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第6章 リリィーアルティメスト
リリィー アルティメスト 4
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「ここだ。 問題ないか?」
「何の問題もありません。 では入りましょうか?」
テイミーの言葉を聞いたノアは小さく頷き店の中へと足を踏み入れそれに私達も続いた。 店内はそれ程広くも無かったが人や獣人が多く居て賑わっている。
「いらっしゃい! ってノア君! 久しぶりだね! それこんな早い時間から来るなんて珍しいじゃん!」
ノアに気付いた一人の男が話しかけてきた。
きっとこの男がさっき言っていたマスターなのだろう。
「あぁ、まぁ今日は飲みに来たわけじゃないからな。 どこか座れる場所は空いてないかな?」
「一、二……七人か? 大丈夫だよ。 今そこのテーブルをくっつけるから少し待っててくれ!」
私達の数を確認しその男は慣れた手つきでテーブルを移動させる。
「ここでいいかな?」
男が用意した席は店の壁側に位置しこの店の中では比較的人目に付きにくい所だった。
もしかして私達の関係を察してこの位置にしたのだろうか?
少し不思議に思ったがこういう仕事をしていると私達とは違う雰囲気の感じ方でもあるのだろう。
「あぁ、ありがとう」
ノアは男に一瞥し、用意された椅子に腰を下ろし、ノアの両隣にベルリンとシャルが座った。
私達も向かい合う形で腰を下ろす。
「早速ですが聞かせて貰えますか? 貴方の目的を」
席に座るとテイミーは早速ノアへ尋ねた。
「ちるを解放する事だ。 俺達の目的はそれしか無い」
ノアは淡々と質問に答える。
「それは出来ません、私達の目的はちる様を消滅させる事ですから。 それは絶対に譲れない事なのです。 ユーノ様の願いでもありますから、それにそんな事は貴方にはわかっていると思っていましたが?」
「あぁ、だけど俺が書き換えたコードが無いとそのユーノの願いは成就されない。 それも当然わかっているだろう?」
「えぇ、その通りです。 ですから私達はここにいるのです。 貴方が書き換えたコードを取り返す為にね」
テイミーは一息つき続けて言う。
「無駄な問答は辞めませんか? 私達はちる様を解放する気は全く無い。 先程も言いましたが、貴方はその事を知っている筈だ。 それなのにわざわざいつでも交渉には応じると言ってきた。
そのまま何処かで身を潜めるだけでちる様が消滅する可能性を潰せるのにです。 つまりちる様を解放する事とはまた別に私達に頼みたい事があるでは無いですか? もう一度聞きます。 貴方の目的は何なのですか?」
「ノアに他の目的なんてないわ! 現状ノアがちる様の力を使用する為のコードを持っている以上貴方達の、ユーノの目的は達成されない! 諦めてちる様を解放しないさい!」
テイミーの質問に今度はベルスロットが声を荒げて返す。
テイミーはベルスロットに視線を向けた後大きな溜め息を吐きそれ以上は何も言う事はしなかった。
もしノアがベルスロットと同じ気持ちならこの交渉は想像してた展開の中でも一番残念な結果になるだろう。 私達がちる様を解放する事はないし、ノア達もちる様が解放されないのなら書き換えたコードを教えると事はしないだろう、互いに譲る事はなく平行線のまま交渉が終わる。 出来ればそれは避けたい、あの時私がノア達を逃した意味が無くなってしまうから。
「ノア、貴方の目的は本当にベルスロットと同じなの?」
テイミーと同じく私もノアの目的は別にあると考えている。 いや、そうであって欲しいと願っている。
私の質問にノアは隣に座るベルスロットとシャルの両方に目を合わせた後ゆっくりと答えた。
「あぁ、俺の気持ちはベルとシャルと同じだ。 ちるを救う、その目的に変わりはない」
「……そう、残念ね」
ノアの言葉に私は酷く失望した。
ノアの交渉って言うのを楽しみにしていたがどうやら期待外れだった様だ。
「……ただ、今回の交渉でちるを救えるとは思っていないさ。 そこの男、テイミーって言ったか? そいつが言う通りお前達がちるを解放する気が無い事なんて初めからわかっていた事だ、ベルとシャルには悪いが俺はコードをお前達に教えても良いと思っている。 俺の条件をお前達が飲んでくれるらな」
