ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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魔法の消失

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それを聞いたのは翌朝だった。部屋へ朝ごはんを持って来たクリスが言った。


「殿下、先に帰った」

「え?」

「あの二人を王都に連れて行くからって昨日の夜発ったよ」


ラインハルトとアメリアの顔が浮かぶ。昨日の夜、私はご飯も食べずに部屋にこもって、さっさと寝たのだ。もちろんユリウス殿下とは一言も話していない。

いつもなら絶対直接私に言うのに。


「……そう」


何故だかとてもイライラした。


「わ、私たちも早く帰ろ?ほら、リリーの体調も心配だし……」


クリスが言う。不自然なことは言ってないんだけど、気を遣っているのかありありと分かった。

リリーの出産の知らせは、この村に引き返すと決めた次の日の朝に聞いていた。上のお兄様からクリスのところへ、無事に出産したことが伝えられたのだ。

それから特に何も連絡がないと言うことは悪いことは何もないと言うことだろう。


「エレナがもう少しここにいたかったらいてもいいと思うけど!」


あの二人の護送っていうなら、クルトお兄様でも良かったはず。役人もいるんだし。これまで同じようなケースも何度かあったが、全てクルトお兄様が行っている。大体出発も今日でよかったじゃん。

……怒っているのかな。殿下の伝言を守らずラインハルトに近付いたから。結局私、話を聞いただけだし。本当に聞いただけ。

はあぁぁぁ、と深いため息が出た。


「あ、エレナ……?どうする?」


おずおずと聞いてくるクリスの顔を見る。


「殿下はやっぱり怒ってられるのかしら?」


あー、とクリスが困ったように目を逸らした。


「怒ってたっていうよりイライラしてた感じだったかな。怖くて何も聞けなかったけど」


イライラするユリウス殿下。それはあまり見たことがない。


「……怖いわね。聞かなくて正解よ」


かつて敵対関係にあった私たち。ユリウス殿下に本気で敵意を向けられたことがあるクリスは未だに少し苦手意識があるようだ。

私だってそんなユリウス殿下には話しかけたくない。


「それで、どうする?帰るならすぐ準備するけど……」


正直、ここにいたい気はする。今ユリウス殿下と顔を合わせても普通にできる気がしないから。でもだからってここにいたって仕方がない。何よりも、文句の一つでも言わないと気が済まない。

そう思って、考えた。私、文句って何を言いたいんだろう。


「……帰りましょう。お金はこの村に必要なだけ置いて行って。クリスに任せてもいいかしら?」

「うん、分かったよ。じゃあ準備ができたらまた来るね。持って来た朝ご飯ちゃんと食べててよ」

「分かってるわよ。ありがとう」


笑ってみるけどうまく笑えなかった。頰が引きつって自然な顔にならない。どうしてもイライラが隠せなかった。

あー、少し気を落ち着かせないと。

コップに入った水に視線を向ける。何か気を逸らしたいことがあるときはこれが一番。

水の金魚が部屋を泳ぎ回る。はずだった。私の意に反して水はピクリともしない。


「……え?」


何度想像してもだめだった。


「クリス……」


クリスに異変を知らせようと、鳥を作ろうとしたができなかった。それならと、声に魔力を乗せてみたが、それも魔法にならなかった。いつもなら呼吸をするようにできることが何もできなかった。


「なんで……?」


私は愕然とその場に座り込んだ。



「エレナー、準備できたよ」


明るい声が聞こえて扉が開いた。クリスは床に座り込んだ私を見ると、ぎょっとして駆け寄ってきた。


「どうしたの!?大丈夫?」


大丈夫?大丈夫ではある。別に怪我とか病気とかじゃない。体調が悪いわけでもない。ただ魔法だけが使えない。

魔法が使えないと家族と連絡を取ることなんてできない。魔法が使えないと、民を助けるために戦うこともできない。魔法が使えないと一人も救えない。

背筋がぞくっとした。魔法がないのが当たり前のあっちの世界から来た私だけど、この世界に馴染みすぎた。魔法が使えないと、私はこの世界で何もできない。


「……大丈夫じゃない。大丈夫じゃないの!魔法が使えないの!」


半ば叫ぶようにそう言うと、クリスは目を見開いた。


「どういうこと?」

「どういうことも何もない。魔法が使えないの」


それしか言えない。それ以上でもそれ以下でもない。同じ言葉を繰り返す私に、クリスはやっと言葉通りに受け取ったのか、驚きに言葉が出ないようだ。


「どうして?どうしてなの?」


涙が滲んだ。こんなふうに取り乱すのは私らしくないのは分かっている。だけど冷静でいられなかった。情緒が安定していなかった。


「とりあえず王都に帰ろう?魔法省のマルゴット様やヘンドリック様に聞こう?だから、泣かないで」


マルゴット様……ヘンドリックお兄様。魔法に詳しい人たちだ。確かにそうだ。それがいい。いつもならすぐにそう考えただろうに、今はそんな考えがなかった。

こぼれる直前の涙を右の手の甲で拭う。


「ごめんなさい、クリス。わたくし少し取り乱してしまったわ」


謝ると、クリスは困ったような表情のまま首を振った。


「いや、仕方ないよ。だって魔法が使えなくなるなんて聞いたことないもん。すぐ出発しよう……道中は私が守るから」


戦うといえば剣より魔法が圧倒的に使えるこの世界。私とクリスとクルトお兄様。3人の中で魔法を使えるのは私とクリス。しかし私がこうなった今、クリスしかいない。


「急いで帰ろう、エレナ」
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