ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

文字の大きさ
32 / 118

お願い

しおりを挟む
朝早くに目が覚めた。もう一度寝ようかと思ったが、もう眠くない。出来るだけ音を立てないように、揺らさないようにベッドから出る。

クローゼットを開けて、スカートの中でも出来るだけ動きやすい服を選び、着替えた。

ベッドでユリウス殿下が寝ているのを確認するためにこそっとそちらを見ると、目があった。

驚きでびくっと体が揺れた。そんな私を見て殿下は可笑そうに笑う。少し恥ずかしい。


「おはよう。どこへ行くのかな?」

「おはようございます。いつから起きてらしたんです?」


起きたのならその時に声をかけてほしい。


「君がベッドを降りる時かな。大丈夫だよ。着替えるところは見てないから」

「それはどうも」


殿下は朝から爽やかだ。寝起きでその顔面は羨ましい。


「起こしてしまって申し訳ありません。起こしたついでに、一緒に来ていただけると嬉しいのですが」


魔法の使えない今の状態では、出来るだけ1人で歩きたくない。寝ているところを起こすのは悪いが、起きたのなら遠慮はしない。


「いいよ。僕も着替えてくるから待ってて」


殿下は自分の部屋へと。その間に部屋についている洗面で顔を洗う。まだ少し寝起きの顔だが、まあ誰も気付かないだろう。

そこでどこへ行くのかという問いに答えてないことに気がついた。どこと言わずとも二つ返事で応えてくれる殿下には素直に感謝。

ユリウス殿下はすぐに戻ってきた。


「では行きましょうか」


そして私はユリウス殿下を連れて騎士団の訓練場へと向かった。



そこにはもう既に何人もの人たちが訓練を始めていた。私が勝手にこの中に入るわけにはいかない。

少しきょろきょろすると、探していた人はすぐに見つかった。


「おはようございます、ヴェルナー様」

「エレナ……様、殿下、おはようございます。それからお帰りなさいませ」


取ってつけたような「様」に思わず笑いそうになる。私が子供の頃から知っているのだ。皇族になったからと言って、そう接して欲しくない。


「これまで通りエレナと呼んでくださいませ。敬語もいりませんわ。ヴェルナー様はわたくしの師ですもの」


何人かいる私の剣の師匠の1人。それがこの国の騎士団長であるヴェルナー様だ。


「じゃあそうさせてもらおう」


にかっと笑ったヴェルナー様を見上げる。子供の頃はヴェルナー様がまるで大きな壁のように見えていた。大人になったら違うのかと思っていたが、未だに見上げないと話すことすらできない。


「ヴェルナー様、お願いがあって参りました」


すっと頭を下げる。忙しい騎士団長に頼むのだ。誠意は見せないと。


「わたくしをもう一度鍛えてください」


ヴェルナー様は慌てて頭を上げるよう、私に言った。すっと背筋を伸ばしてヴェルナー様を見る。悪いけど、ダメだと言われても譲る気はない。


「エレナはもう既に鍛える必要がないほど強いじゃないか。正直、騎士団全員でかかっても勝てるかどうか……」

「それは魔法を使った場合、でしょう?」


魔法がないと私はそんなに強くない。一度に相手をするのは二、三人が関の山だ。


「魔法なしで戦えるようになりたいのですわ」

「だ、だが……」


ヴェルナー様はちらっとユリウス殿下を見た。どうしてこう渋るのだろうかと思ったが、ユリウス殿下が何か言っているのだろうか。


「僕からも頼むよ、ヴェルナー。エレナはこうなったらもう僕の手に負えないんだ」


ユリウス殿下の言葉に、ヴェルナー様は少しして頷いた。


「……殿下がそうおっしゃるのでしたら」

「ありがとう存じます!」

「じゃあ僕はあっちでクルトと手合わせでもしておこうかな」


ああ、それはいい。ユリウス殿下を相手にすればクルトお兄様もいい訓練になるだろう。


「エレナに傷一つ付けるなよ」


ユリウス殿下はそう言って歩いて行った。その去り際の言葉にヴェルナー様は明らかに嫌そうな顔をした。


「これだから嫌だったんだ」


ぼそっと呟いた言葉は聞き逃さない。しかしそれを聞いたからと言って私は何も言えなかった。


そして私はヴェルナー様を相手に剣を振るった。それはそれはものすごく気を遣われながら。

……ものすごく楽しくない!

ヴェルナー様は全く本気を出していない。そりゃ魔法なしの私相手では本気も出せないだろうけど、明らかに手を抜いている。

だって私の打ち込みを防ぐばっかりで、全然打ってこないんだもん!私を鍛えることよりも、怪我をさせないことの方に重きを置いている。

これでは訓練にならない。上達できるわけがない。これまで、ヴェルナー様とは何度も手合わせしてきたが、こんなに面白くないのは初めてだ。

原因は考えなくても分かる。明らかにさっきの殿下の一言。

ーーエレナに傷一つ付けるなよ。

全く、自分だって頼んでおいて……。私は剣を振りながら深いため息をついた。

あーあ、仕方ないか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...