「ちょっとノア! 本気なの? コードは私達にとっては切り札の様なものなのよ? そしてノアの命綱でもあるわ! こいつらにコードを渡せば間違えなくノアの事を殺そうとするわよ!」
ノアの言葉にベルスロットは目を見開き立ち上がって口を開く。 ノアの発言が信じられない様子だ。
「素晴らしい! やはり別の目的をお持ちでしたか! それでその条件とは一体何なのですか? お金でしょうか? それとも地位でしょうか? それともその両方でしょうか? 望む物は出来るだけ準備致しますよ」
テイミーが大きく拍手をした後、ノアに尋ねる。
「テイミー! 少し黙りなさい! た、例えノアの条件がその様な事であっても貴方達は必ず最後にはノアを殺すわ! ノア、こんな奴らにコードを返すべきじゃないわ!」
「うるさいお嬢様だ、私は今ノアさんと話している、黙るのは貴方の方では? それに心配せずとも殺したりなどしません。 もしコードを渡していただけるなら今後一切貴方達の前に現れない事を約束しても良い、さぁノアさん貴方の願いを教えてください」
テイミーは人が変わった様にノアに話しかける。 あそこまで謙る必要も無いと思うけど、ユーノから指名された以上失敗はしたく無いのだろう。
それにしてもノアの条件は一体何なのだろう、この男がお金や地位の為に動いている様には到底思えないが。
「俺の条件はひとつだ」
「ノア!」
「すまないベル、もう決めた事なんだ」
ノアはベルスロットの声をかき消す様に大きな声を出す。
「そ、そんな……」
言葉を失いながらベルスロットが椅子の上に崩れ落ち顔を下に向けた。
ベルスロットが演技しているとは思えない。
まさか、本当にお金や地位の為にノアは行動していたのだろうか?
ベルスロットやシャルを騙し、私達の裏をかいて成し遂げたかった事がこんな事なのだろうか?
「くく、意外に悪党ですね貴方」
「あぁ、つまんねぇ野郎だと思っていたが中々見所のある男じゃねぇーか」
テイミーとトラが笑顔でノアへ話しかける。 ここからでは見にくいがニクスもどこか喜んでいる様に頬を緩めていた。
「では邪魔者も静かになった事ですし、早速交渉を始めましょうか。 何回も質問して恐縮ですが、貴方の願いを教えて貰って宜しいですか?」
「願いじゃ無い、条件だ」
「同じ様な物でしょう?」
「はぁー、まぁ良い。 さっきも言ったが俺の条件はひとつだ、だけどそれは今は言えない」
「今は言えない? ノアさん、今日はその為の交渉でしょう? 今は言えないのなら一体いつならよろしいのですか?」
「お前が余計な事をしなけりゃ今日でも良かったんだがな、俺にとっての交渉ってのはもっとフェアな物なんだ。 だから今みたいにせこい策を張り巡らしている様な奴とは話す事はない。 悪いが日を改めて貰えるか?」
「……せこい策だと?」
テイミーの声に少し怒りが滲んでいるのを感じる。
「俺が気付いてないとでも?」
ノアは椅子から立ち上がりテイミーを見下ろして言う。
テイミーがこの日の交渉に向けて考えた策が何なのかを私は知らない、あの夜四人で話した事は大まかな日付や時間、ノアが何かを仕掛けてきた場合の対処方法だけで、私達の策はテイミーが万が一にも流出する事を避け一人で考えて決めると言いその事に反論する者も居なかったから。
「ノアさん、私は策など用意していませんよ?」
「……これ以上惚けるつもりなら二度とお前らとは交渉しない事になるな」
ノアの雰囲気が変わった。 前にあの場所で会った時と同じだ、いや今度はあの時以上に不気味さを感じる、さっきまでとはまるで別人だ。
その事に皆気付いたのか場の空気が一気に変わる、まるでこのまま殺し合いを始めるかの様に。
「……ふぅ、如何やら今回は私の負けみたいですね。 全員集まりなさい!」
場の緊張を和らげる為かテイミーは大きく溜息を吐きながら声を出し立ち上がった。
そしてその声に今迄陽気に話していた周りの客は一斉に立ち上がりテイミーの元へ集まってきた。
その多さに私は少し驚いた。 私達がこの店に来てから何人かの人間がこの店に入ってきたおり、その一部はテイミーが用意した人間なのでは無いかとは思っていたがまさか客全員だったとは。
それにこの店はシャルが指定したお店だ、元々いた客達までテイミーが用意していたと言う事は彼は今日この場所が選ばれる事を読んでいたって事なのだろうか?
