22 / 118
帰還
しおりを挟む
自分の気持ちに気付いたからと言って、「私はあなたのことが好きなので他の女の人と話さないでください」なんて言えるわけがない。
というか、他の女の人と話していることが嫌なんじゃなく、私のことは避けてるのに、他の人と楽しそうに話しているのが嫌。
……だとしても今更「好きです」なんて言えない。
まあいいわ。それに気がついただけでも一歩前進。
って、そんなことを言っている場合じゃない。それが原因で魔法が使えないのなら解決するしかないのだ。
……とりあえず後回し。クリスのことが先だ。何も連絡がない。いい知らせも悪い知らせも。魔法の一つや二つ飛ばしてくれるかと思っていたんだけど。
コンコンと扉が叩かれる。
ああ、アリアか。呼ぶのをすっかり忘れていた。
「どうぞ」
私の声に応えて扉が開く。顔を出したのはアリアではなかった。
「帰ったよ、エレナ」
……え?は?
「クリス……!」
一瞬理解ができなかった。だっていきなりだったから。驚きと嬉しさで抱きつくと、クリスは「ごめんね」と背中を撫でてくれた。
どばっと涙が溢れる。
「ごめん、ごめんなさい。置いて行って、ごめんなさい……!」
「エレナが謝らないでよ。心配かけちゃったね、無事だよ」
少し離れてクリスを眺める。確かにスカートが汚れたり少し破れたりはしてるけど、怪我はなさそうだし、乱暴された形跡もない。
はー、と息をついて床に座り込んだ。安心して力が抜けた。
「よかった、本当によかった……!」
「何回も『無事だよ、心配しないでね』って魔法飛ばしたんだけど、届いてなかったみたいだね。寝不足な顔してる」
そんなの来てない。あれは魔法を使えない相手にでも届くはず。つまり、私の言うことを聞かない魔力がブロックしていたと考えるのが一番あり得そうだ。
「一睡もできなかったわ」
そう言って笑うと、クリスも笑った。
開いたままの扉からヘンドリックお兄様が入ってきた。涼しい顔で汚れひとつついていない。
続いてヨハンとクルトお兄様も。
「皆さま、ご無事なようですね。よかったです」
「久しぶりだね、エレナちゃん。おかえり」
ヨハンが微笑む。相変わらずの美形パワーだ。
あー、この世界には男も女も美人しかいないのか。そう考えるとエレナって本当にモブだったんだな。
「お久しぶりです、ヨハン様。面倒ごとと共に帰って参りました。申し訳ありません」
ヘンドリックお兄様に言われた嫌味を口に出すと、ヨハンは「エレナちゃんとクリスらしいよ」と笑った。
ん?それどう言う意味?
すこし引っかかったが気にしない。お兄様と違い、ヨハンの言葉は嫌味じゃないだろうから。事実だし。
「クルトお兄様も、ずっと移動でお疲れでしょう?本日はもう大丈夫ですので、おうちに帰って休んでくださいませ」
「いや、こんな時にエレナのそばを離れるわけには……」
こんな時、と言うのは私の魔法が使えない時、というのか、ほぼ護衛のような存在のユリウス殿下がそばにいない時、というのか。
どちらにしてもその二つの解決は同時だろう。
「大丈夫です。わたくしが魔法が使えないことは限られた人しか知りません。お城から出るつもりもありません。ですから、休んでください」
これでクルトお兄様に倒れられたら私は本当に申し訳ないから。
クルトお兄様は小さく頷いた。
「では何かあったらすぐに呼んでください、エレナ様」
「ええ、約束しましょう」
私がそう言うと、クルトお兄様は頭を下げて歩いていった。疲れていることも、眠いことも見るだけで分かった。
だってクルトお兄様は魔法が使えず、本当に自分の身一つで戦っているのだから。私と一緒に帰ってきて、すぐにとんぼ返り。疲れないわけがない。
「とりあえず陛下のところへ行こうか。無事なことは伝えているけど心配されてられるだろうから」
あ、私も陛下に帰ってから顔を見せてない。挨拶をしておかないと。
四人で陛下の執務室へ行くと、宰相であるお父様もいた。まだ朝早いというのに働き者だ。
「エレナ、クリス、帰還いたしました」
膝をついて挨拶をすると、陛下はすぐに立つように言った。いくつかねぎらいの言葉があり、私たちの無事を喜ぶ言葉があり、そして最後に聞かれた。
「昨日の朝帰ってきたユリウスの機嫌がすこぶる悪かったが、エレナ、そなた心当たりはあるか?」
そう聞きながら、陛下は原因が私にあると確信しているのだろう。そんなこと言われたって……。
私は苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「なきにしもあらず、と言ったところでしょうか」
陛下はふっと笑った。
「機嫌の悪いユリウスは散々見てきたが、あそこまでというのは中々ない。そなたには悪いが、早めになんとかしてもらえると助かる」
それは私だってそう。
「……できるものならしておりますわ。お約束はできかねます」
私の生意気な言葉に陛下は「それもそうだ」と笑った。
「しかし、そなたが目を潤ませて謝ればユリウスの機嫌は治るのではないか?」
いや、まあ、それはそうかもしれない。試してみる価値はありそうだ。だが、
「あいにく、わたくしはそう器用ではありませんで」
「確かにな」
「もしなにかありましたら、お力添えお願いいたしますね、お義父様?」
陛下の後ろで、お父様がむせた。あ、やば、後で怒られるかも。
しかし陛下は笑う。
「そなた、ユリウスに似てきたな」
「ええ、ずっと一緒におりましたので」
笑顔でそう言うと、陛下は「そっちの方がよい」と言った。どうやら少し気に入ったらしい。今までは少し距離を取りすぎていたのかもしれないなと思った。
……陛下の後ろから睨んでくる実の父はとりあえず気付かないふりをしておいた。
というか、他の女の人と話していることが嫌なんじゃなく、私のことは避けてるのに、他の人と楽しそうに話しているのが嫌。
……だとしても今更「好きです」なんて言えない。
まあいいわ。それに気がついただけでも一歩前進。
って、そんなことを言っている場合じゃない。それが原因で魔法が使えないのなら解決するしかないのだ。
……とりあえず後回し。クリスのことが先だ。何も連絡がない。いい知らせも悪い知らせも。魔法の一つや二つ飛ばしてくれるかと思っていたんだけど。
コンコンと扉が叩かれる。
ああ、アリアか。呼ぶのをすっかり忘れていた。
「どうぞ」
私の声に応えて扉が開く。顔を出したのはアリアではなかった。
「帰ったよ、エレナ」
……え?は?
