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朝早くに目が覚めた。もう一度寝ようかと思ったが、もう眠くない。出来るだけ音を立てないように、揺らさないようにベッドから出る。
クローゼットを開けて、スカートの中でも出来るだけ動きやすい服を選び、着替えた。
ベッドでユリウス殿下が寝ているのを確認するためにこそっとそちらを見ると、目があった。
驚きでびくっと体が揺れた。そんな私を見て殿下は可笑そうに笑う。少し恥ずかしい。
「おはよう。どこへ行くのかな?」
「おはようございます。いつから起きてらしたんです?」
起きたのならその時に声をかけてほしい。
「君がベッドを降りる時かな。大丈夫だよ。着替えるところは見てないから」
「それはどうも」
殿下は朝から爽やかだ。寝起きでその顔面は羨ましい。
「起こしてしまって申し訳ありません。起こしたついでに、一緒に来ていただけると嬉しいのですが」
魔法の使えない今の状態では、出来るだけ1人で歩きたくない。寝ているところを起こすのは悪いが、起きたのなら遠慮はしない。
「いいよ。僕も着替えてくるから待ってて」
殿下は自分の部屋へと。その間に部屋についている洗面で顔を洗う。まだ少し寝起きの顔だが、まあ誰も気付かないだろう。
そこでどこへ行くのかという問いに答えてないことに気がついた。どこと言わずとも二つ返事で応えてくれる殿下には素直に感謝。
ユリウス殿下はすぐに戻ってきた。
「では行きましょうか」
そして私はユリウス殿下を連れて騎士団の訓練場へと向かった。
そこにはもう既に何人もの人たちが訓練を始めていた。私が勝手にこの中に入るわけにはいかない。
少しきょろきょろすると、探していた人はすぐに見つかった。
「おはようございます、ヴェルナー様」
「エレナ……様、殿下、おはようございます。それからお帰りなさいませ」
取ってつけたような「様」に思わず笑いそうになる。私が子供の頃から知っているのだ。皇族になったからと言って、そう接して欲しくない。
「これまで通りエレナと呼んでくださいませ。敬語もいりませんわ。ヴェルナー様はわたくしの師ですもの」
何人かいる私の剣の師匠の1人。それがこの国の騎士団長であるヴェルナー様だ。
「じゃあそうさせてもらおう」
にかっと笑ったヴェルナー様を見上げる。子供の頃はヴェルナー様がまるで大きな壁のように見えていた。大人になったら違うのかと思っていたが、未だに見上げないと話すことすらできない。
「ヴェルナー様、お願いがあって参りました」
すっと頭を下げる。忙しい騎士団長に頼むのだ。誠意は見せないと。
「わたくしをもう一度鍛えてください」
ヴェルナー様は慌てて頭を上げるよう、私に言った。すっと背筋を伸ばしてヴェルナー様を見る。悪いけど、ダメだと言われても譲る気はない。
「エレナはもう既に鍛える必要がないほど強いじゃないか。正直、騎士団全員でかかっても勝てるかどうか……」
「それは魔法を使った場合、でしょう?」
魔法がないと私はそんなに強くない。一度に相手をするのは二、三人が関の山だ。
「魔法なしで戦えるようになりたいのですわ」
「だ、だが……」
ヴェルナー様はちらっとユリウス殿下を見た。どうしてこう渋るのだろうかと思ったが、ユリウス殿下が何か言っているのだろうか。
「僕からも頼むよ、ヴェルナー。エレナはこうなったらもう僕の手に負えないんだ」
ユリウス殿下の言葉に、ヴェルナー様は少しして頷いた。
「……殿下がそうおっしゃるのでしたら」
「ありがとう存じます!」
「じゃあ僕はあっちでクルトと手合わせでもしておこうかな」
ああ、それはいい。ユリウス殿下を相手にすればクルトお兄様もいい訓練になるだろう。
「エレナに傷一つ付けるなよ」
ユリウス殿下はそう言って歩いて行った。その去り際の言葉にヴェルナー様は明らかに嫌そうな顔をした。
「これだから嫌だったんだ」
ぼそっと呟いた言葉は聞き逃さない。しかしそれを聞いたからと言って私は何も言えなかった。
そして私はヴェルナー様を相手に剣を振るった。それはそれはものすごく気を遣われながら。
……ものすごく楽しくない!