「まさか気付かれるとは思っていませんでしたよ。 いや、流石にここの客が全員私の部下である事までは分かっていませんでしたか? どちらにせよ確かにせこい策ではありましたね、不快にさせたのなら謝ります。 ですがこれは貴方達を罠にかける為ではなく私達の身の安全の為にした事なのです。 さっきは建前上貴方達の罠を警戒していないと言いましたがノアさん、貴方の能力は未知だ。 なので念の為に用意した言わば保険の様な物です」
テイミーは言い訳の様に言葉を並べてノアに話し続ける。
「この者達は今直ぐに撤収させます。 勿論貴方に手を出さない事も約束します、いえそもそもコードを返して頂けるとわかった今、私達が貴方を拘束する意味はありませんから。 ですからもう一度考え直して貰えませんか? 出来れば今日のうちに貴方の条件を確認したいのです」
「いや、今日はもう話す事は無い。 さっきも言った筈だ、俺にとっての交渉はもっとフェアなものだってな」
「この様な策を用いた事はもう一度謝罪します、ですが今はもう策などありません。 また一からここで話をする事は出来ませんか?」
テイミーは食い下がりノアに問いかける。
ノアの気持ちが固まっている今が好機だと考えているんだろう、ここで別れた後ノアはベルスロットの城に戻る。
となればベルスロットの言葉にノアが再び考えを変える可能性もゼロでは無いから。
「もう何の策も無いだと? 本当にみくびられたもんだな、お前がまだしょうもない策を用意しているのは分かっている。 そんなに種明かしをしたく無いのなら俺が代わりにしてやろうか?」
「成る程、如何やら貴方は随分と私を評価してくれているみたいですね。 嬉しい事ですが買い被り過ぎですよ、もし私がもう一つ策を用意していると思うのなら是非種明かしとやらをして貰って構いませんよ? それで貴方の気が済むのなら」
ノアの自信満々の問いに対してテイミーも笑みを浮かべながら軽やかに返す。
「お、おいおい! ノア君。 喧嘩は辞めてくれよ? ってこの席こんなに人がいたか? 全員ノア君の連れなのかい?」
ノアとテイミーの睨み合いに不穏な空気を感じたのかこの店のマスターが話しかけてきた。
流石にこの異常とも言える状況を見て見ぬ振りは出来なかったのだろう。
「いえ、こちらは私の連れになります。 驚かしてしまってすいません、ですが喧嘩にはなりませんよ。 今日は話をしにきただけですので」
テイミーは笑顔でマスターに返しゆっくりと席に腰を下ろした。
「まさか俺の客が全員あんたの連れとはねぇ。 まぁ余計な詮索はしないが頼むから店の物を壊すのだけは辞めてくれよ? ノア君もそんな怖い顔で立ち上がってないで一旦座ってくれないか? 相手の兄ちゃんも喧嘩する意思は無さそうだしな」
男はノアの肩に手を置いて椅子に座らせようと促す。
「ノア君?」
男は首を傾げてノアの顔を覗き込む、如何やらノアは椅子に座るつもりがない様だ。
「……望み通り種明かしをしてやるよ」
ノアは不敵な笑みを浮かべて小さく呟いた。
不覚にもその表情で私は寒気を感じる。
「種明かし? ノア君何言っているんだ? 取り敢えず今は」
男の言葉を遮りノアは肩に置かれていた手を握りそのまま力強く引っ張った。
「ちょっ!」
男は急な出来事に反応できずそのままテーブルの上に半身を乗り出す形でバランスを崩す。
ノアは目の前に出て来た男の頭を上から押さえ付けそのまま勢い良くテーブルに叩きつけた。
鈍い打撃音と共に男の呻き声が辺りに響く、テーブルには男の血が飛び散った。
その一瞬の出来事に私は驚く。
一体ノアは何をしているのだろうか?