「クリス……!」
一瞬理解ができなかった。だっていきなりだったから。驚きと嬉しさで抱きつくと、クリスは「ごめんね」と背中を撫でてくれた。
どばっと涙が溢れる。
「ごめん、ごめんなさい。置いて行って、ごめんなさい……!」
「エレナが謝らないでよ。心配かけちゃったね、無事だよ」
少し離れてクリスを眺める。確かにスカートが汚れたり少し破れたりはしてるけど、怪我はなさそうだし、乱暴された形跡もない。
はー、と息をついて床に座り込んだ。安心して力が抜けた。
「よかった、本当によかった……!」
「何回も『無事だよ、心配しないでね』って魔法飛ばしたんだけど、届いてなかったみたいだね。寝不足な顔してる」
そんなの来てない。あれは魔法を使えない相手にでも届くはず。つまり、私の言うことを聞かない魔力がブロックしていたと考えるのが一番あり得そうだ。
「一睡もできなかったわ」
そう言って笑うと、クリスも笑った。
開いたままの扉からヘンドリックお兄様が入ってきた。涼しい顔で汚れひとつついていない。
続いてヨハンとクルトお兄様も。
「皆さま、ご無事なようですね。よかったです」
「久しぶりだね、エレナちゃん。おかえり」
ヨハンが微笑む。相変わらずの美形パワーだ。
あー、この世界には男も女も美人しかいないのか。そう考えるとエレナって本当にモブだったんだな。
「お久しぶりです、ヨハン様。面倒ごとと共に帰って参りました。申し訳ありません」
ヘンドリックお兄様に言われた嫌味を口に出すと、ヨハンは「エレナちゃんとクリスらしいよ」と笑った。
ん?それどう言う意味?
すこし引っかかったが気にしない。お兄様と違い、ヨハンの言葉は嫌味じゃないだろうから。事実だし。
「クルトお兄様も、ずっと移動でお疲れでしょう?本日はもう大丈夫ですので、おうちに帰って休んでくださいませ」
「いや、こんな時にエレナのそばを離れるわけには……」
こんな時、と言うのは私の魔法が使えない時、というのか、ほぼ護衛のような存在のユリウス殿下がそばにいない時、というのか。
どちらにしてもその二つの解決は同時だろう。
「大丈夫です。わたくしが魔法が使えないことは限られた人しか知りません。お城から出るつもりもありません。ですから、休んでください」
これでクルトお兄様に倒れられたら私は本当に申し訳ないから。
クルトお兄様は小さく頷いた。
「では何かあったらすぐに呼んでください、エレナ様」
「ええ、約束しましょう」
私がそう言うと、クルトお兄様は頭を下げて歩いていった。疲れていることも、眠いことも見るだけで分かった。
だってクルトお兄様は魔法が使えず、本当に自分の身一つで戦っているのだから。私と一緒に帰ってきて、すぐにとんぼ返り。疲れないわけがない。
「とりあえず陛下のところへ行こうか。無事なことは伝えているけど心配されてられるだろうから」
あ、私も陛下に帰ってから顔を見せてない。挨拶をしておかないと。
四人で陛下の執務室へ行くと、宰相であるお父様もいた。まだ朝早いというのに働き者だ。
「エレナ、クリス、帰還いたしました」
膝をついて挨拶をすると、陛下はすぐに立つように言った。いくつかねぎらいの言葉があり、私たちの無事を喜ぶ言葉があり、そして最後に聞かれた。
「昨日の朝帰ってきたユリウスの機嫌がすこぶる悪かったが、エレナ、そなた心当たりはあるか?」
そう聞きながら、陛下は原因が私にあると確信しているのだろう。そんなこと言われたって……。
私は苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「なきにしもあらず、と言ったところでしょうか」
陛下はふっと笑った。
「機嫌の悪いユリウスは散々見てきたが、あそこまでというのは中々ない。そなたには悪いが、早めになんとかしてもらえると助かる」
それは私だってそう。
「……できるものならしておりますわ。お約束はできかねます」
私の生意気な言葉に陛下は「それもそうだ」と笑った。
「しかし、そなたが目を潤ませて謝ればユリウスの機嫌は治るのではないか?」
いや、まあ、それはそうかもしれない。試してみる価値はありそうだ。だが、
「あいにく、わたくしはそう器用ではありませんで」
「確かにな」
「もしなにかありましたら、お力添えお願いいたしますね、お義父様?」
陛下の後ろで、お父様がむせた。あ、やば、後で怒られるかも。
しかし陛下は笑う。
「そなた、ユリウスに似てきたな」
「ええ、ずっと一緒におりましたので」
笑顔でそう言うと、陛下は「そっちの方がよい」と言った。どうやら少し気に入ったらしい。今までは少し距離を取りすぎていたのかもしれないなと思った。
……陛下の後ろから睨んでくる実の父はとりあえず気付かないふりをしておいた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる