ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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信じられない話

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音を立てて立ち上がる。

ちょっと待って、はあ!?待って待って待って、訳分かんない。


「あ、あれ、嘘じゃないの!?」

「いやいやいや、あの状況だからってさすがにあんな無理のある嘘はつかないよ。ほんとのこと」


そ、そんなわけ……だってもう十年以上一緒にいるのだ。学生時代なんて寮で同じ部屋だったし……。

私の知っているクリスは女だ!


「……信じてないでしょ」

「わたくし、自分の目で見たことしか信じないの。わたくしの知っているクリスはずっと女の子でしたわ」


クリスは深いため息をついた。


「じゃあ何、脱いだら信じてくれるの?」

「いや、まあ、そうね」


そりゃ見るのが早いだろうけど。なんて思っていると、クリスはすぐに脱ぎ始めた。

え、いやいやいや、ちょっと待って、それは流石に……!

止めようと手を伸ばすと、クリスは私の手首をぐいと引っ張った。


「ほら!」


私の手ははだけたクリスの胸に。確かにそこには柔らかさはなかった。下着の上からでもはっきりと分かった。

いや、そんなわけない。着替え中に目に入ることはあったが、そこには確かに膨らみがあったはずだ。直接は見たことないけど。


「普段は詰め物してるの。それにしても、気付かないなとは思ってたけど、こうして話しても信じてもらえないとは……」


なかなか状況が飲み込めなくてポカンとする私。

え、じゃあ初めて会ったあの時からもう十四年くらい。私、ずっと知らなかったの?


「あの、殿下や皆様はご存知で……?」

「もちろん。私の周りではエレナだけじゃないかな」


……だからユリウス殿下はやけにクリスに対して当たりがキツかったのか。

なんで誰も教えてくれないのよ……!


「皆して面白がってたんです?」

「お前が聞かなかったんだろう」


ヘンドリックお兄様はしれっと言った。


「クリスって本当に女の子なんですか?なんて聞くわけないでしょう!わたくしよりも可愛いのに……!」


実はかなり悔しい。クリスが私よりも可愛いことは別に何とも思っていなかった。だけどそれはクリスが女の子だと思っていたからで……私よりも可愛い男なんて信じたくないよ!


「何も聞かなくても気付く人はいた」

「例えば誰ですか!」

「クルトと殿下かな」


応えたのはヨハンだった。クルトお兄様と殿下って言うのは、多分ユリウス殿下だよね。


「クリスのことは一部には結構有名だからね。陛下もそれを認めてるし。まあ近しい人はほとんど皆知ってるよね」

「ごめん、エレナ。でも事情があるんだよ」

「事情があるのでも、趣味でも別にいいわ。問題はわたくしだけが知らなかったことよ」


クリスがうっと言葉に詰まった。誤魔化そうとしたのに出来なかったから困ったのだろう。


「……ごめん。でもさ、皆が私を変な目で見る中で、エレナが女の子として接してくれたのって実は結構嬉しかったんだよ。私、物心ついたときからどっちつかずだったし」


そんな風に言われたらもう怒ることもできない。確かにクリスだって微妙な立ち位置で悩むこともあっただろう。


「一応言っておくけど、エレナのことを変な目で見たことはないからね……!着替えだって見ないようにしてたし!同じ部屋で寝ても何もしてないからね!」

「分かってるわよ。わたくしだってそういう目で見られたら気付くもの」


……多分。心の中で付け加えるが、ヘンドリックお兄様は鼻で笑った。


「……なんですか?」

「別に。十年以上一緒にいて全く気が付かないお前が、そんな視線に気付くとは思えないなと思っただけだ」


……反論できない。


「まあいいわ。クリスが実は男だって知っても、わたくし態度を変えるつもりはないわよ。それでいいのよね?」


クリスが頷く。しかしまあ自分の鈍感具合には呆れるわ。


「それから、昨日のようなことがあっても、もうクリスだけ置いて逃げたりはしないわ。男だからって置いて行っていい理由にはならないもの」


特にクリスのようなかわいい男の娘というのはある階層ではとても需要があるのだから。とは言わないけど。


「……うん、ごめん」

「分かればいいのよ」


こうして無事に戻ってくれたし、もう過ぎた話だ。それよりこれからの話。話が逸れてしまった。


「それで、わたくしはどんな顔して殿下に会えばいいのかしら?」

「どんな顔も何も、今晩にでも殿下のベッドで待ってたらいいんじゃない?」

「なっ……!」


べ、べ、べ、ベッドで!?


「……クリス」


ヨハンが咎めるようにクリスの名前を呼ぶ。クリスは不満そうに唇を尖らせた。


「いや、だってさ、それが一番早いじゃん。殿下がエレナのことを嫌いになるわけがないんだから。二人で愛を育んで、その後にゆっくり話でもしたらいいんじゃないの?」


ないないないない!無理無理無理無理!簡単に言わないでよ!!


「エレナだって殿下のこと好きだって分かったんでしょ?じゃあ問題ないじゃん。あんまり待たせ過ぎて殿下が外で遊んできても知らないよ。もう遅いかもしれないけど」

「そ、れは……」


確かに殿下だって男の人だ。女の人が欲しい夜だっているかもしれない。そしたらきっとよりどりみどりだ。

……嫌だ。


「ほら、嫌でしょ?じゃあもう行動あるのみだよ。大丈夫、殿下だって据え膳用意したら食わないわけないよ」

「クリス」


再度注意されるクリス。確かにちょっと言葉が率直すぎる。


「確かにそれが手っ取り早い。殿下の機嫌もすぐになおるだろう」


ヘンドリックお兄様までそんなことを言い出す始末。私は言わずにはいられなかった。


「……実の妹に対して、どのような気持ちでそのようなことが口にできるのでしょう?」


お兄様は無言で視線を逸らした。ほんと、この人は。冷たいけどデリカシーはあったはずなんだけど。


「大体、簡単に言いますけれど、皆様女性とそのような経験はあるのです?」


アリアがコホンと咳払いをした。自分がとんでもないことを聞いたのは分かる。だけど、口だけで気軽に言われるのはとても腹が立つのだ。

クリスは視線を逸らした。ヘンドリックお兄様は何も言わない。ヨハンは苦笑を浮かべる。

……クリスはないんじゃないの。後の二人はどっちか分からない。さすが兄達は隠すのがうまい。


「クリス、そういうことはまず自分が経験してから言ってちょうだい。そしたらわたくしだって考えるわ。どうぞ、今晩にでも婚約者様のお部屋に……」


そこまで言って言葉を切る。ヘンドリックお兄様に睨まれていたから。いや、でもそのくらいは言わせて欲しい。


「ご、ごめんなさい」


クリスが絶対に無理だと言いたそうな顔で謝った。


「……悪かった」


ヘンドリックお兄様は心底嫌そうな顔で言った。よしよし、自分がいかにデリカシーのないことを言ったのか気が付いたようだ。


「デリカシーのない殿方は嫌われますわよ。ヨハン様を見習ってくださいませ」


私はにっこりと笑ってそう言った。解決策は何も出てないけど、勝った気分だ。
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