隣で座るベルスロットでさえノアの真意は分からないのか困惑した表情を浮かべていた。
だがノアはそんな事は気に留めずに行動を続ける、腰に持っていた短剣を抜き取りその男の頭に向けて勢い良く振り下ろしたのだ。
「ノア! 辞めて!」
ベルスロットの大きな声がその場に響く。
私にはノアの行動を今からでも止める事が出来たが、これがノアが言う種明かしだとするなら手を出す必要は無いだろう。
そしてその判断が間違ってなかった事は直ぐに証明された。
ノアが振り下ろした短刀は男に突き刺さる寸前で止まった、いや止められたのだ。
「この男が如何なろうとお前には関係無いと思うんだが?」
ノアの刃はテイミーによって力強く握られていた。
「それからシャル、随分と動きが良くなったな?」
ノアはシャルに視線を向けて声を出す。
シャルの手はノアが短刀を持っている手に重なっていた。
「まさかここまでとはな」
テイミーが振り絞る様に口を開き、続けて言う。
「いつからだ?」
「最初からさ」
テイミーとノアが何の話をしているか私にはわからなかった、シャルがノアを止める事は間に合うとは思っていなかったが察してはいた、一様この男と面識があった様だし。
だが一体何故テイミーはわざわざノアを止めたのだろうか?
ノアの言う通りこの男がどうなろうと私達には関係が無いのだから。
「何の問題もありません。 では入りましょうか?」
テイミーの言葉を聞いたノアは小さく頷き店の中へと足を踏み入れそれに私達も続いた。 店内はそれ程広くも無かったが人や獣人が多く居て賑わっている。
「いらっしゃい! ってノア君! 久しぶりだね! それこんな早い時間から来るなんて珍しいじゃん!」
ノアに気付いた一人の男が話しかけてきた。
きっとこの男がさっき言っていたマスターなのだろう。
「あぁ、まぁ今日は飲みに来たわけじゃないからな。 どこか座れる場所は空いてないかな?」
「一、二……七人か? 大丈夫だよ。 今そこのテーブルをくっつけるから少し待っててくれ!」
私達の数を確認しその男は慣れた手つきでテーブルを移動させる。
「ここでいいかな?」
男が用意した席は店の壁側に位置しこの店の中では比較的人目に付きにくい所だった。
もしかして私達の関係を察してこの位置にしたのだろうか?