ヴェルナー様は全く本気を出していない。そりゃ魔法なしの私相手では本気も出せないだろうけど、明らかに手を抜いている。
だって私の打ち込みを防ぐばっかりで、全然打ってこないんだもん!私を鍛えることよりも、怪我をさせないことの方に重きを置いている。
これでは訓練にならない。上達できるわけがない。これまで、ヴェルナー様とは何度も手合わせしてきたが、こんなに面白くないのは初めてだ。
原因は考えなくても分かる。明らかにさっきの殿下の一言。
ーーエレナに傷一つ付けるなよ。
全く、自分だって頼んでおいて……。私は剣を振りながら深いため息をついた。
あーあ、仕方ないか。
クローゼットを開けて、スカートの中でも出来るだけ動きやすい服を選び、着替えた。
ベッドでユリウス殿下が寝ているのを確認するためにこそっとそちらを見ると、目があった。
驚きでびくっと体が揺れた。そんな私を見て殿下は可笑そうに笑う。少し恥ずかしい。
「おはよう。どこへ行くのかな?」
「おはようございます。いつから起きてらしたんです?」
起きたのならその時に声をかけてほしい。
「君がベッドを降りる時かな。大丈夫だよ。着替えるところは見てないから」
「それはどうも」
殿下は朝から爽やかだ。寝起きでその顔面は羨ましい。
「起こしてしまって申し訳ありません。起こしたついでに、一緒に来ていただけると嬉しいのですが」
魔法の使えない今の状態では、出来るだけ1人で歩きたくない。寝ているところを起こすのは悪いが、起きたのなら遠慮はしない。
「いいよ。僕も着替えてくるから待ってて」
殿下は自分の部屋へと。その間に部屋についている洗面で顔を洗う。まだ少し寝起きの顔だが、まあ誰も気付かないだろう。
そこでどこへ行くのかという問いに答えてないことに気がついた。どこと言わずとも二つ返事で応えてくれる殿下には素直に感謝。
ユリウス殿下はすぐに戻ってきた。
「では行きましょうか」
そして私はユリウス殿下を連れて騎士団の訓練場へと向かった。
そこにはもう既に何人もの人たちが訓練を始めていた。私が勝手にこの中に入るわけにはいかない。
少しきょろきょろすると、探していた人はすぐに見つかった。
「おはようございます、ヴェルナー様」
「エレナ……様、殿下、おはようございます。それからお帰りなさいませ」
取ってつけたような「様」に思わず笑いそうになる。私が子供の頃から知っているのだ。皇族になったからと言って、そう接して欲しくない。
「これまで通りエレナと呼んでくださいませ。敬語もいりませんわ。ヴェルナー様はわたくしの師ですもの」
何人かいる私の剣の師匠の1人。それがこの国の騎士団長であるヴェルナー様だ。
「じゃあそうさせてもらおう」
にかっと笑ったヴェルナー様を見上げる。子供の頃はヴェルナー様がまるで大きな壁のように見えていた。大人になったら違うのかと思っていたが、未だに見上げないと話すことすらできない。
「ヴェルナー様、お願いがあって参りました」
すっと頭を下げる。忙しい騎士団長に頼むのだ。誠意は見せないと。
「わたくしをもう一度鍛えてください」
ヴェルナー様は慌てて頭を上げるよう、私に言った。すっと背筋を伸ばしてヴェルナー様を見る。悪いけど、ダメだと言われても譲る気はない。
「エレナはもう既に鍛える必要がないほど強いじゃないか。正直、騎士団全員でかかっても勝てるかどうか……」
「それは魔法を使った場合、でしょう?」
魔法がないと私はそんなに強くない。一度に相手をするのは二、三人が関の山だ。
「魔法なしで戦えるようになりたいのですわ」
「だ、だが……」
ヴェルナー様はちらっとユリウス殿下を見た。どうしてこう渋るのだろうかと思ったが、ユリウス殿下が何か言っているのだろうか。
「僕からも頼むよ、ヴェルナー。エレナはこうなったらもう僕の手に負えないんだ」
ユリウス殿下の言葉に、ヴェルナー様は少しして頷いた。
「……殿下がそうおっしゃるのでしたら」
「ありがとう存じます!」
「じゃあ僕はあっちでクルトと手合わせでもしておこうかな」
ああ、それはいい。ユリウス殿下を相手にすればクルトお兄様もいい訓練になるだろう。
「エレナに傷一つ付けるなよ」
ユリウス殿下はそう言って歩いて行った。その去り際の言葉にヴェルナー様は明らかに嫌そうな顔をした。
「これだから嫌だったんだ」
ぼそっと呟いた言葉は聞き逃さない。しかしそれを聞いたからと言って私は何も言えなかった。
そして私はヴェルナー様を相手に剣を振るった。それはそれはものすごく気を遣われながら。
……ものすごく楽しくない!
ヴェルナー様は全く本気を出していない。そりゃ魔法なしの私相手では本気も出せないだろうけど、明らかに手を抜いている。
だって私の打ち込みを防ぐばっかりで、全然打ってこないんだもん!私を鍛えることよりも、怪我をさせないことの方に重きを置いている。
これでは訓練にならない。上達できるわけがない。これまで、ヴェルナー様とは何度も手合わせしてきたが、こんなに面白くないのは初めてだ。
原因は考えなくても分かる。明らかにさっきの殿下の一言。
ーーエレナに傷一つ付けるなよ。
全く、自分だって頼んでおいて……。私は剣を振りながら深いため息をついた。
あーあ、仕方ないか。
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