ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

文字の大きさ
33 / 118

エレナと

しおりを挟む
その夜、私は窓から空を見上げていた。満月だ。


「まだ寝ないの?」


ユリウス殿下がベッドに座り、私を見る。確かにいつもだったらもうそろそろ寝る時間。しかし今日はそういうわけにはいかなかった。


「殿下、本日は魔力の満ちる日で間違いありませんか?」

「うん、そうだと思うよ」


私の問いにすぐに頷いたユリウス殿下。私は棚の上の小物入れを開け、真っ暗な画面の携帯を取り出した。


「その黒い板は何?」

「携帯電話です。私と共にこの世界へ来ました。あちらの世界のものです」


年に一度だけ、あっちの世界で私として生きている、本物のエレナと連絡を取ることができる。

しかしそれもあちらからの連絡があってこそなので、この数年ほったらかして旅に出ていたことを考えると、もうかけてくれないかもしれない。


「多分ここ数分がピークだね」


殿下が静かに言った。

画面をじっと見つめる。うんともすんとも言わない。やはりもうかけてくれないのだろうか。数分のほんの短い時間。特に話したいことがあるわけではないが、話は聞きたい。


「エレナ……」


ぽそっと名前を呼んだ時だった。手の中で携帯が震えた。画面には「非表示」の文字。

すぐに耳に当てる。


「はい!」


嬉しさと少しの緊張で、自分でも思ったよりも大きな声が出た。向こうで笑い声が聞こえる。


「久しぶり、愛玲奈」


懐かしい、だけどもう自分のものではない声。自然と頬が緩んだ。


「ええ、久しぶりね、エレナ」

「誰かさんは携帯を忘れて行ってたのかな?」


いきなり痛いところをつかれた。旅に出る直前の電話では、持って行くようにと言われた記憶があるのだ。


「ごめんなさい」


謝ることしかできない。


「いいよ、愛玲奈が楽しかったのなら」

「うん……うん、楽しかった」


改めてそう言われて実感した。私は楽しかった。仕事として国をまわっていたはずだが、とてつもなく楽しかったのだ。


「エレナ、お母さんは元気?」


ずっと聞こうと思っていた。聞きたかった。


「うん、すっごい元気。最近やっとお父さんと再婚したんだよ」


はい?お父さん?


「えっと、お父さんって誰?」

「ああ、それも話してなかったね。このゲームを作ったのって、お父さんなんだって」

「待って、待って、お父さんって私の?私が小さい頃に離婚したっていう?」


驚きすぎて、わけが分からなさすぎて口調が乱れる。しかし本当に訳がわからない。何がどうなっているのやら。


「そうそう。そのお父さん。あ、時間がないから次の話いくね。私結婚したよ」

「わあ!おめでとう!!」

「子供も1人。来月で一歳。男の子よ」

「お、おめでとう……!」


ちょっと情報が多すぎて混乱してきた。六年と言うのはあまりにも長かった。


「そっちは?子供生まれたの?」

「殿下とリリー様の間に女の子が1人、最近生まれたわ」


もうこんがらがって、とりあえず思いついたように答えると「違う違う」と笑い声。


「愛玲奈と第一皇子の子供よ」

「ま、まだよ!そんなのまだまだ先のことよ!」


そういうのは止めてほしい。特に意味もなく恥ずかしい。慌てる私の声を聞いてエレナは笑う。その声にノイズが入ってきた。今日はここまでだろうか。ら

すっとエレナの笑い声も止む。


「そろそろね。愛玲奈が楽しそうで良かった」

「ええ!そっちもね」


だんだんと聞こえが悪くなってくる。


「次は来年ね。また旅に出るなら今度こそ忘れないでね」

「分かってるわよ」


くすくすと笑う声。


「次の時に出産報告してくれてもいいよ」

「……それはなんとも言えないわね」


そう答えた私の声はあちらに届いていたのか、プープーと無機質な音しか聞こえなかった。

今聞いたことを整理しよう。

まず、私のお父さんがこのゲームの制作者で、お母さんと再婚して、エレナが結婚して子供を産んだ、と。

いや、ほんと情報量多すぎ。というか、六年って長いんだな。

私の六年間はほとんど何も変わっていない気がする。いや、民たちの暮らしを知り、国の成長をはかる。その点ではとても前進できた気がする。

手の中の携帯を眺める。エレナは楽しそうだった。

……お母さんに会いたい。話がしたい。抱きしめて欲しい。私は望んでここにいる。だけど、それを引き換えに失ったものもあることを、たまに思い出す。エレナもそうなのだろうか。

後ろからずっと視線を感じている。ユリウス殿下がそこにいることは忘れていない。だけど今自分がどんな顔をしているか分からない。この沈んだ気持ちをどうすればいいか分からない。

少し時間が経って、私はようやく動いた。携帯を小物入れに戻し、ベッドに横になる。ユリウス殿下は何も言わなかった。

あー、なんかちょっとやばいな。別に帰りたい訳ではないんだけど……。久しぶりにあちらの世界との繋がりを持ったからかな。

寂しさと悲しみと、それに対する戸惑い。

ユリウス殿下も横になる。私は殿下に背中を向け、少し離れて目を閉じた。今は温もりはいらない。

携帯電話とは一体何なのか。誰と話していたのか。どうして急に落ち込むのか。

聞きたいことや言いたいことはたくさんあるだろう。それでも何も言わないでいてくれたことはすごくありがたかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...