少し不思議に思ったがこういう仕事をしていると私達とは違う雰囲気の感じ方でもあるのだろう。
「あぁ、ありがとう」
ノアは男に一瞥し、用意された椅子に腰を下ろし、ノアの両隣にベルリンとシャルが座った。
私達も向かい合う形で腰を下ろす。
「早速ですが聞かせて貰えますか? 貴方の目的を」
席に座るとテイミーは早速ノアへ尋ねた。
「ちるを解放する事だ。 俺達の目的はそれしか無い」
ノアは淡々と質問に答える。
「それは出来ません、私達の目的はちる様を消滅させる事ですから。 それは絶対に譲れない事なのです。 ユーノ様の願いでもありますから、それにそんな事は貴方にはわかっていると思っていましたが?」
「あぁ、だけど俺が書き換えたコードが無いとそのユーノの願いは成就されない。 それも当然わかっているだろう?」
「えぇ、その通りです。 ですから私達はここにいるのです。 貴方が書き換えたコードを取り返す為にね」
テイミーは一息つき続けて言う。
「無駄な問答は辞めませんか? 私達はちる様を解放する気は全く無い。 先程も言いましたが、貴方はその事を知っている筈だ。 それなのにわざわざいつでも交渉には応じると言ってきた。
そのまま何処かで身を潜めるだけでちる様が消滅する可能性を潰せるのにです。 つまりちる様を解放する事とはまた別に私達に頼みたい事があるでは無いですか? もう一度聞きます。 貴方の目的は何なのですか?」
「ノアに他の目的なんてないわ! 現状ノアがちる様の力を使用する為のコードを持っている以上貴方達の、ユーノの目的は達成されない! 諦めてちる様を解放しないさい!」
テイミーの質問に今度はベルスロットが声を荒げて返す。
テイミーはベルスロットに視線を向けた後大きな溜め息を吐きそれ以上は何も言う事はしなかった。
もしノアがベルスロットと同じ気持ちならこの交渉は想像してた展開の中でも一番残念な結果になるだろう。 私達がちる様を解放する事はないし、ノア達もちる様が解放されないのなら書き換えたコードを教えると事はしないだろう、互いに譲る事はなく平行線のまま交渉が終わる。 出来ればそれは避けたい、あの時私がノア達を逃した意味が無くなってしまうから。
「ノア、貴方の目的は本当にベルスロットと同じなの?」
テイミーと同じく私もノアの目的は別にあると考えている。 いや、そうであって欲しいと願っている。
私の質問にノアは隣に座るベルスロットとシャルの両方に目を合わせた後ゆっくりと答えた。
「あぁ、俺の気持ちはベルとシャルと同じだ。 ちるを救う、その目的に変わりはない」
「……そう、残念ね」
ノアの言葉に私は酷く失望した。
ノアの交渉って言うのを楽しみにしていたがどうやら期待外れだった様だ。
「……ただ、今回の交渉でちるを救えるとは思っていないさ。 そこの男、テイミーって言ったか? そいつが言う通りお前達がちるを解放する気が無い事なんて初めからわかっていた事だ、ベルとシャルには悪いが俺はコードをお前達に教えても良いと思っている。 俺の条件をお前達が飲んでくれるらな」
「ちょっとノア! 本気なの? コードは私達にとっては切り札の様なものなのよ? そしてノアの命綱でもあるわ! こいつらにコードを渡せば間違えなくノアの事を殺そうとするわよ!」
ノアの言葉にベルスロットは目を見開き立ち上がって口を開く。 ノアの発言が信じられない様子だ。
「素晴らしい! やはり別の目的をお持ちでしたか! それでその条件とは一体何なのですか? お金でしょうか? それとも地位でしょうか? それともその両方でしょうか? 望む物は出来るだけ準備致しますよ」
テイミーが大きく拍手をした後、ノアに尋ねる。
「テイミー! 少し黙りなさい! た、例えノアの条件がその様な事であっても貴方達は必ず最後にはノアを殺すわ! ノア、こんな奴らにコードを返すべきじゃないわ!」
「うるさいお嬢様だ、私は今ノアさんと話している、黙るのは貴方の方では? それに心配せずとも殺したりなどしません。 もしコードを渡していただけるなら今後一切貴方達の前に現れない事を約束しても良い、さぁノアさん貴方の願いを教えてください」
テイミーは人が変わった様にノアに話しかける。 あそこまで謙る必要も無いと思うけど、ユーノから指名された以上失敗はしたく無いのだろう。
それにしてもノアの条件は一体何なのだろう、この男がお金や地位の為に動いている様には到底思えないが。
「俺の条件はひとつだ」
「ノア!」
「すまないベル、もう決めた事なんだ」
ノアはベルスロットの声をかき消す様に大きな声を出す。
「そ、そんな……」
言葉を失いながらベルスロットが椅子の上に崩れ落ち顔を下に向けた。
ベルスロットが演技しているとは思えない。
まさか、本当にお金や地位の為にノアは行動していたのだろうか?
