重力に逆らって引き戻される感覚があり、目を開く。その動きについていけずにバランスを崩して後ろによろめく。しかし、そのまま倒れることはなく、今どのような状況にいるのか理解出来ないリウは今の一連の出来事を理解しようと荒くなった息を整える。
「大丈夫ですか?」
頭上から声が聞こえ、顔を向けると、息がかかるほど近くにミヤの顔があった。それを認識すると、今、自分がどのような状態に置かれているかを少しずつ理解し始める。
どうやら、階段に転びそうになったリウの手をミヤが引っ張り戻し、その反動でミヤにもたれ掛かっていたようだ。
そこでふと、リウは思った。
ミヤはこんなに背が高かったかしら。
リウとミヤが出会った頃はお互い、そんなに身長の差は無かった。それから何度も遊んでるうちに意識はしなかったが。
もたれ掛かっているミヤの身体は見た目よりも硬く、しっかりしている。肩に置かれた手はリウの手よりも大きく力強い。
意識していくうちに、1度落ち着いた心臓がまたバクバクと音を立て始める。
大好きな幼馴染み。兄のように感じていた。しかし、今、リウがもたれ掛かっている人は。
思わずミヤを突き放す。顔に熱が集まっているのがわかる。
「し、失礼しました。とんだご無礼を…」
ミヤが謝るが、リウには聞こえていない。リウは自分の中に芽生えた感情を理解するのに精一杯だった。
「…?リウ様、大丈夫ですか?お顔が赤いようですが、お熱があるのでは…」
心配そうに顔をのぞき込むミヤの声にリウは少し我に返り、先程の助けてもらったお礼を言っていないことを思い出した。
「ミヤ…」
声が出ない。続く言葉を見つけられない。"ありがとう"その一言を伝えるだけ。なのに。
心配そうに見つめ返してくるミヤは、言葉が出てこないリウを見て、余程具合が悪いのかと、使用人を探す。
ミヤがその場を離れようとするのを確認するとあれほど詰まっていた声が口をついて出た。
「ミヤ、好きだよ」
「あの、リウ様...」
「いいから、そのまま」
ふたりが微かに身じろぐ度に聞こえる衣擦れの音が、呼吸の音が、静かな書庫に溶けて消える。
「や、やはりやめませんか。その…そのように見られると気恥しいと言いますか...」
「どうして?いいじゃない」
「あ、ちょっと…リウ様」
ミヤの白く長い指がリウの手に触れた時、書庫の入口からカタンと物音が聞こえた。
「何、してるんです…?」
入口に立っていたのはシュレアだった。シュレアは二人の姿を確認すると、壁に手を這わせる。
パチン、と軽い音が聞こえ、薄暗い部屋が次第に明るくなる。
「こんな暗闇で本を読んだら目が悪くなるでしょう!!」
「だってえええ」
「だってじゃないです、ミヤ様も、姫相手に気が引けるのかも知れませんがダメなものはダメと仰ってください」
「すみません…」
「それにしても…」
謝罪するミヤをよそに、リウは手元にあった医学書に視線を落とす。それは、ミヤが今、1番熱心に読んでいる本だった。
「ミヤ、こんな難しい本、よく読めるね?」
「そうでしょうか…?きっと基礎知識さえあればリウ様なら理解できると思いますよ」
「きそちしき…」
勉学が苦手なリウにとって、ミヤの読む"難しい本"は手に取り難い書物だったのだが、今日はなんとなく見てみようという気になって、ミヤが読んでいるのを横から見せてもらっていた。
「ところでミヤ様、雨が少し小ぶりになっています。いくら近いとはいえ、これから夕刻になれば冷えてまいりますが、お帰りの時間は大丈夫でしょうか?」
そうシュレアに指摘され時計を見ると、ミヤは慌てたように立ち上がった。どうやら大丈夫ではないらしい。
「今日のところはこれで帰らせて頂くよ、また来ます」
「あ、じゃあ私、門のところまで一緒に…」
「リウ様、雨が降っているので城の玄関までにして下さいませ…」
シュレアに促されてしぶしぶ了承したリウは、城の玄関へ向かうミヤの後ろをついて歩いた。シュレアも一緒に見送ろうとしたのだが、先にミヤの迎えの連絡を入れるとのことで、ミヤの家の者に連絡を取るため、1度離れることに。
2人で廊下を歩く音が、長く続く廊下に響く。コツコツコツ、なんとなく話題が見つからなくて、お互い黙って歩く。靴の音だけが響いている。
「あ、のね、ミヤ」
「何でしょう、リウ様」
先に口を開いたのはリウ。ミヤが返事をくれたのを確認すると、また口を開いた。
「次はいつ来てくれるの?」
「来いというのでしたら、いつでも参りますよ」
「そうじゃなくて!」
リウは学がなくても落ち着きがなくても、この国の姫であることに変わりない。その姫が命令すれば、確かにミヤはすぐに来てくれるんだろう。それこそ、大切な用事すら捨て置いて。それくらいの権力は持っている。けれど。
「そうじゃなくて、ミヤは次、いつ来たい?」
リウは命令の下、召喚することをよしとはしていなかった。人としてのその人の意思を汲もうとしていた。それは父の教えであり、母にも大切にするように言われたことだった。
「ううん…そうですねえ、まだまだ読んでみたい本もありますから、できることなら毎日でも」
「それなら毎日来てもいいよ!それで、またいろんなお話をして欲しいなあ」
そんなことを話しながら廊下を進んでいく。そして、階段に差し掛かった時だった。
スカートの前裾を踏んでしまい、体重が前へ傾く。不運なことに、目の前には階段。転べば無事では済まないだろう。
リウは衝撃に備え、身をぎゅっとかたくして、目を閉じた。
瞬間、重力に逆らって引き戻される感覚があり、目を開く。その動きについていけずにバランスを崩して後ろによろめく。しかし、そのまま倒れることはなく、今どのような状況にいるのか理解出来ないリウは今の一連の出来事を理解しようと荒くなった息を整える。
「大丈夫ですか?」
頭上から声が聞こえ、顔を向けると、息がかかるほど近くにミヤの顔があった。それを認識すると、今、自分がどのような状態に置かれているかを少しずつ理解し始める。
どうやら、階段に転びそうになったリウの手をミヤが引っ張り戻し、その反動でミヤにもたれ掛かっていたようだ。
そこでふと、リウは思った。
ミヤはこんなに背が高かったかしら。
リウとミヤが出会った頃はお互い、そんなに身長の差は無かった。それから何度も遊んでるうちに意識はしなかったが。
もたれ掛かっているミヤの身体は見た目よりも硬く、しっかりしている。肩に置かれた手はリウの手よりも大きく力強い。
意識していくうちに、1度落ち着いた心臓がまたバクバクと音を立て始める。
大好きな幼馴染み。兄のように感じていた。しかし、今、リウがもたれ掛かっている人は。
思わずミヤを突き放す。顔に熱が集まっているのがわかる。
「し、失礼しました。とんだご無礼を…」
ミヤが謝るが、リウには聞こえていない。リウは自分の中に芽生えた感情を理解するのに精一杯だった。
「…?リウ様、大丈夫ですか?お顔が赤いようですが、お熱があるのでは…」
心配そうに顔をのぞき込むミヤの声にリウは少し我に返り、先程の助けてもらったお礼を言っていないことを思い出した。
「ミヤ…」
声が出ない。続く言葉を見つけられない。"ありがとう"その一言を伝えるだけ。なのに。
心配そうに見つめ返してくるミヤは、言葉が出てこないリウを見て、余程具合が悪いのかと、使用人を探す。
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