ベルスロットやシャルを騙し、私達の裏をかいて成し遂げたかった事がこんな事なのだろうか?
「くく、意外に悪党ですね貴方」
「あぁ、つまんねぇ野郎だと思っていたが中々見所のある男じゃねぇーか」
テイミーとトラが笑顔でノアへ話しかける。 ここからでは見にくいがニクスもどこか喜んでいる様に頬を緩めていた。
「では邪魔者も静かになった事ですし、早速交渉を始めましょうか。 何回も質問して恐縮ですが、貴方の願いを教えて貰って宜しいですか?」
「願いじゃ無い、条件だ」
「同じ様な物でしょう?」
「はぁー、まぁ良い。 さっきも言ったが俺の条件はひとつだ、だけどそれは今は言えない」
「今は言えない? ノアさん、今日はその為の交渉でしょう? 今は言えないのなら一体いつならよろしいのですか?」
「お前が余計な事をしなけりゃ今日でも良かったんだがな、俺にとっての交渉ってのはもっとフェアな物なんだ。 だから今みたいにせこい策を張り巡らしている様な奴とは話す事はない。 悪いが日を改めて貰えるか?」
「……せこい策だと?」
テイミーの声に少し怒りが滲んでいるのを感じる。
「俺が気付いてないとでも?」
ノアは椅子から立ち上がりテイミーを見下ろして言う。
テイミーがこの日の交渉に向けて考えた策が何なのかを私は知らない、あの夜四人で話した事は大まかな日付や時間、ノアが何かを仕掛けてきた場合の対処方法だけで、私達の策はテイミーが万が一にも流出する事を避け一人で考えて決めると言いその事に反論する者も居なかったから。
「ノアさん、私は策など用意していませんよ?」
「……これ以上惚けるつもりなら二度とお前らとは交渉しない事になるな」
ノアの雰囲気が変わった。 前にあの場所で会った時と同じだ、いや今度はあの時以上に不気味さを感じる、さっきまでとはまるで別人だ。
その事に皆気付いたのか場の空気が一気に変わる、まるでこのまま殺し合いを始めるかの様に。
「……ふぅ、如何やら今回は私の負けみたいですね。 全員集まりなさい!」
場の緊張を和らげる為かテイミーは大きく溜息を吐きながら声を出し立ち上がった。
そしてその声に今迄陽気に話していた周りの客は一斉に立ち上がりテイミーの元へ集まってきた。
その多さに私は少し驚いた。 私達がこの店に来てから何人かの人間がこの店に入ってきたおり、その一部はテイミーが用意した人間なのでは無いかとは思っていたがまさか客全員だったとは。
それにこの店はシャルが指定したお店だ、元々いた客達までテイミーが用意していたと言う事は彼は今日この場所が選ばれる事を読んでいたって事なのだろうか?
「まさか気付かれるとは思っていませんでしたよ。 いや、流石にここの客が全員私の部下である事までは分かっていませんでしたか? どちらにせよ確かにせこい策ではありましたね、不快にさせたのなら謝ります。 ですがこれは貴方達を罠にかける為ではなく私達の身の安全の為にした事なのです。 さっきは建前上貴方達の罠を警戒していないと言いましたがノアさん、貴方の能力は未知だ。 なので念の為に用意した言わば保険の様な物です」
テイミーは言い訳の様に言葉を並べてノアに話し続ける。
「この者達は今直ぐに撤収させます。 勿論貴方に手を出さない事も約束します、いえそもそもコードを返して頂けるとわかった今、私達が貴方を拘束する意味はありませんから。 ですからもう一度考え直して貰えませんか? 出来れば今日のうちに貴方の条件を確認したいのです」
「いや、今日はもう話す事は無い。 さっきも言った筈だ、俺にとっての交渉はもっとフェアなものだってな」
「この様な策を用いた事はもう一度謝罪します、ですが今はもう策などありません。 また一からここで話をする事は出来ませんか?」
テイミーは食い下がりノアに問いかける。
ノアの気持ちが固まっている今が好機だと考えているんだろう、ここで別れた後ノアはベルスロットの城に戻る。
となればベルスロットの言葉にノアが再び考えを変える可能性もゼロでは無いから。
「もう何の策も無いだと? 本当にみくびられたもんだな、お前がまだしょうもない策を用意しているのは分かっている。 そんなに種明かしをしたく無いのなら俺が代わりにしてやろうか?」
「成る程、如何やら貴方は随分と私を評価してくれているみたいですね。 嬉しい事ですが買い被り過ぎですよ、もし私がもう一つ策を用意していると思うのなら是非種明かしとやらをして貰って構いませんよ? それで貴方の気が済むのなら」
ノアの自信満々の問いに対してテイミーも笑みを浮かべながら軽やかに返す。
「お、おいおい! ノア君。 喧嘩は辞めてくれよ? ってこの席こんなに人がいたか? 全員ノア君の連れなのかい?」
ノアとテイミーの睨み合いに不穏な空気を感じたのかこの店のマスターが話しかけてきた。
流石にこの異常とも言える状況を見て見ぬ振りは出来なかったのだろう。
「いえ、こちらは私の連れになります。 驚かしてしまってすいません、ですが喧嘩にはなりませんよ。 今日は話をしにきただけですので」
テイミーは笑顔でマスターに返しゆっくりと席に腰を下ろした。
「まさか俺の客が全員あんたの連れとはねぇ。 まぁ余計な詮索はしないが頼むから店の物を壊すのだけは辞めてくれよ? ノア君もそんな怖い顔で立ち上がってないで一旦座ってくれないか? 相手の兄ちゃんも喧嘩する意思は無さそうだしな」
男はノアの肩に手を置いて椅子に座らせようと促す。
「ノア君?」
男は首を傾げてノアの顔を覗き込む、如何やらノアは椅子に座るつもりがない様だ。
「……望み通り種明かしをしてやるよ」
ノアは不敵な笑みを浮かべて小さく呟いた。
不覚にもその表情で私は寒気を感じる。
「種明かし? ノア君何言っているんだ? 取り敢えず今は」
男の言葉を遮りノアは肩に置かれていた手を握りそのまま力強く引っ張った。
「ちょっ!」
男は急な出来事に反応できずそのままテーブルの上に半身を乗り出す形でバランスを崩す。
ノアは目の前に出て来た男の頭を上から押さえ付けそのまま勢い良くテーブルに叩きつけた。
鈍い打撃音と共に男の呻き声が辺りに響く、テーブルには男の血が飛び散った。
その一瞬の出来事に私は驚く。
一体ノアは何をしているのだろうか?
隣で座るベルスロットでさえノアの真意は分からないのか困惑した表情を浮かべていた。
だがノアはそんな事は気に留めずに行動を続ける、腰に持っていた短剣を抜き取りその男の頭に向けて勢い良く振り下ろしたのだ。
「ノア! 辞めて!」
ベルスロットの大きな声がその場に響く。
私にはノアの行動を今からでも止める事が出来たが、これがノアが言う種明かしだとするなら手を出す必要は無いだろう。
そしてその判断が間違ってなかった事は直ぐに証明された。
ノアが振り下ろした短刀は男に突き刺さる寸前で止まった、いや止められたのだ。
「この男が如何なろうとお前には関係無いと思うんだが?」
ノアの刃はテイミーによって力強く握られていた。
「それからシャル、随分と動きが良くなったな?」
ノアはシャルに視線を向けて声を出す。
シャルの手はノアが短刀を持っている手に重なっていた。
「まさかここまでとはな」
テイミーが振り絞る様に口を開き、続けて言う。
「いつからだ?」
「最初からさ」
テイミーとノアが何の話をしているか私にはわからなかった、シャルがノアを止める事は間に合うとは思っていなかったが察してはいた、一様この男と面識があった様だし。
だが一体何故テイミーはわざわざノアを止めたのだろうか?
ノアの言う通りこの男がどうなろうと私達には関係が無いのだから。
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